第21話

長峡仁衛は夢を見る。

先程見た夢とは違い、今度は懐かしい記憶だ。

おぞましい程の煙に、けたたましい破壊の音。

建物が燃え盛る中、長峡仁衛は目覚めた。

体は動かない、爆破でもしたのか、体が壁に衝突して骨が折れた様子だった。

指一本動けない状態で、長峡仁衛は目を開く。

燃え盛る炎が建物を侵食し、更に燃え盛る炎の奥から人影が見えてくる。


『あ……』


建物が壊れたのは、その影がやったのだろう。

その影が長峡仁衛に近づいてくるのは、長峡仁衛を殺害する為だろう。

目的は不明。何故狙うのか、長峡仁衛自身分からない。

何も知らず、命を狙われる。

長峡仁衛はその事実を受け入れて……しかし、恐怖する事はなかった。

何故ならば、長峡仁衛は、目の前に英雄を見たからだ。

おそらく、その光景は生涯忘れる事の無い光景だ。

たとえ忘れたとしても、その魂に刻み込まれた映像は長峡仁衛の人生に影響を与えているだろう。


燃え盛る炎の前に、その男はナイフを逆手に構えて立っている。

安物の染髪剤で染めた様な茶色交じりの髪。

その風体は何処かホストくずれのろくでなしの様に、あるいはスーツを着込んだチンピラの様にも見えた。

長峡仁衛にとってその姿は憧憬する理想の姿であり……。


『よォ坊主、生きてるかぁ?』


そんな声が響く。

そこで、長峡仁衛は意識を失った。

恐らく、それが長峡仁衛に影響を与えた人物だ。

記憶を失っても、長峡仁衛は再びその姿を思い浮かべるだろう。


長峡仁衛は目を覚ます。

あまりにも強烈な映像は、目を覚ましてもなお脳裏に刻まれていた。


「……あぁ、なんだっけ、俺……」


机の上で眠る長峡仁衛。

確か、校舎裏で眠っていたはずだが、誰かがここに連れて来てくれたのか。

そう長峡仁衛は思ったが、今はどうでも良い事だった。

肝心なのは、長峡仁衛の失った記憶が一つ戻ったという事。


長峡仁衛が本格的に祓ヰ師としての道を歩んだ、オリジンとも呼べる記憶。


「そうか……俺は、あの人を追う為に……」


名前を思い出そうとする。

しかし、名前まではわからなかったが、それでもよかった。

とにかく、気分が良い。長峡仁衛は体を伸ばす。

そして机から立ち上がると、あさがお寮へと向かいだす。


(もう夕方か、結構眠ってたんだな)


そう思いながら長峡仁衛はあさがお寮へと戻す。

玄関に入る。何故か電気はついていない。


「すいません、戻りました」


そう言って長峡仁衛は廊下を歩く。

やけに静かだ、しかし、何かいそうな気配がする。

とりあえず、長峡仁衛は食堂へと向かう。

祝子川夜々が料理でも用意しているかもしれない。

食堂からはほのかな料理の匂いがしたから、長峡仁衛は食堂の電気を点ける。

その瞬間、破裂音が響いた。


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