第2322話

「よし、出発する! これから向かう先には、ほぼ確実にドラゴニアスの本拠地があると思ってもいい。決して油断することのないように!」


 ザイがそう叫び、一行の進軍が開始する。

 数日ではあるが野営地として使った場所には、既にテントの類は一切ない。

 ……それでいながら、レイがデスサイズの地形操作のスキルで作った塹壕の類はそのままになっているので、どこか異様な雰囲気を周囲に漂わせる。

 レイがその気になれば、地形操作のスキルで元の平地に戻すようなことも可能だったのだが……次に何かあった時、またここを使えるかもしれないと思い、結局は現状維持のままとなった。

 ドラゴニアス達が塹壕を始めとして多少なりとも防御施設があるここを使うという可能性も否定は出来なかったが、それでも飢えに支配されているドラゴニアス達なら大丈夫だろうという結論になっている。

 実際には、銀の鱗のドラゴニアスが率いていた巣分かれした集団の件もあるので、完全に安心出来るようなものではなかったのだが。

 また、ダムランを始めとしてこの辺りを活動範囲にしているケンタウロス達の存在もある。

 そのような者達にとっては、この野営地は非常に助かるだろう。

 野営地を見ていたレイは、不意に自分が乗っているセトが動いたことに若干の驚きを抱く。

 どうやら考えている間に、自分たちの番が来ていたと知る。


「グルゥ?」


 少しだけ心配そうに視線を向けてくるセトに、レイは何も問題ないとその首を撫でる。

 そんなレイの行動で安心したのか、セトはレイとヴィヘラを背中に乗せたまま、走り出す。


「何か思うところでもあった?」


 背後から聞こえてくるヴィヘラの言葉に、レイは頷く。


「ああ。数日だけど住んでいた場所だしな。地形操作で塹壕を作ったりもしたから、若干の名残惜しさがないと言えば嘘になる」


 レイのそんな言葉を聞き、ヴィヘラも多少は思うところがあったのか黙り込む。

 ヴィヘラはレイの後ろにいるので、どのような表情を浮かべているのかというのは、レイには分からなかったが。


「とにかく、他のケンタウロス達があそこを使ってくれればいいんだけどな」

「そうね。折角レイが作ったんだし、そうなったら面白いと思うけど」


 そんな会話を交わしている間にも、偵察隊は草原を走る。

 レイだけ……もしくはレイ、セト、ヴィヘラであれば分からず、ケンタウロスでなければ分からない目印を目当てにして進む。

 目指すのは、ドルフィナと別の偵察隊が銀の鱗のドラゴニアスを持つ集団と遭遇した二点を結んだ場所の先。

 恐らくはそちらにドラゴニアスの本拠地があると思われる。

 ……実際に本拠地があるのかどうかは、それこそ実際に行ってみないと分からないが、それでも何の手掛かりがないままに本拠地を探すよりは、随分とマシだったのは間違いない。


「問題なのは、具体的にどれくらいでドラゴニアスの本拠地を見つけられるかだよな」

「私としては、出来るだけ早く見つけて欲しいけどね」


 ヴィヘラの言葉に、当然のようにレイも同意する。

 ともあれ、ドラゴニアスの本拠地を壊滅させてしまわなければ、次から次に巣分けをしたドラゴニアスが登場し、ドラゴニアスの勢力範囲が広がっていく。

 また、銀の鱗のドラゴニアスはともかく、レイが最初に戦った金の鱗のドラゴニアスはかなりの強敵だった。

 ……もっとも、銀の鱗のドラゴニアスであっても個体によっては強さに違いがある以上、金の鱗のドラゴニアスだからといって、全てが強いという訳でもないのだろうが。


「それは俺もそう思う。それに、ドラゴニアスの本拠地に近付くということは、当然のように敵のドラゴニアスも増えるんだ、レイ達がいても敵の数によっては手が回らなくなるかもしれない」


 セトの隣を走っていたアスデナが、そう告げる。

 アスデナにしてみれば、ドラゴニアスがどれだけ強いのかは十分に知っている。

 それだけに、一体どれだけのドラゴニアスに襲撃されるのかというのを心配しているのだろう。


「取りあえず本拠地を探す為の拠点となる野営地を作ったら、また俺のスキルを使って塹壕とか壁とか作るから、ドラゴニアスに襲撃されても十分どうにかなると思う」

「それ以前に、普通のドラゴニアスなら野営地を壁で覆ってしまえば、見つけることが出来ないんじゃない?」


 何気なく呟かれたヴィヘラの言葉だったが、それはレイにとっても予想外の意見だった。

 レイが知っている限り、普通のドラゴニアスは飢えに支配されており、難しく考えるような真似は出来ない。

 そうである以上、壁で見えないようにしてしまえば、ドラゴニアスに見つからないという可能性は十分にあった。

 ……もっとも、壁で野営地を完全に覆うとなれば、色々と問題も出て来るが。


「壁で完全に覆ってしまうと、野営地に出入りする際には俺が地形操作のスキルを使わないと中に入れない。それに……食事をしている時、壁があっても料理の匂いが上から広がっていく可能性がある。この辺が問題だな」

「そう言われれば、そうかもしれないわね」


 レイの言葉に、ヴィヘラも納得したように呟く。

 元々、今の意見は何となく口にしただけであって、実際にはそこまで本気で言った訳ではないのだろう。

 それでも、野営地を完全に覆ってしまうというのは、レイにとって……そして近くで一緒に話を聞いていたアスデナにとっても、予想外のアイディアだったのだ。


「匂いの方に関しては、上をそのままにしないで全部丸ごと覆うってのはどうだ? そうすれば、料理の匂いが漏れたりしないし」

「無理だな。地形操作のスキルで出来ることは限られている。この先、もっとスキルが成長すれば、いずれそういうことが出来るようになるかもしれないが……取りあえず、今は無理だ」

「そうか。そうなると、布か何かで屋根にするのは?」

「それなら出来るけど、それでも結局俺がいないと野営地に出入り出来ないってのは面倒だぞ」

「その辺は、別にレイがいなくても……隠し扉的な感じにすればいいんじゃない?」


 ヴィヘラの提案はレイにも理解出来るものではある。

 だが、隠し扉といったようなものを作った場合、当然のようにそこの強度は落ちてしまう。

 そこにドラゴニアスが体当たりをして突っ込んでくるといったようなことをした場合、呆気なく土の壁が破壊されてしまう可能性があった。


「ケンタウロスの中では、そういうのを嫌う奴もいそうだけどな。……今まで使っていた野営地でも、ケンタウロスが自由に行き来出来ないからってことで、ザイと相談しながら工事したんだし」

「……なるほど」


 アスデナも自分がケンタウロスである分、ザイの言いたいことは理解出来たのだろう。

 レイのその言葉にアスデナは納得したように頷く。


「お、ほら。向こう!」


 不意にセトからそこまで離れていない場所を走っていたケンタウロスの一人が、そう叫ぶ。

 一体何があった? とレイはケンタウロスの見ている方に視線を向ける。

 するとそこでは、数人のケンタウロスが必死になって走っている光景が見えた。

 そしてケンタウロスの後方からは、ドラゴニアス達が自分の飢えを満たそうと、必死になってケンタウロスを追っている。


「一応聞くけど、偵察隊は全員揃ってるんだよな?」


 レイがアスデナにそう尋ねると、聞かれた方は当然といった様子で頷く。


「ああ。そうなると、あのケンタウロスは……ダムランだったか? あの連中と同じように、この辺りでまだ生き残っていた集落の生き残りとか、そんな感じだと思う」

「そうか。……セト!」

「グルゥ!」


 セトはレイの声だけで、何を頼まれているのかを理解し、走る速度を上げる。

 今までは周囲のケンタウロスに合わせた速度だったのだが、次の瞬間にはケンタウロスをその場に残して急激な速さで走り出したのだ。

 周囲にいたケンタウロス達は、そんないきなりのセトの行動に驚き……


「レイを追え! 同胞を救うのだ!」


 偵察隊を率いているザイの声が周囲に響き、ほぼ全てがセトを追う。

 ……もっとも、ケンタウロスの中には戦闘を担当しない、料理や雑用を任されている者達もいるので、そのような者達を守る為に何人かのケンタウロスがその場に残ることになったが。

 ともあれ、仲間ではないが同族のケンタウロスが逃げており、そのケンタウロスをドラゴニアスが追っているのだ。

 そうである以上、ザイにそれを助けないという選択肢は存在しなかった。

 そしてザイ率いるケンタウロス達がセトの後を追っている中……その追われているセトの背の上で、ヴィヘラが自分の前にいる人物に話し掛ける。


「ねぇ、レイ。ちょっといい? 出来れば、追ってきているドラゴニアスとの戦いはケンタウロス達に任せたいんだけど」


 それは、レイにとっても完全に予想外の言葉。

 自分一人に任せて欲しいと言われれば、ヴィヘラのことだからというのは納得出来た。

 だが、ヴィヘラが口にしたのは自分ではなく、後ろから追ってくるケンタウロス達に任せて欲しいという言葉。


「何でだ?」

「前にも言ったけど、ケンタウロス達……その中でも私と訓練をしていた者達はかなり強くなってるわ。けど、私とばかり戦っているから、自分がどれだけ強くなっているのかが分からない」

「ああ、言ってたな。……なるほど。それを自覚させるには丁度いい敵な訳だ」


 実際、逃げてくるケンタウロスを追ってくるドラゴニアスの数は十匹以上、二十匹未満といったところだ。

 レイ、ヴィヘラ、セトの二人と一匹であれば、単独でも楽に倒せる程度の脅威でしかない。

 また、これからレイ達が向かうのがドラゴニアスの本拠地であると考えれば、ここで現在のケンタウロス達の実力を見ておくのも悪くないと、そう思えた。


「分かった。ただし、逃げてくるケンタウロス達は守る必要があるから、俺達があの二つの集団の間に割り込むぞ」


 本来なら、レイが逃げてくるケンタウロス達を助ける義理はない。

 だが、ケンタウロスは自分と違う集落の者であっても、ケンタウロス同士というだけで強い仲間意識を抱く。

 そのような相手を見捨てるような真似をすれば、当然のように士気は落ちるし、何よりレイに対して疑惑の視線を向けてくる者も出て来かねない。

 そうである以上、大して手間ではないのだから自分達が逃げてくるケンタウロス達を守るくらいは、全く何の問題もない。


「ザイ! 俺がケンタウロス達を守るから、お前達はドラゴニアスと戦え! ヴィヘラとの修行の成果を見せてみろ!」


 突然前方を進んでいたレイから聞こえてきた叫びだったが、それを聞いたザイが戸惑ったのはほんの一瞬。

 すぐにレイの言っている意味を理解し、自分の後ろに続くケンタウロス達に向かって叫ぶ。


「レイからの指名だ! 俺達でドラゴニアスを倒すぞ! 敵の数は二十匹未満。今の俺達ならそんな相手は容易に倒せる筈だ!」


 そう叫ぶザイの声には、強烈な自信がある。

 元々、ザイはケンタウロスの中でも突出した実力を持っていた。

 それこそ、通常のドラゴニアスを相手にした場合は、一人で倒すことが出来たのだ。

 そんなザイは、自分がヴィヘラとの模擬戦を繰り返す中でどれだけ強くなったのか、興味を抱くのは当然だった。

 ……何しろ、ザイは偵察隊を率いる者である以上、他の者達のように偵察に出るといったことはなく、野営地に残っていた。

 つまり、それだけヴィヘラとの模擬戦を多く経験してきたのだ。

 当然のように、その戦闘能力の上がり具合も他の者達と比べると上回っている。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 ザイの言葉を聞き、ケンタウロス達の多くが雄叫びを上げる。

 その雄叫びの中には、恐怖を忘れるためのものもあれば、自分の中にある闘争心を表すものもある。

 ケンタウロス達の雄叫びは、ちょうどドラゴニアスに追われているケンタウロス達にも聞こえたのだろう。

 一瞬驚いた様子を見せたが、声のした方にいるのがケンタウロス達だと知ると、九死に一生を得たかのような表情で走る足に力を入れる。

 ……ただし、ケンタウロスの前を走っているセトの姿を見ると、初めて見る相手にその動きを鈍らせてしまうが。


「そのまま逃げ続けろ! お前達の安全は俺が保証する!」


 そう叫ぶレイ。

 普通なら、ケンタウロスでも何でもないレイの言葉をそこまで信用するようなことはないだろう。

 だが……それでもミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を手にしたレイを見た瞬間、この人物の言葉は本当だと、そう半ば本能的に理解したのだ。

 そして……レイの言葉に何も不審を抱かず、そのまま走り続けるのだった。

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