第2446話
やがて沈黙を破り、ニールセンが口を開く。
「マジックアイテム……あるにはあるけど、その条件だとちょっと難しいわね」
それは、明確とは言わないまでも拒否の言葉。
レイはてっきりニールセンがダスカーからの提案を引き受けると思っていたのだが、それだけに断るというのは驚きだった。
「何でだ? 今の条件はそう悪いものじゃないと思うけど」
「あのねぇ、レイ。確かにあの人の言う通り、私達はマジックアイテムと貴方達が呼んでるのを作ることは出来るわ。けど、それは非常に貴重なのよ? そう簡単に渡せるものじゃないわ」
「いや、別にそこまで貴重なのを渡せとは、ダスカー様も言ってないだろ? なら、錬金術を使って量産性の高いマジックアイテムを作ればいいんじゃないのか?」
レイの言葉を聞いたニールセンは、呆れが込められた溜息を吐いてから、口を開く。
「私達のマジックアイテムと、貴方達が作るマジックアイテムは、名前こそ同じだけど実際には全くの別物なのよ」
「……そうなのか?」
疑問を口にするレイ。
実際、レイが調べた限りでは、妖精達がマジックアイテムを作るということは書かれていても、それが実際にどのような物なのかというのは特に書かれたりといったようなことはなかった。
だからこそレイはそんな疑問を抱いたのだが……そのような疑問を持ったのは、レイ以外の者達も含めて全員だ。
それを見たニールセンは、仕方がないと若干面倒臭そうにしながらも口を開いて自分達の作るマジックアイテムと、錬金術師達が作るマジックアイテムについての違いを説明する。
その二つの違いは、言ってみれば錬金術師が人為的にマジックアイテムを作るというのに対して、妖精の作るマジックアイテムは自然に作るということだ。
ポーションの類で言えば、錬金術師は様々な薬草や……場合によっては毒草の類も使って、それに魔力を加えることでポーションを作る。
それに比べると、妖精の作るポーションというのは薬草の類を集めて魔力は最小限にしか加えず、時間を掛けてポーションを作る……といったような感じだ。
正直なところ、レイにはその違いはよく分からない。
取りあえずそういう物だと、納得することしか出来なかった。
それでも、取りあえず錬金術師と妖精の作るマジックアイテムは違うということだけは理解したのだが。
「つまり、妖精の作るマジックアイテムはそう簡単に量産は出来ないってことか?」
「そうね。他にも色々とあるけど、取りあえずそういう認識で間違ってはいないわ」
レイの言葉に、ニールセンはそう返す。
そんなニールセンの言葉は、ダスカーにとっても予想外だったのだろう。
予定が外れたということで、ショックを受けた様子を見せていた。
妖精の作ったマジックアイテムというのは、もし入手出来たとすれば非常に大きな価値を持っていたのだから、そのように思うのも当然だろう。
「そうなると、こちらにマジックアイテムを渡すのは難しいと?」
「そうね。少なくてもさっきの条件では無理よ。……いや、正確には長に聞かないと断言は出来ないけど、恐らくは間違いないでしょうね」
きっぱりとそう告げるニールセン。
上の者……長にその辺りを聞かなくても分かるというのは、それだけ確信を持っての言葉なのだろう。
それを聞かされたダスカーは、当初の予定とは違うことに思うところはあったが、領主……それも辺境にあるギルムの領主をしている身としては、当初の予定通りにいかないということは珍しくもない。
そうである以上、すぐに考えを改めて口を開く。
「では、どのような条件ならマジックアイテムをこちらに? 買う、という手段もあるが……」
そう言いつつも、それは恐らく駄目だろうとも思う。
ダスカー達にとって金というのは必要なものだ。
それこそ、生活の根幹を支えていると言ってもいい。
……中には、本当に稀ではあるが物々交換で生活しているような者もいない訳ではなかったが、その人数は間違いなく少数だ。
そんなダスカー達だが、それはあくまでもギルムで暮らしているダスカー達だからこそだ。
ニールセンのような妖精達にしてみれば、基本的に生活をする上で金を必要とはしない。
そうである以上、金で買うというのは駄目ではないかと、そうダスカーは思ったのだが……
「それはいいかもしれませんね」
不意に部屋の中にそんな言葉が漏れる。
「レイ?」
ダスカーはその言葉を発したレイに、本気か? といったような視線を向ける。
……これが正気か? といった視線ではなかったのは、ダスカーがそれだけレイのことを信頼しているからだろう。
今までにも、レイは普通なら到底不可能と思われるようなことを様々に行ってきた。
であれば、今回も何か一発逆転の何かを思いついてもおかしくはないと、そう判断したのだろう。
とはいえ、レイは別に何も突拍子のないアイディアを思いついた訳ではない。
ギルムに来てからのニールセンの様子を見ている限り、その意見を思いつくのはそう難しい話ではなかった。
「ニールセン。さっきこの部屋に来る前にいた部屋で、色々と興味深そうに見ていたよな?」
「え? 何よ急に。……まぁ、それは否定しないけど」
唐突に話題を変えたレイに、ニールセンは訝しみながらも素直に頷く。
レイにしてみれば、ニールセン達がどれだけの間、人間達と関わっていなかったのかというのは分からない。
勿論、トレントの森で現在行っているように悪戯という点では色々とあったのだろうが。
「なら、ダスカー様から金を貰う……いや、マジックアイテムを売れば、その金でニールセン達にとって興味深い何かを色々と買うことが出来るぞ。今まで見たこともないような物を、幾らでもな。……勿論、幾らでもって言っても、それはあくまでも金のある分だけだけど」
「え……」
レイの口から出た言葉は、ニールセンにとっても意外なものであり……同時に当然のものでもあった。
何しろ、妖精というのは非常に好奇心が旺盛な存在だ。
そうである以上、その好奇心を満足させるような何かを、好きなだけ――あくまでも買える分だけだが――手に入れることが出来ると言われれば、それに反応するなという方が無理だった。
「どうだ? 特にここは辺境で、普通の街や村には売ってないような色々な物があるぞ?」
そんなレイの言葉に、ニールセンは非常に迷う。
ニールセンにとって、先程の部屋は非常に魅力的だったのだ。
それだけに、あの部屋にあったような色々な物を手に入れられるかもしれないとなれば、それはニールセンの心を揺さぶるのに十分な衝撃があった。
……実際には、先程レイ達がいた部屋にあった家具や絵画、壺といった諸々はどれもこれも一流の品で、そう簡単に購入出来るような代物ではないのだが。
何しろ、あの客室はダスカーの……ギルムの領主が用意した客室なのだ。
場合によってはダスカーよりも爵位の高い貴族が来た時に使って貰う部屋である以上、質の悪い家具や偽物の芸術品の類を置く訳にはいかない。
だからこそ、そんな部屋の中でニールセンが好き勝手に動き回っているのが色々な意味で危険だと判断したのだが。
「それは……うーん……けど……」
見るからに悩む様子を見せるニールセン。
本来なら、ニールセンはあくまでも妖精の長の代理人といった立場でしかない。
つまり、ニールセンの判断だけで全てを決めるといったような真似はまず出来ないのだ。
それでもニールセンが選ばれたのは、やはりニールセンという存在が妖精の中では信頼されているからこそなのだろうが……それでも、ニールセンも妖精なのは間違いない。
好奇心や面白そうなことを目の前に出されると、それを重視してしまうのは妖精としては当然だった。
「と……取りあえず私だけでは判断出来ないから、一度森に戻って長に相談してみるわ」
それでも自分の判断だけでダスカーとの取引を行わなかったのは、さすがと言うべきだろう。
ニールセンにしてみれば、今回の一件は非常に惹かれたのは事実だったが、それでもこうして交渉を一時的に中断したのだから。
とはいえ、現在自分が有利な状況でダスカーがあっさりとその意見に賛成するかと言われれば、また別の話な訳で……
「そう言われてもな。こっちは色々と忙しいんだ。出来れば交渉は今この場で終わらせてしまいたいんだが……」
「無理よ。むーりー! そもそも、もしここで私が何かをするって決めても、それを長が認めなければ意味がないんだから」
「それを認めるからこその、全権だろう? なら、ここでニールセンが頷けば、それは妖精の意思となる。違うか?」
「それでも駄目なものは駄目なの!」
その後も数分程、お互いに自分の意見を告げる。
ダスカーはニールセンが全権を預かってきている以上、ニールセンがこの場で判断出来るというもの。
ニールセンはダスカーのその言葉にはかなり強く惹かれるものの、今の状況で判断すれば、それは後々不味いことになる……具体的には長に叱られると、そう判断して交渉の一時中断を。
お互いに自分の意見だけを言っている以上、当然ながら話は前に進まない。
そんな中……やがて、渋々といった様子でダスカーが口を開く。
「分かった。ニールセンがそこまで言うのなら、今回の交渉はこれで一時中断するとしよう。本来なら、今日の交渉で全てを終わらせるつもりだったんだが。ニールセンがそこまで言うのなら、俺も一時退くとしよう」
くどいくらいにニールセンが言うからこそ、今回は交渉をこれで止めたのだ。
そう告げるダスカーの様子を見て、レイは納得する。
(これで恩に着せて、次の交渉を有利に進めるようにするのか。……とはいえ、ニールセンがそれを承知するかどうかは、また別の話だけど)
これが普通の人間を相手にしたのなら、ダスカーの交渉術もしっかりと効果があっただろう。
しかし、今の交渉相手はあくまでも妖精だ。
レイの印象としては、もしここでダスカーがニールセンに恩に着せても、次の交渉の時にはそんなことがあったというのは全く気にした様子もなく交渉してくると、そのようにレイには思えた。
……実際にそのような事になるのかどうかは、レイにも分からなかったが。
「そう? じゃあ、そうしてくれると助かるわ」
ニールセンは、ダスカーの言葉を全く気にした様子もなく、取りあえずこれで一度交渉を中断出来たことだけを喜ぶ様子を見せる。
そんなニールセンの様子に、ダスカーは少しだけしまったといったような様子を見せたものの……既に自分で口にしてしまった以上、それを取り消すような真似は出来ない。
「そうそう、折角だし……長に今回の一件を説明する為にも、もし交渉が成立した場合、金で買える物を用意してくれる? それを見せれば、この交渉の意味があったと、そう理解して貰えると思うんだけど」
「そう急に言われても困るな。金で買えるというのは、それこそ多種多様だ。一体どのような物を欲しいのだ? あまり高価な物はこちらとしても困るが、ある程度の物であればこちらで用意出来るが」
「うーん、何かこれって物はないのよね。取りあえず、適当に見繕ってちょうだい」
図々しい要求ではあったが、ニールセンの外見が非常に愛らしいものである為か、それを不愉快には思わない。
この辺りは、やはり妖精だからこそなのだろう。
とはいえ、そんなやり取りを見ていたレイは、ふと疑問を抱いて口を開く。
「色々な物を持っていくのはいいけど、それをどうやって持っていくつもりだ?」
「う……」
レイの一言で現実を思い出したのか、ニールセンの動きが止まる。
ニールセンにしてみれば、自分の大きさを考えればそこまで大量の荷物を持つことは出来ないのだと。
「レイ……お願い」
最終的にニールセンが選んだのは、レイに対する懇願だった。
レイならミスティリングを持っているので、それこそどのような荷物であっても問題なく持ち運び出来る。
そう考えてのことか? と思ったレイだったが……
(あれ? ニールセンの前でミスティリングを使ったか?)
ふとそう思うが、レイの場合はミスティリングをいつでも普通に使っている。
そうである以上、多分自分でも知らないうちに使っていたのだろうと判断した。
普通なら、ミスティリング……アイテムボックスのような貴重なマジックアイテムは、そう簡単に人前で使うようなことはしない。
何故なら、当然のようにそれを欲した者達に襲われるからだ。
……実際に、レイも何度も襲われている。
だが、レイの場合は襲ってきた相手を全て撃退していた。
そして今となっては異名持ちになり、レイの強さも広く知られるようになった為に、襲ってくる者はかなり少なくなったのだが。
ともあれ、そんな訳でレイは周囲の様子を特に気にした様子もなく、ミスティリングを使っているのだった。
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