第2182話

 黒装束の男にダーブと呼ばれたのは、風船のような体型をしている男だ。

 それでいて顔にはピエロを思わせるような化粧をしている。

 その男は、レイにとっても見覚えがある相手であると同時に……納得するものがあるのも、間違いなかった。

 何故なら、最初にレイが襲われた時に背中から短剣で一刺しされたのは、レイとセトが見ていた大道芸人……ダーブが、手にしてしていた短剣のジャグリングを失敗し、それがレイの側に落ちた時だったのだから。

 ダーブが敵の仲間であるのなら、その行為は十分に納得出来るものだった。


「なるほどな。随分とタイミングよく俺の近くに短剣が落ちたと思ったら……つまりは、そういう訳だったのか」

「ふぉふぉふぉ。申し訳ありませんね。ですが、こちらも仕事である以上、しょうがないのですよ」


 笑い声を上げながらそう告げてくるダーブだったが、その表情に笑みはない。

 いや、口周りにされている化粧で笑っているようには見えるのだが、実際には笑っておらず、ただ笑い声だけを出しているのだ。

 何とも不気味なその様子に、レイは黒装束の男に視線を向ける。

 この二人が揃って襲ってくるのなら、面倒なことになると、そう思った為だ。

 とはいえ、それはあくまでも面倒なことになるというだけであって、対処出来ないという訳ではない。

 レイには頼りになる……それこそ、心の底から頼りになる相棒がいるのだから。

 だが、そんなレイの予想は外れる。

 黒装束の男は、殺気混じりの視線をダーブに向けていたのだ。

 正確には、黒装束の男とその部下達もが揃って。


(仲間……って訳じゃないのか? いやまぁ、ダーブと黒装束達とだと、外見が違いすぎるけど)


 片や、風船のような体型をしており、ピエロを思わせる化粧をしているダーブ。

 片や、顔まで覆う黒装束で闇に溶けるかのような者達。

 双方を見比べれば、それこそ共通点は人である……いや、もしかしたら黒装束の方には獣人やエルフといった者達が混ざっているかもしれないので、共通点は人型であるだけと言うべきか。


(とはいえ、そんな二つの集団……いや、それ以上にもっと多くの集団か? そんなのが、何で俺を狙ってくる? 狙われる心当たりは嫌って程にあるけど、だからって襲ってくるとは思えないんだが)


 レイを恨んでいる者は、それこそかなりの数になるだろう。

 だがレイを襲って失敗した場合、自分が受ける被害を考えれば、割に合わないと判断するのが普通だ。

 また、どこぞの組織に暗殺を頼もうにも、組織の方でレイの強さを知っていれば、組織の破滅に繋がる依頼を引き受けるのは躊躇するだろう。


「で? 結局お前達は何なんだ? 人から狙われる覚えがない……とは言わないけど、ここ最近になって急に狙われるような覚えはないんだが?」


 このまま三竦みの状況のままでいるのは面白くないので、レイはそう告げる。

 すると、レイの言葉を聞いたダーブが大袈裟なまでのジェスチャーを見せる。


「ふぉふぉふぉ。こちらも、色々と多くの事情がありましてね。レイさんが何を考えているのかは分かりませんが、了承して下さいとしか言えませんね」

「けっ、よく言うぜ。……まぁ、ダーブの言ってることが全てじゃねえが、別にわざわざ俺がそれをお前に教える必要はないだろう?」


 それはそうだ。

 黒装束の男の言葉に、レイは思わず納得してしまいそうになる。

 実際、向こうにどのような事情があるのかは、レイにも分からない。

 だが、向こうがそれを話す必要があるのかと言われれば、わざわざそれを話す必要はないだろうと。


(だからって、こっちもはいそうですかと、素直にそれに頷く訳にはいかないんだけどな)


 自分が狙われるのであれば、それはそれでいい。

 だが、その理由くらいは知りたいと思うし、自分を暗殺するように要請した者がいたとすれば、その相手ともしっかりと話をする必要があるだろう。

 現在の状況において、少しでも情報収集をする必要があるのは、間違いなかった。


「へぇ、どうしても話してくれないのか? なら、その場合はこちらとしても相応の態度を取る必要があるけど、それでも構わないんだな?」


 言いながら、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、構える。

 それを見た黒装束の男が、顔は見えないが嫌そうな表情を浮かべたのだろうというのが雰囲気で分かる。


「ったく、アイテムボックスとか卑怯だよな」

「然り、然り。この場合は誰が見てもアイテムボックスは卑怯でしょうな。……どうです? お互い正々堂々と戦うというのは」


 黒装束の男に続き、ダーブがそう言ってくる。

 だが、レイはそんな二人に呆れの視線を向けて口を開く。


「正々堂々って言ってもな。こんなに大勢で囲んでおいて、どの口が言うんだ?」

「おや、これは一本取られましたな。ですが……そちらにはグリフォンがいる以上、戦力としては十分なのでは?」

「さて、どうだろうな」


 レイはそう言って、ダーブの言葉を誤魔化す。

 実際、セトという心強い相棒がいるのだから、戦力的にそれで十分なのは間違いない。

 客観的に見た場合、自分の使うミスティリングが卑怯だというのは納得してしまう。

 ……もっとも、だからといってレイがそれを気にしてミスティリングを使わないという選択肢は、どこにもないのだが。


「ただ、そうだな。そっちが色々と事情を話してくれるのなら、こちらとしても相応に対処するのを検討してやってもいいが?」


 勿論、この場合の検討というのはあくまでも検討であって、実際にその通りにする訳ではない。

 向こうもそれは分かっているのか、レイが妥協した――ように見せ掛けただけだが――にも関わらず、それに乗ってくるようには見えない。

 とはいえ、レイも向こうがしっかりとこっちの提案を受け入れてくれるとは思っていない。

 もしかしたら、本当にもしかしたらそんなこともあったかもしれないが、その可能性は本当に限りなく小さい。


「残念ですが、その手には乗りませんよ。……さて、それよりも問題はこれからどうするか、でしょうな。……私はこのまま始めても構いませんが?」


 ダーブの視線が向けられたのは、レイ……ではなく黒装束の男。

 今はレイの対応よりも、黒装束の男をどうにかする方が先だと、そう判断しているのだろう。


(やっぱり、この二人……というか、二つの勢力か? あまり良好な関係って訳じゃないみたいだな。普段は敵対しているが、今は俺を倒すということで限定的に手を組んでいるとか、そんな感じか?)


 二人の様子を見ながら、そう考えるレイ。

 とはいえ、二人の様子を見る限りでは決定的なまでにお互いの仲が険悪という様子はない。

 ここでレイが何を言ったとしても、三つ巴の戦いに持っていくのは不可能のように思えた。


(となると、先手必勝!)


 思い切りよく、レイは武器を手に一気に前に出る。

 その向かう先は、ダーブ……ではなく、黒装束達。


「セト!」


 レイは短くその名前を呼ぶが、それだけでセトは自分が何を期待されているのかというのをしっかりと理解し、行動に移る。

 即ち、レイと黒装束達の戦いを邪魔させないように、ダーブに向かったのだ。


「はっ! 俺の方に来るとはいい度胸してるじゃねえか!」


 自分の方に向かってくるレイに向かって、黒装束の男は獰猛な声を上げる。

 そんな男の言葉に同調するように、他の黒装束達も戦意を露わに、それぞれに武器を構えた。

 だが……黒装束達は腕が立つのかもしれないが、それはあくまでも一般的な基準で見た場合であれば、の話だ。

 ミレアーナ王国……いや、近隣諸国からも腕利きの冒険者が多く集まるギルムでも、トップクラスの実力を持つレイにしてみれば、一般的な基準というのは無意味に等しい。


(警戒する必要があるのは、リーダー格の男だけか)


 レイと直接話していた男。

 その男のみが、レイにとっては多少なりとも警戒すべき相手だった。

 短剣の三尖刀を持ったその男が、その武器をどうやって使うのかというのも気になるが、身のこなしそのものが他の黒装束達よりも明らかに上なのだ。


(けど……結局はエレーナやヴィヘラには及ばない!)


 レイが訓練をする相手は、エレーナやヴィヘラのような強敵が殆どだ。

 最近ではリザードマンのガガとも模擬戦をすることがあるが、そのような者達に比べると、どうしても黒装束の男は一段も二段も劣る。

 真っ先に自分との間合いを詰め、三尖刀の短剣を突き出す。

 普通の短剣と違って先端が山の字型になっている為、攻撃範囲は広い。

 そしてかなりの速度で突き出されたその一撃は、普通の短剣のつもりでいれば、かすり傷くらいは負うだろう。

 そして暗殺者の使う短剣である以上、刃に毒が塗られていてもおかしくはない。

 実際に刃が普通の色ではない以上、その手の毒が塗られているのはほぼ確実だと思われた。


「けど、だからって……それでどうにか出来ると思うなよ!」


 攻撃を回避しながらそう叫び、右手のデスサイズを振るう。

 意図的にゆっくりとした……黒装束の男が回避出来る速度で放たれたその一撃は、当然のように相手に回避される。

 そうして回避した隙を突くかのように、左手の黄昏の槍が振るわれ……


「ぐぅっ!」


 周囲に響く悲鳴。

 だが、その悲鳴を発したのは三尖刀の短刀を持っていた黒装束の男ではなく……部下の一人だった。

 男の動きについていけずに置いていかれた他の黒装束たちだったが、それでも動き続け……やがて追いつき、そこでレイに一撃を加えられようとしている男を庇ったのだ。

 数本の肋骨を砕く感触が黄昏の槍を通じてレイの手に伝わってくるが、今の様子を見ると、それで相手が諦めるとは到底思えなかった。


(仲間意識が強いってのは厄介だな。……そう言えば湖に来た連中や、馬車を襲ってきた連中も連携はそれなりだったか)


 三尖刀の短剣を持つ男と他の黒装束達の連携して行われる攻撃を回避しながら、レイは以前戦った黒装束達を思い出す。

 とはいえ、連携が上手いという共通点はあれども、そのレベルは違う。

 やはりと言うべきか、今レイと戦っている者達の方が、連携という意味では圧倒的に上だ。

 三尖刀の短剣を持っている男を攻撃の主軸とし、それ以外の面々はレイの気を逸らしたり、三尖刀の男の攻撃がより効果的になるように……といった具合の連携。


「うざったいな!」


 そう叫びつつ、レイはデスサイズを大きく振るう。

 デスサイズの柄に触れた男は、命中した場所の骨が砕けて吹き飛ばされる。

 刃に触れた者は、胴体が上下二つに切断される。

 まだ生きてる分だけ前者の方が幸運かもしれないが、下手をすれば一生後遺症が残ってもおかしくないような、そんな負傷を負って幸運かどうかとういうのは微妙なところだろう。


「てめえっ!」


 仲間を十把一絡げに吹き飛ばされ斬り殺された三尖刀の男が叫ぶが、レイはその言葉を聞き流しながら左手の黄昏の槍を鋭く突き出す。

 黒装束の一人が胴体を貫かれ……だがそれだけでは終わらず、胴体を貫かれた黒装束の後ろにいた、別の黒装束の脇腹をも貫く。

 普通なら人の身体を貫くような真似をすれば、槍の威力は劣るのだが……そこは、黄昏の槍という極めて強力なマジックアイテムと、レイの身体能力が組み合わさった結果だ。その上で……


「馬鹿なっ!」


 黒装束の一人が、レイを見て叫ぶ。

 当然だろう。

 黒装束の男二人を串刺しにし、そのまま持ち上げたからだ。

 それも、両手で黄昏の槍を持って必死に持ち上げたのではなく、左手だけで串刺しにした二人を持ち上げたのだ。

 それでいながら、右手のデスサイズを振るって近くにいた黒装束を袈裟懸けに斬り裂いているのを見れば、本当に左手だけの力で……それも特に力を集中させずに、持ち上げているのは明らかだった。

 あるいは、これが筋骨隆々の大男がやったのであれば、多少は納得も出来ただろう。

 だが、それをやったのは決して大柄ではない……いや、寧ろ小柄と表現した方がいい、レイなのだ。

 暗殺者としての訓練を受けた、戦闘中は冷静に行動することが出来る黒装束達であっても、今のレイの行動には驚くなという方が無理だった。


「ふざっ……」


 三尖刀の短刀を持った黒装束の男も、驚いたのは同様だ。

 レイが強いのは知っていたし、異名持ちだというのも知っていた。

 だが、それでも……ここまでの強さを持っているというのは、予想外だった。

 レイが自分達を誘い出すように人のいない場所に行ったので、侮られていると思って襲い掛かったが……暗殺者同士で話した時のように、正面から戦うのは無茶だったのかと、一瞬そう思ってしまう。

 だがそれでも、こうして戦いを挑んだ以上は絶対に勝つと気合いを入れ直し、レイに向かって襲い掛かるのだった。

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