第2367話
「見つけたわ!」
そうアナスタシアが叫んだのは、そろそろ夕方になろうという頃だった。
今日は昼食と少しの休憩以外はずっと走り続けていたので、走っている者……ケンタウロス、セト、鹿といった者達は全員相応に疲れていたが、アナスタシアの言葉を聞いた瞬間、その疲れが吹き飛んだのは間違いない。
……もっとも、アナスタシアとファナを乗せていた二頭の鹿も、アナスタシアの言葉を理解出来たのかどうかは、レイには分からなかったが。
「止まれ!」
アナスタシアの言葉を聞いたザイが叫ぶ。
その言葉に、少しずつ速度を落としてくケンタウロス達。
止まれと言われて、すぐに止まるようなことが出来る筈もない。
いや、数人程度の集団なら、止まれと言われてすぐに止まることも出来るかもしれないが……偵察隊の規模を考えると、そのようなことをしたら間違いなく前方を進んでいる者に、後方を走っていた者がぶつかってしまう。
であれば、やはりこうやって少しずつ速度を落としてくという停止方法が一番手っ取り早いのだ。
少し時間が掛かりながらも、動きを止めた偵察隊の面々は、当然のようアナスタシアを中心にして集まる。
先程のアナスタシアの、見つけたという言葉。
その言葉の意味するところは、現在の偵察隊の目的を考えれば明らかなのだ。
「それで、アナスタシア。見つけたって話だけど……具体的にはどこなんだ? 本拠地のある場所そのものは、精霊の卵の力で前からほぼ特定されてたんだよな?」
「ええ。以前と比べれば大分絞り込むことが出来ていたわ。けど……今回は、明確にその場所を特定出来たのよ」
「それで? その場所は一体どこなんだ?」
そう尋ねたのはレイだったが、それを聞きたいと思ったのはレイ以外の面々も同様だった。
特にケンタウロス達は、これまで散々自分達を苦しめてきたドラゴニアの本拠地がどこにあるのかを、知りたいと思った。
アナスタシアを見つめる目には、力強い……という言葉だけでは言い表せない程に、強い視線が向けられている。
そのような視線を向けられたアナスタシアだったが、特に怯えた様子もなく、口を開く。
「向こうの方……丘が見えるでしょ? あの丘を越えて進んだ場所に、ドラゴニアスの本拠地があるわ。ただ、言うまでもなく気をつけて。精霊の卵を通じて感じられるドラゴニアスの力は、かなりのものよ。それに……向こうも、私達が近付いているのには気が付いてるみたいよ」
相手も気が付いているという言葉に、ケンタウロス達はざわめく。
だが、ケンタウロスの中でも少数の者……特に魔法に関してはケンタウロスの中でも屈指の技量を持つドルフィナや、それ以外にもレイやヴィヘラといった面々はまた違った。
……いや、寧ろ近付いているのが向こうにも知られているということで、納得すら出来た。
(向こうがどうしても欲しい精霊の卵。それを欲しがるということは、精霊の卵が具体的にどんな存在なのか、知ってる筈だ。それなら、当然向こうも自分達のいる場所に精霊の卵が近付いているのを悟ることが出来ても……不思議じゃない、か)
もっとも、それはあくまでもドラゴニアスの目的が精霊の卵という存在であるとすればの話だ。
一定以上の力を内包する存在なら何でもいいと、思っている場合は、精霊の卵の存在に気が付いていない可能性もあったが。
(それとも、力なら何でもいいからこそ、自分のいる場所に近付いてくる精霊の卵の存在に気が付く……か? そもそも、ドラゴニアスそのものが異様な存在なんだ。それを予想しろという方が無理だろ)
そう自分に言い聞かせ、レイはアナスタシアに改めて尋ねる。
「それで、向こうの丘を越えた場所に、ドラゴニアスの本拠地があるのか?」
「そうね。恐らく……いえ、ほぼそれで間違いないと思うわ」
断言するアナスタシアの言葉に、ザイはレイの方を見る。
その視線を受けたレイは頷き、やがて再びザイが口を開く。
「まずは、ドラゴニアスの本拠地の位置をしっかりと確認する必要がある。……ここからは、それこそいつドラゴニアスが姿を現してもおかしくはないから、各自可能な限り気をつけてくれ」
ザイの指示に従い、ケンタウロス達が揃って返事をする。
ドラゴニアスの本拠地……それを見つける為に、自分達は集落から選ばれ、こうしてここまで旅をしてきたのだ。
その日々を考えれば……と、そうしたケンタウロスの多くは、何故か偵察隊としての行動の大変さよりも、毎日のようにヴィヘラと訓練をした日々のことを思い出す。
それこそ、ドラゴニアスと戦うよりもよっぽど大変だった日々を。
……これからドラゴニアスの本拠地を確認する為に移動するというのに、ヴィヘラとの模擬戦を思えば、全く怖さは感じない。
ヴィヘラも別にそれを狙って模擬戦を重ねてきた訳ではないが、ヴィヘラという強敵との戦いは、不思議と……いや、ある意味で当然のように、ケンタウロス達に度胸をつけていたのだろう。
「よし、行くぞ」
そんなケンタウロス達の様子を見て、取りあえず問題はないと判断したのか、ザイがそう宣言する。
他の者達もそんなザイの言葉に異論はないのか、丘のある方に向かう。
……当然の話だったが、丘に向かうにつれてケンタウロス達の多くは緊張した様子を見せる。
それこそ、いつ何があってもすぐ動けるようにと。
(これはちょっと不味いな)
それを見て危険だと感じたのは、レイだ。
すぐに対処出来るように準備しておくのはいいのだが、レイが見たところでは多くの者が緊張しすぎているように思えたからだ。
勿論、中にはそこまで緊張していない……それこそ、適度な緊張を抱いている者もいたが、それはあくまでも少数だ。
この偵察隊に選ばれたということは、それぞれの集落で腕利きと判断されている者達なのだが……それでも、やはりドラゴニアスの本拠地がすぐ側にあるというのを考えると、そのような腕利きであっても緊張するなという方が無理なのだろう。
「緊張するのはいいけど、緊張しすぎるのはよくないぞ。……まぁ、ここで俺がどうこう言ったところで、それで緊張が抜けるかどうかは微妙なところだが」
緊張というのは、自分で緊張したいと思っても緊張出来る訳ではないし、緊張したくないから緊張しない……といったようなことでもない。
そうである以上、結局のところ自分でどうにかするしかないのだ。
(そう言えば、よく掌に人って字を書いて呑み込むと緊張が解れるって言うけど……実際、どうななんだろうな? もしくは、他にも自分を見ている相手が全員ジャガイモだと思えとか)
非常によく聞く緊張の解消法ではあったが、実際にその効果があるかと言われれば、レイとしては微妙と言うしかない。
そんな事を考えている間にも、一行は丘を進み……
「あれ?」
そう呟いたのは、一体誰だったのか。
あるいは、声を発した人物すらも、自分の口からそのような声が漏れていたというのには、気が付いていなかった可能性がある。
そんな思いを抱きつつ……だが、その声にレイもまた同意する。
何しろ、丘を越えた先にドラゴニアスの本拠地があると、そうアナスタシアが言っていたにも関わらず、それらしい光景はどこにもなかったのだから。
「アナスタシア?」
偵察隊を率いる立場にいるザイが、疑問を含んだ声で尋ねる。
精霊の卵の力を使った探索により、敵の本拠地を見つけられたのではないか。
そのような意味を込めての問い。
ザイ以外の者達も、一体どうなっているのかといった視線をアナスタシアに向ける。
何人かは、アナスタシアが出鱈目を言っていたのではないかと、そのような視線を向けてすらいた。
だが、周囲の者達から視線を向けられたアナスタシアは、特に焦った様子を見せず……鹿の背に乗ったまま、ただ地面を指さす。
そして、アナスタシアのそんな態度で、レイもまたアナスタシアが何を言いたいのかを理解した。
何故なら、それはレイがもしかしたらと予想していた出来事でもあったのだから。
「地下か?」
「正解。出発前にその辺は言っておいたでしょ?」
レイの言葉に、アナスタシアはあっさりとそう答える。
アナスタシアにとって、レイのその言葉は予想出来ていたものだったのだろう。
だからこそ、そう返したが……それはあくまでもレイやアナスタシアだからこそであって、その辺りの話について聞いていなかったか、聞き流していたようなケンタウロス達にしてみれば、地下にドラゴニアスの本拠地があるというのは完全に予想外だった。
(いやまぁ……精霊の卵が地中に埋まっていて、それを求めてドラゴニアスが来たのを思えば、そこまで不思議な話じゃないのか? 地下にいたからこそ、地中に埋まっていた精霊の卵を欲した。……にしては、俺達がここに来る頃になってようやく動き出したってのが、少し疑問だが。だからこそ、アナスタシアも地下だって言ってたんだろうし)
レイ達がここに来るまでに動いていれば、それこそ抵抗を受けるようなこともなく、精霊の卵を入手出来ていた可能性は高い。
タイミングが合いすぎるのが、レイにとっては逆に強い疑問を抱いてしまう。
ただし、視線の先にある草原……その地下にドラゴニアスの本拠地がある以上、いつまでもここでこうしている訳にはいかないのも、間違いのない事実だった。
「ともあれ、精霊の卵の力が間違いないとすれば、あの草原の地下にドラゴニアスの本拠地がある訳だが……そうなると、どこから中に入るのかが問題になってくるな」
ドラゴニアスが出入りしている以上、当然のように相応に大きな出入り口がなければおかしかった。
だが、レイが見た限りではそれらしい……地下に続く穴といったようなものを見つけることは出来ない。
少なくても、本拠地から数百……いや、数千、場合によっては数万匹以上のドラゴニアスが出ている筈なのだ。
そうである以上、ドラゴニアスが一匹出入り出来るような小さな――ドラゴニアスの身長を考えれば十分に大きいのだが――穴といった程度では足りない筈だ。
ましてや、ドラゴニアスは個体差が大きい。
標準的なドラゴニアスであってもかなりの大きさだが、中には巨人……というのは少し大袈裟だが、それくらいに巨大なドラゴニアスがいても、おかしくはないのだ。
「どうなってる? この地下がドラゴニアスの本拠地だってのは分かったが……問題なのは、どうやってそこに行くかだな」
「それより、私達が本拠地のすぐ側まで来ているのに、迎撃に出て来る個体が一匹もいないというのは、何でかしら?」
それは、ヴィヘラの純然たる疑問。
実際、もしここがドラゴニアスの本拠地ではなく、人間の……それこそ、ヴィヘラの生まれ故郷のベスティア帝国で例えれば、ここは既に城のすぐ目の前だ。
そのような場所に、自分達に敵対的な相手がいた場合、普通に考えれば迎撃をする為の戦力が出て来てもおかしくはない。
だというのに、迎撃のドラゴニアスが全く出て来ないのだ。
「俺やセトと戦った時に逃げた、金の鱗のドラゴニアスからも情報は得ている筈だ。にも関わらず、全く敵が出て来ないというのは……ヴィヘラの言う通り、明らかにおかしいな」
レイの言葉に、ケンタウロス達も揃って周囲を見回す。
だが、そこには当然のようにドラゴニアスの姿はどこにもなく、地下に通じているような穴の類も存在しない。
一同の間に、困惑の表情が浮かぶ。
こうして見ても、眼下に広がっているのは一面の草原のみだ。
この状況で、一体どうすればドラゴニアスの本拠地に移動出来るのか。
ケンタウロスの中には、それこそアナスタシアが何かを間違っているのではないかとすら思ってしまう。
だが……精霊の卵を間近で見た者としては、やはりそれが間違っているとは思えないのも、事実だった。
「どうする? 一度草原に行ってみて、調べるか?」
「レイの言いたいことも分かるが、ここがドラゴニアスの本拠地なのだろう? なら、慎重に行動した方がいい。……もし迂闊に踏み入って、その瞬間にドラゴニアスが大量に現れたら、それこそ洒落にならないし」
ザイにそう言われると、レイとしても納得するしか出来ない。
実際、偵察隊のケンタウロスは強くなっているとはいえ、自分達よりも遙かに多いドラゴニアスに襲撃されても大丈夫かと言われれば、その答えは否なのだから。
「なら、どうする?」
「もう少しここから観察しよう。この地下にドラゴニアスの本拠地がある以上、何らかの手掛かりくらいはきっとある筈だ」
ザイのその言葉に、ケンタウロス達も思うところはあったのか、丘の上から見える景色を注意深く眺める。
草原に生きるケンタウロスだけに、その視力はかなり高い。
そんな中……
「グルゥ?」
不意に、不思議そうに鳴き声を上げたのは、セトだった。
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