第2450話

 レイはトレントの森の中心部分にある地下空間の中を歩いていた。

 周囲の様子を確認する振りをしながら、アナスタシアが自分の研究に集中するのを確認してから、皆から見えない位置に移動して、口を開く。


「グリム、聞こえているか?」

『聞こえておるよ』


 レイがグリムに話し掛けた瞬間、耳元にグリムの声が響く。

 どうやらレイがこの地下空間に来たのは理解しており、話し掛けられるのを待っていたのだろう。


「よかった。……それで、早速だけどドラゴニアスの死体はどうだった?」


 即座にそう尋ねるレイ。

 妖精の件もそうだが、ドラゴニアスの死体をマジックアイテムの素材として使えるかどうか。

 それは、レイにとっても非常に大きな意味を持っていた。

 ……何しろ、現在レイのミスティリングの中には大量のドラゴニアスの死体が入っているのだ。

 もしこれで素材として使うことが出来ないとなると、その死体を処理する方法を考える必要がある。

 とはいえ、ミスティリングに収納しておけば特に邪魔になるようなこともないので、問題はないのだが。

 それでもレイとしては、自分の持つミスティリングの中に何の役にも立たない死体が入っているというのは、面白くはない。


『うむ。まず結論を言わせて貰えば……半分成功といったところじゃな』

「半分?」


 これでグリムが全く役に立たないと言うか、もしくは素材として万全の状態で使えるといったように言ったのなら、レイも納得出来ただろう。

 だが……グリムが口にしたのは、半分。

 その半分というのが具体的にどういう意味なのか、レイは理解出来ない。

 それでも大きな声で尋ねるといった真似をしなかったのは、アナスタシアに見つからないようにと、そう考えたからだろう。


「半分って、具体的にどういうことだ?」

『そのままの意味じゃよ。死体の様子を見る限りでは、素材として使い物になる部分は半分くらいで、他の場所はこちらの世界にいる時と同じようになっておる』

「それは、具体的に何でそうなる?」

『可能性としては幾つか考えられる。中でも一番可能性が高いのは、やはりこちらの世界と繋がっている穴の側にドラゴニアスの死体を置いておいた……といったところじゃろう』

「……なるほど。つまり、こっちの空気が問題とか、そういうことか?」

『あくまでも予想じゃがな。その辺をもっと詳しく調べるのであれば、それこそもう少ししっかりと実験をする必要があるじゃろう。具体的には、この世界と通じている穴から少しずつ離しておく、といったようにな』


 そう言われ、レイは少し悩む。悩むが……それでも頷く。


「分かった。その実験をやってくれ。今はとにかく、ドラゴニアスの死体を使えるようにするのが先決だ。穴の側では半分しか素材として使えないのなら、多少の損失は覚悟の上で、何度か試した方がいい」


 その方が、結果としてはドラゴニアスから多くの素材を剥ぎ取ることが出来る。

 そう思うレイだったが……同時に気になることもあった。


「もしグリムの説が正しいとして、そうなると……俺達が向こうの世界の空気を吸っていたりとかしても、大丈夫なのか? いやまぁ、実際に結構な長期間向こうの世界にいたんだから、大丈夫だとは思うんだが」

『そればかりは何とも言えんよ。じゃが……レイの身体はゼパイル殿達が作ったのじゃろう? その辺は心配する必要はないと思うがの』

「だと、いいんだけどな。……まぁ、ヴィヘラ……はアンブリスの件があるか。アナスタシアはエルフ……いや、エルフでも関係ないのか? それにファナもいるし……」


 色々と迷うレイだったが、結局今のところは皆に何も影響は出ていないので、問題がないと思っておく。

 でなければ、レイの精神状態的にも決してよくないだろうと、そう判断して。


「取りあえず、ドラゴニアスの死体は何匹分あればいい? 実験をするのなら、ある程度の数は必要になるとおもうけど」

『うむ。では……そうじゃな。五匹……いや、より正確に数を把握する為に十匹貰うとしようか』

「十匹か。……ここに出してもいいか? 向こうの世界に行ってとなると、まず見つかるし」


 グリムが手助けをすれば、レイも向こうの世界に移動するのに苦労はしないだろう。

 だが、そんなことをするよりは、手っ取り早くレイがここでドラゴニアスの死体を出して、それをグリムが転移魔法を使うなりなんなりして、移動した方がいい。


『ふむ、儂はそれで構わんよ。では、頼む』


 グリムも納得したことで、レイはミスティリングからドラゴニアスの死体を出していく。

 そうして取り出された死体は、即座に地面からその姿を消す。

 ドラゴニアスは身長三m以上とかなりの巨体だ。

 それこそ個体差が激しい分、中には身長四m近い個体も珍しくはない。

 そんな巨体が、次から次にミスティリングから出されては消えていくのだ。

 その様子は、明らかにおかしい。

 ……とはいえ、今の状況を思えばそれはレイにとって非常に助かることではあったが。

 もしドラゴニアスの死体を転移させることが出来なければ、誰かがレイのいる場所にやって来たら何故これだけの死体を出しているのかと、そのような疑問を持ってもおかしくはないのだから。

 そのようなことを心配する必要がないというだけで、レイにとっては気楽なものだった。


「取りあえず、このくらいでいいか?」

『うむ。明日か……もしくは明後日にでも実験結果は知らせよう』

「そうしてくれ。それで、取りあえず使える分の素材で、世界間を固定するマジックアイテムは作れそうか?」

『すぐには分からんよ。その辺はしっかりと確認しながらでなければな。迂闊な物を作る訳にはいかないであろう?』

「まぁ……そう言われれば……」


 世界と世界を繋ぐ空間を固定するマジックアイテムだ。

 そんな重要なマジックアイテムを作るといったような真似である以上、真剣に……そして慎重に行われる必要があるのは間違いなかった。

 レイも、出来るだけ早く作って欲しいとは思うが、それで適当な物を作られるのは許容出来ない。

 ……もっとも、レイがそのマジックアイテムの完成を急かすのは、グリムをいつまでもここに縛りつけておくのは悪いと思ったからというのが正しいのだが。


「じゃあ、ゆっくりでもいいから確実に頼む」

『うむ』


 レイの言葉にグリムは頷き……そして早速マジックアイテムの開発に取り掛かろうとしたのを察したレイは、その前に口を開く。


「ちょっと待ってくれ。もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

『む? 何じゃ?』


 これが普通の相手なら、グリムは特に気にせず……どころか、これからマジックアイテムの研究をするという自分の邪魔をしたということで、不機嫌になってもおかしくはない。

 それこそ攻撃するような真似をする可能性すらあった。

 だが……そうしてグリムに声を掛けたのが孫のように思っているレイであれば、グリムも特に不機嫌になるようなことはしないまま、どうしたのか? と尋ねる。


「実は、現在この上……トレントの森に妖精が結構な数集まってきてるんだけど、それについて何か知らないか?」

『妖精? ふむ、そのようなことになっておったのか』


 グリムがその辺の事情を知らないのは、グリムが拠点としている場所とこの地下空間を直接繋いでるからだろう。


「ああ。そんな訳で現在俺もその妖精の一件に関わってるんだけど……グリムは何か妖精について知らないか?」

『知ってるか知らないかと言われれば知っておるが……それでも、あまり詳しくはないのう。妖精は儂の気配に敏感じゃし』

「……敏感? アンデッドにか?」

『うむ』


 レイの言葉を肯定するグリムだったが、セレムース草原においてアンデッドを使った妖精の悪戯に引っ掛かったことがあるレイにしてみれば、その言葉は素直に納得出来るようなことではない。


「それ、本当か? 俺は以前に妖精がアンデッドを悪戯に使ってるのを見たことがあるんだけど」

『それは、低ランクモンスターのアンデッドではないか?』

「まぁ、それは……」


 実際、レイがセレムース平原で遭遇したアンデッドはスケルトンだ。

 そんなスケルトンに比べると、グリムは同じアンデッドという括りではあるが、存在の格が違う。

 言うなれば、ゴブリンとサイクロプスをモンスターだからといって一緒にしているようものだ。


(あれ? でもサイクロプスよりはオーガの方がゴブリンと近くないか? ……どっちでもゴブリンとは存在の格が違うという意味では同じか)


 少しだけそんな疑問を抱いたが、今の状況を考えると気にする必要はないだろうと判断してすぐに忘れる。


「じゃあ、取りあえず知ってることだけでいいから、妖精について教えてくれ」

『そうじゃな。妖精は基本的にある程度の集団で暮らしておる』

「らしいな。今日ここに来る前に妖精の集落の近くに行ったけど、そこではそれなりの数の妖精がいたし。……あれ、多分俺達が集落に近付こうとすれば攻撃を仕掛けてくるんだろうな」

『その辺は分からぬが……妖精の集団は長がいるのじゃが、その長によってその集団の性格も大きく変わる』

「そういうものか?」


 この情報については、レイも初めて知るものだった。

 そもそも、レイが妖精の長と遭遇したのはセレムース平原でだけだ。

 そうである以上、他の妖精の長を知っている筈もなく、それと比べろという方が無理だった。


『うむ。少なくても儂が知っておる限りでは、じゃがな。よって、もしかしたらじゃが、妖精の中には儂のようなアンデッドでも問題ないと思う者がいる可能性も……否定は出来んな』


 もしかしたらと言うグリムだったが、その言葉は恐らくそのような存在はいないだろうという思いが強い。


「取りあえず、その情報は助かる。色々と聞いてみたけど、妖精について知っている者は殆どいなかったしな。いても、それこそお伽噺とかそういうのだったし。図書館に行けば、まだ少しは情報があったのかもしれないけど……そんな余裕はなかったしな」


 実際、レイは昨日妖精と初めて会って、その日のうちに妖精の件をダスカーに依頼され、そして今日には妖精と遭遇したのだ。

 とてもではないが、図書館に行って調べている余裕はなかった。

 あるいは、ギルドにはもう少し詳しい情報がある可能性もあったが、それを見たいと言えば当然何故急にそんな真似を? と怪しまれる。

 ギルドマスターがマリーナだった時なら、もしかしたらある程度何とか誤魔化せたかもしれないが。

 ……そこまでやっても、ギルドに妖精についての情報があるとは限らないというのも、その件を躊躇わせた理由の一つだろう。


「えーと、他には?」

『これは有名な話じゃから知っておるかもしれんが、妖精は転移出来る』

「あ、それは知ってる。というか、目の前で見た」

『ふーむ……他には、非常に好奇心旺盛で、思いついたら即行動に移るといった者が多いな』

「それも何となく理解出来る。中にはある程度思慮深い奴もいるけど……うん」


 思慮深い……妖精の長によってダスカーとの交渉を行ったニールセンが、この場合は思慮深いと判断されたのだろう。

 でなければ、長によって交渉を任されるということはない筈だった。

 だが……レイから見て、とてもではないがニールセンは思慮深いとは思えない。

 それはつまり、妖精全体……いや、トレントの森にいる妖精の集団の中でニールセンは思慮深い方に入ると、そういうことなのだろう。

 それこそが、妖精の特殊性を示していた。


『後は……そうじゃな。魔法を得意としている種族なのは間違いない』

「ああ、それは知ってる。俺も見たし。というか、妖精の大きさを考えれば、敵に襲われた時に魔法くらい使えないと一方的に狩られるだけになりそうだし」


 レイが知ってる中でも一番親しいニールセンは、掌と同じくらいの大きさだ。

 とてもではないが、身体を使った物理攻撃に向いているとは思えない。


(あの大きさで物理攻撃が強かったら、かなり違和感あるよな)


 自分のことを棚に上げ、レイは納得する。

 外見に見合わない膂力の持ち主ということなら、それこそレイもこのエルジィンにおいて決して身長が高いわけではない。

 にも関わらず、レイの膂力は人外の域に達している。

 もしニールセンが今のレイとグリムの会話を聞いた場合、間違いなくレイが言うな! と叫ぶだろう。……実際には、ニールセンはレイがどれだけの身体能力を持っているのかは完全に理解していないので、それに対してどうこう言うということはなかったが。

 その後も、レイはグリムと暫く妖精について会話をするが……そこで得られた情報は、どれもが知っているものだけだった。

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