第2283話
「グルルルルルルゥ!」
そんな鳴き声と共に、セトは前足を振るってドラゴニアスの頭部を砕く。
レイはそんなセトとは空中で別れて、走り続けている双頭の山羊の前に立つ。
当然のように、双頭の山羊はレイの存在に気が付き、敵……いや、自分の邪魔をする相手だと判断して、口を開く。
それが何を意味してるのかは、ドラゴニアスとの戦いの中で見ているレイは、すぐにその場から跳び退く。
次の瞬間、風の刃のブレスがレイのいた場所を通りすぎていった。
「風だと!?」
回避したレイの口から、強い驚きの声が漏れる。
何故なら、レイが先程見たのはドラゴニアスに対して氷柱のブレスを放っているというものだったからだ。
そうである以上、今回のブレスも氷柱が放たれるのだろうと思っていたが、今回放たれたのは風のブレス。
正確には風の刃が入ったブレス。
回避をしたレイだったが、そんなレイから見ても驚く以外の言葉が出ない。
だが、足で地面を蹴りながらレイは双頭の山羊を見て納得する。
現在レイに向けて口を開いているのは、左の頭。
先程ドラゴニアスの方を見て氷柱のブレスを放ったのは、右の頭。
つまりそれは、それぞれの頭が放つブレスが決まっているということなのだろう。
(いや、もしくは放つブレスを選択出来るという可能性もあるのか?)
そう判断しながらも、レイは地面を蹴って双頭の山羊との間合いを詰めていく。
ドラゴニアスよりも強いが、双頭の山羊を殺そうと思えばレイなら容易に殺せるだろう。
だが、今回の目的は双頭の山羊を殺すのではなく、捕らえることだ。
そうである以上、デスサイズや黄昏の槍で攻撃をするといった真似は出来ない。
今の状況で出来るのは、相手を無傷で鎮圧することだけ。
首の一つを切断してもいいのでは? と一瞬思ったが、双頭の山羊である以上は、そのような真似をすれば大きなダメージとなるのは間違いないのだ。
そうである以上、レイとしては素手でどうにかする必要がある。
ドラゴニアスの方に視線を向けると、そこではセトがドラゴニアスを一方的に蹂躙している光景が見て取れる。
取りあえずドラゴニアスの一件はセトに任せておけばいいと判断し、レイは目の前にいる双頭の山羊をどうにかするべく行動に出た。
武器を手にしないまま、レイは双頭の山羊に向かって足を進める。
そんなレイの態度に、風の刃のブレスを放った双頭の山羊は戸惑ったような態度を示す。
てっきり自分に向かって攻撃をしてくるのかと思いきや、何もせずにそのまま近付いてくるのだ。
それを怪しむなという方が無理だろう。
「ヴェー……」
そんな警戒の声を上げる双頭の山羊に近付きながら、レイは疑問を抱く。
(山羊なら、鳴き声は普通『メェー』とかじゃないのか? ……これは双頭の山羊だからか? それとも、この草原に生きる山羊は元々そんな鳴き声を……いや、ザイ達の集落にいた山羊は普通に山羊らしい鳴き声だったしな)
双頭の山羊に近付きながら、レイは山羊と羊の鳴き声の違いは? とふと思う。
ザイの集落には山羊も羊もいるのだが、レイが聞いた限りでは双方共に『メェー』という鳴き声だった。
そんな風に考えつつ近付くレイだったが、三m程の場所まで近付いた瞬間、双頭の山羊の口から氷柱のブレスが放たれる。
それでも氷柱がレイに刺さるのではなく、レイから少し離れた場所にある地面に突き刺さったのは、双頭の山羊としてもレイに向かって本気で攻撃をするつもりはなかったと、そういうつもりだったのだろう。
結構な数のドラゴニアスを殺していたのを思えば、もしかしたらもっと好戦的なのでは? という疑問がレイの中にはあった。
だが、今の状況を見る限りでは、少なくても問答無用でレイに攻撃をしてくるといったような凶暴性はないように思える。
(このまま何とか興奮を抑えることが出来れば……後はザイの集落まで連れていくだけなんだけどな)
レイから見た感じでは、この双頭の山羊は頭がいい。
レイに向かってすぐに攻撃をしてくるのではなく、あくまでも警告に留めているのがその証拠だろう。
そうである以上、レイとしては出来ればこの双頭の山羊はザイの集落まで連れていって、戦力としたかった。
また、上手くいけばだが、家畜として飼うようなことも可能だろう。
とはいえ、これ以上近付けば警告ではなく、本気で攻撃される可能性が高い。
一体どうしたものかと考えたレイだったが……ちょうどそのタイミングで、双頭の山羊の後ろにセトが移動してきた。
ドラゴニアスはどうしたんだ?
そう思って双頭の山羊から視線を逸らすと、既に後方でセトと戦っていたドラゴニアスは全てが死んでいる。そして……
「グルゥ」
びくんっと。
セトの鳴き声を聞いた瞬間、双頭の山羊はレイに向けていた警戒を瞬時になくしてしまったかのように、その動きを止める。
自分の背後にいる存在が、一体どのような相手なのか……それこそ、自分ではどうやっても勝てない相手だと、そう認識したのだろう。
だからこそ、今ここで何か動いたりした場合、自分は死ぬ。
そう判断して、双頭の山羊は動きを止めたのだ。
セトと双頭の山羊の様子を見てから、レイは行動に移す。
とはいえ、双頭の山羊を捕まえるといった真似はそう簡単に出来ない。
であれば、セトに頼んだ方がいいのでは? と考えてセトに視線を向ける。
レイの視線を向けられたセトは、それだけで何を言いたいのか分かったのか、双頭の山羊に向かって近付いていく。
「グルルルゥ」
「ヴェエエー……」
双頭の山羊の後ろでセトが喉を鳴らすと、双頭の山羊の方はすぐそれに反応する。
その声が出たのは、先程ドラゴニアスから逃げながら、何匹も倒した存在とは思えない程に、気弱な鳴き声だった。
それだけ、双頭の山羊とセトとの間には、格の違いというのが存在しているということなのだろう。
レイの目からは、そのように見えた。
……ともあれ、双頭の山羊が動きを止めたのは間違いなく、今ならそのままザイの集落にまで連れていける。
そう判断し、レイは双頭の山羊との間合いを詰め、そっと手を伸ばす。
その凶悪な攻撃力とは裏腹に、双頭の山羊の身体に生えている毛はかなり柔らかい。
山羊というよりは、羊の毛に近いのではないかと、そうレイには思えた。
「ヴェエエエ……ヴェエ、ヴェエエエエエ」
レイに触られたことが影響しているのか、双頭の山羊の鳴き声は余計に小さくなる。
それこそ、このままでは間違いなく自分が死ぬと、そう思っているかのように。
「落ち着け。お前に危害を加えるつもりはない。それどころか、安全な場所に連れていくんだからな」
そう告げるレイだったが、当然のように双頭の山羊はレイの言葉を理解出来る筈もない。
……とはいえ、それでも自分の身体に触れているレイが危害を加えようとしている訳ではないというのは理解したのか、撫でていると少しずつ落ち着いてくる。
言葉が通じなくても、行動で自分の意思を示す。
これもまた、一種のボディランゲージか? とそんなことを考えながらレイは双頭の山羊を撫で……そして、ようやく双頭の山羊も完全に落ち着いた様子を見せた。
「ヴェー……」
二つの頭をレイに向けて鳴き声を上げる双頭の山羊。
そんな様子を見ていると、その目が意外に円らな瞳をしていることに気が付く。
……その目だけを見れば、ドラゴニアスを相手に戦っていたというのはちょっと信じられない程だ。
もっとも、円らな瞳という点ではセトもまた同様であり、そのセトも大量のドラゴニアスの命を奪っているのだが。
「……これ、食うか?」
一般的な山羊が何を食べるのかは分からない。
それでも草食だというのは知っていたので、取りあえずレイはミスティリングから果実を取り出してみる。
山羊に果実を……それもこの世界ではなく、エルジィンという異世界の果実を与えてもいいのか? という疑問がない訳でもなかったが、現在レイの前にいる双頭の山羊は、とてもではないが普通の山羊とは思えない。
なら、エルジィンの果実を食べても平気なのではないかと、そう思ったのだ。
特に何か根拠があった訳ではなく、単純にレイの勘によるものだったのだが……
「ヴェ? ……ヴェエェェエェ!」
最初は見たことがなかった果物だったからだろう。
双頭の山羊の両方の頭がレイの差し出した果実の臭いを嗅いだが、そこから漂ってくる甘酸っぱい匂いから、毒ではないと判断したのだろう。
右の頭がレイの持つ果実を囓り……次の瞬間、大きな声を上げる。
そんな様子に驚いたレイだったが、すぐに動こうとしたセトを視線で止めた。
セトにしてみれば、レイから貰った果物を食べた瞬間、いきなり双頭の山羊が大きな鳴き声を上げたのだから、反射的に行動に出るなという方が無理だった。
……それでも幸いなことに、本当に幸いなことに、レイが止めたのでセトは特にそれ以上動く様子はなかった。
「どうやら、喜んで貰えたようだな」
「ヴェエエエ」
果実を食べていない方の頭が、レイの言葉に反応するように鳴く。
(これって……味覚とか、どうなってるんだ?)
ふと、そんな疑問を抱く。
頭部が二つあるということは、味覚も別なのか、それとも味覚も一緒なのか。
普通に考えれば、味を感じるのは舌である以上、片方の頭部が食べた味はもう片方の頭には伝わらない筈だ。
だが、ここは魔法やモンスターの存在するファンタジーの世界である以上、絶対はない。
その辺が何故か妙に気になるレイだったが、果物を食べ終えた双頭の山羊は、それで完全にレイに対する警戒心を捨てたのか、もう唸り声の類は上げていない。
……もっとも、そのような真似をしても後ろにいるセトが怖いからというのも、大人しくなった理由なのかもしれないが。
「ともあれ、これで後は集落に連れていくだけか。……問題なのは集落に無事に到着出来るかどうかってところだけど……その辺はどうにかなると信じよう」
自分に言い聞かせるように呟くレイだったが、実際には不安が大きい。
何しろ、自分もセトも若干方向音痴気味なのだから。
ましてや、ここまでやって来たのはあくまでもセトに乗って空を飛んでの話であって、集落から歩いて来た訳ではない。
そして致命的なのは、草原には街道のような道は当然ないし、踏み固められた道も生えている草によって覆い隠されている為に、見つけることは出来ない。
「グルルゥ?」
迷っているレイを見て、セトはドラゴニアスの群れの死体を眺めて喉を鳴らす。
ミスティリングに収納しないの? と、そう聞いてきたのだ。
レイはそんなセトに頷き、取りあえずドラゴニアスの死体を収納していく。
この世界ではともかく、エルジィンにおいては一日程度で使い物にならなくなってしまうドラゴニアスの死体だったが、それでも何かに使えるかもしれないという思いはあったのだ。
双頭の山羊が倒したドラゴニアスの死体も貰っていいのか? と思ったが、取りあえず問題になるのなら後でまた別の果実でも渡せばいいかと思い、ドラゴニアスの死体を収納していくのだが……何気に、その作業は大変だった。
いや、セトが倒したドラゴニアスの死体だけなら、ある程度一ヶ所に纏まっているので収納しやすいのだが、双頭の山羊が逃げながら殺してきたドラゴニアスの死体は、当然のようにその逃走経路の所々に倒れている。
そして双頭の山羊はかなりの距離を走ってきた訳であり……当然それを回収する必要があった。
いっそセトに手伝って貰おうかとも思ったレイだったが、双頭の山羊が現在大人しくしてるのは、セトがいるからというのも大きい。
つまり、セトに手伝って貰うことは出来ない。
唯一の幸運だったのは、ドラゴニアスはその大きさから死体が草で隠されるといったことがなかったことか。
おかげで、ドラゴニアスの死体を見逃すといったようなことはしなくてもよかった。
結局、全てのドラゴニアスの死体を収納するのに一時間程掛かる。
……実際には双頭の山羊がどこからドラゴニアスと戦っていたのか分からない以上、もしかしたらもっと別の場所、具体的にはレイが見つけることが出来ない場所にドラゴニアスの死体がある可能性はあったが、あるかどうか分からないそれらを探し回るのは、レイとしてもごめんだった。
「よし、それじゃあそろそろ……行くか」
「グルルルルゥ」
「ヴェー……」
戻ってきたレイの言葉に、セトと双頭の山羊が揃って鳴き声を上げる。
レイがいない間に多少は打ち解けたのか、双頭の山羊は先程に比べると幾分かセトに対する恐れが少なくなっているようにレイには思えた。
こういうのも、雨降って地固まると表現すべきか? と思いつつ、レイはセトと双頭の山羊を連れて、ザイの集落に向かうのだった。
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