第2398話
セトとヴィヘラがそれぞれの相手に戦っているのを確認したレイは、視線を再び女王に向ける。
巨大な肉塊からは、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数の触手が放たれているのだが、それだけの数の触手が放たれても、女王の身体の肉塊が細くなったようには思えない。
実際には、鞭を使っている分、間違いなく肉塊は細くなっているのだろう。
だが、元となる肉塊があまりに巨大なために、無数の触手が放たれても到底細くなったようには思えないのだ。
(おまけに、触手にまで再生能力があるしな)
自分に向かってきた触手を、デスサイズと黄昏の槍、深紅の魔力を使って切断し、砕きながら、レイは嫌そうな視線を女王に向ける。
今はまだいい。
レイも……そしてヴィヘラもセトも、体力的にまだ余裕があるのだから。
だが、それはあくまでも今ならの話だ。
レイ、ヴィヘラ、セト……二人と一匹は、普通の冒険者とは比べものにならないくらいに高い体力を持っているが、それでも永遠に動き続けられる訳ではない。
限界というものは当然のように存在し、そうなればレイ達も女王を相手に戦い続けるといった真似は不可能になる。
一瞬ポーションを使えば? と思ったレイだったが、ポーションで回復出来るのは、あくまでも怪我をしている部分だけであり、失った体力を回復させるような真似は出来ない。
だからこそ、まだ体力的に余裕のある今のうちに、何とか女王の対処をしたいと思うのは当然だった。
(とはいえ、どうすればいいのかは問題だよな)
黒の鱗のドラゴニアスと同等の再生能力を持っている以上、生半可な攻撃では女王を倒すことは出来ない。
痛みを与えることは出来るかもしれないが、それでは全く意味がない。
……いや、痛みを与えることによって、女王が怒って攻撃が激しくなってしまえば、逆効果でしかないだろう。
だからこそ、今の状況では一撃で致命傷を与える必要があった。
「っと!」
頭部を狙って放たれた触手の一撃を回避し、手首の動きだけで方向を変えたデスサイズが触手を斬り裂く。……振動している場所を、だ。
次々と放たれる攻撃だったが、ある程度慣れてくれば対処するのは難しくはない。
時折レイの意表を突くような一撃が放たれることもあるが、それは少し注意すれば容易に対処可能だ。
だからこそ、レイにはどうやって女王に致命傷を与えるのかといったようなことを考える余裕があった。
(中途半端な威力だと、すぐに回復されてしまう。なら、ヴィヘラの浸魔掌で? いや、女王が巨大すぎて、致命傷は……待て。巨大? 内部からの破壊……いけるか? いや……)
真っ直ぐに自分に向かって来た触手を深紅の魔力で受け止め、女王の身体から引き千切りながら、口を開く。
「やってみるだけだ!」
そう叫んだ瞬間、レイは地面を蹴って一気に女王まで近付く。
ちょうどレイを狙っていた触手は、いきなりのレイの行動に反応出来ず、空中で前後から迫っていた触手同士がぶつかり、振動している部位同士が弾かれる。
そうして触手が弾かれた次の瞬間、レイの姿は女王のすぐ前にあった。
とはいえ、女王はそれに気が付いたのか、気が付いていないのか。
そもそもの話、女王の顔がどこにあるのかもレイには分からない。
もし上の方にあるのなら、肉塊のすぐ側にいるレイを見ることはまず不可能だろう。
それは、レイにとって幸運でもあった。
女王に見つからず、触手の攻撃がこないのをこれ幸いと呪文を唱える。
『炎よ、汝等は無数の蛇なり、その数は千にも万にも及び、我が敵の全てを思いのままに敵を焼き尽くせ』
その言葉と共に、デスサイズの石突きに巨大な炎が生み出され……そして、呪文が完成する。
『舞い踊れ、無数の炎蛇』
魔法の発動と共に、石突きが女王の身体に突き刺さり……そして、巨大な炎諸共にその身体に突き刺さった石突きは、即座に引き抜かれ……そして、炎から無数の蛇が産まれ、自分の周囲にある肉を焼きながら好き放題に暴れ回る。
レイは魔法を使った瞬間に、その場から素早く離れる。
身体を無数の炎蛇によって喰われている女王が、次にどのような反応をするのか……それがレイには全く理解出来なかったからだ。
これが普通なら、体内から無数の炎蛇に喰われ、焼かれる痛みに悲鳴を上げているだろう。
レイが使った魔法は、『舞い踊る炎蛇』という魔法の……言わば派生形、もしくはアレンジバージョンといったところだ。
そんな魔法だけに、レイはそれがどれだけの威力を発揮するのかは、理解出来た。
だが……その相手が女王となれば、話はまた違ってくる可能性がある。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィ!」
と、不意に周囲に響き渡る女王の声。
その声を聞いた瞬間、もしかしてまた頭の中に言葉を送られるのではないかと身構えたレイだったが、幸いなことにレイの頭の中に黒板を爪で引っ掻くような音は聞こえてこない。
どうやら、女王が反射的に上げた声なら頭の中に声を響かせるような真似は出来ないのだと知り、レイは安堵する。
……実は、レイだけではなくヴィヘラとセトもまた、女王の悲鳴が周囲に響いた時は頭の中にまた声が響くのではないかと警戒していたのだが、幸いにしてこちらも無事だった。
「取りあえず効果はある、と。……うおっ!」
触手が自分に向かって来たのを見て、半ば反射的にデスサイズを振るってそれを切断する。
今の一撃にレイが驚いたのは、触手の攻撃が明確にレイを狙った……といったものではなく、適当に振り回された触手がレイに向かって来たからだ。
普段であれば、この程度の攻撃は容易に回避出来ただろう。
だが、一瞬遅れを取りそうになったのは、その一撃がレイを攻撃する為に放たれたものではなく、女王が痛みに暴れている為に、触手が偶然レイのいる場所に向かってきたからだ。
そのような、意図されていない攻撃だったからこそ、レイの対応は一瞬遅れてしまった。
とはいえ、一度そういう攻撃があると知れば、それに対処するのは難しい話ではないのだが。
「ともあれ、あの攻撃に気をつけるに越したことがないのは、間違いないな。何をするにしても、厄介な真似をしてくれる」
念の為、更に女王から距離を取りつつ、レイは相手の様子を警戒する。
「どう?」
「グルゥ」
そんなレイの側に、ヴィヘラとセトが近付いてくる。
ヴィヘラは触手が自分を狙わなくなったことで、その場にいても意味はないと判断し、セトは残っていたドラゴニアスを全て倒したから、レイと合流しにきたのだろう。
「どうと言われてもな。取りあえず、新しい魔法を女王の体内に叩き込んでみた。現在、女王の体内では無数の炎蛇……炎の蛇が肉を喰い散らかし、内部から焼いてる筈だ」
「うわぁ……」
その痛みを想像したのだろう。ヴィヘラは、その美貌を微かに歪ませる。
とはいえ、ヴィヘラにはそんな残酷な魔法を何故、とレイを責めるつもりはない。
そもそも、敵を喰い散らかすといった真似は、ドラゴニアスが最初に行ったものなのだ。
その時に被害を受けたのは、ケンタウロス……だけではなく、動物とモンスターに関わらず、この周辺にいた全ての生物。
であれば、そんなドラゴニアスの女王が自分の体内を同様に喰い散らかされるといったような真似をされるのは、因果応報とでも呼ぶべき行為だろう。
……もっとも、レイにしてみればそのようなことを考えてこの魔法を使った訳ではなく、単純に黒の鱗のドラゴニアスと同等の高い再生能力を持っている女王を攻撃するには、それが一番手っ取り早いと、そう思っての行動だったのだが。
「取りあえず、俺の魔力が消えるか女王の再生能力が限界になるか……そんな感じの勝負だな」
そう言うレイだったが、実際にこの勝負で自分が負けるとは思っていないのか、口元には満足そうな笑みが浮かぶ。
「それで、じゃあ私達は女王がやられるまでの間、何をしていればいいの? もしかして、ずっとこうして見ているだけ?」
「いや、それは……まぁ、攻撃をするのならしてもいいんじゃないか? 攻撃をされれば、そこを再生する必要があるから、女王の行動にも影響が出て来るだろうし。……ただ、見ての通り触手が手当たり次第に振るわれているから、それが命中しないように注意する必要があるけど」
実際、現在の女王に攻撃するというのは、相応の意味がある。
体内を無数の炎蛇に喰われ、焼かれている女王は、こうしている今でもその再生能力を最大限に働かせている筈だった。
その証拠に、先程から女王の悲鳴は全く止まることなく響き続けているのだから。
だからこそ、再生能力の限界を少しでも早く迎えさせる為には女王により多くの再生能力を使わせる必要があり……そういう意味では、レイの言う通り今の状況で女王に攻撃をするのは効果的だった。
ただし、こちらもまたレイが口にしたように、現在の女王は体内を無数の炎蛇によって蹂躙されている為に、大きく暴れている。
幸い……という表現が相応しいのかどうかは微妙なところだが、女王の本体たる巨大な肉塊そのものが動くといった様子はない。
だが……それはあくまでも今の時点ではであって、この先に何らかの行動を起こさないとも限らないのだが。
特に、触手の先端から斑模様のドラゴニアスの血のレーザーや、白の鱗のドラゴニアスのブレスといったものが放たれたりしようものなら、非常に厄介だ。
もしくは、七色の鱗のドラゴニアスの転移能力を使ってこの場から逃げ出す……といったような真似もまた、レイ達にとっては厄介でしかない。
だからこそ、今の状況では少しでも早く女王の再生能力の限界を迎えさせる為に、攻撃を行う必要があった。
「ふーん……じゃあ、レイのお言葉に甘えて、私も少し攻撃してみようかしら……ね!」
そう告げると、次の瞬間にはヴィヘラの足が地面を蹴り、女王に向かって突っ込んでいく。
炎帝の紅鎧を纏ったレイ程の速度ではないが、それでも圧倒的と言ってもいいような、そんな速度。
……とはいえ、女王はそんなヴィヘラの動きに全く気が付いた様子はない。
自分の体内を焼かれ、喰われる痛みに身悶えを続け……
「はっ!」
ヴィヘラの口から、鋭い呼気と共に放たれる浸魔掌。
女王のような巨大な肉塊であっても、その防御力を無視して直接体内に衝撃を与えられるというのは、痛みを覚えるらしい。
次の瞬間には、女王から再び周囲一帯に悲鳴が響き渡る。
「グルルゥ? ……グルゥ!」
そんなヴィヘラと女王の様子を見ていたセトは、次は自分も! ヴィヘラの邪魔にならない場所まで移動してから、女王に向かって突っ込んでいく。
当然のように、そんなセトにも向かって次々と触手による一撃は放たれる。
ヴィヘラの場合は、その圧倒的な速度と身のこなしで触手の一撃を回避するのだが、体長三mオーバーのセトは、ヴィヘラと比べても圧倒的に身体が大きい。
だからこそ、ヴィヘラと同じように触手が四方八方で暴れている今の状況では、その攻撃を全て回避する……といった真似は出来ない。
だがそれでも、結局のところ触手による攻撃で一番厄介なのは先端の振動している部位だけだ。
そうである以上、セトは自分に向かって飛んでくる攻撃は、先端部分以外の場所を身体で受けて……その上で弾くといったような真似をし、受けるダメージそのものは最小限としながら、女王との間合いを詰めていく。
あるいは、これで女王が理性的に行動出来るのなら、触手の攻撃を連鎖させて、セトにより大きなダメージを与えることが出来たかもしれないが……今の女王は、そんなことを考える余裕はなく、触手の攻撃も女王が意図的に行っているものではない。
そのおかげもあってか、セトは無数の触手が暴れ回っている中に突っ込んでいったにも関わらず、特に致命的なダメージを負うといったようなことがないまま、女王のすぐ側までやってきて……
「グルルルルルルルゥ!」
セトが元々持つ、グリフォンとしての高い身体能力、そしてマジックアイテムの剛力の腕輪によって上昇した腕力。更にはスキルのパワークラッシュにより……セトの一撃は強大な破壊力を伴い、女王の巨大な肉塊の一部を粉砕するといったような、圧倒的な破壊力を生み出す。
「ギイイイイイイイイイイイイイィ!」
ただでさえ、体内を無数の炎蛇に焼かれ、食い荒らされているのに、そんな状況でヴィヘラの浸魔掌による一撃を受け……続いて、セトが放ったパワークラッシュは、それこそドラゴニアスの女王であろうと、耐えることが出来ないような苦痛の悲鳴を上げさせるには十分な一撃だった。
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