第2261話

「そろそろ、到着してもいいんじゃないか?」


 レイがそう言ったのは、ザイ達の集落を発ってから四日が経過した頃だった。

 本来なら片道五日程度の道程だったのだが、荷物の類はレイがミスティリングに収納している影響で、走るのはかなり楽になっている。

 また、二日前にはドラゴニアスに襲われていたケンタウロス達を助けたが、それ以降は特にトラブルらしいトラブルもなく、無事にここまで進むことも出来た。

 だからこそ、当初予定されていたよりも一日早いが、そろそろドラゴニアスの本拠地に近付いてもおかしくはないのではないかと、そうレイが言ったのだ。


「そう、ですね。この辺りの景色には見覚えがあります」


 そう告げる案内役のケンタウロスの顔には、苦い色がある。

 当然だろう。以前ドラゴニアスの本拠地を偵察に来た時は、結局自分以外の仲間はドラゴニアスに喰い殺され、自分だけが何とか逃げ延びたのだから。

 本来なら、それこそトラウマを抱いていてもおかしくはない。

 ……いや、実際にトラウマを抱いているというのは、今の様子を見れば明らかだ。

 それでも……そのトラウマをどうにか解消しても、ドラゴニアスをどうにかしなければならないと、そう理解しているからこそ、自分の中にある恐怖や怯えの心を押し殺しながら、ここまでやって来たのだ。

 それが分かってる他のケンタウロス達だったが、それでもここで無理をして貰う必要があるのは間違いない。

 ドラゴニアの本拠地があるのを知っているのは、一人しかいないのだから。

 ……もっとも、近くにドラゴニアスの本拠地があるとはっきりしているのなら、それこそレイがセトに乗って上空から探すという手段もあるのだが、

 ただし、若干方向音痴気味のレイとセトがそのような真似をした場合、無事にここまで戻ってきてザイ達と再度合流出来るかどうかは分からない。

 ドラゴニアスの本拠地を見つけたはいいものの、結局レイとセトだけでその本拠地に攻撃するということになっても、何もおかしくはないのだ。

 それはまだしも、問題なのはそうしてドラゴニアスを倒した後で、ザイ達の集落に戻れるか……より正確には、その近くにあるエルジィンに繋がっている穴に到着出来るかどうかだろう。

 一応最悪の場合は対のオーブを使ってグリムと連絡を取るということになっているが、エルジィンではなく異世界ともなれば、離れすぎていては対のオーブを使ってもグリムと連絡が取れるかどうかは微妙なところだ。


「景色に見覚えがあるということは、ドラゴニアスの本拠地は近いって考えてもいいのかもしれないな」

「そう、ですね。はい。それは間違っていないと思います。……ただ、ドラゴニアスも本拠地の周辺となると数が多くなるので、見つからないようにする必要がありますが」

「数が多くなるって、それは見張りじゃなくてか?」


 普通なら本拠地ともなれば、見張りがいてもおかしくはない。

 そんな思いから尋ねたレイだったが、案内役のケンタウロスは首を横に振る。


「知っての通り、ドラゴニアスは自我とか知性とかがなく……もしかしたらあるのかもしれませんが、それよりも強烈な飢えに支配されています」

「本拠地でもそれは変わらないのか」


 レイが今まで戦ってきたドラゴニアスは、その全てが飢えに支配されていた。

 だが、本拠地を作っているのなら、それこそドラゴニアスの中には知性の高い個体……エルジィンの認識で考えた場合、希少種や上位種といった存在がいてもおかしくはない。


「そうですね。もしかしたら知性のあるドラゴニアスがいるのかもしれませんが、私が見た限りではそのような相手はいませんでした。……もっとも、以前はそこまでしっかりと偵察出来た訳でもなかったのですが」


 以前偵察に来た時は、それこそ到着してすぐにドラゴニアスに見つかってしまい、逃げ出す羽目になった。

 本来ならケンタウロスはドラゴニアスよりも足が速いし、偵察要員として選ばれた以上、当然のように集落の中でも足の速い者達が選ばれている。

 だが……運が悪かったのか、逃げている最中に偶然ドラゴニアスに遭遇し、結果としてレイ達を案内している者以外は喰い殺された。

 その説明を聞いたレイは、悔しそうなケンタウロスの様子を見ながら口を開く。


「もしかしたら、途中で遭遇したドラゴニアスは待ち伏せをしていたのかもしれないな」

「はい、集落に戻って報告した後で、その可能性も話し合われました。ですが、他のドラゴニアスの様子を見る限りでは……」

「まぁ、そうだろうな」


 通常のドラゴニアスの行動が行動である以上、どうしてもその辺に疑問を持ってしまう。

 知性があるのなら、もっと効率的に動けるのではないか、と。

 レイもその意見には賛成するが、上位種か希少種の数が少ないのなら、もしかしたら……と、そう思ってもおかしくはない。


「グルゥ」


 と、話ながら進んでいると、不意にセトが喉を鳴らす。

 一体何があった? とレイは周囲を見回し……かなり離れた場所にドラゴニアスの姿を見つける。

 ただし、珍しいことに……本当に珍しいことに、そのドラゴニアス達は食べ物を探しているのではなく、何かを食べていた。

 かなりの距離があるので、レイから見ても何を食べているのかというのは分からない。

 だが、飢えに支配されて獲物を喰らっているその様子は、周囲を全く警戒していない。


(まぁ、この辺はもう完全にドラゴニアスの支配地域なんだし、警戒する必要はないのか。あ、でも自分達の食べ物を横取りする別のドラゴニアスとかは……まぁ、その辺は俺達が気にする必要はないか。それどころか、周囲の様子を窺っていない今の状況はこっちに有利だ)


 レイ達にとって、ドラゴニアスというのは数が少なければ少ない程にいい。

 火災旋風を使った襲撃で本拠地を一掃するつもりではあるが、そうなるよりも前に別の色の鱗を持つドラゴニアスの死体を入手出来る機会があるのなら、それを選ばないという選択は存在しなかった。


「ザイ、向こうにドラゴニアスがいる。……見えるか?」

「見えるかどうかと言われれば……いると言われれば、いるように思えなくもない、か?」


 草原に生きるケンタウロスは、非常に高い視力を持つ。

 しかし、レイはそんなケンタウロスよりも高い視力を持ち……更にセトは、レイよりも高い視力を持つ。

 それだけに、今はセトがしっかりとドラゴニアスの存在を確認出来ており、レイは何とか確認出来るが、ザイ達にしてみれば言われてみれば、そういう風に見えないこともないといった距離だ。


「ともあれ、今は何か食べるのに夢中で、こっちに気が付いている様子はない。さっきの説明でもあったけど、何かあった時にドラゴニアスと遭遇するのは避けた方がいいだろうから、ここで倒しておく」

「……分かった」


 レイの言葉にザイの返事が遅れたのは、ドラゴニアスと遭遇して危険だと言われているのが自分達だと、そう理解しているからだろう。

 レイとセトだけであれば、ドラゴニアスと戦っても全く問題なく倒すことが出来るのだ。

 それ以前に、レイとセトなら空を飛べるので、戦う必要すらないのだが。


「俺の魔法を使うと、赤い鱗を持ったドラゴニアスの死体しか確保出来ないからな。そういう意味では、別の色の鱗を持つドラゴニアスを倒すのは、俺にとってもかなり助かる」


 レイとしては、別にザイ達を励ます為にそのようなことを口にしたのではなく、純粋に自分の利益になるから、そう言った。

 しかし、ザイ達にしてみればどうしても自分達に気を遣われたと、そう思ってもおかしくはなかった。

 それでも、今の状況ではどうしようもないというのは分かっているので、ザイはレイの言葉に素直に頷くことか出来ない。


「分かった。そうしよう」


 ザイが頷いたのを見て、レイはセトの背を軽く叩く。


「セト」

「グルゥ」


 名前を呼び掛けるだけで、セトはレイが何を期待しているのかを理解し、数歩の助走の後に翼を羽ばたかせながら上空に向かって駆け上がっていく。

 空を飛ぶセトは、やがてそのまま地上にいるドラゴニアスのいる場所に到着する。


「よし、じゃあ俺が降りたらセトも続いてくれ」


 それだけを軽く言い、ミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出しつつセトの背から飛び降りる。

 途中でスレイプニルの靴を使いながら、空中を蹴りつつ地面に落下していき……


「まず一匹、それと二匹」


 落下してきた勢いを利用し、ドラゴニアスの一匹をデスサイズで左右に切断し、続いて黄昏の槍を使って近くにいたもう一匹の頭部を爆散させる。

 ドラゴニアスは食欲を満たすのに夢中だった為……というより、現在進行形で食欲を満たし続けているために、レイという襲撃者の存在に対して反撃に出るのが普段よりも遅れてしまう。

 それでも仲間が二匹殺されれば我に返り、レイに向かって反撃を行おうとし……


「グルルルルルゥ!」


 上空から落下してきたセトが、前足の一撃でその胴体を砕く。

 それだけではなく、地上に着地した瞬間に地面を蹴って跳び、一匹のドラゴニアスに向かって体当たりして弾き飛ばす。

 身体の大きさという点では、セトもドラゴニアスもそう変わらない。

 にも関わらず、セトの体当たりで吹き飛ばされたドラゴニアスは、激しく吹き飛ぶ。

 これは単純に、身体の大きさが同じであっても純粋な筋力ではセトの方が上というのもあるだろう。

 それ以外にも、レイに向かって警戒していたところで突然不意を打たれたというのも大きいのだろうが。


「緑、青、黄……お、黒もいるな。赤はもういらないんだけど」


 鋭く伸びた爪で引き裂かんとして振るってくるドラゴニアスの攻撃を回避し、肉を喰い千切ろうとするのを回避してカウンターでデスサイズを振るって首を切断しながら、レイは周囲にいるドラゴニアス達の鱗の色を確認していく。

 既に結構な量を持っている赤い鱗のドラゴニアスがいるのは少し残念だったが、それでも色々な色の鱗のドラゴニアスがいることを喜びつつ、デスサイズと黄昏の槍を使って命を刈り取っていく。

 ドラゴニアスにしてみれば、一体何が起きているのかすら分からなかっただろう。

 本来であれば、セトはともかくレイのような小さな存在は自分達の一撃であっさりと殺して飢えを満たす為の肉になる筈だった。

 だというのに、気が付けばその餌によって仲間が次々と死んでいく。

 飢えによって突き動かされているドラゴニアスにとって、仲間というのはそこまで重要な存在ではない。

 それこそ、一緒にいれば飢えを満たす肉を確保しやすくなるというのと同時に、いざ肉があれば自分の食う分が少なくなってしまうという意味では邪魔者……敵ですらあった。

 それだけに仲間が死んだというのは特に気にするようなことはなかったが、それでも自分の同族が次々と殺されるのを見れば、強敵だという認識を抱くのは当然だろう。

 しかし、ドラゴニアスがそれに気が付いた時は既に生き残っている者の数は少なくなり……その数少ない生き残りも、次々と殺されるのだった。


「……まぁ、こんなものか。にしても、結構な数がいたな」

「グルルゥ」


 レイの言葉に同意するように、セトが喉を鳴らす。

 二日前に遭遇した、ケンタウロス達を襲っていたドラゴニアスは、全部で四匹だった。

 だが、現在レイとセトの前にあるドラゴニアスの死体は、十匹を超えている。

 倍以上のドラゴニアスがいたというのは、レイにとっても警戒すべきことだった。


「本拠地の側だから、やっぱりドラゴニアスの数そのものが多いんだろうな。……うわぁ」


 最後に妙な声が出たのは、ドラゴニアスが貪り食っていた死体を見た為だ。

 既に元々一体どのような動物だったのかも分からないくらいの、残骸と呼ぶべき存在になっている。

 そんな残骸を見たからこそ、レイの口からは妙な声が出たのだ。

 とはいえ、死体というだけであれば、それこそレイも見慣れている。

 そもそもの話、現在レイの前にはドラゴニアスの死体が大量に存在しているのだから。

 それでもやはり残骸を見てそのような声を出すのは、自分で作った死体かそうでないかというのもあるし、ドラゴニアスが喰い漁っていた死体だからというのも大きい。


「取りあえず、こっちの死体はともかくとして……ドラゴニアスの死体は収納しておくか」


 気分を切り替える意味も込めて、レイは喰い散らかされた死体はそのままにして、自分とセトで殺したドラゴニアスの死体を収納していく。

 そうしてドラゴニアスの死体を片付け、一段落したところで、ザイ達がレイ達のいる場所に到着するのだった。

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