第2442話

 妖精のニールセンを連れて、レイ達はトレントの森を歩く。

 ニールセンは何故か嬉しそうな様子でレイの側を飛び回っている。


「何でそんなに嬉しそうなんだ?」

「えー、だって人の一杯いる場所でしょ? 楽しみに決まってるじゃない」

「……言っておくが、悪戯は禁止だぞ」

「え」


 悪戯禁止という言葉が予想外だったのか、ニールセンは空中で動きを止める。

 それでいながら、地上に落ちるといったことがない辺り芸が細かいのかもしれないが。


「嘘……でしょ?」

「本当だ。それにもっと言うなら、人前でお前の姿を見せるのも禁止だ」

「ちょっと、幾ら何でもそれはあんまりじゃない!?」

「そう言ってもな。いいか、ニールセン。お前達妖精は、一般的には幻の種族とか言われてるんだぞ? それこそお伽噺でしか知らない奴が大多数だ。そんな中で、妖精のお前が好き勝手に空を飛ぶなんて真似をしたらどうなると思う?」


 そう言い、レイはニールセンがギルムの中を好き勝手に動き回っているのを想像する。

 ……間違いなく、大きな騒動になるだろう。

 その上で、多くの者がニールセンを捕らえようとするだろう。

 そうなれば、当然の話だがギルムの増築工事どころではない。


「お前も誰かに捕まって見世物になりたくないだろ?」

「大丈夫よ。捕まったら逃げればいいし」


 あっけらかんとそう告げるニールセンに、そう言えばこいつにはその手があった……と、レイは頭を押さえる。

 もし捕まって鳥籠か何かに入れられて見世物にされても、妖精の輪を使った転移能力を持っているのだから、そんな相手を閉じ込めておける訳がない。

 ……錬金術師達によって、転移を無効化する能力を持つマジックアイテムの鳥籠のような物が作られれば、また話は別だが。


「取りあえず、それでもだ。ダスカー様……ニールセンが交渉する相手は基本的には冷静な人だが、迂闊に騒動を起こせば……その上でギルムの増築工事を止めるようなことになったら、それこそ一体どうなるか分からないぞ」


 レイの言葉には強い真実味がある。

 レイから見ても、ダスカーが抱えている仕事は非常に多い。

 その上で、レイが発見した諸々――別にレイが悪い訳ではないのだが――もダスカーに丸投げされている。

 もしレイは自分がダスカーなら、丸投げされた出来事だけでもう何もかも面倒臭くなって投げ出している自信があった。

 大量の面倒を抱え込み、ストレスを感じているダスカーだ。

 それだけに、爆発するようなことにでもなれば、その被害は極めて大きなものとなるだろう。

 それが分かっているだけに、レイとしてはこれ以上ダスカーに負担を掛けたくなかった。


(そういう意味では、ここで悪戯好きの妖精を連れていくってのは……ダスカー様がどうなるかな)


 微妙に嫌な予感を覚えるレイだったが、妖精の件となればレイ達で勝手に判断する訳にもいかない。

 ダスカーがレイに依頼した、妖精達が何故トレントの森にいるのかというのも、これからギルムに戻れば判明するのは間違いなかった。

 勿論、それはあくまでもニールセンがダスカーと素直に交渉すればの話だが。


(普通なら、その辺を心配する必要はないんだけどな。ただ、ニールセンは妖精だ。一体、どんな面倒な真似をするのやら)


 レイが知ってる限り、ニールセンは妖精の中では比較的まともな存在だった。

 ……元々レイの知っている妖精の数が少ない以上、それはあくまでも比較的といったものだったが。

 とはいえ、セレムース平原で遭遇した妖精達と比べると、多少なりも話が通じるだけニールセンの方が上だろう。

 セレムース平原で遭遇した妖精達も、一応会話をすることは出来たが……それでも意思疎通が出来たかと言われると、レイとしては素直に頷けないのだから。

 そんな妖精達を迎えに来た長とは、きちんと意思疎通が出来たのだが。


「他の連中には絶対に見つからないようにしろよ。そうでないと、間違いなく面倒なことになるだろうし」


 先程と同じようなことを繰り返し告げるレイだったが、ニールセンはそんなレイの言葉を聞き流す。


(これ、どう対処したらいいんだ? この様子だと間違いなく……)


 ニールセンの姿がギルムにいる者達に見つかると、絶対に面倒なことになる。

 そう思いながら、レイはどうそれに対処すればいいのかを考え……


「グルゥ!」


 と、不意にセトはレイに向かって喉を鳴らす。

 それが警戒の声であると……ただし、モンスターが出たという意味での警戒ではなく、誰が近付いてくるという意味の警告であると知る。

 そして、いつの間にか自分達がトレントの森の中でもかなり外側……それこそ、樵や冒険者達のいる場所にいるというのを周囲の様子から理解すれば、誰が近付いてくるのかは想像するのが難しくない。


「ニールセン!」

「え? ちょっ、何よ!」


 自分の近くを飛んでいたニールセンを掴み、レイは半ば反射的にドラゴンローブの中に入れる。

 当然の話だが、ニールセンにしてみれば飛んでる状態からいきなり鷲掴みにされたような状況なのだから、悲鳴や不満の声を上げるのは当然だった。

 だが、今の状況で冒険者や樵にニールセンの姿を見つかる訳にはいかない以上、それを隠す必要があるのは間違いのない事実だ。

 であれば、レイのこの行為は当然と言ってもよかった


「静かにしてろ」


 ドラゴンローブの中で暴れるニールセンにそうレイが言い聞かせるのと、向こう側から数人の冒険者が現れるのはほぼ同時。

 タイミングがいいのか悪いのか。それはレイにも分からなかったが、それでも妖精が冒険者に見つかるという行為を避けられたことは幸運だったのだろう。

 そして、冒険者達がレイ達の姿に気が付くと驚き、それでも今回は前回と違って武器を構えるといったようなことをしないで、口を開く。


「レイ、こんな場所で何をしてるんだ? ……まぁ、レイのことだから、色々と忙しいんだろうが」

「ああ、今ちょっとギルムに向かう途中でな。……伐採された木はどうなってる? 溜まってるなら持っていくけど」

「あー、そうだな。午前中に樵達は結構頑張ってたみたいだし、それなりにあると思う。出来れば持っていってくれ」


 そう言葉を交わし、冒険者達と別れる。

 正確には、冒険者達がレイの後ろにいるエレーナの存在に気後れしたというのが正しいのだろうが。

 トレントの森の仕事に回されるということは、ギルドから実力と人間性の双方を認められている者達なのだろうが、それでも姫将軍の異名を持つエレーナを前にしては、気圧されるところがあるのだろう。

 だからこそ、レイとの会話を終えるとエレーナに頭を下げてから、その場から立ち去っていく。

 冒険者達にしてみれば、エレーナという存在はとてもではないがまともに相手が出来る存在ではない。

 だからこそ、すぐにレイの前から立ち去ったのだが……


「失礼な人達ですね」


 そんな冒険者達の態度に、アーラは不満そうに呟く。

 エレーナに心酔するアーラにしてみれば、エレーナに対する冒険者達の態度はとてもではないが許せるものではない。


「そんなに怒るな。私は別に気にしてないからな」

「ですが、エレーナ様……」

「まぁ、無理もないと思うけどな」


 エレーナの言葉にアーラが不満そうに何かを言おうとするのに、レイが口を挟む。

 しかし、アーラはそんなレイの言葉に納得出来なかったのか、不満そうな様子で口を開く。

 幾らレイの言葉とはいえ、余程のことでなければ納得出来ないと、そんな表情のまま。


「レイ殿、どういう意味ですか?」

「そう難しい話じゃない。小さい頃からエレーナの側にいるアーラは当然だが、俺達もエレーナと一緒にいることには慣れている。こうして長い間ずっと一緒にいれば、当然の話だがエレーナという存在に慣れる。だがそれはあくまでもエレーナに慣れている俺達だからだ」


 これが、貴族であれば社交界である程度慣れている為か、突然エレーナと会っても一応対処するような真似は出来るだろう。

 だが……冒険者にそれを期待するのは難しい。

 勿論冒険者の中にも、いきなりエレーナと会っても普通に対処出来るといったような者はいる。

 それは貴族と接するようなことが多い者だ。

 先程の冒険者達は、残念ながらそのような冒険者達ではなかった。

 だからこそ、エレーナと遭遇し、どうしようもなくなってしまい……迂闊な真似をするよりもと、逃げ出したのだろう。

 冒険者としては、そんなに間違った対応ではない。

 ……少なくても、エレーナの美貌に目を奪われて言い寄るといったような真似をしなかったのは、褒められてもいいだろう。

 もっとも、実力以外に性格もギルドに信頼されて、トレントの森を任された者達だ。

 普通に考えれば、そのような問題行動を起こすような者はいないだろう。

 だからこそ、レイも身の程知らずに絡んでくる相手がいないということで、気楽にすごせているのだが。


「それより、レイ。……ニールセンはどうした?」

「っ!?」


 エレーナの言葉に、レイは慌ててドラゴンローブの中にいる筈のニールセンを取り出そうとするが……


「えー、まだ出たくないんだけど」


 そう言いながら、ニールセンはドラゴンローブにしがみつくようにしながら、そこから出ようとはしない。


「おい。……何で出て来ないんだ?」

「だって、ここ気持ちいいんだもん」

「……あ、なるほど」


 レイのドラゴンローブには、使用者が快適に行動出来るように簡易エアコンの機能がついている。

 暑い時には涼しく、寒い時には暖かく。

 そして、今は夏真っ盛り。

 トレントの森の中は上空を木々によって覆われている場所も多く、夏の太陽らしく強烈な自己主張をしている太陽の光も、その枝が遮ってくれている。

 そのおかげで、少なくても普通の場所を歩いている時に比べれば比較的暑さは感じない。

 だが……それでも、夏は夏だ。

 トレントの森の外よりは涼しいが、それでも夏の暑さを完全に遮ってくれはしない。

 あくまでも涼しいというのはトレントの森の外と比較しての話であって、中であってもそれなりに暑さは感じるのだ。

 そんな中で、涼しいドラゴンローブの中というのは、ニールセンにとってこれ以上ない避難場所だった。

 ……ちなみに、レイが日本にいた時はエアコン病という、冷房に当たりすぎると関節が痛くなるという症状があったが、さすがにゼパイル一門の錬金術師たるエスタ・ノールが希少な素材を使って作ったドラゴンローブだけに、冷たい空気に当たり続けても関節が痛くなるといったことはない。

 そういう意味では、マジックアイテムだからこの高性能さで、日本にいる者が聞けば是非欲しいと言う者が多数……それこそ数え切れないくらいいるのは、間違いのない事実だった。

 実際には、ドラゴンの素材を使っているのでそう簡単に量産出来るような物ではないのだが。


「あー……なら、そのままそこにいろ」


 最初はドラゴンローブの中から取り出そうとしたレイだったが、ニールセンが外に出て動き回るといったようなことをしないだけ、レイにとっては楽なのは間違いない。

 であれば、このままドラゴンローブの中に入れておけば、特に問題はないだろう。

 そう判断し、レイはそれ以上ドラゴンローブの中から出そうとはせずに、ニールセンはそのままにしておくことにした。


「じゃあ、進むか。セト、頼む」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らして進む。

 そうして少し進むと、樵の姿がある。

 樵達は何人かで話し合っている。


「どうした?」

「ん? ああ、レイか。いや、木の伐採をしようとしたんだが、斧が急に壊れたんだよ。それも、何個も同時にな」

「それは……」


 そんな樵達の言葉を聞き、レイは何となくその一件の理由を予想する。

 一つや二つであれば、斧が壊れてもおかしくはないだろう。

 だが、複数の斧が同時に破壊されるといったようなことになっているのだから、それが普通である筈がない。

 そしてレイは普通ではない何かについて、心当たりがある。


(多分……いや、間違いなく妖精の仕業だな)


 出来ればドラゴンローブの中に入っているニールセンを取り出して尋ねたいところだが、今の状況でそのような真似が出来る筈もない。


(出来れば交渉している間は悪戯を控えて欲しいんだが……いや、妖精に悪戯を控えという方が無理か)


 自分の中の考えをすぐに思い直す。


「そうなると、木の伐採は出来ないのか?」

「ん? ああ、いや。それは大丈夫だ。予備の斧も幾つか持ってきてるからな。今はそれを持ってきて貰っているところだ」

「そうか。なら、俺は今のうちに伐採された木を持っていくよ」


 そう言い、レイは樵達と別れるのだった。

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