第2264話
「これは……」
視線の先に広がる光景を見て、ザイは唖然としながらも呟く。
だが、それでもこの状況で呟けるだけ、ザイは他の者より胆力がある証なのだろう。
あるいは、少しでも長くレイと知り合っていたところからくる影響か。
ともあれ、現在ザイ達の視線の先に広がっているのは、地獄……いや、地獄すら上回る、何かもっと圧倒的で、ドラゴニアスにとっては絶望という言葉すら生温いような、そんな光景だった
炎を纏った竜巻が十個も陣地の中を暴れ回り、更には上空からは炎で出来た矢が何度も大量に放たれる。
その全てが、レイとセトという一人と一匹がやったことなのだ。
このようなことになった光景そのものは、見ていた。見ていたのだが……それでも、本当に現在自分達が見ているのが現実なのかと、そう思ってしまうのは当然だろう。
何人かは、もしかしたらこれは夢ではないのかと、自分の頬を抓っている者すらいる。
それだけ、現在ザイ達の視線の先に広がっている光景は、信じられないものだったのだ。
初めてレイに会った日に集落を襲ってきたドラゴニアス達との戦いでも、レイは灼熱地獄とでも呼ぶべき光景を作り出した。
だからこそ、今回も同じような魔法で同じような灼熱地獄を作るのかと思っていたのだが、ザイ達の視線の先に生み出された光景は、以前自分達が見た灼熱地獄はほんのお遊びか何かだったのではないかと、そう思える程の光景。
ドラゴニアスの本拠地からは、結構離れた場所にザイ達はいる。
日中にここに到着し、夜中になるまで見つからないように隠れていられる場所だった以上、本拠地の様子は見えるが、それをここまで感謝したことはない。
ここまで離れている場所であっても、火災旋風や何度となく放たれている無数の炎の矢によって、暑さを感じる。
それこそ、この周辺の気温が数度……場合によっては十度近く上がっていても、おかしくはない。
それだけの暑さを……熱気を感じるのだ。
「あれ……本当にドラゴニアスだよな?」
何とかといった様子ではあるが、そう呟いたのはドラット。
普段はザイと敵対的、もしくはライバルといった様子のドラットなのだが、今こうして見ている状況では、そんなことは完全に忘れ去っているように思える。
だが、それはザイや他のケンタウロス達も同様だ。
ドラゴニアスというのは、個としての能力という点ではケンタウロスを大きく上回っている。
それこそ、ドラゴニアスと戦う時は複数のケンタウロスが協力し合い、それでようやく何とか互角に近い戦いになるような、それだけの強さを持つ。
だというのに、現在ザイやドラットの視線の先では、そんなドラゴニアスが枯れた草が風で舞い上がるかのように吹き飛ばされ、焼かれ斬られ叩きつけられ……蹂躙されている。
そう、それはまさに天変地異による蹂躙という表現が相応しい光景だった。
圧倒的という言葉ですら表現出来ないような、そんな力。
(俺達は……一体何と……いや、誰と知り合ったんだ?)
視線の先の光景を見ながら、ザイはレイとセトの顔をそれぞれ思い出す。
レイが非常に高い……それこそ、本気になればケンタウロスの集落を全滅させるだけの力を持っているのは知っていた。知っていたが……それでも、予想していたよりも遙かに上の強さを持っているというのは、考えるまでもなく明らかだった。
ザイの心の中で、レイとセトに対する恐怖と畏怖がそれぞれ同じくらいに大きくなっていく。
だが……視線の先、月明かりや火災旋風による明かりの中で空を飛ぶセトと、その背に乗って魔法を使い、次々と地上に向かって攻撃をしているレイの姿を見た瞬間、ザイの中にあった恐怖と畏怖……場合によっては不信に変わりかねない感情が不意に消える。
そもそも、レイは本来ならドラゴニアスと戦う必要はなかったのだ。
だというのに、レイが今のような真似をしているのは何故か。
勿論、色々と理由があるのだろうが、その理由の中の大きな一つが、ドラゴニアスに襲われ、数を減らしつつあった自分達ケンタウロスを助ける為だというのは、間違いのない事実だ。
そう思えば、ここで自分が何を考えても意味はないと、そう理解出来た。
「皆、しっかりとしろ。ドラゴニアスの殲滅はレイが引き受けてくれているが、あの炎の竜巻から逃げる為にドラゴニアスが逃げ出す可能性もある。そうなれば、それに対処するのは俺達だぞ」
そんなザイの言葉に、他のケンタウロス達も我に返る。
返るのだが……その目にあるのは、先程までザイが抱いていた恐怖と畏怖の感情だ。
「レイがこうしてドラゴニアスと戦っているのは、何故だ? 俺達を助ける為だ。そうである以上、レイに対して感謝はしても、そんな目を向けるのは……草原の覇者としての誇りが許さん」
草原の覇者という言葉がケンタウロス達に与えた影響は大きい。
ドラゴニアスが姿を現してから、ケンタウロスは常にやられ続けていた。
ザイやドラットのような腕利きの者達が協力して、何匹かのドラゴニアスを倒すようなことはあったが、全体として見た場合は圧倒され続けている。
かつては草原の覇者と呼ばれたケンタウロスが、だ。
それでも……いや、だからこそなのか、草原の覇者という言葉はケンタウロス達に対して強く影響を与える。
「ふんっ、元々レイにはドラゴニアスをどうにかして貰うという話だったんだ。それが実際に行われているだけなんだから、その程度のことを気にする筈がないだろう」
真っ先にそう答えたのは、ドラット。
レイに対する反発心というのもあるのだろうが、それでも他のケンタウロス達よりも早く我に返ったのは、集落の中でも腕利きだというのも関係しているのだろう。
ある意味で、意地によるもの……と、そう考えてもおかしくはないのだろうが。
それでもドラットのその言葉により、他のケンタウロス達もそれぞれ我に返っていく。
「それでも、不思議ですね」
ケンタウロスの一人が、そう呟く。
何が? と何人かから視線を向けられたケンタウロスは、視線の先に存在する灼熱地獄を見ながら言葉を続ける。
「炎の竜巻があるのはいいです。上空から炎の矢が降り注いでいるというのも、理解は出来ます。けど……何でドラゴニアス達は、炎の竜巻が暴れ回っている場所……本拠地から逃げ出すような真似をしないんですかね?」
「それは……」
上空でレイが感じているのと同じ疑問を抱いたケンタウロスのその言葉に、他の面々もそう言われてみればと、ドラゴニアスの本拠地に向ける。
その視線の先では、ドラゴニアスは本拠地の中で逃げ回っているだけだ。
火災旋風が暴れ回っている本拠地から離れて逃げれば、生き残ることは出来る筈だ。
だというのに、ドラゴニアスが本拠地から逃げる様子はない。
「もしかしたら、この辺がドラゴニアスに対して何かの重要な秘密があるのかもしれないな」
ドラットのその言葉に、聞いていた者達は確かにと納得する。
ここまで圧倒的な……それこそ、最悪の状況になっているにも関わらず、それでも逃げ出すことがないのだから。そこに何らかの秘密があると考えるのは、おかしな話ではない。
……もっとも、その秘密が一体どのような秘密なのかは不明だが。
その秘密が、ドラゴニアスにとって弱点となるような秘密ならいい。
だが、それ以外……それこそ、もし知られたら知った者が絶望しか感じないような、そんな最悪の秘密もある。
「秘密があるのかないのか。そしてあったとしても、それがどんな秘密なのは分からない。ただ……どのみち、現在行われてるあの光景が一段落しないと、その秘密を探すような真似は出来ないだろうけど」
ザイの口から出たその言葉には、誰も異論を挟めない。
実際、何か秘密があるとしても、視線の先にある灼熱の地獄の中に入っていけるかと言われれば、その答えは否なのだから。
「つまり、結局今の俺達に出来るのは、ここでただ黙って見てるだけか。……そう言えば、赤い鱗を持ってる奴はレイの魔法でも死なないんだろ? その連中はどうしてるんだ?」
あっさりと気持ちを切り替えたドラットの言葉に、そう言えばとケンタウロス達が改めて灼熱地獄を見る。
だが、ドラゴニアス達がいた本拠地から離れている場所である以上、大体の姿形は見ることが出来るが、鱗の色まで見るような真似は出来ない。
ましてや、ケンタウロス達は草原で暮らしているだけあって高い視力を持ってはいるが、夜目がそこまで利く訳でもない。
現在の場所からは、赤い鱗を持つドラゴニアスがどうしているのかというのは、とてもではないが判断出来なかった。
「ここからは見えない。見えないが……それでもドラゴニアスは次々に死んでいて、生き残っている奴がいないと思うが」
ザイの言葉に、皆が同意するように頷く。
ここからははっきりとは分からなかったが、こうして次々と死んでいくドラゴニアスを見ていれば、赤い鱗を持つドラゴニアスも死んでいる可能性が高かった。
「……死んでます、よね?」
ここまでレイ達を案内してきたケンタウロスが、疑問のこもった声で尋ねる。
赤い鱗を持つドラゴニアスは、それこそレイの魔法でも死なない筈だった。
現に集落を襲ってきたドラゴニアスにレイが魔法を使った時は、他の色の鱗を持つドラゴニアスは全て死んだのに、赤い鱗を持つドラゴニアスだけは生き残っていたのだから。
だが、現在の視線の先では全てのドラゴニアスが例外なく死んでいるように見え、それが疑問を抱かせる。
実際には、火災旋風の炎では赤い鱗を持つドラゴニアスは殺せていない。
赤い鱗を持つドラゴニアスを殺しているのは、火災旋風に巻き散らかされた金属片が斬り裂いたり、もしくは火災旋風に巻き込まれた他のドラゴニアスの身体と激しい勢いでぶつかって致命的な被害を受けて……という感じだ。
だが、レイがそのような真似をしているといったことが分からない以上、何故か全てのドラゴニアスが死んでいるということしかケンタウロス達には分からなかった。
火災旋風に巻き込まれ、仲間の身体が武器となって……というのは、普段であれば分かったかもしれないが、今は目の前に広がった光景に圧倒されており、そこまで思いつかなかったのだろう。
「えっと、じゃあ……俺達はどうすればいいんだ?」
ケンタウロスの一人が戸惑ったように言う。
結局問題はそこになってしまい……今の状況で何も出来ない以上、ザイ達はただ離れた場所で破滅の天災とでも呼ぶべき光景をじっと眺めるのだった。
ザイ達は驚きと共にドラゴニアス達の本拠地を眺めていたが、その現場にいる者にしてみれば、それどころではない。
「ゴガアアアアアアアア!」
緑の鱗を持ったドラゴニアスは、鳴き声を上げながら本拠地の中を走り回る。
だが、どこに行っても安全ということはない。
何しろ、火災旋風は十個もあり、それぞれが独自の動きをしているのだから。
そして上空からは、セトに乗ったレイがその魔力に物を言わせ、延々と炎の矢を大量に撃ち続けている。
火災旋風がない場所にいても、上空から降り注ぐ炎の矢は赤い鱗を持つドラゴニアスでなければ防ぐことは出来ない。
……そういう意味では、やはり赤い鱗を持つドラゴニアスは他よりも恵まれているのだろう。
こうしてレイとセトの襲撃されている時点で、とてもではないが恵まれているとは言えないが。
「グラアアアアアアアアアァ!」
混乱している中、一匹のドラゴニアスが盛大な大声を上げながら周囲を走り回る。
他のドラゴニアスよりも大きな身体を持つ為か、そのドラゴニアスは当たるを幸いと仲間のドラゴニアスを吹き飛ばしながら走り回っていた。
もっとも、ドラゴニアスは飢えに支配されている以上、仲間といった感情の類も非常に薄いのだが。
それこそ、食べてはいけない相手という認識の方が大きい。
そんなドラゴニアスが走り回っていることで、何匹ものドラゴニアスが吹き飛ばされ、結果として近付いてきた火災旋風に巻き込まれて絶命する。
そうして何匹もの仲間を意図せず殺してきたドラゴニアスだったが……そうして派手な動きをしたのが悪かったのだろう。
上空を飛んでいたセトに乗っているレイの注意を引き……数秒後には、大量に降り注ぐ炎の矢によって燃やしつくされ、その死体は地面に崩れ落ちる。
とはいえ、この灼熱の地獄の中では誰もそんなドラゴニアスに注意を向けたりはしない。
青色の鱗を持つドラゴニアスの何匹かが、火災旋風と炎の矢によって急激に上がっていく温度に耐えられず、地面に倒れ込む。
そして……
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
不意に戦場全てに聞こえるような、巨大な鳴き声が周囲に響き渡るのだった。
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