第2436話

 取りあえずリザードマンや冒険者達には帰還の報告――勿論異世界からといったようなことは言わなかったが――をし、レイはエレーナとアーラの二人と共にセトの背にのって妖精を探しながらトレントの森の中を歩き回る。

 なお、アナスタシアとファナの二人は生誕の塔から出たところで別行動となり、今頃はトレントの森の中央にある、ウィスプのいる地下空間で研究を行っているだろう。


(幾ら妖精に興味を持ってるからって、まさか妖精のいる場所を探す為にウィスプの研究を放っておくってことはない……よな?)


 アナスタシアにとって、妖精が興味深いのは間違いないだろう。

 だが、同時にウィスプの方も興味深いのは間違いないのだ。

 ……いや、今まで妖精を見つけたという意味では前例がそれなりにあるのに対して、異世界から色々な存在をこの世界に召喚し、ましてや異世界とこの世界を接触させるような真似が出来るという点で、妖精よりもアナスタシアの興味を惹いてもおかしくはない筈だった。

 ……それでもアナスタシアが妖精に興味を持つのでは? とレイが思ってしまうのは、純粋に今回の一件に関しては妖精の方が新しいから、というのが大きい。

 あくまでもそれはレイの予想であって、実は何かもっと別の理由があるという可能性も否定は出来なかったが。


「それで、レイ。こうしてトレントの森の中を歩いている訳だが、ここから一体どうやって妖精を探すのだ?」


 レイの後ろに乗ったエレーナが、周囲の様子を眺めながら尋ねる。


「そう言われてもな。結局のところ妖精が出て来るのを待つしかないんだよ。……イエロを連れてくればよかったな」

「そう言われてもな。イエロではこのような場所で何か特定の相手を見つけるといったような真似は決して得意ではない。連れて来ても……恐らくはそう戦力にならなかったと思うぞ?」

「それでも、目が多数あるのはこっちにとっても有利な一面だろ? それに……妖精は小さい。それなら、同じように小さいイエロが色々と便利だった可能性はある」

「エレーナ様、レイ殿も。イエロがこちらに来なかった以上、その辺を心配しても意味はないのでは?」


 レイとエレーナの会話を聞いていたアーラが、そう告げる。

 その言葉が正論だった以上、ここで言い合っていても意味はないと判断し、レイとエレーナも話題を変える。

 ……恐らく、イエロは現在適当にマリーナの家の周辺を飛び回って遊んでいるのだろうと思いながら。

 もっとも、イエロはまだ小さいだけに寂しがり屋の一面もある。

 そうなると、一人だけで遊んでいても寂しくなり……街中に向かうといった可能性も否定出来なかったが。


「取りあえず妖精を探すか。……どういう風に探せばいいと思う? やっぱり、小鳥とかを探す感じでか?」

「この中で妖精に会ったことがあるのは、レイだけだ。そのレイが分からない以上、私達にどうしろと? ……セレムース平原ではどのような感じだったのだ?」


 エレーナの言葉にセレムース平原でのことを思い出すレイだったが、あの時は妖精を探していて妖精を見つけたといった訳ではなく、妖精が起こした悪戯にいきなり巻き込まれたといった方が正しい。

 であれば、今のこの状況でトレントの森の中にいる妖精を見つけろという方が無理だろう。


「セレムース平原の時は、どちらかと言えば向こうから姿を現したといった方が正しいからな。今の状況では何とも言えない。……地道に、木の枝とかにいるかもしれないと思って探すしかないだろうな」


 そう告げるレイの言葉に、エレーナとアーラは改めて周囲の木々の枝を見る。

 とはいえ、こうして枝を見てもすぐに妖精が見つかるといったことはないのだが。


「あ! ……リスでした」


 枝の先に動く何かを見つけたアーラが小さく叫ぶが、その枝の先にいたのは妖精ではなくリス。

 とはいえ、トレントの森が出来た当初は動物もモンスターもいなかったのだから、そういう意味では珍しい光景だったと言える。


(いや、ギガントタートルとか、トレントの森で生まれたモンスターはいたけど)


 だが、トレントの森の外から来たモンスターは、少し前までは殆ど見ることが出来なかった。

 動物の類も見るようになったのは本当に最近のことだ。

 そうである以上、このトレントの森が正常な森になっているというのは、レイにとっても喜ぶべきことだった。


(とはいえ、トレントの森の木が特殊なのがその辺にも影響しているとなると、場合によってはここが普通の森になってきたこともあって生えている木を増築工事の建築資材として使えなくなる可能性もあるのか?)


 もし本当にそうなった場合、ギルムの増築工事はダスカーが当初予定していたよりも多額の資金が掛かることになるだろう。

 そして当然の話だが、トレントの森の木と同じような木材をどこか他の場所から購入するにせよ、トレントの森の木を今以上に手間暇を掛けて錬金術師達が手を加え、現在使っているとの同じような性質を持つ木にするにせよ、今よりも多くの時間が掛かるのは間違いない。


「レイ? どうした?」

「いや、動物が増えてきたのはいいことだけど、それによって色々と問題も起きると思ってな」


 エレーナはレイの言葉にそうだろうなと頷くが、実際にレイの考えていることを本当に理解しての頷きではない。

 この辺はお互いが持っている情報量の違いだからだろう。


「グルルゥ!」


 レイとエレーナが話していると、不意にセトが喉を鳴らす。

 同時に、少し離れた場所にある茂みが音を鳴らし……


「はぁっ!」


 レイは腰のベルトにあるマジックアイテムのネブラの瞳を発動させ、鏃を生み出すと素早く投擲する。


「グガァッ!」


 レイの手によって放たれた鏃は茂みを貫き、その先にいた何かに命中する。

 そして鏃を受けた何かは、その痛みを与えた相手に報復しようと跳びかかってくる……が、茂みから跳躍したところでレイが再度ネブラの瞳によって生み出された鏃を投擲し、空中で跳びかかってきた相手に命中する。


「ギャン!」


 悲鳴を上げて地面に落ちたのは、狼型のモンスター。

 狼ではなくモンスターだと判断出来たのは、その背中から一本の触手が伸びていたからだ。


(そう言えば、触手を二本生やした狼のモンスターと戦ったことがあったような……継承の祭壇のあるダンジョンだったか?)


 しかし、レイの記憶にある狼のモンスターは触手の数が二本だった筈だし、何よりも今こうして地面に倒れている狼よりも明白に大きかった。


(そうなると、あのモンスターの下位種族か? ともあれ、あのモンスターと違うのなら魔石でスキルを習得したり強化出来る可能性もあるから、死体は確保しておくか)


 そう判断すると、レイはセトの背から降りて地面に倒れて血を流しながら痙攣している狼のモンスターの側まで移動し、使い捨ての槍を取り出して喉を貫き、命を絶つ。


「エレーナ、アーラ、このモンスターを知ってるか?」


 モンスター辞典で調べれば、どのようなモンスターなのかは分かるかもしれない。

 しかし、今は妖精を探している以上、あまりそのようなことで時間を使いたくはなかった。

 なので自分よりも知識が豊富そうな二人に尋ねたのだが……


「ランクDモンスター、ダーラウルフだな」


 レイが予想していたよりもあっさりと、エレーナが答える。


「ダーラウルフか。ランクDというのは、ちょっと残念だったな。それでも未知のモンスターだから、確保しておくけど」


 そう告げ、ダーラウルフの死体をミスティリングに収納しようとしたところで……


「え?」


 一瞬にしてダーラウルフの死体が消えた。

 それこそ、今まで目の前にあった死体は幻か何かだったのではないかと思えるくらい、見事に。

 だが、幻でなかったのは地面に流れているダーラウルフの血を見れば明らかだし、鉄錆臭も周囲に漂っている。

 あるいは血も幻覚で鉄錆臭も嗅覚を何らかの手段で誤魔化されている可能性があったが、レイは恐らくそれはないだろうと思った。

 そして……不意に聞こえてくる何らかの落下音。


「嘘だろ!?」


 その落下音の正体を半ば本能的に察したレイは、立っていた場所から素早く跳躍する。

 そして数秒後……空中から落ちてきたダーラウルフの死体が地面にぶつかり、周囲に血や眼球といったものを撒き散らかす。

 幸いにしてレイはダーラウルフの落ちてきた場所から距離を取っていた為に、それらを浴びるといったようなことはなしなくてもすんだ。


「レイ、無事だな?」


 少し離れた場所でそう尋ねてくるエレーナだったが、そこにはレイが怪我をしたといった心配はない。

 レイがこの程度で怪我をするとは思っておらず、あくまでも念の為に尋ねたといった様子だ。


「ああ、問題ない。……とはいえ、何が起こった? エレーナ、一応聞くけどダーラウルフって死体になったら何らかの手段で転移するような能力があったりするか?」

「いや、知らないな。アーラ?」

「そんな前例はない筈です」


 そんな二人の言葉に、レイは納得したように頷きながら口を開く。


「つまり、ダーラウルフに本来ないような行為……死んでいる状態でやったんだから、ダーラウルフがやった訳じゃないのかもしれないが、ともあれそんな意味不明なことが起こったら……」


 そこまで告げ、注意深く周囲の様子を観察するレイ。

 本来なら有り得ないことが起こったのだから、誰かがそれを行った筈。

 そしてレイは、そのような真似をする相手に心当たりがあった

 正確には、その者達……妖精に事情を聞き、何らかの対処をしなければならないのなら、それを行う為にダスカーから依頼を受けてトレントの森の中にいたのだ。


「グルゥ!」


 レイよりも最初に怪しい何かを察知したのは、セト。

 そんなセトの鋭い鳴き声を聞き、レイはセトの見ている方に向かって駆け出す。

 セトが見ていたのは、レイから見て前方十m程の位置にある木の枝。

 そしてレイが勢いよく走ってくるのに驚いたのか、木の枝から生えている葉の間から虫の羽根のようなものが微かに見える。

 勿論、距離があってそれだけ広い場所にあるのに見えたのは、レイが持つ鋭い五感があってのことだが。

 とはいえ、虫の羽根が見えたのは地上かから五m程とかなりの高さだ。

 その辺の冒険者であれば、その木の枝に何かを投げるといったようなことしか出来ないだろう。

 ……しかし、レイには空中の高い場所に向かってどうにかする手段がある。

 走ってきた速度を使って跳躍し、そのままスレイプニルの靴を発動して空を歩く。

 そうすれば、五m程度の高さは容易に届く。

 レイの身体能力を考えれば、スレイプニルの靴を使わずとも、最初の跳躍だけで届いた可能性もあったのだが……木の枝に上手く着地するということを考えれば、スレイプニルの靴を使う必要があったのだろう。

 そして枝に着地したレイは、即座に手を伸ばし……


「ばーか、ばーか」


 そんなレイの手をすり抜けるように、掌サイズの人影……妖精が姿を見せる。


「逃がすか!」


 レイに追われないようにだろう。妖精は横や下ではなく、上に向かって飛ぶ。

 上にはまだ木から伸びている枝があり、その枝から生えている葉によって妖精の姿を覆い隠す。


「逃がすかって、言ってるだろ!」


 そう叫び、レイは木の枝を蹴って跳躍する。

 羽根で飛んで逃げる妖精と、木の枝を蹴って跳躍するレイ。

 どちらが速いのかは、この場合一目瞭然だった。


「ぎゃあああああああああっ!」


 見る間に自分との距離を詰めようとするレイに、妖精の口からは悲鳴が上がる。

 ……その悲鳴は、とてもではないが妖精が口にするような悲鳴ではなく、それこそ男が口にするような悲鳴……というのは、少し言いすぎか。

 ともあれ、間近まで迫ってきたレイの姿に妖精は悲鳴を上げるも、そんなのは関係ないと手を伸ばし……


「あ?」


 確かに妖精をその手で掴んだ筈だった。

 レイの掌には、羽根が微かに触れた感触もある。

 だが……気が付けば、妖精の姿はどこにもなく……ただ、光る粉が掌に付着してるだけだ。


「……っと。どこだ?」


 空中に飛んだ以上、当然のようにレイの身体は重力に従って地面に落ちる。

 その重力に従ったレイは、先程跳躍する時に使った枝に着地すると慌てて上を見る。

 だが、そこには妖精の姿はどこにもない。

 掌に付着している光の粉……鱗粉と思われるそれを確認するも、当然ながらその掌に妖精の姿はどこにもなかった。


「何でだ? あのタイミングなら、間違いなく妖精を捕らえることは出来た筈だ。なのに……どうやって逃げた?」


 そんな疑問を口にしながらも、妖精の捜索は難しいことをしみじみと実感するのだった。

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