第46話 海の中の竜宮城




 くじらモドキの意味不明な質問は置いといて、秘かに《水中呼吸》の呪文を俺とファーに掛けるのは忘れずに。コイツが精霊の類いだとしても、うっかり乗り手の存在を失念してたなんて事態は充分にあり得る。

 自分がそうだからって、相手も水中で呼吸出来ると思い込んでたりとかね。人間ってのは結構、そんな感じで自分の解釈と言う“モノサシ”で他人も計る生き物だ。

 精霊も似たような存在じゃないと、どうして言えよう?


 そんな内心の不安とは裏腹に、海の底への旅は快適そのものだった。次第に薄くなる太陽光の恩恵と、密度を増して行く深海の闇。明暗のグラデーションと、静寂の世界。

 魚の群れが、ある程度の規則性を保ちながら泳いでいる。鯨モドキの大きな体躯に驚いて、その群れがパッと花開くように一瞬だけ散り散りになる。

 ファーがその光景を、何やら興奮しながら眺めているのが面白い。


 海の中なんて、確かに直に眺める機会は無いよなぁ……どこに連れていかれるにしろ、貴重な体験ではある。ってか、俺は何故なにゆえにコイツに乗っているんだ?

 ファーの事は信頼してるが、この鯨モドキの目的が分からないのが怖い。試しに話し掛けてみたところ、普通に答えは返って来たのには驚いたけど。

 いや、だって日常では鯨と話す機会が無いもので。


「あの……さっきの質問はともかく、俺達はどこに連れて行かれてる際中なのかな?」

「どこって、海の中にあるのは竜宮城に決まってるじゃん? さっきの質問の返事は、そこのお嬢さんが代わりに答えてくれたからもう変更は効かないよ?」

「えっと、竜宮城が海の底にあるんだね……何か注意点とか、気を付ける事とかあるのかな?」

「あるよ、まず竜宮城の中は時間が止まってるから幾ら滞在してても大丈夫。ただし、長居し過ぎるとお土産の質に響くかもね?

 それから注意するのは乙姫おとひめ様、機嫌を損ねるとチョー怖いからね?」


 チョー怖いらしい、もっとも混乱しそうなアドバイスではあるけれど。とにかく行く先は“竜宮城”で、そこには怖い乙姫様が待ち構えているとの情報に。

 一番大事なのは、竜宮城の中では時間が進まないと言う事実……確認した訳ではないが、つまりその中では4時間縛りが発動しないって意味なのかも知れない。

 ちゃんと確認しておかないとな、お土産の話はともかくとして。


 そんな事を考えていると、海の底らしき場所がおぼろげに見えて来た。ひときわ目を惹くのが、煌々こうこうと灯りを放つお城みたいな建物。一瞬、巨大な銭湯に見えたのは内緒である。

 とにかく煌びやかな大きな建物が、珊瑚の群生地の中にドンと建っている。珊瑚も色とりどりで、中には提灯を引っ掛けて電柱の代わりになっているのもあったりして。

 実に見応えのある風景、鯨モドキはその中心へゆっくりと降りて行く。


 中庭も実際広くて、彼の巨体をものともしないスペースを備えていた。純日本庭園のような庭にも、明かり取りの提灯が並んでいる。

 庭に面する渡り廊下に、数名の出迎えの人影が見えた。って言うか、ここでも着ぐるみだ……魚やタコ、ヒラメやフグ、挙げ句の果てには提灯アンコウなんてのもいる。

 何でもアリだな、そして案の定誰もしゃべらないと言う定期。


 安全地帯の着ぐるみNPCと違うのは、全員が和服と言うか旅館風の作業服を着ている事。何なんだろうね、ココ……いや、竜宮城って何をする所?

 取り敢えずは案内してくれた鯨モドキにお礼を言って、その背中から飛び降りる。着ぐるみNPCは、皆が揃って建物の中へと案内する素振り。

 中も和風ですね、お座敷みたいな広い景観。



 そして中庭に降りた途端、例の“未踏破ボーナス”の告知が鳴り響いた。ここの地も、誰も来た事が無かったらしい……さもありなん、鯨に話し掛ける奴はそういないのだろう。

 俺も別に、背中に乗せて欲しかった訳では無いんだけど。それでもその結果に貰えたモノは、凄くとっても有り難い。安定の経験値入手、2500expをまずはゲットである。

 他にも色々、今回も冒険スキルが貰えたみたい。


 『遠見透声』と言う、遠隔会話と遠くを見渡せるスキルらしい。これは誰に教えを請えば覚えられるのかな、師匠に教えて貰えれば一番なんだけど。

 それから氷魔法《魔女の略奪》と言う弱体魔法、相手のステータスを弱らせた分、自分に上乗せする略奪系の呪文らしい。面白いけど、氷魔法かぁ……。

 これ以上増やすと、もう言い訳は効かないな。


 後は何故か、『竜宮城お買い物券』ってのが3枚ほどついて来た。この建物のどこでお買い物をするんだろう、ガチャ券とも違うみたいだけど。

 中が気になって仕方が無いが、入って良いのかな?


 靴を履いたままで良いのかな、いやNPCの皆さんも靴を履いてるみたいだし。絨毯敷きだし大丈夫みたい、中庭から入れる通路もちゃんとある。

 多少気後れしつつ、皆さんに続いて大広間へと入って行くと。中も綺麗で豪奢な飾り付け、そして壁の一面には派手な柄のふすまの群れが。

 その数は全部で4つ、それぞれに部屋の名のプレートが襖の上に。


 それぞれ『歓待の間』と『修練の間』と『鍛錬の間』と『職業斡旋の間』と書かれている……ここはどこなんだ、本当に? 竜宮城の中にある、職業斡旋の間ってナニ??

 大広間は、本当に大銭湯のロビーのような造りだった。フロントのような場所もあるし、あちこちに景観を良くしようと珊瑚の置物や植物が置かれている。

 ただし、植物はワカメだったりするけど。


 えぇと、どうすればいいんだ? そうそう、まずは時間の確認を……うわぉっ、本当に時間が止まっている。凄いな、ここに滞在し放題じゃないか。

 鯨モドキには、何やら注意されたけど……まぁいいや、取り敢えず近くにいるタコの着ぐるみNPCに近付いてみると、ソイツはぺこりとお辞儀して襖の方を指し示した。

 つまり、どれかを選べと言う事らしい。


 それとも順番がアレなだけで、全部廻れるのかな? 個人的には『歓待の間』しか入りたくないが、そう言う我が儘は許されてしまうのかな?

 少しだけ大広間を眺めて回ってみるが、特にイベントも起きないし、NPCに怒られる事も無い。しかも全く話が進まない、これは覚悟を決めて先に進むしかないみたい。

 飽きて来たファーが、そろそろヤンチャを始めてしまいそうだし。


 そんな訳で、4つの扉……もとい襖から1つを選ぶ。本当は悩むべきなんだろうけど、何故か足は自然と『歓待の間』の前へと進んで行って。

 その襖の前にいたヒラメの着ぐるみが、うやうやしい仕草でその中へと案内してくれた。あっさり開いた襖の奥には、お座敷が設えられていて。

 本当に歓待されてるっぽい、何やらかえって不気味である。


 ここは土足厳禁みたい、案内に従って靴を脱いでお座敷に上がって行く。テーブルには贅沢な料理が並んでいて、そのほとんどは海産物みたいである。

 そして奥の舞台では、タイやヒラメが小楽団の音楽に合わせて舞い踊っている。何故かパラパラ風の、変に小気味良いステップを尾びれ胸びれで刻んでいる。

 何か可愛い、ファーも楽しそうだ。


 放っておくと舞台に飛び入りしそうなので、さり気無くテーブルの上の食事をアピールしてみると。ファーにも食べられそうなモノがあったみたい、海ブドウとワカメの盛り合わせ。

 テーブルに陣取って、黙々と食べ始めたので恐らく気に入ったのだろう。俺もお刺身や貝の焼き物を食べてみる。普通に美味しい、他にも煮物やお吸物と選り取り見取り。

 暫くお互い、食欲を満たすのに忙しく箸を動かす。


 もっともファーは、手掴みでお行儀に関しては宜しくは無いけど。誰も咎めないので良いケドね、食事マナーも大切だけど、心地良く楽しむのが一番だ。

 そんな食事風景が落ち着いた頃、お座敷にも変化が。何やら屋台のようなカゴ車が、俺達の居座るテーブルの前にやって来て。

 音楽も微妙に変化、踊り子たちはいつの間にか静かな踊りにチェンジしている。


「おおっ、ここで売り子の登場とか……確かに歓待だなぁ、お金で買えるのコレ? えっ、お買い物券と交換で良いって?

 3枚かぁ、って事は選べるのはアイテム3個だけ?」


 そうらしい、いやいやここは粘り強く交渉してお金でも買えるように出来ないかなぁ? ついでにこちらの持つ、余っているアイテムも買い取って欲しい。

 渋い顔の提灯アンコウの着ぐるみNPCだったが、ファーの声無き援護もあってオッケーが出た! わ~い、これは超嬉しい……何せ、鞄2つ持ってても既に中身パンパンだったし。

 入って来るばかりで、売れるお店が全く無い始まりの森仕様のお陰で。


 構造に欠点がありまくりだよな、それはまぁ置いといて。向こうの着ぐるみNPCも、数を増やして対応してくれる様子。負けじと相棒も前面に、一歩も価格で譲るつもりは無いアピールを振り撒いている。

 そんな中、白熱の価格取り付け合戦が始まった。それはまさに、戦いだった……こちらも相応な値段が分からないなりに、高値を吹っ掛け過ぎたのも原因だけど。

 俺が最初に取り出したのは、翡翠の指輪と翡翠の飾り。モロに貴金属、換金用のアイテムである。数分に渡る長い交渉(主にファーによる)の結果、2つで62000モネーをゲット。

 おっと、思ったよりも高値だ、幸先良いな!


 続いて断崖のダンジョンで拾った初心冒険者の服と帽子、それから杖のセット。俺には全く必要ないし、鞄の容量塞ぎでしかない。でもこんなのでも、3000モネーに。

 同じダンジョンの出物、庭師のエプロンと枝切り鋏は、何故かフグの着ぐるみNPCが喰い付いた。ひょっとしたら、竜宮城の庭師的な役割なのかも知れない、8500モネーの売り上げに。

 いいね、こちらも不要なモノを処分出来て大助かり。


 先にゲームを始めている京悟と美樹也に、こちらの余っている武器の融通を打診した所。こちらと合流するのはかなり先になるらしいから、売っちゃった方が良いぞとのアドバイスを貰って。

 合流が先って事は、その間また強い武器を入手する可能性も高いって事で。それなら確かに、売った方が鞄もスッキリするし上策だ。ちなみに京悟は大鎌使い、本当はナックル拳士を目指していたけど、大型モンスターの多いバーチャ世界で妥協した結果らしい。

 美樹也はパーティのバランスを見て、素直に盾職とやらを選択したそうだ。使っている武器は片手斧だが、稼いだお金は装備に注ぎ込んでいるとの話。

 美樹也らしい、この面子ではバランス取り役にならざるを得ないし。


 そんな訳で、余っていた武器も装備も思いっ切り換金して行く事に。良い出物があっても、確かに出逢えなければ渡す事も不可能だもんね。海辺の洞窟のドロップ品、海賊の大斧とサーベルは意外と高くて、セットで5400モネーで売れた。

 ダメージ高かったもんね、続けて安全地帯のドロップ品、野蛮なサーベルと野蛮な手斧だけど。こちらも筋力+3付きの逸品だ、ファーの交渉も熱が入っている模様。

 その結果、2つで8000モネーとまずまずの価格に落ち着いた。


 なかなか好調ですな、今や相手の海産着ぐるみNPCズもアツくなっている模様。水の神殿の出物の、水切りの剣と水のマントは水属性のせいか妙に人気で。

 色んな着ぐるみ達が欲しがった結果、何と12000モネーで売れてしまった。いつの間に競りになったんだろう、不思議だが儲かったからいいか。

 ってか、既に儲けの合計が10万に達しそうなんですけど!?


 後はそんな掘り出し物は無い、西の断崖近辺の死体から拾った護衛の盾や刀、それから腕輪が合計で3500モネー。耐魔の指輪と蟷螂の大鎌が合計で4800モネー。

 自作の大猪の牙の短槍と丈夫な木の棍棒、それから研ぎ直した粗末な石斧が合わせて2800モネー。消耗品らしい、蛙の歌笛は結局使わず売って7個で6800モネーと割と儲けを出してくれて。

 他の不要な装備や収集した果実類、これがまとめて2500モネーに。


 いやいや、売れた売れた……合計で12万近くの儲けになった、鞄もスッキリで良い事だらけだ。旅人のマントは予備に持っておくつもりでキープ、マントは色々便利だからね。

 蛙の王笏も棍棒の予備で持っておく事に、他の素材類は何かの役に立つかもなので同じくキープ。呼び鈴や呼び水も勿体無いので持っておく、スキルの類いも滅多に出ないので。

 売り上げのお礼に、蜂蜜ジュースをただで付けてあげたら喜ばれてしまった。


 それにしても相棒の交渉術は凄まじかったな、声は出てないけど身振り手振りで着ぐるみNPC達を手玉に取っていた。ファーには本当に感謝、俺の魅力値の低さを補ってくれている。

 ちなみに豹柄のマスクを売ろうとしたら、タダでもいらないとダメ出しされた……こればっかりは、流石のファーさんでも換金は無理だった様子。

 これも着ぐるみのドロップだったのに、不思議でたまらない。


 続いて買い物だ、これは買い物券たった3枚で、全て貰うのはとても不可能……武器装備だけで、それぞれ10種類近くずつ揃っているのだ。

 その中で目玉なのは、間違いなく『竜宮の短槍』だろう。攻撃力+15は、今まで見た武器の中でもピカ一だったり。しかも片手武器でこの威力、これを貰わない手は無い。

 そして残念ながら、両手棍は商品の中には入っておらず。


 杖っぽいモノならあったんだけどね、それはまぁ欲しくないのでパス。装備では弱い箇所を交換したい、兜とかも普通に性能良いな、ってか皆凄い性能なんだけど。

 現状の装備品と較べると、やっぱりコレかな?


 ――竜宮の短槍 耐久12、攻+15、精神+3

 ――竜宮の兜 耐久10、防+10、精神+3


 さて、残りの買い物券は1枚のみ……他にも水と氷の術書とか、水の矢束とか呼び鈴や呼び水などなど、便利で欲しいアイテムはいっぱいある。

 ファーの熱心な交渉の末、お金+甘味での交換に+5点余計に応じてくれるそうな。それじゃあ……買い物券との交換は、この『水と氷の香木』で決定かな。

 あって嬉しい香木シリーズ、それが商品の中に紛れ込んでたのだ。


 これの効能は、香炉にくべで20分その香りを浴びると、水と氷のスキルPが1つずつ増えると言う優れモノ。超貴重品では無かろうか、これがセットで2本ついて来る。

 凄いね、何故氷まで付いて来るかは謎だけど。とにかく後の5点を決めなくちゃ……そうだな、置いてある術書は水と氷が1冊ずつ、呼び鈴と呼び水も同じく1個ずつ。

 それを買い取るとして、あと1点は素材が良いかな?


 とは言っても『水中珊瑚』は、素材を生み出してくれる鉢植えみたいなモノらしいけど。主に骨素材の珊瑚の欠片とか、貝殻とかを1日何個か収穫出来るみたい。

 継続的な金策には良いかも知れない、この先もお金は必ず必要になって来る筈だし。矢弾を自作するにしても、その素材は自分で採れた方が断然お得には違いないし。

 そんな訳で、これで買い物は終了かな。


 結果として、その5点を2万モネーと潤いの蜂蜜でまかなって購入に成功。でもまぁ、良い買い物だったと思いたい。特に武器と防具で、良いモノが揃えられたし。

 その後はテーブルが片付けられて、何故かお座敷遊びが始まってしまった。着ぐるみNPCが持って来た輪投げをやったり、何故か『叩いて被って』で白熱したり。

 そして一番白熱したのは、何故かハンカチ落としだったと言う。


 とにかくそんなお遊びを一通りこなした結果、景品的なモノを幾つか貰えてしまった。特に輪投げでは高得点を叩き出して、経験値まで入って来る始末。

 ってか、俺は投擲スキルを持っているし、ファーに限っては飛翔出来ちゃうし狡い感もあったり。それでも銀のメダルやポーション類、水の矢束や保存食の追加は有り難かった。

 特に目薬が貰えたのは良かったな、戦闘中の暗闇は本当に厄介だし。




 楽団が『蛍の光』を奏で始めた、恐らく宴会の終了を告げているのだろう。物寂しいそのメロディの中、俺と相棒を名残惜しそうに送り出す海産かいさん着ぐるみズ。

 お土産に折詰まで持たされたのだから、何も文句は言えないけれど。あの白熱したお座敷遊びの後だけに、ちょっぴり寂しい想いなのは一緒なのだろう。

 見送る着ぐるみNPC達も、胸中は同じなのかもね。


 そんな感じで再びホールに戻って来た、スタミナに関しては満タンで申し分無し。そしてガッツリ増えたお金と、綺麗サッパリと処分出来た鞄の中身。

 新しい武器と装備も購入出来たし、物凄く充実した歓待の席だったと思う。いやいや、連れて来てくれた鯨モドキには感謝しなきゃね、本当に……。

 んで、お帰りはどちらかな?


 えっ、まだ扉……じゃなくて襖を選べると? 後のはもう、変なのしか残ってないんですけど……はあ、どうしても選んでくれないと帰れないと。





 ――さてどうしようかね、ファーさん? 






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