第30話 祠作りと南の異変




 さてさて、インも既に6日目……安定の安全地帯でのログイン、すっかり慣れた光景である。ファーとの挨拶も済ませて、慣例の大樹もうでとログインボーナスチェックだな。

 初の日曜のインだが、どうやらこちらの世界は昨日と違ってお昼みたい。残念なようなホッとしたような、ちょっと複雑な気持ちの中。

 冒険の最初の日課を、着実にこなして行く。


 薬品&修繕交換チケットを大樹から入手、そしてクエ依頼書も新しいのが数枚貼り出されていた。しめしめと内容を確認している間に、ファーがフワッと上空に舞い上がって。

 大樹の枝葉の間から、例のランダム交換チケットをゲットして来てくれた。今回は2枚か、ナイスだぜ! こっちのテンションを受けてか、妖精も上機嫌。

 それではまずは、各種交換と修繕から行こうかな?


 チケット交換の薬品は今回、効果の高い中瓶が1本ずつ紛れていた。ちょっと嬉しいけど、理由が判然としない。何度も交換しているからなのか、その程度の理由なら良いんだけど。

 修繕に関しては、例の壊れた馬車から拾った『錆びた胸当て』をさり気無く中に紛れ込ませてみた所。クマの着ぐるみは胡乱うろんな顔? をしながらも、それでも錆び落としをついでにしてくれた様子。

 良かった、これで心置きなく装着出来るよ!


 ――護衛の胸当て 耐久6、防御+6、器用+2


 んむっ、性能も微妙に良くなっている! 嬉しい限りだ、取り敢えず着ぐるみNPCに感謝を述べるも。向こうはツンと澄まし顔、いや着ぐるみだから表情は変わらないのか?

 とにかく良かった、始まりから上々の出来だと自負しつつ。その勢いでサルの着ぐるみにランダム交換をお願い、しかし残念ながら今回はスカばかりの結果に。

 炎の水晶玉2個と、ポーション(中)が2個と言う。


 まぁ文句を言うのも筋違い、その分ログインボーナスは初めて見るアイテムばかり。いやそんなに大したモノは、支給されていない気はするんだけどね。

 今回は『炎の神酒』とか『蜂蜜ジュース』という、飲み物がまず2種類。『炎の神酒』は、一時的に攻撃力がアップする付与系のアイテムらしく。

 その代わり、飲み過ぎると酔って千鳥足になる可能性もあるらしい。


 んむっ、実に分かり易いマイナス効能だよね……未成年でも大丈夫なのかな、その辺は架空世界だしセーフなのか? 特に記載は無いし、良い事にしておこう。

 『蜂蜜ジュース』はMPオート回復が付与されるらしい。どちらも3本ずつの支給、1本は今日中に使って効果を確かめておきたい所。

 何分持つとか、どのくらいの上昇率かとか。


 そして最後の1種も、液体系でくくれると言われればその通り。何と『聖水』が4本……う~ん、昨日欲しかった! しかしまぁ、これは重要アイテムだと今では良く分かる。

 支給スロットから取り出して、ベルトのポーチにしっかり収納してと。さて、ついでに装備も貰っておこうかな、何せ狼の革がたくさん貯まってるし。

 当然だ、昨日だけで随分と倒したのだから。


 ――質素な腕輪 耐久5、防+4

 ――質素な帽子 耐久5、防+4

 ――丈夫なベスト 耐久8、防+7


 狼の毛皮での質素シリーズは、全部位交換して終了らしい。そして山羊の皮と交換で貰える、新シリーズは“丈夫”で括られている様子……丈夫かもだけど、地味だな。

 この山羊皮は、洞窟の収集ポイントからの回収品で討伐からのゲットでは無い。とは言え、洞窟や何やらの探索とかNM撃破の報酬で、割と良い装備も集まって来ているし。

 無理して交換する必要も無いかな、丈夫シリーズは。


 山羊を倒しに行くのも大変だからね、トラウマ的なアレもあるし……ただし、大トカゲと一緒にクエ依頼を達成しようと思ったら、もう一度あの場所へ向かうべき?

 他の場所に生息していれば話は別だけど、南方面にもいるのかなぁ……今日は時間があれば、南の森の探索もする予定だけど。

 まぁ行ってのお楽しみだ、それまでは後回しで。


 装備の交換も終わったし、他には残念ながらクリアした依頼は無いと言う。マップ探索も、昨日は西の上半分ばっかりだったしなぁ……。

 まぁ昨日は、無事に帰って来れただけで御の字みたいな所はあったけどね。何しろレア種との遭遇が実に6度! ただし、その内1回は絶対に勝てそうにない相手キメラだったけどね。

 あの赤ネームの恐怖は、当分トラウマになりそう。


 今日貰ったばかりのクエ依頼書には、ちょっと変わったモノも含まれていた。定番の南のマップを埋めろとか、水ヒルを4匹倒せとか甲虫の甲殻を3個集めろはともかくとして。

 手作りの料理を持って来いとか、樽桶を綺麗な水で満たせとかは初見である。さらに豪胆な依頼、レア種モンスター1匹討伐なんてのも含まれていて。

 愉快な依頼が勢揃い、何だか楽しくなって来た。


 さてと、ここで出来る依頼は安全地帯を出る前に片付けておきたいけど。おっと、昨日放置しておいた、甲殻の手甲はログアウト前に回収しておいたんだっけ?

 それも今日は装備予定だ、忘れない内に鞄から出しておこう。


 昨日思いがけずに、鞄の容量が軽く3倍以上に増えたからなぁ……強敵だったけど、死の商人を倒せて本当に良かったよ。今日はどんな出会いがあるだろう、楽しみで仕方がない。

 出来そうな依頼と言えば、やっぱりクラフト系かな? 家具も出来そうだし、料理キットもあるので手作り料理も可能だろう。

 昨日の探索で、材料はいっぱい手に入ったからね。


 それらを取り出して、空き地の端っこで工作準備を始めると、ファーが興味深そうに手元を覗き込んで来た。ふむぅ、君にも助手をやって貰おう……料理の火の番とか。

 ところで肝心の水が無いな、壺はあるけど水を汲める場所は……そう言えば、クエにも水汲み依頼があったっけ。つまりはそう言う事か、少なくともこの場所には水源は無いと。

 それは困った、どこに汲みに行けばいいんだろう?


 琴音の情報では、南に湖があるらしいんだけど。昨日はその辺りを探索して、虹色の果実を見事ゲットしたらしい。ここから南下すれば、つまりは水源に辿り着くのか?

 しかし……そこまで探しに行くのも大変そう、手元に水を入れるのに丁度良さそうな壺はあるけど。クエ依頼の水汲みを合わせると、何往復かしなけりゃ駄目なのかも。

 それも辛いし時間の無駄がなぁ、何か良い方法は無いモノか。


 昨日、半壊馬車からゲットした壺を前に考え込んでいると、妖精が俺の鞄をポンポンと叩き始めた。この中に答えがあるヨとのアドバイス、まさかそんな見落としをしてた?

 慌てて鞄を確認する事暫し、あっ……あった、ありましたよお嬢さん! その名も水の宝珠《清き水》、文字通りに水を生み出す便利魔法だ。

 冒険と言うか戦闘には関係ないので、まるっと忘れていたよ!


 そう言えば同級生も、魔法の使い方もアイデア次第だと言ってたなぁ……そんな訳で、水魔法にも手を付ける事態に。まぁいいや、必要経費と言うか便利は正義と言い換えてしまえるし。

 しかし宝珠って凄いな、スキル4P+魔法書のセットだもの。そしてこの魔法の使用MPは、水2リットルに対してMP2消費らしい。

 これは良いな、確かに現実世界なら超便利かも。


 とにかくこれで、水汲みクエを速攻でクリアして。樽桶を満たすと、ネコの着ぐるみに報酬として聖水と万能薬のセットを貰えた。

 1本ずつだったけど、このクエは1日1回受けれるらしい。


 ただの水と交換……もとい、4MPと交換なら上々だと思おうか。しかも恐らくだが、水場と往復する時間を丸々得した感じである。

 ログインボーナスでも貰った聖水はともかく、万能薬はもっと欲しいな……毒消し薬は交換チケットで少しずつ増えてるけど、使う機会も多いからストックはもう少し欲しい。

 冒険者だもの、保険となる薬品類は多いに越したことはない。


 それは置いといて、さて次の工程に進もうか。ここを出るのはもう少し先、クラフト系の依頼をぱっぱと済ませてしまいたい。それから料理、どんな材料があったっけ?

 しまった、失敗したな……こんな事なら、ファーが見付けたあのヤバい色合いのキノコと蝸牛かたつむり、収穫しておけばよかった。アレを具材に、スープでも作れたのに。

 何しろ食べるのは、俺じゃないんだし?


 腹黒い思考をさり気無く隠しながら、壺に溜めた水を使って料理の下準備。ファーが横から、食材の選別に協力してくれてるんだけど。

 そこはナリは小っちゃくても女性だけあって、テキパキと進行を指示して来る。こちらは鍋に水を張って、簡易コンロに掛けた所。

 調味料は少ないが、何とかスープモドキを作れるかな?


 ファーがヤル気モードになったので、この鍋は全て彼女に任せる事に。妖精に料理系のスキルがあるかなど、俺には関知の外である。

 とにかく手が空いたので、こちらはこちらでクエ依頼の家具造りに挑戦する事に。テーブルで良いかな、ファーが作った料理を乗っける台が欲しいしね。

 それではちゃぶ台程度の大きさの、テーブルにレッツ挑戦!


 ちなみに形は、定番の丸では無く四角である。わざわざ難易度を上げる必要は無い、でもすぐ壊れるような手抜きは禁止、匠の意志だけは心に秘めて。

 本番前の練習とは言え、ちゃんとしたモノは造りたい。4本の脚は均等の長さに、そこから失敗したらグラつく粗悪品になっちゃうからね。

 枠組みが出来たら、後は机の台座の板を用意する。


 ノコギリもトンカチも、このバーチャ世界でも普通に使えて面白い。台座の板を同じ長さに4枚ほど切り分けて、貴重な釘で打ち付けて行く。

 貴重と言っても、祠を作る分くらいは充分に残っているし大丈夫。そんなに大きいモノにする予定も無いし、時間もそんなに無いからね。

 とにかくそんな調子で、割とあっさり机のフォルムは出来上がり。


 ちょっと物足りないので、収集品の中から柄布を取り出してテーブルクロスに使用。その出来にはファーも満足そう、グーと指で可愛い合図を送って来ている。

 ちなみに鍋からは、ほんのり良い匂いが漂って来ていたり。腕前を邪推してたけど、これは謝らないといけないかな……しかし普通の大きさのスプーンが、ファーが持つとボートのかいに見えるな。

 妖精あるあるだな、本人がご機嫌だから良いケド。


 料理の完成までにまだ時間が掛かりそうなので、もう少し工作に勤しむ事に。鞄の中から海賊の長槍を取り出して、何とか短槍に加工出来ないか挑戦してみようと思う。

 って言うか、持ち手の柄の部分をノコギリで短くするだけなんだけど。今使ってる木の槍の長さを参考に、変に能力ダウンしない様に祈りながらの作業。

 ノコ引きはすぐに終わり、俺はすぐに新武器の性能チェック。


 ――海賊の短槍 耐久6、攻+10


 おおっ、数値は多少下がったけど、普通に今使ってるのよりは良品が出来たぞ! これは凄いな、早速装備するとして。冒険のスタート時点で、既にかなり装備が替わったなぁ。

 時間も材料もまだあるので、今度は棍棒にもチャレンジするかな? ついでに料理を頑張ってくれてる相棒に、何かプレゼントを……棒の端材と鈴のちっこいので、杖的なモノを。

 針金もあるし、杖のてっぺんに鈴をお洒落に付ける的な。


 妖精は喋ら(れ)ないので、こちらの注意を惹こうと思ったら大変な時もあるし。大抵は視界に急に飛び込んだり顔に張り付いたりして来るので、こっちが驚く場合も多々ある。

 その点、鈴なら鳴らしてくれればこちらも注意を向ける事が可能。


 これも適当に形を整えるだけで、すぐに完成した。シャーペンくらいの大きさで、飾りは上部に付けた小さな鈴だけなんだけど。

 それは適当に放置しておいて、さて次は棍棒作りだ。素材は2種類あって、どちらを元に作るか少々悩む。骨の大腿骨と、樹海で見つけた丈夫そうな木の棒である。加工が簡単そうなのは、圧倒的に木の素材だけど。強い武器になりそうなのは、骨素材である。

 大腿骨と鎖骨の尖った部分を組み合わせれば、凶悪な殴り武器が出来上がる気はする。ただし接着素材を多く使わないといけないし、耐久性にも難がありそうな。

 ここは無理せず、木の棍棒シリーズで行こうか。


 ――丈夫な木の棍棒 耐久6、攻+6(両手時+8)


 うん、悪くは無いな……両手武器として使っても、さっきの短槍の攻撃力の方が高いのは別として。使い心地はずっと使っていた棍棒と大差ないし、その点は安心だ。

 メイン武器2つの更新は、我ながらテンションが上がる出来事である。このまま外に出て、手強いモンスターに挑みたい所ではあるが。

 残念ながら、まだお鍋がグツグツいってる最中である。


 散らかした道具の片付けをしていると、ようやく妖精からオッケーのサインが出た。これでまとめてクエ依頼を2つ解決出来る、喜びながら俺は着ぐるみNPCの元へ。

 誰に渡すんだと思っていたら、何故か皆がぞろぞろと揃ってやって来た。少々不気味だ、更にそれをあおるように、それぞれが手にフォークとナイフを持っている。

 いや先に皿を持てよと、心の中で突っ込みを入れて。


 結果だけ言うと、ファーの作ったスープも、俺の作ったテーブルも合格との事だった。揃ってスープを平らげる着ぐるみについては、感想は避けさせて貰いたい。

 とにかく報酬は、それに関連したモノを貰えて大助かり。しかしこれって、普通は順番が逆じゃないのかなと思ってしまう。つまり料理のお礼は、調味料と食器のセットで。

 家具製作の報酬には、釘や中間素材に加えて工具セットと言う。


 ダブってしまう工具もあるが、今回貰えた方が上物には間違いなさそう。だから造る前にくれないと、余計な苦労をしなきゃならないだろうと文句の一つも言いたくなるけど。

 世の中って、得てしてそう言うモノなのかも……何となく悟った表情でそう思いつつ。そう言う意味では、ファーにあげた杖の報酬の笑顔が一番だったのかもね。

 気障っぽく聞こえるけど、本当なのだから仕方が無い。




 さてさて、色んな事で時間をかけ過ぎてしまったかな……諸々込みで、安全地帯で30分以上過ごしちゃったよ。無駄な時間では無かったけど、早く武器の使い心地を試したい。

 とか思いつつ、これからするのもクラフト作業なんだよね。それでも途中の雑魚敵で、新しい武器の使い心地は体感出来るかな?

 弱い敵だと、イマイチ手応えは感じにくいかも。


 それより、杖を貰ったファーのご機嫌振りが凄まじい。ぴょんぴょん宙で飛び回って、興奮マックスな感じ。喜んで貰って何よりだが、シャンシャンとやたらうるさい。

 まぁ、落ち着くまで待ってあげるのも優秀な相方の務め。ようやく安全地帯を出発だ、忘れ物は無いかな? 保存食もあるし、装備の交換も終わってるし。





 ――それじゃあ出発だ、今日も頑張って冒険を進めよう。







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