第19話

「午後からはどうするかな……」


長峡仁衛はそう言って廊下を歩く。

銀鏡小綿は一度、弁当箱を洗う為にあさがお寮に戻ったらしく。贄波瑠璃は用事があるあからとその場を去ってしまった。

一人残された長峡仁衛は、友達の永犬丸詩游でも探そうかと思ったが、ウトウトと瞼が重たくなる。


「……ふぁ」


(……いかんな、つい欠伸が出てしまった。少しだけ休むかな)


長峡仁衛は満腹感からか、眠たくなって来たので一度休息を取る事にした。

何処か、手ごろな休憩所は無いかと考えて、窓の外を眺める。

春だからか、外は明るく、心地よさそうに見えた、こんな時に外に出て眠れたらそれはさぞかし気分が良いだろう。

考えた以上は決行するのみだった。


長峡仁衛は歩いて外へと向かい出す。

そして、校舎裏の森林付近へとやって来る。

ちゅんちゅん、と、鳥の鳴き声が聞こえてくる。

木が生え揃うこの場所ならば、木陰が程よく日の光を遮って眩く無く眠る事が出来るだろう。


「よいしょっと……」


多少、地面に生える草がこそばゆく感じるが、気にしなければ暖かい布団の様なものだ。

長峡仁衛は自らの腕を枕代わりにして目を瞑る。

うとうととする長峡仁衛は、ゆっくりと、眠りに付くのだった。


『じんちゃん。じんちゃん』


幼少の頃の話。

長峡仁衛を呼ぶ声があった。

それは、幼い頃の永犬丸詩游だった。

長峡仁衛の隣には、幼い頃の銀鏡小綿が腕を掴んでいる。


道場らしき場所には、九重花志鶴や、鬼童五十鈴の姿があり、その後ろには三人の男子が立っていた。

どうやら、幼少の頃の記憶、であるらしい。


『稽古も終わったし、何して遊ぼうか』


長峡仁衛はそう言って、皆の所に歩いていく。

彼を覆う様に、永犬丸詩游や九重花志鶴たちが囲って来た。

長峡仁衛は、小さい頃から人気であったらしい。


(なん、だけど)


けれど、何故だろうか。

その記憶は俯瞰した状態であり。

第三の視点こそが、長峡仁衛の意識だった。


(アレは、まるで、俺じゃない)


長峡仁衛はそう思った。

それは、記憶が無くなる前の自分だから、じゃない。

確かに、あれは自分だと思う、しかし……別の存在だ。


そう、長峡仁衛は思った。

其処で、目を覚ました。


「お目覚めですか、先輩」


そんな女性の声。

長峡仁衛は目を覚ましたばかりで、反応する事が出来ない。

目を開き、その声の方に顔を向ける。

黒い制服、ブレザー服とセーラー服を合わせた様な特注品を着込む少女。

髪の毛は肩辺りで切り整われていて、前髪が片目を隠している。


「………えっと」


少女は本を片手に持っていて、もう片方の手が、長峡仁衛の頭を撫ぜていた。

いつの間にか、長峡仁衛の腕は自らの腹部へと置かれていて、しかし、頭には何か柔らかな感覚がある。


「私の事、覚えてますか?」


長峡仁衛は、膝枕をされていた。

そして、その膝枕には、何か懐かしい感覚があった。


「キミ、は……」


長峡仁衛はそう聞いた。

彼女は口を開く、彼女の舌先に、呪いらしき紋様が刻まれていた。


「恋人ですよ。先輩。駒啼こまねきるいです」


そう彼女は答えた。


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