第35話 ログイン7日目




 さて、早いモノで今日のインで7日目、ゲームを始めて一週間が経過する事になる。この限定イベントサーバが始まってからは2週間かな、イン前に告知を見たけど特に変化はない様子。

 いや、何かドロップ強化週間が終わって、経験値アップ週間が始まったって書いてあったけど。良く分からないな、温いイベばかりだと冒険者からは批判が上がりそう。

 俺は特に何も感じない、何しろ今が楽しいから。


 そう、今日は師匠の家からの冒険開始である。ここも安全地帯仕様らしく、敵の姿は皆無っぽい。ちょっと離れた畑には、害獣はいっぱい湧くけどね。

 まずは恒例のファーに挨拶、そして部屋の中で何かの仕掛けを作っていた師匠にも。どうやら獣用の罠を造っていたらしい、器用だなぁ……見習いたいけど。

 今は弓矢の上達を、一番に念頭に入れて師事しないとね。


 そんな訳で、最初の1時間は弓矢の練習である。師匠の教えは特に厳しく無くて、むしろ放任なのだけど。気を引き締めて励みたい、何しろ1日のログインの四分の1を費やすのだ。

 無駄に消費したら、罰が当たると言うモノ。


 妖精のファーも、卵を窓際に運んで貰って定番の位置で俺の訓練を眺めている。これはファーが望んだ事で、どうやら余り俺とは離れたくないらしい。

 卵を温めている妖精は、とても満ち足りた表情……何がかえるのかとかの結末かはともかく、彼女にも頑張って貰いたい。こちらも的を睨んで、必死に射撃の練習。

 まだ立たせて貰えない、片膝立ち狙いの格好のみ。


 それでもそのお陰なのか、昨日の1時間の練習が効いているのか。割と的の近くへと飛ぶ事が多くなって、しかもちゃんと勢いのある矢が飛ぶように。

 飛躍的な進歩でこそ無いが、自分にとっては大いなる躍進には違いない。たまに矢が的の端っこに命中すると、飛び上がりそうなほど嬉しくなる。

 上達するって楽しいな、それはバーチャ世界でも同じ事。


 ある程度矢が的に近付くようになったら、師匠から『2射連続射ち』をするように言われた。なるほどそれは実戦向きだ、精密性よりは速射性能を向上させるのは理に適っている。

 これも繰り返し身に覚えさせるのが肝だ、敵が近付くまでに2射どころか3射以上出来たらしめたモノ。矢の継ぎ替えをスムーズに、狙いは二の次で頑張ってみる。

 結果、再び的外れな射撃ばかりに……。


「狙いが外れて来たぞ、継ぎ替えも大事だけど的当てもしっかりな。2連射を1セットと考えて、その流れを丁寧に反復しろ……身体が覚えるまでな」

「はいっ、師匠……ちなみに、矢の継ぎ替えをスムーズに行うコツとか無いですかね?」


 師匠は肩を竦めて、それを含めて慣れろとの仰り様。師匠も自己流なので、自分のやり易い型を見付けるのが一番的な考え方みたい。

 それならば、自分も自己流を極めるつもり……の前に、やっぱりお手本を肌で感じてみたいので。師匠にお願いして、片膝立ちの構えを実践して貰う事に。

 うわ~っ、段違いです……速さも命中率も何もかも!


 再びお願い、もう少しゆっくり“2連射”を見せて貰って。師匠の優しさにより、その型を目にしっかりと焼きつけて。うん、流麗だなぁ……感心してばかりいられない、自分も出来るようにならないと。

 そんな訳で再び交替、残り時間を熱中して訓練に充てる。




 やれやれ疲れたっ、熱の入った訓練はようやく終わりを迎えて。結果はまずまず、後半は2連射と丁寧な狙い撃ちの交互での練習をしてみたり。

 連射の流れは、何とか身体に染みついて来たような気がする。何しろスキルをチェックしたところ、弓のスキルPが1⇒2になっていたのだ!

 使い続けると上がるのは分かってたけど、まさかこんな短期間で2になるとは。


 嬉しい誤算だけど、まだまだ実践で使うには覚束無おぼつかない腕前なのは確か。特訓って凄いな、伊達に貴重なイン時間を費やしている訳では無いと分かったのも、一つの収穫ではある。

 それはそうと、この後の過ごし方を決めないとね。師匠から簡単なクエを貰ったので、それをこなしつつ近場の虹色の果実にアタックってところかな?

 それだと、今日は南の湖の果実取りになってくる。


 琴音の前情報だと、南の湖の浮島に虹色の果実が生っているらしく。さらに師匠の詳しい助言を付け加えると、その周囲はゴブリンと水棲大型モンスターの狩り場らしい。

 彼らの獲物は、主に小動物系の大ネズミや水鳥、それから昆虫系らしい。そして大型の水棲モンスターは、大ワニ……たまにヒドラとかも見掛けるとかマジですかっ!?

 師匠も警戒する程度には、コイツ等は油断がならないのだとか。


 ヒドラは有名なモンスターだけど、正しくはヒュドラーと言うらしい。ギリシア神話に出て来る怪物で、巨大な胴体に9つの首を持つ強敵だ。

 再生能力が秀でていて、首を切り落としても新しい首が再生してしまうみたいな設定は、ゲームにも流用される事も多い。ただし、首の数はいろんな説や設定が存在する。

 このゲームだと、強い奴ほど首の数が増えて行くっぽい。


 師匠が良く見掛けるのは、2本~せいぜい3本首の大蛇らしい。それでもゴブリン程度だと相手にならず、小鬼どもは一方的に捕食されて行くとの目撃情報が。

 ワニも不意打ちされると思いっ切り危険、濁った水際には近付かない様にと注意を受けた。そんな危ない場所の探索なんて、思いっ切り気が進まないけど。

 虹色の果実は、取り敢えず5つ揃えてしまいたいので。


 それに加えて師匠のクエ依頼の遂行が、今日のメイン活動目的だったりする。その内容は様々だけど、収集活動が主になって来る予定。

 お肉を落とすモンスターからは肉の採取、それから矢羽根の材料集めも言い渡されたし。蔦の橋の補強もしたいので、木の蔦も買い取ってくれるらしい。

 実際には、別のアイテムと交換らしいけど。


 他にも畑に植える野菜の種を探して来て欲しいとか、ついでにゴブリン退治も頼まれている。ゴブリンがいなければ、今の騎士団と野党とゴブリンの群れの、奇妙な三竦みは解消されるかもなので。

 師匠的には、望まない隣人たちには綺麗に消え去って欲しいってのが本音。それに貢献出来れば良いけど、自分程度のレベルの冒険者に出来る事はとっても少ないのが現状。

 でもまぁ、ゴブリン位なら自分でも相手に出来るので。


 及ばずながらも、助力は惜しまない予定である。ちなみに師匠の依頼は、ちゃんと呼び出しウィンドウのクエ依頼の欄で確認が可能だった。

 大樹の依頼書の時は、クリア報酬が全部???だったけど。師匠の依頼は、一部クリア報酬が公開されている。それによると、ゴブリン3匹討伐で水晶玉が1個貰えるらしい。

 たくさん持ってて困るモノでもないので、積極的に狩りたいと思う。


 ちなみに、一番のメインクエが南の湖にあるほこらへのお供えだったりする。お供え物は師匠の育てた野菜とか穀物とか、それから少々のお酒である。

 お酒は貯蔵がもう少ないらしい、さすがにお酒の自作は師匠でも無理みたいで。それならと、半壊馬車から拾った果実酒を訓練報酬代わりにと寄付したら。

 物凄く喜ばれてしまった、弟子としても嬉しい限り。




 そんな回想を挟みながら、俺と相棒は南の森をやや迂回しながら湖へと進んで行く。騎士団のキャンプ地を避けないといけないので、道選びと索敵が大変だ。

 しかし思い出すのも腹が立つ、一方的に敵認定されて斬られそうになるわ矢衾やぶすまにされそうになるわ。こちらの言い分は一顧いっこだにしない、権力を持つ者達の傲慢さ。

 次に出遭っても同じ事だろう、ここは回避するに限る。


 騎士団の兵士には出遭わなかったけど、ゴブリン達には割と遭遇した。湖を見渡せる崩れた崖上に出るまで、合計10匹程度を討伐済み。

 その他に道中出遭った敵と言えば、大猪やオオカミ、大蜘蛛や山鳥が少々。ただし辿り着いた湖のモンスター分布は、完全に違っている様子。

 目立って多いのは宙を飛ぶ大トンボと、水際に佇む大カエルだろうか。師匠の情報通りに、ゴブリンや水鳥や水蛇っぽいのも確認出来た。

 ただし双頭の奴や、ましてや三つ頭のヒドラは見当たらない。


 大ネズミは水際にはいない様子、周囲の藪の中に集団で隠れているのかも。それにしても割と大きな湖である。マップを見ながら、時計回りに地図埋めをして行きつつ。

 近付いて来た敵を、片っ端から経験値へと変えて行く。それから昨日おざなりだった、新魔法と新武器スキルの練習も少々……残念な性能の《キャノンB》は封印だったけど、《バグボール》は積極的に使って行く、と。

 そうそう、緋色の頭巾の《炎テンション》も使えるようになったんだっけ。


 これが実際、なかなか良い使い心地で本人的にも驚いてしまった。説明文がやや不親切で、俺はてっきり攻撃力だけが上がるモノだと思ってたんだけど。

 どうやら戦闘用のステータスが、全体的に上昇してくれるっぽい。回避とかスピード系も上がってる実感が、自分的にはスピードファイターを目指してるのでこの魔法は有り難い。

 両手棍を振り回してるのにね、目指すのはスピードタイプなのだ。


 これは戦闘毎に掛ける事に決定だな、つまりは《風属性付与》と同じパターンだ。この2つの魔法、全く干渉し合わないので重ね掛けは全然オッケー。

 レベルの上昇も手伝って、雑魚は本当に雑魚に成り下がってしまっている。こうなると新武器や新装備の検証が難しい、ゴブリン3匹で辛うじて実感出来るかなって感じ。

 うむぅ、そうなると水棲大型モンスターとやらが恋しいんだけど。


 そんな姿はどこにも見当たらない、仕方が無いので本格的にゴブリンを駆逐に掛かろうか。ファーはいつもの通りに、周囲を飛び回って収集活動に励んでくれている。

 お陰で依頼の木の蔦は、ほぼ満足の行く数量集まったみたいでバッチグー。ちゃんとお礼を述べて、後で休憩の際に残ってるチョコでも振る舞おうと思う。

 そして俺は、実践形式で弓矢の練習に勤しむ事に。


 獲物は水鳥だったり、ゴブリンの群れだったり。基本、近付かれるまでに何とか2連射を浴びせてやる。攻撃範囲に近付かれたら、片膝立ちのまま横に転がって回避。

 それから短槍に持ち替えて、トドメを刺しに行く感じだ。


 最初の予定では、修得途中の弓矢は戦場では封印だなぁとか思ってたんだけど。途中から、何事も実践で技を磨くべきかなと思い直して。

 つたない技でも、ヒット率は半分程度はある訳で。


 まぁまぁの戦果ではある、この感じで最初に持っていた初心者の矢束は使い切ってしまおうかな。ゾンビの落とした手入れの悪そうな矢束も、この際全部消費してしまおう。

 クエ依頼で交換も出来るし、ここは物資を惜しまず練習あるのみ。


 師匠の裏庭の練習場では、矢束はほぼ全部回収出来ちゃうんだけどね。こんな野外で草や水場だらけの場所では、外れた矢を探し回る方が手間が掛かってしまう。

 そんな訳で、外れた矢は基本放置である。回収はしない……けど、たまにファーが拾って帰って来てくれる。凄いな、矢弾を自動回収とか夢の機能付きじゃん!?

 でも危ないから、先回りだけはやめてね?


 そんな感じで10分程度、湖の片方の湖畔を進みながらサーチ&殲滅せんめつを繰り返していると。広い湖の中央あたりに、噂の浮島が見えて来た。

 ちっちゃいのを想像してたけど、教室2つ分程度はありそうだ。そしてそこの丁度中央に、もはや見慣れた果実の樹が生えていて。定番通りに、虹色の果実も遠目から確認。

 さてと、どうやってあの島に渡ろうか?


 ついでに師匠の言ってた湖の祠も、浮島の端っこに見付かった。慎ましい感じの造りだ、そしてそこに渡るのに飛び飛びの足場が作られている。

 なるほど、あれを使えば泳がずに渡れるね……ただし、その足場は思いっ切り湖の反対側である。廻り込むのに、結構歩かないといけないみたい。

 マップを開いて地形確認……おっと、意外と安全地帯エリアが近い?


 それならいっそのこと、先に安全地帯に寄って行こうか。それだと先に、装備の修繕とか薬品補充も出来てしまう。良い案に思えて来たぞ……うん、そうしよう。

 ファーにそう言うと、彼女はちょっと不思議そうな顔付きに。目的の物が見えているのだから、さっさと飛んで行けばいいのにみたいな?

 いやいや、人間に羽根はありませんから! 


 それならば自分が採って来ようかみたいなゼスチャーのファーだけど、今回も絶対に敵の待ち伏せ部隊がいる筈。危ないから一緒に行こうねと言うと、彼女も納得してくれた。

 そんな感じで目的地の前に寄り道など、安全地帯に近付くにつれて懐かしのモンスターの姿が。ウサギと芋虫だ、今や新武器の一振りでやっつけられる。

 強くなったなぁ、たった一週間の成長振りだと言うのに。


 森の中央に近付くに従って、地面の起伏もほぼ無くなって来る。平坦な土地に、幹の太い樹木が等間隔で並んでいる。

 もはや見慣れた風景だ、長閑のどかで安らげる空気も同じく。


 いやいや、敵は出現するんだけどね? この中央付近は、オオカミや大蜘蛛みたいなアクティブな敵は近付かないので。気も抜けようと言うモノ、いや本当に強くなったよ。

 そしてもう少しで、この『始まりの森』も突破出来そう。


 もう少し粘るけどね、何しろ一期一会の出逢いの中でも素敵なモノを引いたのだ。いたと言い換えても良い……人と人の運命は惹かれ合う、至言だと思う。

 クライフ師匠から学ぶべき事は多い、それは弓矢の技術だけでは無い。出逢ってそんなに時間も経ってないのにと思うかもだが、人の情報は見た目だけでは無いのだ。

 その人の性格や生活空間、全てをひっくるめて“人”なのだ。


 あの隠れ家を目にした時、物凄い既視感と親近感を覚えたのは確かで。ああ、この場所にずっといたいなぁと……居心地の良い場所を提供してくれる人は、大概は良い人だ。

 そして独りで何でも出来てしまう器用さ、孤高の戦士は男のロマンでもある。自分も猛烈に憧れてしまう、もっともこちらのアバターは器用貧乏丸出しだけど。

 いつかはそうなりたいなって言う、憧れでは確かにある。




 そんな事を考えていると、いつの間にか安全地帯に到着していた。この森の中心、物語の始まりの場所……そして黙して語らない、着ぐるみ動物NPCの連中。

 そして不意に思い出した、今日はログインボーナスを受け取ってない! 危うく忘れる所だったよ、まぁ別に絶対に今日取り出さなくても消える事は無いけど。

 それでも聖水の時みたいに、1日早く欲しかった! みたいな後悔はしたくない。下手したら詰んでたもんね、自分の行動を乗っ取られる『呪い』のバッドステータスの災難とか。

 このゲーム世界、本当に何があるか分からない(現実もだけど)。


 そしてログインボーナスチェック、今回はポーションパウダーとマナポパウダーの、各5個セットだった。これは本当に助かる、瓶はともかくパウダー系はとても便利で貴重なのだ。

 海岸の洞窟のボーナスで貰った薬品箱のポーションパウダーは、既に使い切って無くなっている。マナポPは余ってるけどね、そもそも戦闘中に魔力切れって事態が無いので。

 今後回復魔法を覚えたら、重宝するかもなので取っておくけど。


 それから今回も、嬉しい事に甘味系のお菓子がくっ付いて来ていた。何と箱入りマカロンだ、これでスタミナを回復しろって事らしいけど。

 いろんな色があって綺麗だな、きっとファーが喜ぶだろう。





 ――それでは、軽食休憩とクエ依頼書のチェックでもしようかな?







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る