第2276話
「ありがてえ! レイが来てくれたおかげで、これを運ばなくてもよくなった」
冒険者達が、レイを見て心の底から感謝の気持ちを口にして、深々と頭を下げる。
数分前まではまだ大量に残っていた伐採された木は、現在全てがレイの持つミスティリングの中に収納されていた。
ケンタウロスの集落を出て、このエルジィンに戻ってきたレイは、グリムに事情を説明し――ドラゴニアスがまだ大量にいるということで、嬉しそうにしていた――てから、ギルムに向かう途中、ふと樵や冒険者達が大変な目に遭っているというのを思い出し、伐採現場に立ち寄った。
以前はレイがいたおかげで、木を運ぶといったような真似はする必要がなかったのだが、ここ最近はレイがドラゴニアスの本拠地――実際には違ったが――を殲滅する為に向こうの世界に行っていたという影響もあって、伐採された木は冒険者達が運んでいた。
だが、幾らこの世界の冒険者達が高い能力を持っているとはいえ、伐採された木というのは非常に重い。
あるいはこれが普通の木なら、伐採した後で放置して水分を抜くことによってある程度軽くしてから運ぶといった真似が出来るのだが、錬金術師達が魔法的な処理をする必要上、伐採された木はすぐにギルムまで運ぶ必要がある。
また、ギルムの増築工事においても資材は多ければ多い程にいいのだから、そういう面でも樵やそれを運搬する冒険者達は頑張る必要があった。
それこそ、毎日頑張って運んでも運びきれず、伐採された木はどうしても溜まってしまう。
当然だろう。木を伐採するのは簡単……という訳ではないが、それでも一人――補助の冒険者がつくが――で出来る上に、樵の数は結構な人数がいる。
そんな人数がそれぞれに木を伐採していくのだから、木はかなり溜まるのが早い。
それに比べると、トレントの森からギルムまで木を運ぶのは非常に大変だった。
専用に改造された馬車の荷台に木を積み込み、それをギルムまで運ぶのだから。
トレントの森とギルムが近い場所にあるとはいえ、それでも結構な距離があるのは間違いない、
そうなると、どうしても伐採される木と運ばれる木では、伐採された木が余ることになる。
だからこそ、今日こうしてレイが立ち寄った時には結構な数の木が溜まっていたのだ。
それを次々とミスティリングに収納していくのだから、冒険者達が感謝の言葉を口にしてもおかしくはない。
「ついでだから、気にするな。ただ、もう暫く俺は増築工事の手助けをするのは難しいと思うから、もっと人を集めた方がいいと思うんだけどな」
「それは分かってるし、ギルドにもそう言ってるんだけど……なぁ?」
そう言いながら冒険者が視線を向けたのは、ここからでも見ることが出来る、生誕の塔だ。
ここに生誕の塔がなければ、それこそ仕事を求めている人手を幾らでも連れてくることが出来る。
だが、今の状況で、そのような真似は難しい。
公然の秘密ではあるが、湖や生誕の塔については出来る限り知られないようにするというのがダスカーの判断なのだから。
実際、湖や生誕の塔のある場所には、現在ダスカーの許可のある者しか近づけなくなっている。
それだけに、樵の護衛や雑用を任される人材もギルドの方で問題ないと判断出来る相手でなければ、雇うことは出来ない。
その辺にいる冒険者を雇った結果、湖や生誕の塔に向かって妙な騒動を引き起こしたとなれば、ギルドの信用に関わってくる。
だからこそ、現在トレントの森で仕事をする冒険者は相応にギルドから信頼された者でなければならなかった。
「人が少ないのは俺も分かるけど、報酬は上がったんだろ?」
「ああ。その分、仕事は厳しいけどな」
伐採された木を運ぶなどという重労働がある以上、報酬が安ければ仕事をしたいと思う者はまずいない。
そうなれば、働く者に不満を抱かせないように報酬を高くする必要があった。
……実際、トレントの森は現在第一級の危険地帯だ。
何しろ、他の世界と直接繋がっているのだから。
だからこそ、ある意味で報酬の額が上がるのは正しい。
その高い報酬を求めて、トレントの森での依頼を受けたいと言ってくる者が増えるのはギルドにとって微妙なところなのだろうが。
「なら、文句を言う必要はないんじゃないか? まぁ、精々頑張って仕事をしてくれ」
「……何だか、レイにそう言われると素直に納得出来ないな」
自分達が苦労して運んでいる木を、ミスティリングに収納して瞬く間にギルムまで運ぶというレイだ。
真面目に仕事をしている冒険者達にしてみれば、羨ましいという言葉しか出ないだろう。
「そうか? 取りあえず収納した木は俺が運ぶから、今日はいつもより少しは楽になるだろ」
そう告げ、レイは樵達にも軽く挨拶をしてから、セトに乗ってギルムに向かうのだった。
「お、レイ。久しぶりだな」
領主の館の門番は、レイを見つけるとそんな声を掛けてくる。
いつもならそれに軽く挨拶を返すレイだったが、ここに来る前に伐採した木を渡してきた時に錬金術師達に絡まれたことで、あまり元気はなかった。
レイが久しぶりにやって来たということで、錬金術師達が何か面白い素材はないかと、そう言ってきたのだ。
一応ドラゴニアスの死体はミスティリングの中に入っているのだが、まさか異世界について秘密にしている以上、そのようなことを言う訳にもいかない。
だからこそ、レイは錬金術師達を適当にやりすごしてきたのだ。
「何だ? 元気ないな」
「錬金術師達に絡まれたんだよ」
「あー……ご愁傷様」
レイと話していたのとは別の門番が、そう労ってくる。
レイはそんな門番達と短く会話を交わし、領主の館に入る。
(そう言えば、緑人達は最近見掛けないけど……元気でやってるのか? いや、ダスカー様ならその辺は上手くやるか)
何しろ、緑人達がいれば本来はこの気候では育たない香辛料の木が普通に生長するのだ。
そうである以上、ダスカーとしては……それこそリザードマン達より緑人達の方が、保護すべき対象であった。
そんな緑人を、ダスカーが粗雑に扱うとはレイには到底思えない。
それこそ、かなり快適に暮らしていてもおかしくはない。
緑人について考えていると、やがてレイを案内してきたメイドの足が止まる。
「失礼します、ダスカー様。レイ様をお連れしました」
そんなメイドの言葉に、中から入るようにという声が聞こえてきた。
メイドが扉を開けて、レイは執務室の中に入る。
「おう、レイか。……少し休憩するから、何か冷たい飲み物と軽く食べられる料理を持ってきてくれ」
ダスカーの言葉に、メイドは一礼して執務室から出ていく。
それを見送ったレイは、ダスカーに促されて執務室にあるソファの方に向かう。
「座ってくれ。詳しい話は……飲み物と食べ物が来てからだな」
「分かりました。……それにしても、忙しそうですね」
執務机に置かれている書類の山を見ながらレイが告げると、ダスカーは笑みを浮かべる。
「そうだな。冬になればもう少し楽になるんだが。もっとも、その冬まではまだ遠いが」
「今は夏ですしね」
元々レイがこの世界にいた時は、初夏から本格的な夏に移りつつあった。
そんな中で、レイが二週間程くらいにこの世界に戻ってくると、既に真夏と呼ぶに相応しい気候になっている。
とはいえ、レイの場合は簡易エアコン機能がついているドラゴンローブを着ているので、周囲の気温が三十度を超えても全く問題はないのだが。
「ああ。冬まで……いや、ギルムから人が少なくなる秋の終わりまでか? それまで頑張れば、後は来年の春まではそれなりにゆっくりと出来る」
「冬になればなったで、色々と忙しくなると思いますけど」
「それを言うなよ」
レイの言葉が図星を突いたのか、ダスカーは少し嫌そうに言う。
領主として、基本的に書類仕事もそつなくこなすダスカーだったが、やはり元騎士だけあってか、書類仕事よりは身体を動かしている方が好みだ。
そんな話をしていると、先程のメイドが冷たい果実水とサンドイッチを持ってやって来る。
何だかここに来るといつもサンドイッチを食べてるな、とそう思ってしまうレイだったが、軽く食べられる料理となると、やはりサンドイッチが手早く作れて中の具も変えることで味付けを変えられる分、非常に便利なのだ。
また、ダスカーが仕事で忙しい時は、書類仕事をしながら食事をするという意味でも便利な料理だった。
メイドが出ていくと、ダスカーはサンドイッチに手を伸ばしながら口を開く。
「それで? ドラゴニアスだったな。その本拠地は叩けたのか?」
「はい。そこにいたドラゴニアスは殲滅することに成功しました。ですが……」
「何か問題があった訳か」
レイが言い淀んでいるのを見て、ダスカーがそう告げる。
その言葉にレイは素直に頷く。
「はい。本拠地と思われる場所を潰してケンタウロスの集落に戻ったんですが……その日のうちに、また大量のドラゴニアスが襲ってきました。その理由を考えると、恐らく俺達が襲撃したのは本拠地ではなく、拠点の一つだった可能性が高いかと」
ヴィヘラのことは言ってなかったが、今はまずドラゴニアスについて説明したほうがいいだろうと判断してのことだ。
「それは……予想していた以上に数が多いのか。そう言えば、ドラゴニアスの死体だが……」
「劣化が早かったんですよね?」
「そうだ。レイも知っていたか」
ダスカーの確認を求めるような声に、レイは頷く。
実際にはグリムから話を聞いたから知っていたのだが、それは隠しておく。
「はい。ですが、そうなるとドラゴニアスの死体には価値がありませんか?」
そう言いながらも、レイはそんなことはないだろうと否定する。
赤い鱗のドラゴニアスは、レイの魔法ですら耐えるだけの強力な耐性があるのだ。
炎の魔法というのは、攻撃魔法として多用されることが多い。
だとすれば、レイの魔法に耐えることが出来る鱗は非常に高い希少価値があるのは間違いなかった。
また、ドラゴニアスは赤い鱗以外にも多くの色の鱗を持っている。
それが具体的にどの属性に対して耐性があるのかは、レイもまだ調べていないから分からないが、それでも複数の色の鱗がお宝なのは間違いのない事実だった。
そして……案の定、ダスカーはレイの言葉に対して首を横に振る。
「いや、色々と興味深い結果が出たのは間違いない。だが、時間の方がな」
「そうですか。……ちなみに、少し話すのは遅れましたが、俺がケンタウロスの集落に戻ってきたところ、ヴィヘラがいました」
「……は?」
ぽろり、と。
レイの言葉を聞いたダスカーは、持っていたサンドイッチを落とす。
不幸中の幸いだったのは、落としたサンドイッチが床の上でも、果実水の中でもなく、テーブルの上に落ちたことだろう。
勿体ないお化けが出て来ないといいけど。
今のダスカーの様子を見て、何となくそう思ってしまうのは、レイだからか。
「待て。待て待て待て。ちょっと待て」
そう言いながら、頭を抱えるダスカー。
当然だろう。もう皇籍を抜けているとはいえ、それでもヴィヘラがベスティア帝国の皇女であるという事実は変えられない。
それもただの皇女という訳ではなく、非常に高い人気を誇っていた……いや、誇っている皇女だ。
ヴィヘラの協力があったからこそ、現在のベスティア帝国で皇位継承権第一位が第三皇子たるメルクリオのものとなったのだから。
勿論、ダスカーもヴィヘラがレイと一緒に行動しているというのは知っていた。
だが……それでも、まさか別の世界まで行くとは思ってもいなかったのだ。
「それで、その……ヴィヘラ殿はどんな様子だ?」
「喜んでますよ」
ダスカーの心配を取り除くように、レイは告げる。
実際、ヴィヘラにとってドラゴニアスというのはうってつけの遊び相手でもあったのだから。
「ドラゴニアスはヴィヘラにとってはかなり楽しい相手です。飢えに支配されているので、逃げ出すような真似もしませんし」
その言葉に、ダスカーは微妙な表情を浮かべる。
取りあえず無事だというのが分かったのは嬉しいのだが、仮にもベスティア帝国の元皇女が異世界でドラゴニアスという未知のモンスターと嬉々として戦っているのはどういうことか、と。
喜ぶべきか、悲しむべきか、微妙な様子を見せるダスカー。
「取りあえずヴィヘラのことは置いておいてもいいと思いますよ。向こうの世界に行って、かなり喜んでましたし」
「しかし……一体、どうやって向こうの世界のことを知った?」
そうして悩むダスカーに、レイはグリムのことを言う訳にもいかず、サンドイッチをじっくりと味わうのだった。
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