第2374話
銅の鱗のドラゴニアスに案内されること、数時間。
その数時間で、レイ達はかなりの距離を踏破した。
銅の鱗のドラゴニアスが自分達を案内に来たということは、向こうには自分を罠に掛ける気はないと、そう判断した為だ。
実際には、無数にいるドラゴニアスにとっては、銅の鱗のドラゴニアス一匹程度、レイ達を殺せるのなら、喜んで巻き添えにしてもおかしくはなかったのだが……それでも、今の状況を考えれば、やはり大丈夫だろうというのがレイの予想だった。
そして実際、レイとヴィヘラがセトの背に乗り、銅の鱗のドラゴニアスと一緒に走り……だからこそ、数時間で普通に歩いているだけなら無理な距離を踏破出来たのだ。
そんな中……
「……」
レイは、言葉を失って視線の先にある存在を眺めていた。
遙か遠くにいる時から、視線の先に何か巨大な存在がいるというのは分かっていた。
それは、レイとしては恐らくドラゴニアスの本拠地たるこの地下空間に存在する、本当の意味でのドラゴニアスの本拠地……つまり、現在いるのはあくまでも本拠地にある敷地で、視線の遙か先にあった存在が、本当の意味でドラゴニアスの本拠地なのだと、そう思っていたのだ。
だが……もしその遠くに見えた存在がドラゴニアスの本拠地であれば、それが動いたりといったような真似はしないだろう。
そう、それは間違いなく動いたのだ。
正直なところ、とてもではないがその存在を見てレイは生き物だとは思わなかった。
しかし、それが動いたのを見れば、それこそ明確に敵だと、そう認識することしか出来ない。
「あれは……もしかして、あれが女王蟻や女王蜂ならぬ、女王ドラゴニアスか?」
ようやく、沈黙を破ってレイがそう呟く。
すると、そんなレイの言葉でこちらも我に返ったのか、ヴィヘラが信じられないといった様子で口を開く。
「巨大なモンスターは、今まで何度も見てきたけど……これは、正直とびっきりね」
「グルルルゥ」
ヴィヘラの言葉に同意するようにセトが鳴き声を上げる。
セトの鳴き声もいつもと違い、驚きの色が強い。
今まで、レイとセトはエルジィンで色々な相手を見てきた。
その中には巨大なモンスターも多くいたが、視線の先にあるドラゴニアスの女王と思われる存在は、その中でもとびきりの存在だった。
……勿論、純粋な強さという点では、グリムのような桁外れの存在がいる以上、決してこのドラゴニアスの女王が最強という訳ではないのだが。
また、ヴィヘラもレイと行動を共にしてから……いや、行動を共にする前にも、多くのモンスターを見てはいるが、それでもドラゴニアスの女王は特筆すべき存在だった。
(まぁ、あれだけ大量にドラゴニアスを産み出していたのを考えると、このくらいの大きさは必要なのか?)
ドラゴニアスの数に納得が出来たレイだったが、驚くべきところはまだあった。
女王がそこに存在するということは、当然の話だがその子供達……通常のドラゴニアス達も、そこには存在するのだ。
視線をドラゴニアスの女王から下に動かすと、その先に存在するのは、一面のドラゴニアス。
それこそ、数千匹、もしくは数万匹ものドラゴニアスの姿があった。
ドラゴニアスの大半が赤い鱗のドラゴニアスなのは、やはりレイの魔法によって普通のドラゴニアスの多くが焼き殺され、炭と化したからだろう。
(普通に考えれば、赤い鱗のドラゴニアス以外にも違うの色の鱗のドラゴニアスは多数いた筈だ。具体的にその連中をどれくらい焼き殺したのかは分からないが、それでもかなりの数を焼き殺した筈。そうなると……一体、どれくらいの数がいたんだ?)
レイは、自分の魔法で生み出した炎が極めて強力だというのを知っている。
それは過信でも何でもなく、地下空間に入ってからここまで来るまでの間に、一体どれだけのドラゴニアスの死体があったのかを考えれば、明らかだ。
それこそ、炭と化したドラゴニアスを踏み砕きながら移動したことも、珍しくはなかったのだから。
それを考えれば、レイの魔法が一体どれだけ凶悪な威力を持っていたのかは、明らかだ。
だが……それだけの魔法を使い、数え切れない程のドラゴニアスを焼き殺しても、それでもなお、現在レイの視線の先には多数のドラゴニアスが存在していた。
(これって……もし俺が魔法を使わなければ、一体どれくらいの数がいたんだろうな)
巨大な……巨大すぎるドラゴニアスの女王を眺め、続いてその女王を中心にして集まっている、数え切れないだけのドラゴニアスを見て、レイはそう思う。
同時に、赤い鱗のドラゴニアスを相手にするのが面倒だという思いもレイの中にはあった。
広域殲滅魔法を得意としているレイだったが、それはあくまでも炎の魔法を使ってだ。
赤い鱗のドラゴニアスには炎の魔法が使えない以上、それらを倒すのが非常に面倒なのは間違いなかった。
勿論、レイの攻撃方法は魔法を使ったものだけではない。
デスサイズやそのスキルを使った攻撃方法もあるし、黄昏の槍を使った攻撃方法もある。
だが……それでも、やはり一度に殺せる数には限りがある。
(もしこの数が一斉に襲い掛かって来たら……厄介だな。地形操作で防御を固めて撃破とかすれば、対処出来るか? いや、けど、ここに来る途中に見た土壁の大きさを考えると、女王かもしくは土魔法が専門のドラゴニアスなのかは分からないが、俺よりも腕利きなのは間違いない)
地形操作を使って塹壕を作っても、あっさりとそれを無効化されてしまえば、それは意味がないのだ。
そうなるとレイが思い浮かぶのは、セトに乗って空を飛びながら攻撃をするという手段だ。
一緒にいるヴィヘラも、セトの足に掴まれば空を飛ぶことは可能なのだから。
とはいえ、ドラゴニアスの中にも遠距離攻撃が可能な個体はいる。
斑模様のドラゴニアスが、その筆頭だろう。
だからこそ、今の状況ではそのような真似を迂闊に出来ない。
土の魔法……もしくは魔法ではなくスキルの類なのかもしれないが、そのような能力を持つドラゴニアスがいることを考えれば、他にどのような能力を持っているドラゴニアスがいるのかも不明だ。
ましてや、ここはドラゴニアスの本拠地なのだから、それこそこれまでレイが見たこともないような種類のドラゴニアスがいても、おかしくはないのだ。
「ンパダタナタ」
動きを止めたレイ達を見て、ここまで案内してきた銅の鱗のドラゴニアスがそんな声を漏らす。
一体どうしたのかと、そう疑問に思っているのだろう。
それはレイにも理解出来たが、現在レイの前に広がっている光景を見て、驚くなという方が無理だ。
「それで、レイ。これからどうするの?」
我に返った様子のヴィヘラが、レイにそう尋ねる。
「どうすると言われてもな。銅の鱗のドラゴニアスが俺を案内しようとしている以上、ここで足を止める訳にはいかないだろ。逃げたと、そんな風に思われたくはないしな」
そう告げるレイだったが、ドラゴニアスの思考は人間と……そしてケンタウロスとも大きく違うのが分かる。
レイのサンドイッチを食べて美味いと態度で示したように、少なくても味覚という点ではレイとそう違いはないのだ。
だが、ドラゴニアスは個体差が非常に大きい種族だ。
レイを迎えに来たドラゴニアスであった以上、その感覚がレイ達と同じようであっても、おかしくはない。
それこそ個体差が大きいということは、他の……それこそ、視線の先にいるドラゴニアス達によっては、先程のサンドイッチを食べても美味いとは思わない可能性もあった。
「ナレナンマナ」
銅の鱗のドラゴニアスがそう告げると、中央に存在する女王を守るように存在していた密集しているドラゴニアス達が道を空ける。
まだ女王のいる場所まではかなりの距離があるのだが、その場所まで通じる道が生み出される。
(これは……いや、そこまで驚くことじゃないか。金の鱗のドラゴニアスなら、このくらいドラゴニアスをコントロールしてたし)
少しだけドラゴニアス達の動きに驚いたレイだったが、考えてみればそこまで驚くべきことではないと、そう理解する。
それでも、レイが以前見た金の鱗のドラゴニアスは、これだけの数のドラゴニアスに……ましてや、それこそ指揮官級のドラゴニアス達にまで命令が出来る様子は全くなかったが。
そういう意味では、やはり女王は特別なのだというのはレイにもこれ以上ない程にしっかりと理解出来る。
「グルルルゥ?」
行かないの? と喉を鳴らすセト。
自分の実力を信じ、そしてレイやヴィヘラの実力を信じているからこそ、ドラゴニアスの群れの中を進むのにも、一切の躊躇がないのだろう。
そんなセトの頭を撫でると、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「そうだな。いつまでもここでこうしてる訳にもいかないし。……行くか」
そう呟き、レイは歩き出す。
道を空けたドラゴニアス達は、レイが動いても特に何か反応する様子はない。
それこそ、地上であればドラゴニアスが見つけたら真っ先に喰い殺したいと思うような、柔らかな肉を持っているヴィヘラと、ドラゴニアスとそう大きさに差はない身体を持っており、食い応えという点では明らかに満足度の高いセトがいるにも関わらず、だ。
(そういう意味では、何気にこの中で一番安心なのは俺だったりするんだよな)
背が小さく、筋骨隆々という訳ではないが相応の鍛えている男ということで、ドラゴニアスにしてみれば、レイは食べ応えがなく、肉も硬いようなそんな相手なのは間違いない。
(赤身か? いや、赤身の肉だってちゃんと料理すれば美味いって話だったし……だとすると、年を取った鶏とか?)
レイが日本にいた時、家で鶏を飼っていた。
基本的には闘鶏用なのだが、中には肉用だったり、産卵用だったりと、種類がある。
まだそれなりに若い……老鶏と呼ぶようになる前には締めて食べるのだが、たまに何らかの理由で老鶏になるまで生き残るような鶏もいた。
そのような老鶏も、結局は絞めて食卓に上がるのだが……当然のように、老鶏は硬いのだ。
とはいえ、出汁を取る為に長時間煮込むといったような真似をすれば、それでも柔らかく食べられるのだが……それはつまり、十分に手を加えなければ美味く食べられないということを意味している。
そしてドラゴニアスには、銅の鱗のドラゴニアスがサンドイッチを見た時の反応を見れば分かるように、料理をするといった概念がない。
飢えに支配されている為に、少しでも早く肉を食いたいと、そのように思うのは当然だろう。
「どうしたの、何だか妙に残念そうな顔をしてるけど」
ドラゴニアスの空けた道を歩いていると、不意に隣を進んでいたヴィヘラがそう言ってくる。
「いや、ドラゴニアスにしてみれば、ヴィヘラとセトは食い応えのある存在なんだろうけど、それに比べると俺はあまり食い応えがないんだろうと思ってな」
「……何でそれで残念そうな顔をするのよ」
レイの言葉を聞いて、ヴィヘラの口から出て来たのは呆れ混じりの言葉だった。
ヴィヘラにしてみれば、自分がドラゴニアスに美味そうに思われているといったことは、面白いことではない。
ドラゴニアスと戦う時に、誘引能力として発揮されるという意味では助かっているが、だからといって自分が美味そうな肉として見られているというのは、決して面白いことではないのだ。
もっとも、戦いになればそれを利用することに躊躇いはなかったが。
「何でだろうな。……それが悪い意味でも、ドラゴニアスに相手にされないってのは、微妙な感じがするんだよ」
「そう。……あら? でも、向こうはそう思っていないみたいよ? ……攻撃を仕掛けてくるのかしら?」
何故か嬉しそうに、もしくは期待した様子で告げるヴィヘラの視線を追ったレイが見たのは、金の鱗のドラゴニアス。
幾つもの拠点を潰し、襲ってきたドラゴニアスを撃退していったレイだったが、金の鱗のドラゴニアスを見たのは二度だけだ。
それも一度は逃げられてすらいる。
それを思えば、視線の先にいる存在……金の鱗のドラゴニアス、それも百匹近い集団がいるのを見ると、驚くと共に何だか微妙な気持ちになってしまう。
非常に希少な存在なのかと思っていた金の鱗のドラゴニアスが、大量にいるのだから当然だろう。
特に、そんな金の鱗のドラゴニアスの一匹が強い視線をレイに向けている。
(多分、あの時に逃げた個体なんだろうな)
レイには金の鱗のドラゴニアスの見分けがつく訳でもないので、確証はない。
だが、レイに対してここまで強い視線を向けてくる金の鱗のドラゴニアスがいるとすれば、それくらいしか思いつかないのも事実だった。
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