第32話 それでも腹は減っている

 スピノールは言葉を失っていた。


 アカ、クロ、トマス、そしてフーリエの4人が向かった先は、『竜界』にある十六竜議会第7翼『ガレス・センドリッチ』の領地。そこにあるリカルド山脈だ。

 山脈全てが結界に覆われていて、誰も立ち入ることのできない場所である。第7翼の人間に聞き取りを行ったが、誰も詳細を知らないとのことだった。管理していたガレス本人であれば、あるいは知っていたかもしれないが、ガレスはもういない。

 アカとクロが第11翼に協力する見返りとして求めたのがそのリカルド山脈の調査だ。それについては、アルドレアもスピノールも了承済みで、第7翼の人間からも許諾を得ていた。

 調査はうまく進んでいるか。4人から遅れること数日、スピノールもリカルド山脈へと向かったのだった。


 その道中。リカルド山脈が目視できる距離まで来たところで突如視界が歪んだ。だが実際に歪んでいたのは視界ではなく、リカルド山脈そのものだった。結界が視認できるほど歪んでいるのは明らかに異常事態だ。

 そして数秒も経たない内に、結界内が爆炎に包まれた。

 リカルド山脈が爆発したのだ。

 その爆発は結界をも破壊し、爆風と轟音はスピノールの元まで届いた。


「……っ!」


 スピノールは爆発の元へと疾走する。爆発で生じた大量の煙が山々を包んでいるため、リカルド山脈の現状がどうなっているかは把握できていない。4人の安否も分からない。

 あの爆発の中心にいたと考えると──。

 スピノールは最悪を想像した。4人を失った場合の損失は計り知れない。


 しかしその懸念も、杞憂きゆうに終わった。

 燃える地面を構わず進んでいると、煙の中に見知った人影を見つける。

 スピノールはすぐにその人影に走り寄った。


「アカさん!」


「あれ、スピノール?」


 アカが応答した。そのアカの姿を見てスピノールは再び言葉を失った。アカの全身は血にまみれていた。


「とんでもない爆発だったね。どうにか生き残れたけど」


「……ご無事でなによりです」


 スピノールはとりあえず安堵した。

 すると、アカの後ろからさらに2人の人影が現れた。その2人もまたアカと同様、全身に傷を負っていた。


「フーリエ、トルマリン殿も。無事だったのですね」


 第11翼『そう』第3席フーリエ、そして元第6翼『爪』第2席トマス・トルマリンの無事も確認できた。

 しかし、もう1人の無事はまだ確認できていなかった。


「クロさんはどちらに……?」


 アカは黙って首を振った。

 代わりにフーリエが説明する。


「あの爆発の後、我々は合流を第一に目指しました。最初に僕とアカさん、そしてトマスさんが合流しました。その後ここら一帯を捜索しましたが、まだクロさんは見つかっていません」


「そう……ですか……」


 行方不明。


 爆発の規模を考えれば、普通の人間では生存は絶望的だ。アカ、フーリエ、トマスが五体満足でいられるのは竜圧による防御を行えたからであろう。

 おそらくクロもそのくらいはできているだろう、と思いたいスピノールであった。しかし楽観はできない。竜圧の操作を誤ったり、そもそも防御方法を知らなかった可能性もある。悪い方に考えるとキリがないため、スピノールは一旦事態を収集させるために動くことにした。


「ひとまず帰って傷の手当てを。クロさんの捜索は我々で引き受けます」


 スピノールはこの場に残ってクロの捜索を申し出た。さらには、爆発の原因も調べなければならないだろう。

 アカはクロの捜索を続けたいと名乗り出たがスピノールに説得され大人しく帰って傷を癒すこととなった。応援を呼んでいるため人手は足りること、そして自身を信用してほしいとスピノールに頭を下げられ、アカは仕方なく折れたのだった。

 アカたちは帰っている途中、第11翼『爪』所属の竜師数名とすれ違う。その中に1名見知った顔、スカラーがいた。しかしスカラーはアカを一瞥いちべつもすることなく走り去っていった。



──────────────



 3人の傷はすぐに治った。

 現代竜師は、体内竜圧の操作と体外からの治療術を合わせて治療を行う。もちろん体内竜圧の操作は意識がなければできないが、意識さえあれば致命傷以外の傷はそれほど時間をかけることなく治せてしまう。


「では、僕たちは報告に行ってきます」


 そう言ってフーリエとトマスは謁見の間へと向かった。

 医務室にはアカだけが、1人残されていた。



──────────────



 謁見の間にてフーリエとトマスは、跪いて敬意と忠誠を示した。


「まずは、ご苦労だったな」


 アルドレアが2人を労った。

 パロミデスから受けた傷はほとんど癒えているようで、フーリエはひとまずそれに安堵した。


「「もったいなきお言葉です」」


 フーリエとトマスは一糸乱れずに返答した。


「それでは報告を」


 アルドレアの隣に立つスピノールが2人に発言を許可する。

 2人が顔を上げると、スピノールとは反対の位置にもう1人、誰かが立っていた。

 その者こそこの世の頂点。

 十六竜議会第13翼ラモラック・レストニアだった。

 第11翼アルドレア・センドリクスと肩を並べられる数少ない存在。そして第11翼と第13翼は共に『穏健派』として『人間界』の統治に力を入れている。

 さきの戦いで救援に現れたのも、彼と彼が率いる部隊だった。ラモラックは冷徹で整った顔立ちをしていて、碧色へきしょくに輝く頭髪は見る者を否応なく魅了してしまう。ラモラックの御姿を拝んだ民衆の中には、絵本に出てくる王子様そのままだと形容した者もいた。


 フーリエが報告を開始する。


「私フーリエ、そして隣にいるトマス、アカ様、クロ様の4名で第7領にあるリカルド山脈へと調査へと向かいました」


「アカとクロが言っていた幻のドラゴンを探す、ということだったな」


 アルドレアが確認する。


「はい。しかし結果から申しますと、幻のドラゴンの存在は確認できませんでした。我々は3日をかけてリカルド山脈にある全ての山を散策し、様々な生物や植物を調査していました。そして帰り際に突如、リカルド山脈が爆発したのです」


 アルドレアは目線を動かすことなくスピノールに意識を向けた。スピノールが何ら反応を示さないことから、フーリエとトマスが嘘を吐いていないことが確認できる。

 スピノールは生まれ持った聴力と竜能を組み合わせて、相手の心音や呼吸音から嘘を見抜くことができるのだ。


「それで、その爆発でリカルド山脈ごと消失したと聞いたが、それは本当か?」


「はい。事実です」


「爆発の原因はなんだ?」


「申し訳ありません。突然だったため防御竜層を展開するので精一杯で、原因までは分かりませんでした」


「それについては私から──」


 スピノールがコールマンひげを触りながら問いかける。


「爆発のすぐ後、私も現地にて調査を行いました。原因を断定することは叶いませんでしたが、微かに残っていた残竜子ざんりゅうしを確認しました。調査に赴いた4名以外のものです。それに心当たりはありますか?」


「いいえ。ありません。申し訳ありません」


 スピノールが言及しないことから、やはりフーリエは嘘を吐いていないのだろう。リカルド山脈周辺は現在も調べている。原因究明はそれを待つことにした。


「それで、クロは行動を共にしていなかったのか?」


「はい。爆発の前にクロ様は植物を採取するために一度山に戻りました。その帰りを待っているときに爆発したので、合流できていませんでした」


「そうか。それで今も行方不明とのことだったな」


 アルドレアのその問いかけにはスピノールが答えた。


「クロ殿の捜索は今も並行して続けさせていただいております」


「そうか。頼んだぞ。今や奴もこちらの大事な戦力だからな」


 報告が終わるとフーリエとトマスは謁見の間から退出した。

 パロミデス率いる第6翼と事を構えなければならないこの時期に新たな問題が現れた。もしクロがこのまま行方不明だとしたら、クロだけでなくアカの心配もしなければならないだろう。無事に見つかれば順調に進むのだが、そうもいかないかもしれない。常に最悪の事態を想像しながらこうどうしなければならない。

 アルドレアは頭を悩ませた。


 謁見の間に残ったのはアルドレアとスピノール、そしてラモラックの3人だった。

 続いていた沈黙を破るように、ラモラックがそこで初めて口を開いた。


「アルドレア、話がある」



───────────

 


「ア、アカ様……! 大丈夫なのですか?」


 現れていきなりフライパンを吟味し始めたアカに、コックスタッフは驚いて声を上げる。


「うん、大丈夫。今は僕ができることをやりたいんだ」


 大丈夫とは言っているが、その声には覇気が無いように感じられた。フライパンを選び終えると次は野菜類を物色し始める。


「クロは生きてる。絶対に」


 その声は誰にも聞こえることなく排気口へと吸い込まれていった。



───────────────────



「うまい! うまいぞ! お前なかなかやるな!」


 男は超特大の皿に盛られた超大盛の料理の数々を瞬く間に平らげていく。


「おい。おい。聞け。騒ぐな。大人しく食べろ。お前また殺されるぞ」


 超特大の皿を片手で口に傾けていた男はそこでピタっと動きを止めた。そして超特大の皿を地面に置く。


「それもそうだなお前の言うとおりだ! だが防御も覚えた。俺を殺せる奴はもう存在しない!」


「それはどうだろうな。お前を越える竜圧を持っている奴もいるかもしれない。防御を貫く竜能を持っている奴もいるかもしれない。今の俺でもお前を殺す術を5つは思い付く」


「なにっ……」


 男のまとう竜圧が揺れ、不穏な空気が流れ出す。


「嘘だ。今は3つくらいしか思い付いてない」


「なんだ嘘か! 危うく殺すところだったぞ! まあお前らには爆発から助けてもらった恩があるからな。恩は返せってのを友に教えてもらったことがある。だから今返した。今殺さなかったからな」


 ガハハと男は笑う。

 何とも理不尽な論理だ。その友は言葉の意味をちゃんと教えたのだろうか。その友の顔を思い浮かべながら1人思った。

 しかしこの男の扱いにもだいぶ慣れてきた。あれから10日近く共に過ごしてきたのだ。嫌でも慣れるというものだ。


 やがて大量の料理を全て食べ尽くした男は、豪快に立ち上がった。そして急かすように言った。


「してクロよ。次はどこに向かう?」


「次は人間界だ。マジで大人しくしろよ。頼むから、マジで」

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