第2207話

 ピエロのような化粧をした女が投擲してきた石。

 それを、レイは特に何の苦労もせずにデスサイズと黄昏の槍を使って弾き、斬り裂き、斬り落とす。

 女が石を使って行っていたジャグリングは、非常に見事なものだった。

 それこそ、道化師という裏の組織のアジトではなく、路上でやっている大道芸として見ていれば、拍手をして銀貨数枚を渡していてもおかしくはない、それだけの凄さだったのだ。

 だが、生憎とここは路上ではなく、レイも大道芸を見に来た訳ではない。

 現在は裏の組織の人間と、その裏の組織を潰す為にやってきた侵入者という間柄だ。

 そうである以上、女のジャグリングが幾ら見事であっても、それに目を奪われるような真似をするつもりはなかった。


「まずは、小手調べといこうか!」


 そう言いながら、ジャグリングで使っていた石を投擲された仕返しと言わんばかりに、黄昏の槍を投擲するレイ。

 だが、女はそんなレイの攻撃を読んでいたかのように、ふわりといった身のこなしで黄昏の槍の攻撃を回避する。

 壁に突き刺さった槍を一瞥し、相変わらず化粧で表情が読めない女は小首を傾げながら口を開く。


「その槍を手元に戻さなくてもいいのかしら? それとも、私の隙を狙ってる?」


 黄昏の槍の能力が知られているのは、レイにとっても特に驚くべきことではない。

 元々レイは黄昏の槍を多用している為だ。

 便利だからこそ、この能力を見た者は多い。

 今回の裏の組織の壊滅に関しても、レイは黄昏の槍をかなり使っている。

 それを思えば、女が黄昏の槍の能力を知っていてもおかしくはない。

 黄昏の槍を手元に戻しながら、レイは口を開く。


「それで、これからどうするつもりだ? まさか、さっきの石で俺をどうにか出来るとは思ってないよな?」

「そうね。だから……こういう手段を使わせて貰うわ」


 そう言うと、女は服から黒い金属の塊を取り出す。

 大きさとしては、先程まで女がジャグリングで使っていた石の半分くらいしかない。

 丸い……そう、球体と呼ぶのが相応しい金属の塊を、再度ジャグリングしていく女。

 金属の球体を見た時は、レイも少しだけ驚いた。

 だが、言ってみればそれはレイを驚かせるだけの効果しかなかったのだ。

 その球体が女の武器なのは明らかだったが、だからといってただ投擲するだけでは、それこそ先程の石と大して変わらない。


(いや、石よりも小さくなったと考えると、寧ろ失敗じゃないか?)


 レイはジャグリングをしている女を眺めつつ、そんな疑問を抱く。

 そして、レイがそんな疑問を抱いたのかを見計らったかのように、女は金属の球体を投擲する。

 当然のように、レイはこの状態で女が持ち出した金属の球体を警戒し、迎撃するのではなく回避し……


「っ!? ちぃっ!」


 レイが回避した瞬間、天井から突然現れた猿を模した化粧をしている男が襲ってくる。

 それも、ただ襲い掛かって来た訳ではなく、ブランコに乗って襲ってきたのだ。

 何故天井からそのようなものが? と疑問に思うレイだったが、そうして襲ってきたのは間違いない以上、そんなことを考えるよりも対処する方が先だ。

 ブランコに乗りながら、これも猿を模しているのか、指先からは鋭い爪が伸びている。

 ヴィヘラが使う手甲が生み出すことが出来る、魔力で形成された鉤爪……ではなく、自分の爪に直接つけ爪として鋭く尖った爪が装備されているのだ。

 鉤爪ではなく自分の指に直接装備しているつけ爪ということで、ヴィヘラが使っている鉤爪よりは自由度が高い。

 その反面、結局つけ爪である以上、ただえさえ長剣や槍といった武器と比べて間合いの短い鉤爪と比べても、更に短い。

 今のように、隠れていた状況からいきなり姿を現して奇襲を仕掛ける分には、間合いが短くても問題はないのだろうが……それに対処出来るだけの能力があるレイにとっては、咄嗟に攻撃を回避するのは難しいことではなかった。

 それでも相変わらず気配の察知が出来なかったので、反撃をすることは出来なかったが。

 ともあれ、天井から伸びているブランコという、明らかに常識外の存在の攻撃を回避して天井に目をやると……


「何?」


 一瞬前まで、そこには猿を模した化粧をした男が乗っていたブランコがあった筈が、天井を見ても何も存在しない。

 気配を感じることが出来ないということもあり、もしかしたら自分が見た光景は夢だったのでは? と、そんな風にも思うが……今は、そのような状況で物思いをしているような余裕はない。


「どこを見てるのかは分からないけど、よそ見をしていてもいいのかしら?」


 その言葉と共に、再度レイに向かって投擲される金属球。

 女のどこを見ているという言葉から、やはり自分が見たのは何らかの幻覚だったのでは? という思いを一瞬抱いたレイだったが、その考えをどうこうするよりも前に、今はまず女が投擲して来る金属球に対処する必要があった。

 女の投擲した金属球を回避するレイ。

 ……その金属球が壁にぶつかる。

 それで壁にめり込んだり、もしくは跳ね返って地面に落ちたりといったことになっていれば、レイもその様子に納得出来ただろう。

 だが……女の投擲した金属球は、次の瞬間には壁を貫いたのだ。

 それこそ、壁を破壊して貫いたのなら、まだ納得出来る。

 しかし、壁を貫いた弾丸は、それこそ金属球と同程度の穴を壁に開け、それ以外の破壊はしないままで、壁を貫く。

 その攻撃は、明らかにおかしい威力と言ってもいい。

 デスサイズと黄昏の槍を構えつつ、先程のブランコに乗って襲い掛かって来た相手のことも警戒しつつ、レイは口を開く。


「馬鹿げた威力の秘密は、その金属球か?」

「さて、どうかしらね。もしかした私の純粋な技術かもしれないし、もしかしたらこの建物のおかげかもしれないわよ?」

「……建物、か」


 女の言葉に、もしかしたらという思いを抱くレイだったが、そんなレイの考えを邪魔するかのように、再び空気を斬り裂く音が聞こえてくる。


「同じ攻撃が通じると思ってるのか!?」


 自分に向かってやってくる相手……猿の化粧をした小柄な相手に向かって、デスサイズを振るう。

 ブランコに乗っている相手だけに、デスサイズの一撃は回避出来ない。

 そう思っていたレイだったが、道化師はブランコを切断する直前に、座っていたブランコから跳躍する。

 それにも驚いたレイだったが、それよりも大きく驚いた理由は、デスサイズでもブランコの紐を切断するのに思った以上に力が必要だったからだ。

 ブランコに繋がっている紐はそれなりに太いが、それでも大人であれば片手で楽に握れる程度の、そんな程度の太さしかない。

 だというのに、一体何故切断するのにそこまで苦労するのか。

 それこそ、今までここまで切断するのに苦労したことは、殆どない。

 だが、レイがブランコのロープを切断するのに苦労したことに驚いたのと同様……いや、それ以上に、ブランコに乗っていた猿を模した化粧をしていた男と金属球を手にした女は驚いていた。


「呆れるわね。その紐をそんなに容易く切断するなんて」

「……何か特殊な紐なのか? まぁ、切断するのにあそこまで苦労したんだから、普通の紐ではないと思っていたが」

「それはそうよ。処女の髪の毛に魔法的な処理をして作った代物なんだもの。それこそ、頑丈さは折り紙付きなのに」

「……」


 呆れた様子で説明する女とは裏腹に、男の方はレイを凄まじい形相で睨み付ける。

 それこそ、視線で人を殺せるのなら、間違いなく殺しているだろうというような強さの視線で。

 何故自分がそのような視線で見られるのか……などということは、レイもさすがに理解出来た。

 この男にとって、ブランコというのは非常に重要なものだったのだろう。

 とはいえ、それを使ってレイに襲い掛かって来たのだから、レイがその攻撃に対処したのは当然のことだ。


(というか、そこまで大事な物なら俺の攻撃を回避するなよ。そのせいで斬られたんだから)


 呆れと共に男に視線を返すレイだったが、男にしてみればまさかブランコが破壊されるとは思ってもいなかったのだろう。

 女の言葉を考えるとそのような意味だったし、実際にデスサイズで斬り裂こうとした時にも多少なりとも抵抗感があったのだから。


「随分と貴重な物だったようだが、襲ってきたのはそっちだ。そうである以上、こっちも反撃をする必要がある。……それで、どうする? このまま戦いを続けるのか?」


 そう言いながらも、レイは相手がこれで戦いを止めるとは思っていない。

 そもそもの話、レイはこの道化師という組織を潰しに来たのだ。

 そうである以上、組織に所属している者も基本的には殺していくつもりだ。

 ニナッシュの時のように、何らかの取引を持ち掛けてくるのなら話は別だが、見たところそのような様子はない。


「そうね。組織が潰されると困るもの。……だから、レイにとっては可哀想だと思うけど、ここで死んでちょうだい!」


 その言葉と共に、金属球を投擲する女。

 それも、今回の金属球は一つだけではなく複数だ。

 レイに向かって放たれた攻撃は、それだけではない。

 ブランコに乗っていた男が、素早く跳躍して壁を蹴り、三角跳びの要領でレイを爪で斬り裂かんと襲い掛かる。

 金属球を回避しながら、素早い……それこそ運動能力まで猿を模したかのような動きで襲い掛かってくる男に、カウンターでデスサイズを振るおうとし……だが、空気を斬り裂く音が微かに耳に入った瞬間、レイは猿を模した男の攻撃を回避しながら、その音に向かってデスサイズを振るう。


「ぐぎゃっ!」


 甲高い金属音と共に悲鳴を上げたのは、レイ……ではなく、猿を模した化粧をしていた男。

 デスサイズで投擲された短剣を弾き、その動きに合わせて黄昏の槍で背後を突いたのだ。

 咄嗟の行動だった以上、穂先ではなく石突きでの一撃だったが、猿を模した化粧の男は小柄で、動きの俊敏さを最大限活かす為に防具の類も特に身につけていない。

 もっとも、金属球を投擲してくる女も防具は身につけていないので、それが道化師としてのスタイルなのかもしれないが。

 そのおかげで、レイの放った黄昏の槍の一撃は容易に相手の鳩尾を突き、肋骨を折ると共にレイの膂力によって吹き飛ばすだけの一撃を放つことが出来た。

 今の一撃で殺した訳ではないが、少なくてもこの戦闘で戦力として数えるのは不可能だろう。


「一人倒したと思ったら、また一人か。……正確には、一人を倒す前にまた一人ってところだ」

「ふっ! 僕の短剣を回避したことは評価に値する。疾風に例えられる、僕の短剣をね!」


 ふぁさり、と。

 肩まで届く髪を掻き上げながら、男が言う。

 顔の半分をピエロのような仮面で覆っているその男は、だが見えているのが顔の半分であっても、十分に美形と評するのに相応しい男だった。

 男も自分の顔立ちが整っている自覚があるのだろう。

 だからこそ、こうしていかにもな仕草をしている。

 それでもレイは、目の前の男を侮るようなことはしない。

 実際に先程投擲してきた短剣はかなりの速度で、男が自分の実力を自慢するだけのことはあると、そう判断した為だ。

 また同時に、道化師の構成員であるということは、ほぼ間違いなく腕が立つ筈だ。


「疾風か。その割には随分と遅い短剣だった……な!」


 きんっ、と。再び周囲に走る金属音。

 遅いとレイが口にした瞬間、再度短剣が投擲されたのだ。

 それを弾くレイ。

 だが、金属球を手にした女も、そんな二人のやり取りを黙ってみている訳ではない。

 レイが短剣を弾いたその瞬間、金属球が投擲される。

 壁にめり込んだり、破壊するのではなく、貫通するだけの威力を持つ金属球。

 そんな金属球だが……それでも、レイが振るう黄昏の槍とデスサイズに掛かれば、弾くということは容易だ。

 それどころか、弾く方向を調整して男の方に飛ばすといった行為すら可能だった。


「むっ! まさか狙って僕を……やるな。さすがは僕の宿敵だ。だが、僕は負けない!」


 弾くということは、当然のように投擲された時と比べても速度は落ちている。

 それだけに、短剣の男もレイが弾いた金属球を回避するのは難しくはない、


(とはいえ、どうせなら一斉に襲い掛かってくればいいのにな。そうすれば、俺も対処するのは難しいのに。……何でこうして一人一人出て来るんだ? もしかして、これも道化師だからか?)


 道化師……大道芸人だからこそ、わざわざ一人ずつ出て来るのか。

 そんな風に思ったレイだったが、わざわざ自分達の組織が襲われている時にそんな真似をするか? という疑問を抱き……今はそんなことを考えている場合ではないと、女に向けてデスサイズを振るう。


「飛斬!」


 投擲される金属球の隙を突くかのように、デスサイズから斬撃が飛ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る