第2445話

 ダスカーとニールセンの交渉を見ていたレイは、妖精の数え方は匹ではなくて人なのかと、今更ながら思う。

 ……とはいえ、妖精がトレントの森で行っている悪戯を考えれば、レイとしてはとてもではないが、一人二人といったように数えたいとは思わなかったが。


「それと、最近トレントの森で働いている樵や冒険者の周囲で妙なことが起こっているのだが……あれは君達の仕業かな?」

「そうね。私達の仕業だと思うわ」

「では、それを止めて欲しい。その悪戯によって、作業効率がかなり落ちている」


 ダスカーの言葉は、レイにも十分の理解出来た。

 何しろ、先程も樵達の使っていた斧が急に複数壊れて、伐採出来なくなったといった話を樵達から聞いている。

 樵達の仕事は、木の伐採だ。

 正確には他にも複数あるのだが、一番大きな仕事が木の伐採なのは事実だ。

 その伐採を行うには、当然の話だが斧が必要だ。

 これがレイなら、デスサイズを一閃することであっさりと木の幹を切断出来るのだが……そのようなことが出来る者はそんなに多くはないだろう。

 であれば、斧がなければ木の伐採は出来ない。

 そしてこちらはレイも知らなかったが、樵が使う斧は自分が使いやすいように様々な場所が改良されいる。

 それはつまり、そう簡単に自分が使っていない斧を使えないということを意味していた。

 いや、勿論使おうと思えばそのような斧も使えるだろう。

 だが、使い慣れない斧でトレントの森の木を伐採するのは、それなりに難しい。

 つまり、斧が使えなくなると作業効率が落ちるのは当然だった。

 今でこそ、レイがケンタウロスのいた世界から戻ってきて、伐採されて溜まっていた木を纏めて運んだので、建築資材不足には陥っていない。

 しかし、樵が木を伐採出来なくなれば、当然だがまた建築資材不足になりかねない。

 それも、伐採した木を運ぶことが出来なくて建築資材不足になるのではなく、そもそも木を伐採出来ていないという理由で。


(いっそ、俺がデスサイズで手当たり次第に木を伐採……いや、そうなると建築資材不足は起きなくても、樵達の報酬がなくなってしまうか)


 レイはニールセンがどう答えるのかと注意深く見守るが……


「え? 何でそんなことをしなくちゃいけないの?」


 ニールセンの口から出たのは、そんなあっけらかんとした……それこそ、心の底から疑問に思っているといった様子の声。

 何らかの反論をしてくるとは思っていたダスカーだったが、それでもまさかこのような対応をされるのは予想外だったのか、戸惑ったように口を開く。


「何でと言われても、先程も言ったが妖精の行動によってこちらは被害を受けている。そうである以上、それを止めて欲しいと思うのは当然のことだと思うが?」

「それとこれとは話が別でしょ」

「……別?」


 とてもではないが、この話は別とは思えない。

 ダスカーはそう思っていたし、その話を聞いていたレイ達もまた同様だった。

 妖精の行動……具体的には悪戯によって、トレントの森で働いている者が被害を受けているのは、間違いのない事実なのだ。

 そのような状況である以上、今回のダスカーの要望は間違っていないようにレイには思える。


(ニールセンはこの交渉を纏める気はないのか? ……いや、そんな事はないと思うんだが)


 この交渉が纏まらない場合、最悪先程レイが言ったようにトレントの森を燃やすといったことになりかねない。

 勿論それはあくまでも最悪の場合ではあるが、それでも今回の一件に関してはそのようなことになる可能性は決して否定出来ないのだ。

 であれば、ニールセンがここでダスカーからの提案を即座に断るといったような真似をする必要はない。

 にも関わらず、ニールセンはこのような態度なのだ。


(種族にとっての常識の問題か? 妖精という種族にとっては、今回の一件は特に何をする必要もないような、そんなことだったりするのか? ……いや、だがそれでこっちに被害が出ている以上は交渉でその辺が話題に上がるのは当然だと思うんだが。……迷うな)


 妖精達にとって、悪戯という行為がどのような意味を持つのか。

 その辺りの事情を分からなければ、迂闊な反応を返すことは出来ない。

 レイにしてみれば、悪戯? 何それ? といった感じなのだが、それはあくまでもレイであればの話だ。

 ニールセンにしてみれば、妖精と悪戯は切っても切り離せない関係であると、そう認識している可能性も十分にあった。

 だからこそ、今回の一件においては迂闊にどうこうといったような真似は出来ない。

 ……だからといって、それを受け入れることが出来るかと言われれば、当然のようにそれは否だったが。


「こちらとしては、悪戯と今回の交渉が別だとは思っていない。そもそも、こちらが交渉をするつもりになったのは、トレントの森で不思議な出来事が多数起きたからだ」


 実際には、レイが妖精を見たというところから今回の話は進んでいるのだが、領主である以上、ダスカーも腹芸は決して苦手という訳ではない。……好むかどうかは、また別の問題だが。


「ふーん、そうなんだ。でも、だからって私達の悪戯を止めるようにっていうのは、ちょっと違うんじゃない?」

「どこが違うのか、教えて欲しいな。今回の一件に関しては、妖精の悪戯こそが大きな意味を持つ。妖精の悪戯によってトレントの森で働いている者の仕事が邪魔されるのであれば、こちらとしては到底許容出来ないのだから」

「そう言っても、妖精にとって悪戯というのは絶対に必要なことなのよ?」


 そう言い切るニールセンに、レイは疑問を抱く。

 妖精が悪戯を好むというのは分かる。

 だが、悪戯が必須というのはどのような意味を持つ? と。

 今回の一件に関しては、色々と思うところがない訳でもない。

 それが妖精の習性だと言われれば、レイとしても何も言うべき事は出来ない。

 出来ないが、だからといってトレントの森で悪戯をされるというのは、レイ達としては絶対に許容出来ない。


「絶対に必要というのは、何故と聞いても? これが例えば食事をする必要があるからトレントの森の果実を食べるとかなら、こちらも納得は出来る。だが、悪戯が何故妖精に必要なのだ?」

「必要だから、としか言えないわね。……そうね。人間に例えれば……人間は一年中、いつでも発情してるでしょ?」

「いや、それは……」


 いきなり何を言うのかと、ダスカーは言葉に詰まる。

 いや、ダスカーだけではない。エレーナやアーラも顔を赤く染めている。

 いきなり人間は一年中発情期……つまり、自分達も発情期だと言われたも同然なのだから、そのようになって当然だろう。

 普段はともかく、エレーナもアーラも歴とした乙女なのだから。


「でしょ?」


 だが、そんなエレーナとアーラの様子に気が付いた様子がないニールセンは、ダスカーに向かって言い切るように、そう告げた。

 そのように言われてしまえば、ダスカーとしてもその言葉を否定出来ない。

 発情期があるような動物と違って、人間――エルフやドワーフ、獣人といった亜人も含む――がいつでも子作り出来るというのは、紛れもない事実なのだから。

 それでも、ダスカーは何とか混乱するのを押さえて口を開く。


「そうかと言われれば、間違いはない。だが、それが今回の件と何か関係があるのか?」

「当然でしょ。具体的には、それを我慢出来るかどうかって事よ」

「……それで発情期を例に挙げるのは、間違っていないか?」


 ダスカーのその言葉に、エレーナとアーラの二人の乙女は激しく頷く。

 ニールセンの言葉を肯定した場合、発情したらどこででもそのような行為を行うという意味に取れてしまう。

 ……それに近い性質――あるいは性癖と言ってもいいのかもしれないが――を持っている者がいても、おかしくはないのだが。


「そう? まぁ、それでも我慢出来ない人はいるんでしょ? 私達の悪戯も、そのようなものよ。我慢しようとしても出来ない」


 正確には、好奇心旺盛で享楽主義が大半の妖精達には、我慢をするといったようなことを考えすらしないのだが。

 ニールセンは、妖精の中でもそういう意味では珍しい部類に入るのだろう。


「だが……それではこちらも困る」

「そう言われてもね。私達はそういうことでは止められないわ。それははっきりとしている」


 断言するニールセンに、ダスカーはどう対応したものか迷う。

 ダスカー側は、何としても悪戯を止めさせたい。

 ニールセン側は、悪戯を止めさせることは妖精の性質上不可能。

 お互いの主張は完全に平行線となっている。


(とはいえ、結局のところ強いのはダスカー様なんだよな)


 妖精がトレントの森に住んでいる以上、最悪森を燃やしてしまえば妖精はトレントの森から逃げざるをえない。

 勿論、そのような真似をすればギルムの増築工事の建築資材としても使えない以上、他から仕入れる必要があり、当初予定していたよりも莫大な金額が必要となる。

 だからこそダスカーもそこまで強硬な手段を採りたくはないのだ。


「トレントの森がなくなってしまえば、ニールセン達も行く場所がなくなるんじゃないか? いや、もしかしたら行く場所があるのかもしれないが、トレントの森のように居心地のいい場所はないんだろう?」

「それは……」


 レイの言葉にニールセンは反論出来ない。

 実際、ニールセンにしてみればトレントの森のような快適な場所は他にない……とは言い切れないが、それでもそう簡単に見つかるとは思えなかったのだから。


「最悪、トレントの森が燃やされるということになるかもしれない以上、ここはある程度妥協した方がいいじゃないか?」

「けど、悪戯を止めさせることだけは出来ないわ、これは……そう、言ってみれば妖精の本能に等しいものなんだから」


 本能とまで言うニールセンに、レイはダスカーに視線を向ける。

 それは、この件について一体どう対処するのかと、そのように思っての行為。

 それこそ本当に悪戯を止めないのなら、トレントの森を燃やすしかないのでは? と、そのような意味を込めて視線を向けたのだ。

 だが、ダスカーはそんなレイの言葉に首を横に振る。

 何も妖精達が可哀想だからというだけでレイを止めたのではなく、よりギルムの利益になる為にはどうすればいいのか、というのを考えての行動だった。


「一つ、提案があるのだが」

「提案? 何よ?」


 ニールセンの言葉は、領主という立場に対するものではなかったが、そこは妖精と人間という違いがある以上、気にしない。

 ギルムという辺境の領主をする以上、余程酷い言葉遣いでもない限り、気にしない方がいい結果を生み出すのだ。


「妖精という種族が悪戯をしないといけないのなら、こちらとしてもそれを認めよう。ただし、認めるのは軽い悪戯だけだ。その悪戯によって大怪我や……まして死んだりするといったようなとは絶対に認められない。それと、増築の進行具合に影響が出るような悪戯もだ」


 ダスカーからの提案は、ニールセンにとっては面白くない。面白くはないが、どうしても受け入れることが出来ないという程でもない。


「それで? そっちは何を望むの?」

「何でも、話に聞く限りでは妖精というのは特殊なマジックアイテムを作ることが出来るとか」


 話に聞くという表現をしたダスカーだったが、実際にはお伽噺にそのような話があったからこそ知っていたというのが正しい。

 とはいえ、それがただのお伽噺ではなく実際にあった話を基にして作られたお伽噺であるということは、過去に妖精が作ったマジックアイテムの幾つかが現在も残っていることから明らかだ。

 勿論、それは非常に貴重な品であり、金を払えば購入出来るといったものではないのだが。

 そのような、一種伝説的なマジックアイテムではなくても、それより数段格下のマジックアイテムでいいから、それらを定期的に入手出来るようになれば、それはギルムにとって大きな特産品となる。

 現状においても、ギルムには辺境ならではの特産品が結構な数ある。

 現在では、緑人に頼んで本来ならもっと暑い場所でしか栽培出来ないような香辛料の類も育てているし、まだ建造施設を作ってはいないが地上船を製造するということも考えている。

 そのように特産品となる物は多数あるのだが、それでもダスカーにしてみれば、特産品というのはあればある程にいい。

 だからこそ、多少の譲歩をしても妖精の作るマジックアイテムが欲しいと、そのように主張したのだろう。

 そして……ダスカーのその言葉は、マジックアイテムを集める趣味のあるレイにとっても、決して悪いものではない。

 寧ろ喜ばしいものであると理解し……レイは、ニールセンの言葉を待つのだった。

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