第2話

「それでは行きましょうか」


銀鏡小綿が靴を履く。長峡仁衛も靴を履いて、外へと繰り出す。

校門前に居る警備員に外出許可書を提出して、長峡仁衛たちはとりあえず街を目指す事にする。


「今日は良い天気だな」


「そうですね、じんさん」


そんな適度な会話をしながら、長峡仁衛と銀鏡小綿は歩き出す。

道中、長峡仁衛は道路に寝そべる猫を発見した。


「あ、猫だ」


そう言って長峡仁衛は近づくと、猫は長峡仁衛を見てとてとてと歩き出す。

どうやら人懐っこい猫であるらしい。長峡仁衛の足に擦り寄って餌を求める。


「はは、よしよし」


長峡仁衛は猫を撫でようと手を伸ばす。

すると、銀鏡小綿は猫に触れる前に長峡仁衛の手首を掴んだ。


「ダメです。じんさん」


そう言って首を横に振る銀鏡小綿。


「猫さんも、ダメです」


そう言って銀鏡小綿は猫を撫でた。

気持ちよさそうに目を細める猫は、そのまま離れて行った。


「あー……なんだよ小綿」


長峡仁衛は不服そうな表情をしている。

銀鏡小綿はカバンから消毒液が含まれたスプレーを取り出すと、長峡仁衛の足元に噴いて、自分の手にも噴いた。


「じんさんは記憶喪失だから忘れているのでしょうが、猫アレルギーなんですよ、じんさん」


「え?そうなのか?」


それは知らない情報だった。

あのまま猫に触れてたら、くしゃみや涙が止まらなくなっていただろう。


「はい。なので、あまり接触しない方が良いです」


「分かった、ありがとな、小綿」


「いえ、母はじんさんの為だけに存在しているので、これくらいは当たり前です」


そう言って、再び二人は歩き出す。

ふと、長峡仁衛は銀鏡小綿を見て思った。


(なんで小綿は、母としての役割をしてんだ?)


単純な疑問だった。

何故、銀鏡小綿は長峡仁衛の母親をしているのか、気になっている。

特別な事情でもあるのだろう。だから長峡仁衛は、それを銀鏡小綿に聞こうと思っていた。

今回のお出かけで、それを聞く事が出来れば、そう思いながらバスで移動する。


バスの中は人が少なかった。平日だからだろうか。

それでも、長峡仁衛が座る席の隣に、銀鏡小綿は座っていた。

しばらく、沈黙が続く。何か喋ろうと思って、銀鏡小綿の方に顔を向けるが、何を話そうか考えている間に、銀鏡小綿との目線が合った。


「どうかされましたか?」


そう聞かれて挙動不審になる長峡仁衛。


「あ、いや、なんでもない」


そういうと、銀鏡小綿は首を傾げて「そうですか」と呟いた。

横から見る彼女は人形の様に綺麗さだった。

作られた美、と言うものは、ただ人間が美しいと思う輪郭や部位の位置で構成されている。

聞くに、人間が美しいと感じるのは、顔のパーツが綺麗に整っているからだと聞く。

ならば、銀鏡小綿が人形の様な美しさを持つと考えると、確かに整った顔だと思った。

近寄りがたい、ガラスのケースに入れられた様な、絶対不可触な孤高の人形の様だと。

長峡仁衛は、手に触れぬ事が出来ぬそれに、ふと手を伸ばしてしまう。

今ならば、触れる。そこにある。けれど、触れてしまえば幻想が終わる様な気がした。

細い指が、長峡仁衛の掌に重なった。

そこで長峡仁衛は自分の世界から戻っていく。隣に居る銀鏡小綿が、長峡仁衛の手に重ねて、強く握り締めていた。


「そういう事でしたか……」


納得する様に銀鏡小綿は言う。

長峡仁衛はどきりとした。何か、やましい事がバレてしまったかの様な感覚だった。


「バス、苦手だったのですね。幼い頃から利用してましたが、記憶喪失である事を加味していませんでした。どうぞ、ご存分に母の手を握っていて下さい」


見当違いも甚だしい。

しかし、その手の感触は心地よかった。

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