第2240話
自分の方に近付いてくる騎兵と思しき相手を見ながら、レイはこれからどうするべきかを考える。
元々、グリムにセトを呼んで貰ったのは、この草原がどこまで広がっているのか……そして、どこかにアナスタシアやファナが、もしくはそれ以外に誰かいないのかを探す為だった。
そんな中で、手掛かりとなりそうな相手が向こうからやって来てくれたのだから、レイにしてみれば喜ぶべきことではある。
あったのだが……
「ん? あれ? 何か違和感が……」
自分の方に向かってくる騎兵と思しき存在を見ていたレイは、その姿に違和感を覚える。
まだかなり遠くにいるその騎兵の姿のどこに違和感があるのか。
それを考えていると……
「ケンタウロス!?」
じっと相手を観察することで、その違和感に気が付き、叫ぶ。
普通騎兵というのは、当然ながら馬に兵士が乗っている。
だが、レイの視線の先にいる騎兵は、馬の身体から人の上半身が生えているのだ。
それがケンタウロスという存在であることを、レイは地球にいた時の知識から知っていた。
(取りあえず、服を作ったり弓や槍を持ってるのを考えると、高い文化を持っている。つまりモンスターじゃなくて亜人の一種と考えるべきか? アナスタシアを探すこともあるし、出来れば友好的に接したいところだけど)
そんな風に考えながら、レイはケンタウロスが近付いてくるのを待つ。
視線をグリムの方に向けると、それだけでグリムはレイの意図を察したのか、短く呪文を唱え、次の瞬間には地下空間と繋がっていた洞窟の姿が見えなくなった。
『安心しろ。穴を閉じた訳ではなく、あくまでも見えなくしただけじゃ』
「助かる」
この世界が一体どのような世界なのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもグリムのようなアンデッドがいたり、地下空間と繋がっている穴が存在しているのを見られれば、それで向こうに怪しむなという方が無理だった。
グリムもその辺を心配して穴を消した……見えなくしたのだろう。
馬の下半身を持っているだけあって、ケンタウロスの走る速度はかなりのものだ。
セトには及ばなくても、普通の騎兵よりは明らかに上だった。
そうして、近付いてきたケンタウロスの数が五人であることを確認したレイはどうするべきかと考える。
(アナスタシアとファナのことを考えれば、友好的に接するのは確定だ、確定だが……問題なのは、言葉が通じるかどうかだな)
異世界からの存在ということであれば、リザードマンや緑人とレイ達では、使っている言葉が違った。
これがリザードマンだけと言葉が通じなかったのなら、種族的な問題と考えることも出来ただろう。
だが、リザードマンではなく、歴とした人型――皮膚は緑だったが――の緑人とも、言葉は通じなかったのだ。
そう考えれば、視線の先にいるケンタウロスと言葉が通じるかどうかは難しいだろう。
おまけに、ケンタウロスは弓や槍といった武器を持っている。
それはつまり、この草原にはそのような武器を使う相手がいるということになる。
敵対している相手なのか、それとも狩りの獲物なのか。
その辺はレイも分からなかったが、この世界の情報を少しでも知りたい以上、出来ればケンタウロスと敵対はしたくないというのが本音だった。
勿論、向こうから攻撃してくれば話は別だが。
「セト、こっちから攻撃は仕掛けるなよ。向こうが攻撃してきたら反撃はしてもいいけど、出来るだけ殺さない方向で頼む」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトを撫でていると、ケンタウロスが次第に近付いてくる。
当然のように、向こうもレイとセトをしっかりと見つけており、レイとセトが何か妙な行動をしたら即座に対応出来るように準備をしているというのがレイにも理解出来た。
(問題なのは、このケンタウロス達がアナスタシアとファナを知ってるかどうかだよな。……そもそも、もしこの世界にアナスタシアとファナが来ていても、言葉が通じない以上、どうやって意思疎通をしたんだ? やっぱり身振り手振りか?)
自分が最初にリザードマンや緑人と会った時のことを思い出すレイ。
あるいは精霊魔法には意思疎通する為の魔法でもあるのか? と思わないでもなかったが、もしあればマリーナが使えない訳がないだろうと、却下する。
レイにしてみれば、マリーナと言えば精霊魔法の達人という印象を持っているのだ。
だからこそ、マリーナが使えない以上、そのような精霊魔法はないだろうと判断し……
「お前達は一体何者だ?」
「っ!?」
そんな風に考えていたからこそ、ケンタウロスから自分でも理解出来る言葉が聞こえてきた時には、驚く。
「え? 俺の言葉……分かるのか?」
「うむ。だが、お前達のような者達は見たことがない。しかし、強いのは分かる。我らの氏族は強者は尊ばれる」
「……なるほど」
取りあえずレイに分かったことは、目の前のケンタウロス達はアナスタシアやファナについては何も知らないだろうということだ。
もしアナスタシアとファナについて知っていれば、自分達のような存在を見たことがないとは、言わないだろう。
……もっとも、アナスタシアはエルフで耳が尖っていて人間とは違うし、ファナにいたっては仮面を付けている。
そう考えると、もしかしたらあの二人を知っていても自分とは違うと判断されてもおかしくはないのか? と思わないでもなかったが。
またレイにとって目の前のケンタウロスが強者を尊ぶべきものだと考えているというのは、好都合でもあった。
(何で言葉が通じるのかは分からないが……言葉が通じないよりはいいしな)
もしここで言葉が通じなかった場合、それこそ色々な意味で面倒臭いことになっていたのは間違いない。
「俺はレイ。こっちはセト。……それで、お前の名前は?」
「俺はザイ・ケル・セレストン」
その名前に、改めてレイはここが異世界であるということを認識する。
レイが先程までいたミレアーナ王国を含めて周辺諸国で、家名やミドルネームの類を持っているのは、貴族や王族といった者達だけだ。
少なくても、こうした草原で暮らしている者が二つも三つも名前を持っているというのは、ミレアーナ王国に住む者にしてみれば明らかにおかしかった。
「そうか。よろしく頼む、ザイ」
「うむ」
レイの呼び掛けに、ザイは頷く。
特に敵対的な様子を見せていない以上、レイは情報を得られないかと口を開く。
「実は、俺は二人の女を捜している。どちらもお前達のようなケンタウロスではなく、俺のように二本足の女だ」
そう聞いてから、ケンタウロスという単語の意味が通じるのか? と少しだけ疑問に思ったのだが、ザイは迷う様子もなく首を横に振る。
「いや、そのような者は見ていない」
ザイの奇妙という言葉から、この世界全体ではどうか分からないが、少なくてもこの草原においては二本足の者はいないか、いても見たことがある者が殆どないような存在であるというのは分かった。
「そうか。俺達よりもちょっと前にここに来たんだけど、どこかに行ってしまったみたいなんだよな。だからこそ、どうにかして探したいんだが」
「それなら、俺達の集落に来い。もしかしたら、誰か見たことがある者がいる可能性もある」
「いいのか? 見ての通り、俺とセトはケンタウロスじゃない。そういうのを連れていっても、不満を抱いたりする者がいないのか?」
「相手の力も見抜けないような未熟者がいれば、レイが実力を見せればいい」
あっさりとそう告げるザイの様子から、ケンタウロスの……いや、ザイの氏族は強さが物を言うのは間違いなかった。
「分かった。なら遠慮なく世話になろう。それで、俺はここに来たのが初めてなんだが、ザイの氏族というのは全員がケンタウロスなのか?」
「当然だ。この草原において、我々に敵う者はいない」
そう告げるザイだったが、表情にはそこまで自信がない。
(何だ?)
ザイと出会ってから、また短い時間しか経っていない。
だがそれでも、ザイが自分の氏族に……そしてケンタウロスという種族に強い誇りを持っていることくらいは、レイにも理解出来た。
そもそも、草原という場所とケンタウロスというのはかなり相性がいい。
見通しのいい場所で木や岩の類もあまりない。
そのような場所を自由に走り回るケンタウロスにしてみれば、これ以上ない場所だろう。
騎兵の極意と呼ばれるものに、人馬一体という言葉がある。
それは人が馬の心を、馬が人の心を理解し、何も言わずとも息を合わせたような行動が出来るというものだ。
だが、ケンタウロスの場合は文字通りの意味で人馬一体となっているので、普通の騎兵とはスタートから違う。
人馬一体こそがスタートラインなのだ。
それこそ小さい時……いや、生まれた時から人馬一体なのだから、ケンタウロスの全員が……それこそ女子供であっても非常に優れた騎兵なのは間違いない。
レイもそこまで詳しいケンタウロスの事情までは分からないが、それでも草原という場所にいるケンタウロスが強力な亜人だというのは理解出来る。
(とはいえ、まだあまり親しくないんだし、ここであまり突っ込んだりしない方がいいか)
ここで下手なことを言った場合、ケンタウロスの問題に巻き込まれてしまいかねない。
そう判断し、レイはザイの言葉に頷く。
「なら、安心だな。……ちなみにだけど、この国って何て名前なんだ?」
「国? それは人が作るものだな。そういうのは存在しない」
「……なるほど」
これでまた一つレイが分かったのは、この世界にも人がいて、更には国を作っているということだ。
(そうなると、この世界で情報を得る為には人の国に行った方がいいのか? いや、けど……ザイの様子から考えると、人の国まで結構離れてるっぽいし。そこでアナスタシア達の情報が入手出来るかどうかは微妙だよな。やっぱりここはザイの集落で情報を集めた方がいいか)
そう判断したレイはセトに……正確にはセトの後ろにある、グリムによって隠蔽されているレイ達の世界に続く穴に聞こえるように口を開く。
「じゃあ、俺はアナスタシアとファナを探す為に、ザイの集落に行くかな」
意図的にグリムに聞こえるように言うと、レイはセトの背に乗る。
ほう、と。
そんなレイとセトを見たケンタウロスの者達は、何か感じるものがあったのか感心したように息を吐く。
レイは何故そのような目で見られるのかは分からなかったが、それでも自分に対して感心しているというのは分かった。
(いや、本当に何でそんな風に? まぁ、悪意の類がある訳でもなさそうだから、それはそれで別にいいけど)
疑問を抱くも、ここは何も言わない方がいいだろうと判断し、そのままザイの案内に従って草原を進む。
最初はそこまで速く走っていなかったのだが、それはザイの目から見てセトが翼を持っており、空を飛ぶ移動法が主なものだと理解しているからだろう。
だが、少しずつ速度を上げて走ってもセトは全く疲れた様子もなく走ってくるのを見たザイは、レイに視線を向け、尋ねる。
「レイ。セトだったか。その翼を持つ獣はどこまで速く走れる?」
「具体的にどのくらいってのは、そっちの速度が分からないから何とも言えないけど、かなり速く走ることが出来るぞ」
その言葉は、ケンタウロスのザイにとって……いや、それ以外の者達にとっても挑戦のように受け取られたのだろう。
挑戦的な視線を、レイ……ではなくセトに向ける。
「では、少し急ぐとしよう。ついてこられるか?」
ザイにとっても、今までの速度は軽く流すといった程度のものだったのだろう。
ザイとその仲間達は、走るのであれば絶対に負けないという思いと共に走る速度を上げる。
草原に生きるケンタウロスだけに、その速度はかなり速い。
それこそ、レイ達の世界……エルジィンで考えても、十分に速いと表現出来るくらいには。
もっとも、エルジィンには多種多様なモンスターが存在している。
そんなモンスターの中には、それこそ非常に速く走れる存在もいた。
そのようなモンスターに比べれば、どうしてもケンタウロスはそこまで速くはない。
「セト、お前の速さを見せてやれ。競争だ」
「グルゥ? ……グルルルルゥ!」
最初はいいの? と走りながら首を傾げたセトだったが、それでもセトにとって好きなように走ることが出来るというのは、嬉しいのだろう。
「なっ……」
速度を上げたザイだったが、平気で……それどころか嬉しそうについてきているセトを見て、驚愕の声を上げる。
そして負けて堪るかといった表情で、更に速度を上げるのだった。
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