第2447話
ダスカーとの交渉を終えたレイは、トレントの森に戻ってきていた。
ニールセンが要求したお土産に関しては、現在レイのミスティリングの中に収納されている。
それはレイも別に構わないのだが……
(俺が妖精達の住んでいる場所まで行けない以上、結局はニールセンが自分でお土産を運ぶ必要があるんだが、大丈夫なのか?)
なお、ミスティリングに入っているお土産は、ダスカーが用意してくれた物だけではない。
領主の館を出て、ギルムの街中を移動している時もニールセンはあれが欲しい、これが欲しいと主張してきたのだ。
この辺りを前もって予想し、レイに金貨数枚を渡すといった真似をしていたダスカーは、やはり出来る男なのだろう。
もっとも、ダスカーもこの交渉が纏まれば金貨数枚どころではない収入があると思っているからこそ、あっさりと金貨を渡してきたのだろうが。
ともあれ、レイはドラゴンローブの中から飛び出そうとするニールセンを何とか押さえながら、エレーナやアーラに頼んでニールセンが欲しがっている物を次々に購入していった。
それはもう、本当に様々な物を。
焼き菓子や果実といったような甘味から、ちょっとした小物まで。
……何を思ったのか、料理に使うような鍋までも購入することに。
当然の話だが、ニールセンのような妖精が使うような鍋ではなく、人間が普通に使う鍋だ。
レイにしてみれば、何故そのような鍋を購入するのかと疑問に思ったのだが、ニールセンが欲しいと言うのならわざわざそれを買わないという選択肢もない。
レイは日本にいた時にTVで見た、鍋に猫が入っている光景を思い出し、もしかしたら妖精も鍋に入る習慣でもあるのか? と思ったのだが……取りあえず、それは黙っておく。
「それで、どっちに行けばいいんだ? 妖精がどこに棲み着いているのか分からない以上、ニールセンの案内に全てが掛かってるぞ」
「分かってるわ。……こっちよ。とはいえ、本当に最後の場所まで連れていくことは出来ないけどね」
ドラゴンローブから出たニールセンは、少しだけ残念そうな様子を見せる。
現在はもう少しで夕方になるといった時間ではあるが、それでも日中に降り注いだ太陽の熱は森の中にも残っており、まだ暑い。
勿論、トレントの森の外に比べれば若干涼しいのだが。
それでも、やはりドラゴンローブの中にいるより暑いのは事実であり、それがニールセンにとっては面白くなかったのだろう。
「妖精って、どういう生活をしてるんだ? マジックアイテムの類を作れるなら、そこまで不便な生活ではないと思うけど」
レイがニールセンから聞いた話によると、妖精が作るマジックアイテムは一つ作るのに非常に時間が掛かるというものだった。
そうである以上、生活を便利にするようなマジックアイテムがあっても、そこまで数はないと、そう予想出来たのだ。
実際、ニールセンはレイのその言葉に対して微妙な表情を浮かべる。
そこにあるのは、レイの予想は決して間違っていないということを示しているように、それを見ていた者達には思えた。
「難しいことは考えないで、楽しく生活してるのは間違いないわね。そういう意味では悪くない生活よ」
「……それで他人に悪戯をしなければ、こっちとしても今回の一件が問題になるようなことはなかったんだけどな」
トレントの森を進みつつ、レイはしみじみといった様子で呟く。
もし妖精がトレントの森で働く者達に悪戯をするような真似をしなければ、レイ達が妖精の存在に気が付くのはもっと時間が掛かっただろう。
何しろ、悪戯をしないのならトレントの森の中を出歩く必要もなく、そうなればレイがケンタウロス達のいた世界からこの世界に戻ってきた時に、遭遇することもなかったのだから。
そうすれば、妖精はまだ自分達だけで暮らすといったような真似が出来ていたのだ。
「無理ね」
レイの言葉を、これ以上ない程にあっさりと断言するニールセン。
「交渉の時も言ったけど、妖精にとって悪戯というのは本能に刻まれたようなものよ。とてもじゃないけど、悪戯をしないようにと言われて、はいそうですかと頷く訳にはいかないの」
ニールセンが何故か自信満々といった様子で断言する。
そんな様子に、レイはそういうものか? と思ってしまう。
……これがもっと何か違う行動であれば、レイもここまで疑問に思うようなことはなかったのだろうが、何しろことは悪戯だ。
どうしても自分の経験から、止めろと言われれば止めてもおかしくはないと、そのように思ってしまう。
(いやまぁ、俺が悪戯とかした時は人の命に関わるような真似はしなかったけど)
自分が日本にいて小さい頃に行った色々な悪戯を思い出す。
今この状況で思い出せば、その悪戯も大概悪質だと思えるようなものも多々あったが、それでも人を殺しかねないようなものはなかった。
そんな経験があるからこそ、妖精の悪戯という行為に色々と思うところがあるのだろう。
「何となく納得出来ない訳でもないけど……まぁ、その辺はいいとして。トレントの森に入ってそれなりに時間が経つけど、俺はまだ進んでもいいのか?」
「そうね。もう少し進んでもいいわ」
そうしてレイとニールセンが話していると、不意にエレーナが口を挟む。
「どうやら、向こうはそう思っていないらしいぞ」
その言葉と共に、エレーナの手が素早く動く。
すると、不意に飛んできた何かを掴み取った。
投げられたのは、果実。
それもただの果実ではなく、非常に硬い皮……いや、それはもはや殻と言ってもいいようなものに包まれている果実だ。
秋になると殻は外れて中の身を食べることが出来るようになる果実だったが、未成熟な今の状態ではその辺の石と同じような硬さを持っており、こうして投げつけられるというのは石を投げつけられるのと、そう変わりはない。
そんな果実を、エレーナは素早く掴んだのだ。
……そしてレイは、誰がこのようなことを行ったのか容易に想像出来た。
「ニールセン、お前のお仲間の登場だぞ。悪戯を止めるように言わないと、こちらも相応の対処をしないといけなくなるが?」
「分かってるわよ。ちょっと待ってて」
そう告げると、ニールセンはレイの手の中に妖精の輪を生み出して姿を消す。
仲間……エレーナに果実を飛ばしてきた相手に事情を説明しているのだろうと、そう思ったが……
「って、俺にもか」
エレーナが受け止めたのと同じ果実が自分に投げられたのを見たレイは、その果実を受け止める。
とてもではないが、妖精が投げたとは思えない速度だったが……一般人ならともかく、ある程度の実力がある者なら回避するのは難しくはない。
当然、レイもまた実力という点では平均以上である以上、それを受け止めるのはそう難しい話ではなかった。
「アーラ……って、言うまでもないか」
果実を受け止めたレイが、エレーナと自分に悪戯……ある意味で攻撃をされたのだから、アーラもまた危険だろうと判断してそう声を掛けるが、アーラはそんなレイの心配をよそに果実を受け止めていた。
エレーナやレイといった面々によって隠れ気味ではあるが、アーラもまた世間一般から見れば立派な実力者なのだ。
それこそ、ギルムに集まってくるような冒険者であってもそう簡単に勝つことが出来ないような強さを持つ程度には。
だからこそ、レイはそんな光景を目にしても特に驚くようなことはない、
そしてアーラに対する果実の投擲を最後に、新たな悪戯は何も起きない。
(どうやら、ニールセンが無事に説得出来たみたいだな。……こっちからも攻撃するような真似をしなくてもよかった)
転移したニールセンが事情を説明して妖精たちを止めたのだろう。
それに安堵していると、やがてニールセンが木の枝の向こうから飛んでくる。
転移で消えたのに、戻ってくるのは何故か空を飛びながら。
そんなニールセンの行為に疑問を持ちつつも、レイは口を開く。
「で? 結局どうなったんだ? 俺達がニールセンの住んでいる場所には行けないって話だったが……そうなると、当然お前がギルムで買った諸々もここからお前が運ぶんだよな?」
「……え?」
レイの言葉に驚きの声を上げるニールセン。
だが、すぐにその顔は絶望に染まっていく。
当然だろう。ニールセンがギルムで購入した物は、食べ物も含めて結構な量となる。
これが人間なら、何とか運ぶといったような真似も出来るだろうが、妖精の小さな身体でそれを運ぶのはまず不可能だ。
だが、レイを妖精達の住んでいる場所に近づけることが許可されないのなら、当然のように荷物を運ぶのはニールセンということになる。
(ニールセンの買った荷物だけど、別にニールセンが全部もっていかないといけないって訳じゃないし。他にも妖精がいるんだから、そいつらに持っていって貰うといったことも出来る……筈)
それなら取りあえず心配はいらないだろうと考えるレイだったが、妖精達がニールセンの頼みを聞くかどうかと言われれば、それはまた別の話だ。
ニールセン以外の手を借りれば運ぶことが出来る。
そう判断出来たという点で、レイは取りあえずこれ以上考えるのを止めておく。
ここで深く考えれば、それこそ面倒なことになるだろうと、そう思った為だ。
「じゃあ、俺達はこれ以上中に入ることは出来ないんだから、預かっていた荷物はここに置いていくから。妖精の住んでいる場所の近くだから大丈夫だと思うけど、料理の匂いに惹かれてモンスターがやって来るかもしれないから、気をつけろよ」
ニールセンがギルムで購入した中には、串焼きも含まれている。
タレを塗って焼いた肉は食欲を刺激する香りを周辺に漂わせるが、それはこのような場所では動物やモンスターを引き寄せるという意味を持つ。
それでも妖精が住んでいる以上、何らかの結界の類が張られている可能性が高いので、その結界内に入り込めばいいだろうと、そう判断して荷物を取り出す。
「え? あ、ちょっ……レイ、ちょっと待ってってば!」
「そう言われても、俺がこれ以上進めないんだろ? なら、どうしたってニールセンが持っていくしかないだろ。それに、別にニールセンだけじゃなくて、他の妖精も連れてくればどうにかなるだろ?」
「それはそうだけど……でも……」
「何? どうしたのー?」
と、ニールセンが嘆いていると、不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けたレイが見たのは、ニールセンと同じくらいの大きさの妖精だった。
ただし、ニールセンとは違ってどこかほんわかとした……おっとりとした雰囲気を漂わせている妖精。
悪戯好きな妖精らしくない雰囲気を漂わせていたその妖精は、ニールセンを見てから不思議そうにレイ達に視線を向ける。
「ニールセンちゃん、なんで人がここにいるのー?」
そう尋ねる様子は、レイ達がここにいるのを特に怒っている様子はない。
純粋に疑問に思っているからこそ、そう尋ねてきた様子。
「ラビナラ……あんたがこっちに出て来るのは珍しいわね」
ニールセンの若干呆れの込められた声に、ラビナラと呼ばれた妖精は『あははー』と笑みを浮かべながら口を開く。
「ちょっと気分転換で周辺を飛んでいたのよねー。それでニールセンちゃんを見つけたんだけど」
「……そう」
何か色々と言いたいことがあったニールセンだったが、ラビナラに対しては何を言っても無駄だと判断したのか、結局それだけを告げ……
「グルゥ?」
そんなやり取りを見ていたセトだったが、不意に喉を鳴らしながら後ろを向く。
一瞬敵か? とも思ったレイだったが、セトに敵意の類はない。
つまり、やって来たのは敵ではないということだ。
レイは、セトの感覚を信じているので、やって来た相手が敵だとは思えなかった。
「どうした?」
「またお客さんらしい。とはいえ、セトの様子の見る限りでは敵意の類はないようだが。……アナスタシアか?」
この状況でこの場に姿を現すような者を想像したレイが思いついたのは、アナスタシアだった。
しかし、その気配が近付いてくるに従って、違うと判断する。
何故なら、気配の数は一つや二つといった訳ではなく、十以上あった為だ。
これが二つなら、アナスタシアとファナだろうし、四つならその二人と乗っている鹿が入る。
だが、近付いてくる気配の数はかなりの多さであり……それを考えれば、アナスタシア達では絶対にない。
それでセトが警戒していないことから、敵でもないとなれば、レイは一体どんな相手なのか判断出来なかった。
そして……やがて、茂みの中から姿を現したのは、レイにも見覚えのある狼達だった。
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