第2241話

「おお……これは凄いな」


 ザイの所属する集落が見えてきたところで、レイはセトの背の上で驚きと共に呟く。

 氏族という言葉や集落という言葉から、てっきり人数的には数十人……どんなに多くても百人程度ではないかと、そう思っていたのだが、離れた場所からざっとレイが見た限りでは、千人を優に超えている。

 いや、それどころか万に近い数が揃っていた。

 これだけの人数がいるのに、何故集落という風に呼んでいるのか。

 それが、レイには分からなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……そ、そうだろう。……俺達の氏族は、はぁ、はぁ……この辺りでも最も大きい。はぁ、ふぅ……とはいえ、ここまで大きくなったのは最近なのだがな」


 喋っているうちに息を整えることが出来たのか、ザイは最後だけをスムーズに話す。

 とはいえ、それでもレイと遭遇した五人のケンタウロスの中では一番早く回復したのだが。

 他の四人のケンタウロスは、未だに激しく息をしており、呼吸を整えることが出来ていない。


(まぁ、分かってたけど)


 他のケンタウロス達を見ながら、レイは一切呼吸が荒くなっている様子がない、それこそ今からでも再び同じ距離を走っても問題がないようなセトを撫でる。

 走る速度に自信のあったザイ達ケンタウロスだったが、セトと競争した結果、そのプライドが砕かれてしまう。

 それでも何とかセトに置いて行かれないようにと頑張って走り……その結果が今の状況だった。

 ジョギングで五km走っている者がいても、それはあくまでも自分のペースを守っての五kmだ。

 短距離走を走る速度で五km走り続けられるかと言われれば、その答えは否となる。

 ザイとその仲間達はセトに負けて堪るかと無理を通し……その結果が、現在のこの状況だった。

 レイから見てみれば、今は激しく息を切らせていても、この長距離を走り抜いたということそのものが凄いと思うのだが。

 とはいえ、それが凄いと思ってもここでそのようなことを言えば、それはザイ達のプライドを傷つけることになると判断し、それを口に出すような真似はしない。

 集落に到着したということで、セトから降りてザイに尋ねる。


「ここまで大きくなったのが最近って……何か祭りでもあるのか?」

「いや、そういう訳ではない。色々と事情があってのことだ」


 その事情というのが何なのかは気になるが、取りあえずそれは聞かない方がいいだろうと判断し、別のことに話題を移す。

 ……幸いにして、その話題のネタが向こうから近付いてきたから、というのも大きい。


「で? 集落の方から何人かケンタウロスがやってくるみたいだけど……あれはザイの知り合いか?」


 そう尋ねるレイだったが、知り合いは知り合いでも友好的な知り合いではないだろうというのは、容易に想像出来た。

 何しろ、そのケンタウロスの集団は明らかに敵意をザイに……そして自分やセトに向けていたのだから。

 そのケンタウロスの集団は、先頭を歩いているリーダー格の男が十人以上を率いていた。

 ザイの仲間が四人……ザイを入れても五人であるとなれば、人数的には倍以上となる。

 相手もそれを理解しているのか、敵意を込めつつも自分の方が有利だといった様子で口を開く。


「ザイ、貴様何のつもりだ? 部外者を……それも見たことがないような者を連れてくるとは。今この時期にそのような真似をすることにどのような意味があるのか、分からない訳ではあるまい?」

「この者は連中とは関わりがない。それは、この者を……レイを見れば明らかだと思うが? それとも、ドラットはレイが連中の仲間だと?」


 ザイの言葉に、ドラットと呼ばれた男は忌々しそうに舌打ちをし、レイを睨み付ける。

 その視線には敵意……いや、殺気すら混じっていた。


「貴様がどこの誰なのか、何を考えてこの集落に来たのかは分からん。だが、いいか? さっさと去れ。これは命令だ」

「……へぇ? 俺に命令をすると?」


 居丈高に命令だと言ってくる相手に、レイは挑発するようにそう告げる。

 そんなレイの態度が気にくわなかったのだろう。ドラットと呼ばれた男の取り巻きの一人が、地面を蹴ってレイとの間合いを詰め、持っていた槍を突き出そうとし……


「うおっ!」


 だが次の瞬間、素早く槍の一撃を回避したレイは、そのまま槍を握って強引に相手のバランスを崩すと足を蹴って地面に転がす。

 相手はケンタウロスで、二本足のレイと違って四本の足を持つ。

 多少バランスを崩しても耐えることが出来るはずなのだが、レイはバランスを崩した足を蹴り、半ば強引に地面に倒したのだ。


「危ないな。一体、何をするんだ?」

「貴様ぁっ!」


 仲間を倒されたドラットが、怒りの気配と共に槍をレイに向ける。

 勿論ドラットの取り巻き達も同様にだ。

 レイに向けて、敵意と殺意を込めた視線を向けてくる。

 そんな面々を見て、レイはミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出す。


『な!?』


 何もない場所から突然取り出された長物の武器。

 レイがそのような物を持っていなかったのは、それこそこの場にいる全員がそれを理解していた。

 これがギルムであれば、レイがミスティリングを持っているので、このような光景を見ても驚く者は……皆無という訳ではないが、それでもほぼ全ての者が知っている。

 だが、それはあくまでもレイが長い間ギルムで活動をしていたからであって、ザイやドラットのような者達にしてみれば、レイが一体何をしたのかといったように思うだろう。


「貴様……何者だ!?」

「さて、何者だろうな。取りあえずお前達とは敵対するつもりはないんだが……それでも、そっちが攻撃をしてくるのなら、こっちも相応の対応をさせてもらうぞ?」

「……くっ……」


 デスサイズと黄昏の槍という、本来ならレイが使えるとは思えないような二本の長物の武器。

 それも、一目で双方共にその辺にある武器とは格が違うというのが分かる。

 レイがそんな二本の武器を構える姿は堂に入っており、ドラットから見ても迂闊に攻撃をした場合は手痛い反撃をくらうと、そう理解したからだろう。

 実際、レイも相手が攻撃をしてくれば反撃をするつもりだったので、ドラットの認識は決して間違っている訳ではない。

 だが……それはドラットが一定以上の実力を持っているからこそ分かったことだ。

 ドラットの取り巻きにも相応に腕の立つ者はいて、そのような者はレイの構えを見ただけで強いというのは理解出来る。

 しかし、レイの実力を測ることが出来ない者にしてみれば、自分達よりも圧倒的に小さな二本足の相手が自分に不釣り合いな武器を持って、必死に虚勢を張っているようにしか見えなかった。


「おい、貴様。身の丈に合わない武器を持って何を粋がっている? そもそも、お前がそのような武器を持つこと自体、身の程知らずと知れ」


 そう言い、ケンタウロスの一人がレイに近付くと、デスサイズを奪おうとする。

 どこからともなくデスサイズと黄昏の槍を取り出したという行為や、レイから少し離れた場所で苛立たしげな視線を自分に向けているセトには、全く気が付いた様子もない。

 いや、本来ならその辺りに気が付いてもおかしくはないのだが、レイに声を掛けてきた相手はデスサイズに眼を奪われ、それを奪って自分の物にしたいと、それだけを考えていたのだ。

 そんな相手の考えは理解出来たレイだったが、お仕置きの意味を込めてデスサイズを近付いてきたケンタウロスに放り投げる。


「よし……うおっ!」


 最初はレイがデスサイズを放り投げたので、素直に自分に渡すつもりになったのかといったように思ったのだが、デスサイズを受け取った瞬間、立っていることが出来ずデスサイズによって押し潰される。


「ぐ……ぐぐ……誰か、助け……」


 傍で見ている分には、デスサイズに押し潰されているケンタウロスというのは冗談か何かのようにしか見えない。

 周囲にいた他の者達も、最初はそれこそ冗談か何かだと思っていたのか、苦しんでる――ように見える――仲間に、こんな場面で一体何をしているといった視線を向けていた。

 だが、デスサイズに潰されている男の顔が悲痛なまでに痛みを訴えているとなると、話は違ってくる。


「言っておくけど、そいつは演技じゃないぞ? 俺のデスサイズ……その大鎌は、俺以外が持つともの凄く重いから」

「何!?」


 ドラットがレイの言葉を聞き、改めてデスサイズに押し潰されている自分の取り巻きを見る。

 ケンタウロス特有の馬の足でも立つことが出来ず、地面の上に転がっている。


「貴様ぁっ!」


 痛みで歪む取り巻きの顔を見たドラットがレイに叫ぶが、レイはそんなドラットを気にした様子も見せず、デスサイズに潰されている取り巻きに近付いていく。

 当然の話だが、ドラットやその取り巻き達はそんなレイを警戒する。

 だが、その視線すら無視したレイは、そのまま手を伸ばし……倒れているケンタウロスの身体の上から、デスサイズを手にし、持ち上げた。


『な!?』


 それを見ていたドラットやその取り巻き達……いや、それどころかザイ達の口からも驚愕の声が出る。

 当然だろう。つい一瞬前まで、大の男一人を地面に押し潰していたデスサイズを、レイがあっさりと持ち上げたのだから。

 レイが先程までそのデスサイズを持っているのは当然のように見ていたが、それでも今の光景を見た後でこうも容易く持ち上げられれば、それに驚くなという方が無理だ。

 だが、周囲のそんな困惑をよそに、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にしてドラットに視線を向け、口を開く。


「で? どうする? まだやる気か? それなら、こっちも多少は抵抗するぞ?」

「ぐ……ふんっ、いいか、ザイ! 俺は警告したからな! その二本足が何かやらかしたら、それはお前の責任になる! それを忘れるなよ!」


 鋭く叫び、ドラットはその場から立ち去る。

 取り巻き達も、そんなドラットを追う。

 デスサイズに押し潰された男も立ち上がり、自分に恥を掻かせたレイを殺気の籠もった視線で一睨みしてから、ドラットを追っていった。


「その、レイ。その大鎌……デスサイズだったか? それは本当に重いのか? いや、それよりもそれはどこから取り出した? 先程まで、そのような物は持ってなかったが」


 ザイが恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。

 ザイにとっては、レイという人物のことが全く分からなかった。


「まぁ、そういう……そうだな、マジックアイテムって言葉で理解出来るか?」

「……マジックアイテム? 何だそれは?」

「分からないか」


 この世界では、何故か言葉が通じる。

 その上で、ケンタウロスといったように特定の言葉の意味もレイとザイは共通して理解していた。

 その辺の事情を考えると、もしかしたらマジックアイテムという言葉も通じるのではないか。

 そう思ったのだが、残念ながらレイの口から出たマジックアイテムという単語の意味をザイは理解出来なかった。


(これは、色々と不味いな。共通して理解出来る単語もあれば、理解出来ない単語もある。それとも、実はこの世界にもマジックアイテムはあるけど、単純にこの草原まで流れてこないだけだったりする可能性も……ない訳ではないか)


 まだこの草原……いや、ザイやその氏族が住む集落のことしか知らない以上、レイとしても何も断言は出来ない。


(取りあえず、今はその辺を手探りで行くしかないか。人の国というのはあるらしいし、そっちに行けば何らかの手掛かりは……あるといいんだけどな。アナスタシアがこの世界にいるのなら、人の国よりもケンタウロスの集落とか、そういう場所に興味を持ちそうだけど)


 レイが知っているアナスタシアの性格を考えれば、そのようにしてもおかしくはない。

 そしてファナは、そんなアナスタシアに引っ張られてしまうという光景が、レイにはすぐに思い浮かべることが出来た。


「魔力……って言って分かるか?」

「うむ。俺は無理だが、お婆のように魔法を使う者はいる」


 その言葉で魔力と魔法がこの世界でも認識されているというのがレイにも理解出来た。

 おかげで説明が楽になったと安堵しつつ、説明を続ける。


「魔力を使うことによって、色々な効果を発揮する道具だ。例えば……」


 そう告げ、レイは黄昏の槍に魔力を込めつつ、集落とは反対側に向かって投擲する。


「なっ!?」


 ザイの口から驚愕の声が漏れる。

 ザイから見ても、黄昏の槍というのはもの凄い品だというのは理解出来た。

 それこそ、もの凄すぎて一体どれくらいの価値があるのか、分からない程に。

 だというのに、何故そのような槍を投げるような真似をと、そう言おうとした次の瞬間、黄昏の槍はレイの手の中にあった。

 つい数秒前に投擲した筈の槍が、だ。


「これは……一体……」

「こんな風に特殊な能力を発揮する。これがマジックアイテムだ」


 そう言いながら、レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納するのだった。

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