第96話 その名は災厄




 また少し混んで来てるかな、今はイリアと2人で冒険者ギルドの本館に来ている所。2人と言っても、もちろんファーもネムも一緒ではある。

 従者2人には、他の冒険者が多い場所では目立たないように言ってあるけど。ここまで多いと、逆に迷子の心配をしてしまう長男気質の俺だったり。

 仕方ないよね、実際に長男なのだし。


 現在俺達が受けている依頼は無いけど、コボルトUMのまだら兄妹が落とした『♥4:お尋ね者の書』の内の1枚が、換金可能だと言う事で。

 万年金欠のイリアを従えて、窓口の順番待ちをしている所である。


 多いと言っても、大半は掲示板の前にたむろっていて、クエ依頼書をゲットしようと必死みたいだ。窓口に並ぶのはクリア時のみなので、それ程は混んでいない。

 そんな訳で、暫く並んでいるとようやく順番が巡って来た。こちらとしては、拾ったクエ依頼書でクリアとか本当に平気なのかなとの疑念があるけど。

 それは簡単に払拭ふっしょくされて、驚きの支払い額をゲット。


 何と証拠品のコボ耳×2個と引き換えに、12万モネーをゲットである。冒険ポイント200Pと貢献P3点もしっかり貰えて、青の塔の印象がうっかり薄れそうに。

 イリアも同じ額貰えたそうで、これで金欠から脱せそうだと嬉しそうな表情。ここでさっきの青の塔の入場料返せとか言わないのは、金持ちの余裕である。

 それより、冒険ポイントをもっと貯めたい所。


 何しろ冒険ランク3にするためには、ポイントを4000貯めないといけないのだ。今貯まっているのがようやく1500位、まだ半分にも至っていない。

 そんな訳で、残った時間でせめてクエ依頼書を何枚か取っておこうと言う話に。依頼書と言うのは、どうやら2~3日持っていても破棄扱いにはならないそうなので。

 明日行うクエを事前に選ぶのも、悪く無い手段みたい。


「☆4あればいいですね、ソロだと難しい奴もありますけど……今後の方針ですけど、やっぱりクエ依頼中心ですか?

 お兄さんは確か、幼馴染さんを待ってるんでしたよね?」

「そうだな……俺の中には確たる方針があるけど、別にお前が付き合う事は無いぞ? 裏町での活動が中心になるし、ひょっとしたら正規のルートから外れるヤバい橋を渡る可能性もある」


 それって闇落ちですかと、驚いた表情のイリアの発言に。闇落ちとは何ぞやと、恐らく初心者丸出しの質問をさらしてしまう俺。

 どうやら闇落ちとは、プレーヤーを狩ってPK認定される行為を指すらしい。そんな話も耳にした事あったかな……まぁ俺がしたいのは、琴音を狩ったプレーヤーを探し出して逆に狩る事だけどね。

 それを聞いたら、イリアはそれを称してPKKと呼ぶのだと教えてくれた。


 要するに“闇落ち集団を狩るモノ”と言う意味らしく、ちゃんとした組織も存在するとの事。『護衛ギルド』と言うのがどの街にもあって、NPCとギルドに入会した冒険者で闇落ちした犯罪者を、日々取り締まっているそうだ。

 大変そうだな、俺の個人的な私怨とは大違いだ。


「……この街にも確かあった筈ですよ、規模は大きくないですけど。大抵はどこも、犯罪者の集う闇ギルドの方が大きいんですよねぇ……」

「そうなのか、でもまぁ……幼馴染がやられたって言う、赤の塔にはその内に挑む予定だけどな」

「ほえぇ~っ、それはまた……まぁ、お兄さんの実力なら……いやでも危険ですよっ!?」


 その危険に、わざわざ小娘を付き合わせるつもりは無いと、一応は表明しておくけど。向こうもせっかく掴んだ前衛との縁を、離すつもりは無いと威勢だけは良い。

 それからネムに抱き着いて、ね~♪ っと上機嫌な様子の小娘。要するに俺は二の次で、ネムとの縁の方が大事と言いたいのだろう。

 全く無表情のネムは、当然イリアの行為もガン無視だけど。


 そうこうしている内に、ようやく俺達の順番がやって来た。順番と言っても前にいた冒険者が望みのクエ依頼書を選んで、場所を空けてくれたって意味だけど。

 ここら辺は冒険者間の自然な取り決めと言うか、ある程度のルールは決まっている。俺も二の字に聞いて初めて知ったけど、琴音が脱落してなかったら彼女から聞いていた筈。

 要するに暗黙のルールだが、それを破ると周囲から白い目で当然見られる訳だ。ここはスタートの街なので、俺みたいな初心者もある割合で存在するのだが。

 今の所は、クエ掲示板の前での揉め事は見た事は無い。


 賞金付き限定サーバとは言え、やはり日本人は行儀が良い民族には違いない。妙な安堵感は、それを意識した途端に破られる……そんな法則が、あるのは知ってたけど。

 何故かそれが目の前で発動、ってか被害に遭ったのは相方のイリアだった。しかも相当酷い、横入りと言うか吹っ飛ばされて順番を抜かされていた。

 横入りしたのは大柄な男で、どうやら良い条件の依頼書に飛びついた格好らしい。


「きゃっ……何ですかっ!?」

「おう、悪いな……何でも無いわ」


 そりゃまぁ、前に人がいても依頼書の内容くらいは充分に読める。☆の多い好条件の依頼書を、前にいる冒険者が取ろうとしたら焦る気持ちも分かるけど。

 突き飛ばして無理やりゲットは、明らかにマナー違反だろう。現に周囲からは、何だコイツ的な意見や視線がその大柄な男に向けられていた。

 それをれっとした顔で、受け流す厚顔無恥こうがんむちな男。


 そして知らぬ風に、再び元の位置で順番待ちを装っている。当のイリアは、文句を言いたそうだったが、見知らぬ男に恐れをなしたのかはっきりした態度を示さず終い。

 揉め事を嫌うのは、まぁ仕方が無い……誰だって、進んで嫌な気分にはなりたくないモノだ。ただし自分の利益を損ねるのをとして放って置けば、馬鹿な輩がそれを食い物にしようと次々と寄って来る。

 決して優しくない世界の、これは定理でもある。


 子供の頃からトラブルメーカーの世話を焼いていた手前、俺はこの手の揉め事には慣れっこになっていた。何しろどこにでも、強さとか自己主張を勘違いする莫迦は一定数存在するのだ。

 琴音は相当な激情家だが、口上は全く上手くない。意識の大半を怒りに持って行かれて、相手を罵倒するスキルがなめらかに作動しないのだ。

 だから、俺が毎回罵倒⇒護衛役までこなす破目になる。


「おい、そこの男……何でも無いってのは大ウソだろう? お前は明らかに順番を割り込みして、か弱い女の子を突き飛ばして依頼書をかすめ取った。

 大勢の群衆が見てたぞ、よくもまぁ恥ずかしげも無く大ウソを吐けるな。まずは俺の連れに謝罪と、掠め取ったクエ依頼書を元の位置に戻せ。

 許すかどうかは、この娘次第だがな」

「なんだぁ、テメェ……このエリアは殴り合い不可だからって、粋がってんじゃねぇぞ!? この女にぶつかったとか、証拠があんのか!?

 いいか、このゲームはプレーヤー間の接触は原則禁止なんだよ!」


 だからどうしたと言いたい、粋がってるのはそっちだろ……こちらはゲームのシステムの話など一切していない、マナーの話をしているのだ。

 接触はしなくても、相当な勢いで突進すれば反発で小柄な方が吹き飛ぶのは道理だ。自分勝手な利益優先で、弱者を虐げて良い訳がない。

 理論をすり替えても無駄だ、こちらは飽くまで謝罪と返還を要求するのみ。


「お、お兄さん……私は別に良いですから……」

「良くは無い、犯罪行為を見逃す方も悪だと知れ……お前が良くても、他の皆が迷惑していたら、結局は誰かが損をこうむる事になるだろうが。

 そしたら今度は、お前が加害者になるんだぞ?」

「何が被害者だ、誰も被害なんか受けてねぇだろうが!」


 自分勝手な男はそう言うが、後ろの方からは割り込むなバカとか、運営ポリス呼べとかの非難の声が多数。運営ポリスが何なのか不明だが、男は明らかに焦った様子。

 しかし見れば明らかにコイツ、後発組のダメダメ装備だな……ビギナーかベテランかは不明だが、街の混雑振りに多少の焦りや苛立ちがあったのだろう。

 だからと言って、マナー違反は許されないが。


「こっ、この……女連れで粋がってんじゃねぇよ!」

「お前は粋がるなしか言えんのか、語彙ごいが少ないのは低能の証だぞ? そもそもこんな小娘程度で羨ましがってるとは、お前のモテない面の自慢なのか?」

「なっ、てっ……テメェ、ふざけやがって!」


 だからふざけているのはそっちだろ、低能! こちらが提示しているのは、飽くまで謝罪とクエ依頼書の返還である。その前提を何度も示しているのに、向こうが発するのは「ふざけるな」と「粋がるな」のオンパレード。

 そもそも4時間縛りのこの限定イベント、口論する時間すら惜しいと言うのに。要するに話し合うつもりも無いとの事か、しかし残念ながらこのバーチャ世界ではお互い手が出せない。

 お決まりの流れで決着出来ないとなると、さてどうすれば?


 などと考えていると、男の無法振りに腹が立ったのだろう。全く文句を言わないイリアの代わりに、何故かファーが飛び出して怒りを表現し始めた。

 無論、手出しこそはしないがお怒りモードは後ろから見ていても良く分かる。ファーはアレで、他人のマナーとか失態にはうるさいのだ。

 ところがこの加勢に、非難されている男が爆笑を始めた。


「はっ、ぶはははっ!! おい見ろよ、コイツ妖精付きだぜっ!? バカじゃねぇの、こんなあからさまな美人局つつもたせに引っ掛かるなんてよ!

 おおかた大した実力もねえんだろ、粋がってないで引っ込んでろ!!」


 完全な侮辱の言葉に、次に反応したのは何故かネムだった。その姿はメイド服の可憐な幼女、しかしベテラン冒険者が見れば一目で『竜人』だと判明可能だ。

 何しろ、派手な角が幼女の頭から生えてるからな。そして周囲のざわめきは、ちっちゃなファーの出現時より遥かに大きかった。同時に俺が唱えた《マナプール》からの『闇水』の形成で、馬鹿笑いしていた男の勢いも完全にがれる。

 そりゃそうだ、コイツの爆笑の要因は妖精のハンデを知っていたからだろうし。


「俺の従者の妖精と竜人に、何か不備な点があるってのか? よくもまぁ、テメェの貧相なナリを棚上げにして人を笑えたもんだよな。あぁ!?

 冒険者なら、まずは自分を磨け……自己中な性格で、ゴミみたいなプライド守って謝罪も出来ない貴様はクソだ!

 さっきから問題点をすり替えようとしているが、こちらもクソとの時間を共有出来るほど、忍耐も時間も無い……謝罪が無いなら失礼する、誰か運営ポリスとやらに通報を頼む。

 行くぞ、イリア」

「えっ、あっ……はい」


 真っ赤になってこちらを睨んでいる、割り込み男と共に残されるのが怖かったのだろう。素直にイリアはついて来たが、その際に嫌な情報が視界の端に映った。

 どうやら割り込み男は、1人行動では無かった様子。3~4人程度のパーティだろうか、そいつらと忌々しそうに小声で何やら話している。

 言い争いには勝ったが、確実に遺恨は残したかな。




 ログアウト予定時間まで、もう残り10分とちょっと。下らない騒動で、無駄に時間を浪費してしまった。後悔はあるが、致し方ないとの思いも。

 今は裏通り経由で、皆で教会へと向かっている所。ログアウト作業も勿論だが、老神父がいれば数種類の薬草クエを清算してしまいたい。

 そうすれば、スッキリ今日の活動も終われると言うモノ。


 ところがどっこい、そうは問屋がおろさなかった。ファーが途中から、やたらと後ろを気にし始めたのだ。何だとチラ見してみると、団体に後をつけられている。

 おやっと思ったのは、さっき揉めた大柄な男が団体の中央にいたから。魔族とのハーフらしいから、恐らくは前衛なのだろう。

 仲間達も、似通った容姿と装備で脅威はさほど感じない。


 ひょっとして、恥をかされたから意趣返しに追跡していたのだろうか。表通りならどうやっても殴り合いは不可だけど、こっちが都合よく裏通りに入ったので。

 これはしめたと、向こうは調子いているのかも知れない。チラ見ながらも、確認したら団体は4人で構成されていた。人数任せで襲撃か、とことんヤンキーだな。

 ふむっ、俺はこれに付き合うべきかな?


 付き合う事にした、逃げるのもしゃくだし冒険者同士の戦闘と言うイベントにも興味があるし。PKは元が闇落ちした悪人なので、こちらが手を出しても問題は無い。

 ただ、闇落ちしてない者同士だとどうなる?


「おらあっ……!! 囲め、逃がすなよっ!?」

「従者には気を付けろよ……ひょっとしたらフリーになって、俺らの物になるかもっ!!」

「弱体魔法掛けろっ、反撃に注意しろよっ!!」

「きゃっ……何ですかっ!?」


 驚くイリアを庇うように、敵に背中を向けての無防備な姿勢。かさにかかって殴り掛かる襲撃者、俺は慌てず土魔法の《硬化》を唱える。

 ネムが反撃しようと動くが、最初は我慢と封じさせて貰う。こちらから手出しすると、酷いペナルティを喰らいそうだ。闇落ちがどんな理屈で発動するか知らないが、積極的にそんなハンデを背負いたくは無い。

 こちらは冒険者の流儀に則って、相手をするのみ。


 向こうのレベルは不明だが、攻撃は全く大した事は無かった。こちらの膨大なHPと《硬化》込みの防御力を差し引いても、欠伸が出るようなヘタレ具合い。

 何しろ、4人掛かりでも二桁の攻撃ダメージすら滅多に来ない。パニ繰り気味のイリアの、ゼロ距離からの回復支援も飛んで来てるし。

 そろそろ良いかな、ネムもいい加減れてるし。


「分かったよ、それじゃ反撃と行こうか……この大剣を貸してやろう、ゴブ王の持ってた人斬り大剣だ。ちょっと待ってろよ、今確認するから」

「バカみたいに硬い野郎だなっ、皆もっと本気出せよっ!?」


 襲撃者の戯言ざれごとなどどうでも良い、それより奴らのネームの色が面白い事になっていた。派手に赤と灰色の点滅を繰り返していて、その上に大きく“反撃許可”の文字が躍っている。

 なるほど、善良な冒険者が襲われるとこうなるのか。これならこちらも、安心して殴り返せると言うモノ。盗技石もたっぷりあるし、遠慮はいらない。

 やられた事をやり返す、ただそれだけ。


「クソッ、何でコイツ……おい、チビの女からやれっ! 回復されてっぞ!?」

「おいおい、恨みがあるのは俺の方だろ……俺の存在を忘れるな、貴様らにとっての災厄なんだからな」

「何言ってやがる、コイツッ!?」


 その時には、既にメイド服姿のネムが、俺の懐から大剣を抱えて踊り出していた。災厄発動、もうこの運命からは何人たりとも逃れられないってね。

 瞬く間に、一番左端の男が斬り伏せられていった。凄い早業だ、もとのスペックが全く違うと言いたげな斬撃。俺も負けじと、棍棒を振り回し始める。

 その反撃に、驚いた風の襲撃者たち。


 素人かと問い質したくなるようなリアクション、最も油断などしてやらないけど。一番左端の奴は、既に及び腰だな……逃げ出せないよう《Dタッチ》で目潰ししてやろう。

 襲撃の主犯格の大柄の男は、手にした両手斧で粋がって殴り掛かって来る。これでダメージ1桁か……可哀想な程の粗悪品だな、これで良く勝てると思ったものだ。

 想像力とか無いのか、頭の中に花とか飛んでそう。


 SPが貯まったので、範囲技の《ブン回し》で牽制してやりつつ。相手もスキル技を使ってきたが、直撃しても何の事は無いレベル。

 スキルが低いのか、ダメージが全く振るわないのは鍛錬が足りないのだろう。ののしり声ばかりうるさくて、段々と腹が立って来た。そろそろとどめだ、ってかネムが2人目を仕留めた。

 ちょっと待って、主犯格は俺に倒させて!


 本当に困ったちゃんだ、油断すると幼女に手柄を総取りされてしまう。やや焦った感の《撃ち上げ花火》で、しかし主犯格の男はノックアウトされてくれた。

 これで汚い言葉をこれ以上浴びずに済む、清々せいせいしながら残りの1人をネムと一緒に倒し切って。これで襲撃団は全員討伐完了、盗技石×4個分の報酬ゲットだ。

 ちなみに通常報酬は、経験値とポーションくらいのモノ。


 予定外だったのは、襲われた側のイリアの態度だった。いや、俺に対する反感が芽生えてしまったらしい。酷い、見損なったと呟いて走り去っていく小娘、何でそうなる?

 う~む、感じ方は人それぞれだけど……どうもあの娘にとって、襲撃団は刺激が強過ぎたのかも。それとも、反撃した俺が不味かったのか?

 苛められっ子って、大抵は反撃の手段を知らないから。


 どう頑張ったって、どこの集まりにも嫌な人間は2割程度は存在する。そんな奴らに自分の生活を掻き回されるのは、俺だったら真っ平御免だ。

 イリアみたいに、逃げるのも確かに一つの手ではある。だけど、協力者からも逃げてどうすると、何とも遣り切れない思いでちょっとだけ嘆息しつつ。





 ――これは短い縁で終わるかなぁと、生意気な小娘の行く末を想う俺だった。





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