第2215話

 天の光のアジトが完全に燃えつき、建物の内部にあったのだろう薬も燃え、その薬が燃えた結果出た煙までもが完全に燃えつきたのを確認したレイは、ラザリアに視線を向ける。


「取りあえず、そろそろここから出るぞ。今は周囲にいる連中も天の光のアジトが燃えたことにショックを受けているだけだが、このままここにいれば、いつ我に返って行動を起こすか分からないしな」

「……そうですね。そうした方がいいでしょう」


 レイの言葉に、ラザリアも同意するように頷く。

 ラザリアが天の光という組織にどのような思いを抱いていたのかは、レイにも分からない。

 だが、少なくても憎んでいたのは間違いなかった。

 そんなラザリアの様子を一瞥すると、レイは持っていたデスサイズの石突きを地面に触れさせ、スキルを発動する。


「地形操作」


 その言葉と共に、レイ達がいた場所を囲っていた土の壁の一部だけが崩れ、レイとラザリアが通れるだけの隙間が空く。

 レイは元々小柄だし、ラザリアも女としては決して身長が高い方ではない。

 だからこそ、今の状況では特に問題なく小さな隙間からでも外に出ることが出来た。


「行くぞ。出来るだけ早くセトと合流して、ここから離れたい。ラザリアも、ここにいる連中のことを考えれば、早く黒犬のアジトに戻った方がいいだろう?」

「そう、ですね。……ええ、そうです」


 天の光のアジトが消滅したことに色々と思うところがあった様子のラザリアだったが、レイのその言葉で少しだけ我に返る。

 ここにいるジャンキー達は、今は嘆いていたり、騒いでいたりはしているが、あくまでもそれだけだ。

 だが、このまま放っておけば、間違いなく将来的にはスラム街の他の場所に行き、禁断症状から暴れ出す。

 場合によっては、スラム街から出て暴れ出す可能性もあった。

 そうなれば、ダスカーとしても当然のように厳しく取り締まる必要がある。

 そして厳しい取り締まりとなれば、スラム街の方にも被害が及ぶのは確実だ。

 だからこそ、黒犬は……いや、一定以上ギルムの事情を知っている者なら、そのような真似をせず、ジャンキー達をどうにかしたいと思うのは当然だった。

 だが、そうなればなったで、スラム街の住人だけに単純にジャンキー達は殺してしまえば手っ取り早いと考える者も多い。

 黒犬としては、そのような真似は許容出来ない以上、全員とは言わないが、それでも可能な限り助けたいというのが、黒犬の思いだった。


「分かりました。すぐに行きましょう。……レイさん、悪いですけど、組織を潰す件は……」


 ラザリアが最後まで言うよりも前に、レイは頷く。


「分かってる。そもそも、天の光を潰したら今日はもう切り上げる予定だったしな」


 ギルムに来てからの違和感の件が解決していなければ、レイももう少し頑張って他の組織を潰した可能性があるだろう。

 だが、違和感の件は道化師の組織を潰した時にダーブを殺して解決している。

 ……もっとも、ダーブの身体のことを思えば、殺したというよりは壊したという表現の方が相応しいのだろうが。

 ともあれ、ダーブの本体とも言うべき相手はまだ生きてる可能性があるのだが、取りあえず一番重要だった違和感の件は解決した。

 そうである以上、レイとしては無理に今日他の組織も潰すのはどうかと、そんな風に思ったのだ。


「ありがとうございます。では、黒犬のアジトに戻りましょう」

「ああ、そうだな。……いや、そう言えば黒犬のアジトに行くよりも前に、やっておくべきことがあったな」


 レイは風の牙のアジトの一件を思い出す。

 暁の星の面々に地下室に続く場所を見つけるように言って、向こうに任せてきたのだが、今日やるべきことを終わらせた以上、そちらの一件も片付けてしまいたいと言うのが、正直なところだった。

 レイがいつ戻ってくるのかは暁の星の面々も分からないだろうから、今頃必死になって地下室に続く隠し通路、もしくは隠し階段を探している筈だった。


「え? ……ああ」


 ラザリアもレイの言葉で風の牙の一件を思い出したのか、納得したような様子を見せる。

 だが、次の瞬間にはそんなレイに、ラザリアは頭を下げる。


「じゃあ、すいませんけど僕は一旦アジトに戻りますね。今回の一件について、少しでも早く知らせておいた方がいいと思いますし」

「ちょっと待った」


 すぐにアジトに戻ろうとするラザリアだったが、レイはそれに待ったを掛ける。

 どうしました? と疑問の視線を向けてくるラザリアだったが、レイとしてはここに置いていかれるのは困る。

 ラザリアはスラム街に詳しいので、ここからでも黒犬のアジトに帰るのは全く何の問題もないだろう。

 だが、スラム街の中でも裏道を通ってここまでやって来たのだ。

 初めて来るような場所でここに置いて行かれたら、レイがスラム街から出ることや、風の牙のアジトに向かうような真似が出来るかと言われれば、それは難しい。


「裏道を通って移動してきたのに、俺とセトをここに置いていかれると、困るぞ」

「あ……」


 ラザリアもレイの言いたいことは分かったのか、小さく言葉を漏らす。


「そんな訳で、俺とセトを風の牙のアジトまで連れていってくれ」


 それこそ、いざとなればセトに乗って移動すれば、スラム街から出ることも容易ではある。

 だが、スラム街であってもセトに乗って飛び回るのは色々と不味いだろうと判断し、レイとしてはやはり歩いて移動した方がいいと思ったのだ。

 

「そう、ですね。……分かりました」


 ラザリアが少しだけ残念そうに、そう告げる。

 ラザリアとしては、出来れば少しでも早く黒犬のアジトに向かいたかった。

 だが、レイをここに置いていくような真似が出来る筈もない。

 そんなラザリアに、レイは落ち着かせるように話し掛ける。


「取りあえず、風の牙のアジトに俺達を連れていってくれれば、お前は黒犬のアジトに戻ってもいいから、そこまでは案内してくれ」

「え? でも、風の牙のアジトからはどうやって……?」

「暁の星の連中がいるだろ。あの連中もスラム街にやって来たんだから、あの辺から出る方法も知ってるだろうし、黒き幻影のアジトも知っててもおかしくはない。もしかしたら黒犬のアジトの場所まで案内出来るかもしれないな」

「……なるほど」


 レイの言葉を素直に全部信じた訳ではなかった。

 だが、スラム街での事情に詳しい者なら、黒犬のアジトまでレイ達を案内するというのは難しい話ではない。

 であれば、風の牙の場所まで案内すれば……と、そうレイの言葉に頷く。


「分かりました。では、レイさんのお言葉に甘えて、そうさせて貰います」


 レイを連れて風の牙のアジトまで戻り、その後アジトでのやり取りが終わるのを待って、それが終わった後は黒き幻影のアジトまで行き、そこでもアジトを破壊してと、そんな真似をするのを待っているよりは、さっさと風の牙のアジトまで連れていった後で、自分はさっさと黒犬のアジトに戻ればいい。

 そう判断し、レイを急かしながら移動していると……


「グルゥ!」


 レイとラザリアの姿を見つけたセトが、嬉しそうにやってくる。

 ……まだ周囲にはジャンキーがいるのだが、レイ達はそれを特に気にした様子はない。

 天の光のアジトからはかなり離れたので、アジトが消滅したことで薬がもう手に入らないと騒いでいる者達の姿はないからだ。

 もっとも、レイ達を見つけて騒ぎ出すような者はいたが。


(あ、そう言えば俺達を見つけて知らせれば薬が貰えるとか、そんな話だったか)


 当然今の状況で騒いでも、既に天の光の拠点そのものがないのだから、薬を貰える訳ではない。

 だが、薬によって興奮している今の状況では、そのようなことも分からないのだろう。

 レイとしても、ここで暴れられたりしたら面白くないので、襲い掛かったりしてこないのは助かる。

 そんな訳で、レイはセトを撫でながらこの場から離脱する。

 ジャンキー達は、天の光のアジトに近付けば近付く程に多数配置されていた。

 それはつまり、天の光のアジトから離れれば離れる程にジャンキーの数も少なくなるということだ。

 だからこそ、レイ達はなるべく早く天の光のアジトから離れたかった。

 ラザリアの案内で裏道や狭い道を進み、やがて目的の場所……風の牙のアジトに到着する。


「こうして見る限りだと、特に何かがあったって訳じゃないみたいだな」


 建物の周囲には、スラム街の住人も誰もいない。

 風の牙のメンバーが非常に攻撃的だと知っているからこそ、迂闊に近付けば死ぬかもしれないと、そう思っているのだろう。

 ……実際に暗殺を主な仕事としていただけに、周辺の住人が近付こうとしないのも分かる。

 唯一、外の見張りなのだろう。暁の星のメンバーの一人だけが、建物の外で周囲の様子を探っていた。

 そして見張りである以上、当然のように近付いてくるレイ達の姿に気が付く。

 レイとラザリアだけならともかく、セトが一緒にいるのだから、それで気が付かないとなれば、見張りとして失格だろう。


「なっ!? もう戻ってきたのですか!?」


 見張りの女の口から、驚愕の声が出た。

 暁の星の面々は、レイが風の牙とは別の組織を潰しにむかったのを知っている。

 いずれ戻ってくるだろうとは思っていたが、それでも一つの組織を……それも、その辺の組織ではなくギルムで生き残ることが出来た組織を潰すのだから、相応の時間が掛かると思っていた。

 実際には道化師を潰した後で天の光のアジトを外から燃やしつくしたので、そういう意味では見張りの女が考えていたことは間違ってはいないのだが。


「ああ。道化師と天の光という二つの組織を潰してきた。……それで、地下に繋がる階段なり扉なりは見つかったのか?」

「い、いえ……」


 レイの問いに、女が出来るのはそう答えて首を横に振るだけだ。

 本来なら、もう少し時間をと頼みたいところではある。

 少なくても、見張りの女はまだ建物の中で地下に通じる階段や扉の類を見つけたという報告は受けていない。

 もしかしたら……本当にもしかしたら、もう少し時間があれば問題なく見つけられるかもしれないが、それを言ってもレイが時間をくれるとは思えない。


「あの、レイさん。じゃあ僕はこれで失礼しますね」

「分かった。あの連中のことは全面的に任せてもいいんだよな?」


 レイの言葉に、ラザリアは当然ですと頷いた。

 ラザリアにしてみれば、黒犬の仕事として絶対にあのジャンキー達の治療をしてみせるという、強い決意があった。


(やっぱり、薬物関係で昔何かあったんだろうな。……それは聞かない方がいいんだろうけど)


 そう判断し、レイはラザリアと軽く挨拶をして別れる。

 セトもそんなラザリアに、喉を鳴らして別れを告げた。


「で、話を戻すが」


 ラザリアの姿が消えたところで、レイは改めて見張りの女に視線を向ける。


「約束通り、俺が戻ってくるまでに地下に続く階段や扉の類を見つけることは出来なかった。そうである以上、この建物は全てを燃やしつくす。それでいいな?」

「……はい」


 女は数秒の沈黙の後、そう頷く。

 てっきりもう少し待って欲しいと不満を言ってくるのかと思ったレイは、意外に思う。

 ともあれ、もう太陽もかなり夕日に近い。

 そうである以上、手っ取り早く済ませてしまおうと口を開く。


「なら、中にいる連中を連れて来てくれ」

「分かりました」


 女が建物の中に入る前に、ぎりっという歯を食いしばる音が聞こえたが、レイがそれに対して何か言うようなことはない。

 ここで自分が何を言っても、それは結局のところ暁の星の面々に対する侮辱になりかねないと、そう理解している為だ。

 もしくは、もう少し時間を下さいと言われるか。

 この建物の捜索にこれ以上時間を掛けても、結局地下に続く階段や扉の類は見つからない可能性が高い。

 そうである以上、ここで時間を浪費する訳にはいかない。

 この後は、黒き幻影のアジトを……


「あ」


 建物の中に入っていった女に、黒き幻影のアジトのある場所を聞くのを忘れていたレイが、短く声を出す。


「グルゥ?」


 そんなレイの言葉を聞いたセトは、どうしたの? と視線を向けてくる。


「いや、何でもない。ちょっと失敗してな。……まぁ、いざとなったらセトに乗って移動すればいいか」


 取りあえず暁の星の面々が黒き幻影のアジトを知ってることを期待していると、やがてすぐに建物の中から暁の星の面々が姿を現す。

 女から事情を聞いてはいたのだろうが、本当にレイがこれ程早く戻ってきたことに驚きを隠せない様子だ。

 だが、それでもレイの姿を見て、もう少し時間が欲しいと言う者がいないのは、レイにとって好印象だった。


「さて、じゃあ……燃やすけど、構わないな?」


 そんなレイの問いに、暁の星の面々は頷きを返すのだった。

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