第89話 ぼっち娘とネムの装備




 どうやら話し掛けられたようだ、独り言なのかと混乱してしまったけど。その小柄な人物は、道端の街路樹にもたれ掛る様に座っていて、後衛用ローブを着込んでいて顔は窺えない。

 少なくとも、声からすると若い女性のようだ。ファーなど何か用事かなぁと、思い切りローブの下の顔を飛びながら覗き込んでいる。

 不躾ぶしつけなその対応に、思い切り顔を背けている不審者。


 うん、どうも不審者認定しなければならないようだ。ネムは相変わらず無表情、自分の変身の結果に全神経を持って行かれている感じすらある。

 新しい身体に馴染んでいないのは確かだ、早い所服を着せてやりたいのだけれど。ただし、一緒に下着を買いに行くのは、いかにも恥ずかしくて勘弁願いたい。

 バーチャ世界と言えど、何とか回避できないモノか。


「な、何なんですかっ、この妖精……嫌がらせですか、負けませんよっ!? 断固抗議ですっ、責任者出て来いですっ……!!」

「お前こそ、話したい事があるならこっちの顔を見て話せよ……ってか、俺たちに何か用事か?」

「用事なんて無いですよ、ただの嫌味です……こっちはクエ依頼書も満足に取れないんですから、ねたんで当然でしょうがっ!」


 何だ、ただのボッチか……しかし清々しいほどに責任転嫁して来るな、こっちは小娘の事情などどうでも良いのだが。

 いや待て俺、ひょっとしてコイツが何か解決策を持ってないか?


「パンツ……お前、予備のパンツ持ってたらくれないか?」

「……はあっ!?!?」


 いやいや待て俺、これじゃあこっちが不審者だ。現に相手は、顔を真っ赤にしてアウアウ言っている。そして待てファーさん、他人の鞄の中を漁るのは流石にルール違反だぞっ!?

 架空世界と言えど、断じてパンツ泥棒のレッテルなど貼られたくなど無い。もう少しマシな解決策を見い出さねば、ってか俺の鞄の中に何か無かったかな?

 さっきは慌ててたので、マントしか思い付かなかったけど。


 さっきのは言葉の綾だ、実は従者の服が無くて困ってたんだと、華麗に言い訳を挟みつつ。鞄の中を伺う俺、さすがに俺の穿いてた『クールな下着』を、ネムに渡す訳には行かないな。

 その代わり、もっと良さそうな服を見付けた。始まりの森で買い取った『戦闘メイド服』だが、これなら可愛いし戦闘用にも使える。

 取り出して改めて見たけど……スカート丈短いな!


 そう言えば、着ぐるみの♀猫が着てた時もそう思ってたっけ。着ぐるみと言っても顔のマスク部分だけだったから、そのアンバランスさが何とも奇妙だったけど。

 このセクシー寄りの服だと、さすがに幼女には不釣り合いかなぁ? でもまぁ、他に候補が無いから取り敢えずこれを着せてしまう事にしよう。

 ……後はそう、下着の問題だけが残ると言うね。


「そんな訳で、俺が女性用の下着を買いについて行くのもこっ恥ずかしい。お前暇そうだしな……ちょっとこの子連れて、店に寄って色々買い物してくれないか?

 取り敢えず1万モネー渡すし、礼は別にするから」

「は、はぁ……別に良いですけど、そのメイド服に着替えさせればいいんですか? ってか、この手の服は勝手に使用者にサイズが合う仕様だし、そもそも手渡せば装備してくれますよ?」

「おぉ、そうだったのか……いやだから、上着があってもパンツが無いんだ! それを貴様に買って来いと頼んでるんだ!!」


 それが人にモノを頼む態度ですかと、非難されたのは置いといて。後衛ならば欲しがりそうな、装備なら鞄の中に色々とあるのは確かなので。

 理力の杖とか天使のベールとか、こちらでは使ってない良品をチラ見せしてやると。途端に乗り気になった現金な小娘、一応向こうはイリアと名乗りを上げた。

 見た目通りの後衛職、初級魔術師でLvは12らしい。


 それがどの程度かは知らないけど、誠也とかと較べたら少しレベルは低いのかな? ボッチなら仕方が無いのかも、とにかくネムの素っ裸問題の解決はこの娘に掛かっている。

 ファーもついて行ってくれるそうで、これならネムも心細くないだろう。余計なモノは買うなよとクギを刺し、何となく不安になりつつ一行を送り出して。

 こちらはさっきの依頼の、クリア報告を冒険者ギルドに出しに行こうか。


 洋服店は同じ通りなので、変にはぐれる事は無いだろう。向こうが騒動起こさないか、はなはだ気にはなるんだけれど。時間は有限なので、待ち時間は有効に活用したい。

 そんな訳で、窓口前でちょっとだけ並んで、さっきこなした初の☆4クエ依頼のクリア報告を。2つとも一応の報酬は得ていたけど、『♥4:盗まれた指輪』の方は追加があった模様。

 経験値を1000 exp貰えて、割とホクホクである。


 ついでの様に冒険ポイント340Pと貢献Pを5点、さすがに☆4はリターンが多い。残り時間はもう殆ど無いけど、念の為にと掲示板をちょっとだけ眺めてみるも。

 大した依頼は発見出来ず、すごすごと冒険ギルドを後にする。


 向こうの買い物は、まだ終わっていないらしい……女性の買い物は長いからな、琴音と妹たちに付き合わされた経験から、すっかり悟りを開いた俺なのである。

 それならば、もう少しだけ時間潰しの買い物としゃれ込もう。すぐ側に道具屋があるし、ファーなら俺を簡単に探し当ててくれるだろうし。

 そんな訳で、お気楽買い物タイムのスタート。


 ここの道具屋は、本当に一般家庭に必要な小物から、冒険者が必要なアイテム類まで幅広く揃えていた。品揃えを見るだけで面白い、えぇと何が必要だったかな?

 そうそう、借りた納屋の中に家具が欲しいんだっけ……それから、兄妹の寝具とかも買っておいてあげないとね。食事をとる机はもちろん欲しい、後は鉢植えの追加も置きたいし。

 結構な大荷物になりそうだな、全部鞄に入るからいいけど。


 家具の類いは、調べてみたら確かに設置ボーナス的な数値も存在していた。じっと商品タグを注視していたら浮き上がる感じ、ただしここの商品は安物ばかりで特筆すべき物も無し。

 ちゃんとした家具屋に行かないと、良品は無いそうだ。


 相変わらず店員の待遇はよろしくないが、一応基本的な事程度なら教えて貰えるっぽい。こちらもそこそこ支払い能力があると知ると、そこまで露骨に無視しなくなってくれたし。

 大口の買い物も思案していると、少しずつ説明に熱が入り始める店主。中年オヤジで、どうも魔族の血が混じっているらしい容貌をしている。

 浅黒い肌に、額の左に小さな角が。


 こんなのは良く見る混血の特徴の一つに過ぎない、実際俺にも角っぽい尖がりが右の額に確認出来るし。変な所に小さなケモ耳も生えてるしね、我ながら妙な風貌である。

 とにかく店主のお勧めで、俺は追加でアイテム箱と通信シェルの購入を決定。アイテム箱は、前もって二の字から進められていたし、確かに鞄の中身の整頓には必要には違いなく。

 通信シェルは、遠く離れた人とも一定時間通話可能なアイテムらしい。


 しかもコレ、NPCとも普通に喋れるらしいし超便利だ。兄妹にも持たせよう、ファーとネムは喋ってくれないので、全く無用の長物だけど。

 それでも念の為、5個ほど購入する事にして。1個8千モネーだから、安くは無かったんだけど仕方が無い。自分用と兄妹用で合計3つ、後の2つは予備と言う事で。

 他にもぼちぼち、有用そうなのは買っておこうかね。


 お金はあるし、無駄な用途でも無いから使うのは全く問題は無い。そうそう、食糧も買い込んでアイテム箱に入れておいてあげないとな。

 俺がいない時にひもじくされるのも気の毒だし、雇うと決めたのは自分なのだ。ネムの面倒も見て貰わないとなので、これも必要経費の内ではある。

 食料品店は……おっと、これもすぐ近くにあった。


 西の大通りは割と何でも揃っているなぁ、その分人通りが多くて大変だけど。食料品店も客の数はほぼいない感じ、お陰でゆっくりと買い物出来て助かる。

 ここの品揃えは、大半が保存に適していて生モノは店先にちょろっとある程度。冒険者には助かるけど、美食の点は全く考慮されていないっぽい。

 取り敢えずパンの塊をどしどし選んでたら、ファーが飛んで来た。


「おっと、もう向こうは選び終わったのか……? そんじゃこっちも、ぼちぼち買い物終えて合流しようか。

 そうだ、ファーも欲しいモノ幾つか選んでいいぞ?」


 俺の言葉に、途端に張り切り始める相棒妖精。アレとコレと、あちこち飛び回りながら欲しい食材を指差して回る。大抵は甘モノだな、クッキーとかドライフルーツとか。

 ミルクや果物も結構な数、指示に従って購入する事に。これ日数の保存、大丈夫なのかな……鞄かアイテム箱に入れておけば、腐らないと信じたいけど。

 心情的には、やっぱり毎日新鮮なモノを購入したいなぁ。


 ゲーム内事情に従う方が、楽なのは分かっているんだけどね。この身に染みついた常識は、簡単にくつがえらないのも事実ではある。

 それでも大量購入をいとわないのは、大食いのネムや兄妹がいるからに他ならない。合計で3千モネーと結構買い込んだけど、3日と掛からず無くなりそう。

 別に良いけどね、無くなればまた買いに行くだけだ。


 そそくさと清算を済ませて、ファーと一緒に表通りに出てみると。すぐ近くに、戦闘メイド服を着たイリアと白い簡素なワンピースを着たネムがいた。

 ……なぜお前がそれを着るとの突っ込みは、スルーした方が良いのだろうか? やけに上機嫌の小娘に、望みの言葉を吐くのはかなり腹が立つ。

 簡素なワンピースを着たネムが、超キュートなのもその一因だが。


「……お礼の品は、その服で良いって解釈で合ってるかな、小娘? ネム、ちゃんとパンツ買って貰えたか?」

「このメイド服、確かに物凄く性能が良いですねっ!? 何でこんなの、お兄さんが持って……あっ、そういう性癖の人……」


 やかましい小娘、ネムのためにと渡したのに勝手に着込んでその言い様は物凄く腹が立つぞ。ネムもこんな往来で、パンツを見せるのは止めなさい、はしたないっ!

 うむっ、ちゃんと買って貰ったようで良かった……縞パンか、妹も持ってたな。いやそんな事はどうでも良い、とにかくこれで従者の真っ裸問題は解決した。

 後はこの仔竜⇒竜人の、戦闘能力の推移すいいなのだが。


 渡した装備で、果てしなく強くなるならそれは確かに竜人の方が戦力になるだろう。ただしこんなちみっ子を、前線に放り込む鬼畜な所業をしとするならであるが。

 仔竜の頃には、姿がモンスターなのでそれ程に抵抗も無かったけれど。さすがにこの10歳の女の子の容姿の従者を、モンスターと戦わせるのには抵抗がある。

 それともこれも、ゲーム内常識ではオッケーなのか?


 取り敢えず幼女の手を取り、裏町教会へと戻る道を選択すると。ファーが定位置である、ネムの頭頂に舞い降りてご機嫌に行く手を指し示し始める始末。

 それを感じたネムも安心したのか、俺に手を引かれるままに歩き始め。表通りを人混みを掻き分けて進む事数分、そこから急に人通りのスカスカな裏通りへ。

 何故かついて来る小娘は、無視していいのかな?


「我が家の様に裏通りに入って行きますね、お兄さん……私はちょっと怖いので、ちゃんと護衛して下さいよねっ!」

「……いや待て、何でお前までついて来るのかと、俺は逆に問い質したいんだが? ネムの服を選んでくれたお礼は、そのメイド服でチャラになっただろう?

 それとも他に、何か欲しいモノがあるのか?」

「いえ、まぁ……」


 急に恥ずかしそうに顔を背けた小娘、もにょもにょと小声で申すにはどうもフレンド登録をしたいらしい。オッケーと気楽に応えないでファーさん、決めるの俺だから。

 でもまぁ、可哀想なボッチに愛の手を差し伸べるのも、年長者の役目とも思うし。コイツ、恐らくはコミュ症も抱えてるんだろう、初対面からの妙な動向からも察せられる。

 仕方ないな、フレ登録位で目くじら立てるのもアレだし。


 こちらが了承してやると、イリアは途端にホッとした表情に。聞けばこの限定サーバの、初フレが俺らしい……お前、ベテラン冒険者じゃなかったっけ?

 いやまぁ、全てのベテラン勢がフレを何人も抱えているとか幻想に過ぎないだろうけど。全くいないってどうなのよ、良くそんなんでこの過酷な限定サーバに飛び込めたモノだ。

 元サーバでもボッチだったら、そんなに変わりは無いかもだが。


 それは突っ込んで聞かぬが優しさだろう、兎に角こちらはネムの検証が先なので。どうやったらレベルが上がるのかとか、武器は何を装備させれば良いかとか。

 そもそも幼女を戦わせても倫理的に平気なのかが、大いに気になる所だけれど。相変わらずついて来てる小娘に訊いてみれば、元サーバでは普通に数いたらしい。

 ってか、冒険者には幼女の方が好評だったみたいで。


「大抵はオートマタでしたけどね、美男美女タイプもある程度はいましたけど。幼女で強いって言う、ギャップ萌えが受けてましたねぇ……ゲーム的にはテンプレですけど」

「良く分からんが、ネムも戦わせて倫理的に問題無いんだな? 後で大勢に批難される事態になったら、一生お前を呪うからな!?

 ってか、従者はどうやってレベルアップするんだ? 今までは魔石食わせてたんだけど」


 イリアの話では、色々とあるらしいが従者の運用は大抵はコストが凄く嵩むらしい。つまりは従者チートを得るには、それなりの出費は覚悟しろとの当然の規制らしいのだが。

 俺の従者であるファーやネムには、イリアが言うほどの金銭的不利が発生していない様な? ところが彼女の知るオートマタなどの運用は、1時間の使用に魔石(小)×1個必要とかのレベルらしく。

 強い型のオートマタほど、費用は嵩むのが常識だとか。


 一方の成長型のペットなどだと、普通に経験値を得て成長して行くとの話だ。これも維持費は結構掛かるけど、強さはそこらのモンスターレベルでそれ程には強くない。

 成長させる事でそこそこ強くはなるが、レベル上限が存在するので割とすぐに頭打ち状態になる。それを考えれば、竜人の従者など超が付くほど破格らしい。

 ふむう、この無表情な赤毛幼女がねぇ……?


 お試しでちょっとだけ、街を出た先でモンスターと戦わせてみようか? 側に俺が付いていれば安全は確保出来るし、敵もそこまで強くは無い筈。

 試しに魔石(小)を目の前に差し出しても、ネムはぷいと顔を背けるばかりだったし。水晶玉に関しては、ひょいと口の中に含んで飴の様にしゃぶり始めたけど。

 ……危なくないのかな、爆発しない事を祈るのみ。



 南門出口付近は、まぁそれなりに先客がたむろっていて混雑はしていた。それでも何とか空いてる場所を無理やり発見、そこで適当にネムに戦闘装備を提供して行く。

 それを興味深そうに覗き込むイリアとファー、肝心のネムの反応は、まるで玩具を与えられた子供の如し。顔は無表情ながらも、目は爛々らんらんと輝いている。

 そして何故か、一番のお気に入りは例の大斧だったみたいで。


「ちょっと待て、それは流石に振り回せないだろう……うおっ、凄いなネム!?」

「うわぁ、さすが全種族の中でもチート扱いの竜人ですねぇ……レベル低くでこれなら、成長したらどうなる事やら」


 俺達が驚くのも無理は無い、あのエリアボスだった首領盗賊が使っていた大斧を、軽々と振り回すその腕力ときたら。自信に溢れて、何か格好良く見えさえする。

 ちなみに防具類は、あんまり興味が無いみたいで白いワンピース姿のままである。俺的には結構こだわりの防具も、提示したつもりだったんだけど。

 同じく盗賊首領ドロップの、腕輪とかその他色々。


 そんなの関係ないねと言わんばかりに、ネムは大斧担いで近くのモンスターを試し切り。一応は回復支援を用意していた俺と小娘、反撃も許さずばったばったと敵をぎ払う、ネムの勇士に唖然あぜんとするばかり。

 何と言うか……マジでチートですやん。





 ――ワンパク従者の姿に、ただ呆れ返るだけの俺だった。





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