第2231話
「うおおおおおおおおおっ!」
そんな雄叫びと共に、冒険者の一人が長剣を手にしてゴブリンの集落に突入する。
「あの馬鹿。まだ皆が配置についたかどうかの確認もしてないってのに」
少し離れた場所にいた冒険者が、呆れの声と共にそう呟く。
とはいえ、ギルドから信頼されている冒険者だけに、その技量は信頼に値するだけのものであり、集落にいたゴブリンは次々に殺されていく。
だが……その様子を眺めていた冒険者は、突っ込んでいった冒険者にゴブリンが一方的に蹂躙されている光景を見て、嫌そうな表情を浮かべる。
「この状況でゴブリンが逃げない、か」
普通、ゴブリンというのは非常に好戦的ではあるが、戦った相手が強ければ即座に逃げ出してもおかしくはない。
ここが集落でゴブリンにとっては本拠地と呼ぶべき場所ではあるのだろうが、それでも冒険者の知っているゴブリンであれば、あのような強い相手に襲われた場合は即座に逃げ出す筈だった。
そんな状況でも逃げないということは、そこに何か意味がある筈であり……冒険者はその意味についての心当たりを口にする。
「やっぱり、上位種か希少種がいるな」
それは、戦いが始まる前から予想されてはいたことだ。
そもそも、数百匹……もしくは千匹を越えるかもしれないゴブリンが、纏め上げる存在がいない状況でそれだけ集まる筈もない。
もし纏め上げるだけの存在もなしに、これだけの数が集まれば、それぞれが好き勝手に動いてすぐにこの集落は崩壊してしまうだろう。
それが分かっているだけに、上位種や希少種の存在は予想されていたのだ。
「ともあれ……それは遭遇した奴が倒せばいいか。今回の戦いに参加している者の中には、ゴブリン程度にやられるような奴はいないだろうし。……リザードマンの方は分からないけどな」
今回の戦いでは、冒険者よりもリザードマンの方が圧倒的に人数が多い。
そしてリザードマンは全員が軍隊出身ということもあって相応の実力を持っているというのは分かっていた。
だが同時に、数が多いだけに中には弱いリザードマンがいてもおかしくはないという思いがあるのも事実だった。
……もっとも、リザードマンとゴブリンでは文字通り存在の格が違う。
よっぽどのことがない限り、リザードマンがゴブリンにやられるなどということにはならない筈だったが。
「ギャギョギョ!」
集落の中に入った冒険者を見つけた数匹のゴブリンが、棍棒や錆びた短剣を手に槍を持った冒険者に襲い掛かる。
本来なら、最初に集落に突っ込んでいった冒険者に対処する為に移動していたのだが、槍を持った新たな冒険者を見た瞬間、他の相手のことはすっかり忘れ、目の前にいる冒険者だけが敵と判断されてしまったのだ。
そんなゴブリンを苦もなく倒すと、冒険者は周囲を見回す。
……そうして見回した中で目立っているのは、レイとセト。
デスサイズと黄昏の槍という、種類の違う二つの長物を使いながらゴブリンを蹂躙しているレイと、グリフォンとしての能力を最大限に使ってゴブリンを蹂躙していくセト。
この一人と一匹が活躍をするというのは、そうおかしな話ではない。
ゴブリンの集落の殲滅に来た者達の中でも、最高戦力なのだから。
だが……そんな一人と一匹に負けないだけの活躍をしているのが、水狼だ。
セトよりも少し小さな大きさだった水狼は、現在セトの二倍程の大きさ……全長六m程もある巨体に姿を変えていた。
水狼というくらいだし、昨夜の戦いではもっと巨大だったのは冒険者もその目で見ている。
だが、それでもやはりこうして湖からかなり離れた場所でも姿を自由に変えることが出来るというのは、冒険者にしてみても驚きだったし、その攻撃方法は圧巻だった。
何しろ、ひょいパクといったようにゴブリンを見つけてはそのまま丸呑みにし、体内で瞬く間に溶かしていくのだから。
そしてゴブリンの味を楽しむように、鳴き声を上げたりといったこともする。
水狼にとって、このゴブリンの集落は敵ではなくおやつを食べる場所といったところなのだろう。 もしここにいる冒険者が初心者だったり、金や魔石、素材に執着を持っている者であれば、ゴブリンが水狼に消化されるということで魔石の類も入手出来ないと悔しがるだろう。
しかし、ここにいる冒険者は皆がギルドから腕利きとして信頼されている者である以上、ゴブリンの魔石や素材についてはそこまで気にはしなかった。
素材や魔石、討伐目証明部位を剥ぎ取るよりは、ゴブリンの死体の処理を面倒に思い、水狼がゴブリンの死体を処理をしてくれるのなら、寧ろありがたいとすら思う。
目立っているのはレイとセトと水狼だったが、それ以外の面々もかなり圧倒的な戦いを見せている。
特にガガは自分の武器の大剣を豪快に振るっており、一振りで数匹のゴブリンの胴体が上下に切断されたり、当たり所が悪い場合は切断されるのではなく肉片と化したりもしていた。
他のリザードマン達も、それぞれの武器を使って次々にゴブリンを殺していく。
「……妙だな」
デスサイズに付着した血を振り払いながら、レイが呟く。
ここまで大規模に襲撃が行われているのだから、それこそ上位種や希少種が出て来てもおかしくはない。
だというのに、今こうして戦っている中で出て来るのは普通のゴブリンだけで、指揮を執っているのだろう上位種や希少種が出て来る様子は一切ない。
(もしかして、もう逃げたか? いや、けど集落を包囲している以上、そう簡単に逃げ出すようなことは出来ないと思うんだが)
上位種は当然のように普通のゴブリンよりも賢い。
現在の集落の状況で、自分に危険が迫っていると考えた場合、逃げ出してもおかしくはなかった。
とはいえ、逃げ出そうとして逃げられるのかは別の問題だが。
「ともあれ、上位種や希少種も大事だが、まずはゴブリンの数を減らすのが優先か。……セト、燃やすのはいいけど、トレントの森に延焼しないようにしろよ!」
ファイアブレスでゴブリンを攻撃していたセトが、レイの言葉に口から炎を吐くのを止める。
そう簡単に延焼をしたりはしないだろうが、それでもトレントの森の木はギルムにとっては非常に重要な建築資材であり、将来的には商品として売ることも考えられていた。
……もっとも、緑人達の能力があれば、木々の生長も早いのだが。
「っと、逃がすと思うか?」
レイがセトに呼びかけたのを見て、その隙を突こうとしたのだろう。
数匹のゴブリンが、地面に倒れていた仲間の死体の下から飛び出して逃げようとするが、レイの振るうデスサイズによって胴体を切断される。
そうして次々にゴブリンを倒していたレイ達だったが……
「貴様ぁっ!」
と、不意にそんな声が聞こえてくる。
いや、それは声ではなく怒声と呼ぶべき声だろう。
殺気と怒気に満ちたその声に、何か問題があったのかとレイはこの場をセトに任せて声のした方に向かう。
そうして、その場に到着したレイが見たのは……先程の怒声が理解出来る光景だった。
二人の冒険者が、殺気と怒気に満ちた視線でゴブリンを見ている。
だが、それでもゴブリンに攻撃することを躊躇っていたのは、ゴブリン達が手にしている物が原因だった。
木の板。
客観的に見れば、そう表現するしかないだろう。
だが、普通の木の板と違うのは、その木の板に裸の女達が張り付けられていたからだ。
若いのは十代から、年上は三十代程の女達。
それも、裸で……いや、それどころかゴブリンから何をされたのかを理解出来るような残滓すら付着したままの、女達。
中には既に自我の崩壊している者もいるのか、手足を木の杭に貫かれて木の板に張り付けられているというのに、ひたすら笑い声を上げている者もいる。
まだ狂ってはいない女も、手足を杭によって貫かれれば平気でいられる訳がなく、痛みに泣き叫ぶ。
そんな女達が張り付けられた盾を見れば、それを見た冒険者の態度もレイには納得出来た。
ただし、納得は出来たが……どう対処するべきかと迷いもする。
本来なら、このような肉の盾を持ち出されても気にせずに攻撃すればよかったのだが、冒険者達は躊躇してしまった。
それが、ゴブリンにこの盾に効果があると、そう理解させてしまったのだ。
(いやまぁ、幾ら何でもこんなのを見せられれば動揺してもおかしくはないか)
いきなり目の前にこんな肉の盾を用意されても、躊躇なく攻撃に移れる者の方が珍しいだろう。
そういう意味では、このような結果になったのは当然のことだった。
(けど、普通のゴブリンが連れ去った女を盾にするなんてことを考える筈ない。そうなると……やっぱりいるな、上位種か希少種)
そう判断するレイだったが、問題なのはその上位種や希少種がどこにいるのか分からないということだろう。
(あの盾の向こうにいるのか?)
三十匹程のゴブリンが集まり、肉の盾を持ち、その内側に籠もっている。
そうである以上、もしかしたらそこに上位種や希少種敵がいるという可能性は決して否定出来ない。
「とにかく、女達を助ける為にはあの盾の内側に入る必要があるな。……俺が行く」
「出来るのか?」
レイの言葉に、冒険者の一人が呟く。
幸いにして、ゴブリン達は肉の盾を持ってはいるが、それを運ぶだけの力はないので、向こうから攻撃してくる様子はない。
弓でもあれば、もしくは魔法使いでもいれば話は別だったのだろうが、盾の内側に籠もっているのは普通のゴブリンだけだった。
おかげで、盾を前にしても悠長に話しているような時間はあったのだが。
「出来る」
断言するレイ。
レイの言葉だけに、尋ねた冒険者もその言葉を素直に信じることが出来た。
これがレイでなければ、すぐに信用することは出来なかっただろう。
だが、異名持ちのレイの実力がどれだけのものなのかというのは、この場にいる者であれば当然知っている。
だからこそ、断言したレイに冒険者は一言だけ『頼む』と小さく呟く。
その言葉を聞いたレイは、一旦その場から離れる。
これからやることは、ゴブリンに見られていると不味い為だ。
そうして肉の盾を使っているゴブリン達のいる場所からある程度離れると、そのまま走って地面を蹴り、思い切り跳躍する。
レイの高い身体能力により、かなりの高さまで跳躍し、スレイプニルの靴を発動。
そのまま空中を蹴って、更に高度を上げる。
更に数歩空中を蹴って高度を上げながら進み……いつの間にかレイの姿は、肉の盾を使っているゴブリンの集団の真上にあった。
(ここだな)
大体の距離を計算し、レイはスレイプニルの靴の効果を切る。
すると、当然のようにレイの姿は上空から地上に向かって落下していく。
そして、ゴブリンの群れの中に着地する。
ゴブリン達にしてみれば、肉の盾で安全だと安堵していたところに、いきなり上からレイが降ってきたのだ。
降ってきたのがレイだというのは、ゴブリン達も最初は気が付かず、ただ混乱して騒ぐだけであり……次の瞬間、レイが振るった黄昏の槍の横薙ぎの一撃により、ゴブリン達は外側に向かって吹き飛ばされた。
「今だ!」
レイのその言葉に、冒険者達は素早く反応する。
レイがこの状況をどうにかすると、そう信じていたからこその反応の早さだろう。
ゴブリンが吹き飛ばされたことで肉の盾にされていた女達も地面に倒れ、手足を貫いている木の杭が押され、女達の口から悲鳴が上がる。
既に正気を失っていた女の口からは、そのような状況になっても笑い声が上がっていたが。
ともあれ、レイが振るった黄昏の槍の一撃によってゴブリンの群れは内側から吹き飛び、大きな隙となる。
当然のようにそれを行ったレイもその隙を見逃すような真似はせず、倒れたゴブリンの頭部を素早く黄昏の槍で貫いていく。
当然、ただ貫くのではなく、倒れているゴブリンの中に上位種や希少種がいないのか確認しながらだ。
今までそれなりに上位種や希少種を見てきたレイの経験からすると、上位種や希少種というのは元になった種族とは違う外見を持つことが多い。
それこそ、後ろから見ても一目で分かるような、そんな外見をしていてもおかしくはない。
だからこそ、レイは素早く倒れているゴブリンの様子を確認していたのだが……
(いないな)
倒れているのが普通のゴブリンであることに、レイは苛立ちを覚える。
普通のゴブリンがこのような肉の盾を使おうとするとは思えない以上、間違いなくこの集落には上位種か希少種が存在する筈だった。
だというのに、何故それを見つけることが出来ないのか。
ともあれ、今はゴブリンの数を減らす為に肉の盾にされた女は冒険者達に任せて、その場から立ち去るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます