第2110話
異世界云々というのはともかく、トカゲも魔石を持っていないということが判明すると、レイは深く、深く息を吐く。
魔石を使って魔獣術を強化している状況であるのだから、その魔石が入手出来ないというのは非常に痛い。
ましてや、アメンボは酸のウォーターカッターのような攻撃があり、トカゲの方は牙を銃弾のように飛ばすといった能力を持っていた。
それを考えると、もし魔石があったらそれらのスキルを入手出来た可能性が高いのに、魔石がない以上、それも無理だ。
(もっとも、今更……本当に今更の話だけど、異世界の魔石が魔獣術で使えるのかは、分からないけど)
半ば無理矢理、レイは自分にそう言い聞かせる。
だが、それは決して何の根拠もない訳ではない。
魔獣術は、ゼパイル一門がこの世界で生み出した魔術だ。
そうである以上、当然のようにこの世界の魔石以外をその対象としているのかどうかは微妙なところだろう。
もしかしたら……本当にもしかしたら、異世界の魔石を使おうとすれば何らかの予想外の問題が起きるとも限らないのだ。
それを考えれば、トカゲが魔石を持っていなかったのは幸いだったのかもしれない。
負け惜しみに近い形で考えながらも、レイはトカゲの死体……解体した死体も、まだ解体していない死体も、次々とミスティリングに収納していく。
明日にでもギルドに持っていく為だ。
「素材、か。このトカゲは一体どういう素材になるんだろうな。肉の方も味が気になるし」
元々トカゲの肉というのは、鶏肉に近い味と食感を持つ。
それを思えば、このトカゲも美味くてもおかしくはない。
「素材か。錬金術師とかは、喜ぶんじゃないか? どういうマジックアイテムになるのかは、分からないけど」
「新種のモンスターだし、錬金術師達にしてみれば喜ぶと思うけどな」
冒険者達の会話を聞きながら、レイは野営地に戻る。
燃え続けているスライムは夜にモンスターを解体する際の明かりとしては非常に役立つが、だからといってそこで夜をすごしたいとは到底思えない。
未だに燃え続けているのはいいのだが、場合によってはそのスライムがいきなり動き出すという可能性も、本当に少しだがあるのだから。
そんな訳で、トカゲの解体……魔石を持っているかどうかを確認したレイ達は、野営地に戻ると眠る準備をする。
元々食事がそろそろ終わるという時間にトカゲが湖から姿を現したのだから、時間的にはそろそろ眠ってもおかしくはない頃だ。
手早く見張りの順番を決めると、それぞれが自由な時間をすごす。
ある者は疲れを癒やす為に睡眠を、ある者は仲間と話を、ある者はリザードマンと何とか会話を成立させようと。
そのように冒険者達が自分のしたいことをしている間に、レイはセトと一緒の時間をすごす。
「セト、あのトカゲを解体してはっきりとした。恐らく……いや、間違いなくこの湖にいるモンスターは、魔石を持たない。だから、アメンボの件はセトが気にすることはないぞ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは本当にいいの? と首を傾げる。
身体の大きさという点では、セトはレイの倍近い。
にも関わらず、セトがレイに甘えている様子は、見ている者にどこか納得させるようなものがあった。
それを見た者は、レイがセトを従魔にしたという経緯を思い出す。
セトを子供の頃からレイが育てていたということを。
だからこそ、セトはレイにあそこまで甘えているのだろうと。
……実際には、それはレイが意図的に広めたカバーストーリーなのだが。
とはいえ、レイが行った魔獣術によって生み出されたセトという存在を考えると、レイに親代わりの一面があるというのは、間違いのない事実でもあるので、そのカバーストーリーは完全な嘘という訳でもない。
「明日、ギルドでは間違いなく大きな騒ぎになるだろうな。本当の意味で魔石を持たないモンスターが持ち込まれるんだし」
「グルルルゥ!」
レイの様子から、本気でレイがアメンボのことを気にしていないというのを理解したのだろう。
セトは嬉しそうに鳴き声を上げると、レイに向かって顔を擦りつけてくる。
そんなセトの態度に、レイは笑みを浮かべて頭を撫でてやる。
セトが心の底からレイを信頼し、好意を抱いているからこその行動。
そんなセトの行動は、レイにとっても間違いなく嬉しいものだった。
とはいえ、夜の見張りのことも考えるといつまでもこうしてセトと一緒に遊んでいられるような暇はない。
セトと数分の間遊ぶと、レイはミスティリングから取り出したマジックテントの中に入っていく。
尚、今朝ダスカーがやってきた時に、テントの類を幾つか土産として持ってきている。
勿論冒険者の中には、テントよりも生誕の塔の中で眠った方が、建物の中の分だけ安心出来ると思っている者もいるので、全員がテントを使う訳ではないが。
それでも生誕の塔の床で雑魚寝をするよりはテントの方がいいと、そう思っている者はダスカーの持ってきたテントを生誕の塔の周辺に設置して、そこで夜をすごすことになる。
「じゃあ、また明日な。……セトがいるから大丈夫だと思うけど、何か手に負えない出来事があったらすぐに呼べよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かった! と元気よく鳴き声を上げるセト。
そんなレイとセトの様子を見ていた冒険者の何人かは、セトがどうにも出来ないような事態が起きたら、それこそ自分達にはどうしようもないだろうと、しみじみと思う。
実際にその思いは決して間違っている訳ではない。
ランクS相当のセトがどうしようもない相手に、ここにいる冒険者がどうにか出来る筈もない。
ここに集められている冒険者は腕利きだったが、それでも最高でランクBだ。
レイもランクBなのだが、レイの場合は実力とランクが合っていない、一種のランク詐欺とでも呼ぶべきものだった。
もし本当にそのようなことになった場合、それこそ全滅すら覚悟しなければならないだろう。
「なぁ、セトって本当にランクS相当のモンスターなんだよな?」
「そりゃそうだろ。グリフォンの希少種だぞ? 何で今更そんなことを?」
「いや、だってよ……あれを見て、本当にそんな風に思えるか? レイに構って貰っている光景を見ると、ペットにしか見えないぞ」
それは明らかに間違った認識だ。認識なのだが……実際にレイに懐いているセトという光景を見れば、その言葉を否定するようなことは出来なかった。
とはいえ、それはあくまでもレイが相手だからであって、敵を前にした場合にセトがどれだけの力を発揮するのかというのは、実際に戦いを見たことで理解している。
「明日はセトが暴れずに、ペットのままでいてくれればいいんだけどな」
冒険者の一人が呟くその声に、皆が納得したように頷く。
セトが暴れまくるような相手が出て来て欲しいなどと思う者は、ここには存在しなかった。
ヴィヘラのように、強敵との戦いを好む者でもいれば話は別だっただろうが。
「レイ、起きてるか、レイ」
マジックテントの中で眠っていたレイは、そんな声で目を覚ます。
これが依頼の途中でなければ寝惚けたりもするのだが、今は護衛という依頼の最中だ。
寝惚けた様子もなく、一瞬にして目を覚ましたレイは、視線をマジックテントの入り口に向ける。
そこにいたのは、レイにも見覚えのある冒険者の一人。
「どうした? 敵襲か?」
「違う……と、思う」
「……思う?」
これが敵襲であれば、すぐにでも敵が襲ってきたとそう断言するだろう。
だが、レイを起こした冒険者は、そんな切羽詰まった様子は見せていない。
寧ろどこか戸惑ったような様子すら見せていた。
一体何があった?
そうレイが疑問に思うのは、当然のことだった。
「ああ。湖に光る何かが幾つも出て来たんだ。それも短期間でいきなり。最初はモンスターか何かの襲撃かと思って様子を見てたんだが、光は一向にこっちに近寄ってくる様子もない」
「それは……また。確かに判断に困るな」
そう言いながら、レイはドラゴンローブを身に纏い、スレイプニルの靴を履き、準備を整える。
敵であれば、すでに攻めて来てもおかしくはない。
だが、敵ではないとすれば……一体、その光は何かということになる。
「具体的にどれくらい離れた場所にある光なのか分かるか? もしかして、まだ攻撃してこないのは敵の攻撃範囲内に入っていないだけとか、そういう理由はないか?」
「湖があって、その辺はしっかりとは確認出来ないんだよ。だから、セトに乗れるレイに話を持ってきたんだ」
その言葉で、レイは目の前の冒険者が何を期待して自分を起こしにきたのかを理解した。
現在ここにはそれなりの数の冒険者――それも腕利き――がいる。
それ以外にも一人ではあるが騎士もいるし、ガガやゾゾといったリザードマン達もいる。
それだけいれば、泳げる者も相応の数になる筈だ。
しかし……当然の話だが、夜の湖を泳ぎたいと思うような者は、そう多くはない。
何しろ、この湖には得体のしれないモンスターがどれだけいるかも分からないのだから。
アメンボやトカゲ、そして何よりスライムが生息していたことを思えば、この湖に一体どれだけの数のモンスターがいるかも分からない。
そんな場所を、夜で水中もろくに確認出来ない状況の中を泳ぎたいと思うのはよほど自分の腕に自信があるか、自殺志願者くらいだろう。
生誕の塔の護衛として雇われている冒険者は、腕利きの冒険者ではあっても自分なら何でも出来るという自惚れは持っていない。
そのような自惚れを持つ冒険者は、殆どがギルムのような辺境で生き残ることは出来ずに死んでいく。
……もっとも、中には運と実力の双方に恵まれて生き残るようなものが、ほんの少数だが存在するのだが。
だがここにはそのような者は存在しない。
「分かった。なら、俺がセトと一緒に様子を見に行ってくる。敵だったらすぐに戻ってくるから、お前は生誕の塔で寝ている者達を起こしてきてくれ」
「ああ」
短く言葉を交わし、冒険者が外に出て行くのを確認したレイはすぐにその後を追う。
マジックテントの外に出てみると、見張りをしていた冒険者以外にも既に何人かの冒険者が起きており、警戒した様子で湖の方を見ていた。
レイはマジックテントの前で寝転がっていたセトが起きて近づいてくるのを確認し、その頭を撫でながら湖の方を確認する。
常人よりも鋭い五感を持ち、更には夜目も利くレイの目には、起こしに来た冒険者が言っていたように湖の中、そして空中にも幾つもの光が存在しているのが確認出来た。
「あれか。……確かに不気味としか言いようがないな。一体、何だ? いや、それが分からないから、俺に見に行って欲しいと要望してきたんだろうけど」
呟きながら、月明かりと燃えているスライム、そして焚き火によって映し出されている夜の湖面に視線を向ける。
……前者二つはともかく、焚き火の明かりで照らされる範囲というのは、非常に限られている場所だけだが。
「俺がセトと共にあの光を見てくるから、お前達は何があってもすぐ対応出来るように準備しておいてくれ! あれが敵の場合、結構な数になる!」
光を見て幾らか不安になっていた冒険者達だったが、レイの声で我に返る。
もしあれが敵だとすれば、訳の分からない謎の存在ではなく、明確な倒すべき相手なのだ。
冒険者達の士気が戻ったのを確認すると、レイはセトに声を掛ける。
「そんな訳で、これからあの光のある場所に行くけど問題ないよな?」
「グルゥ!」
任せて! と自信満々の鳴き声を上げるセト。
セトにしてみれば、レイを乗せて夜の空を飛ぶことなど、怖くも何ともないのだろう。
レイにとって、セトはまさしく頼れる相棒だった。
そんなセトに、レイは感謝を込めて軽く撫でると、その背に跨がる。
「じゃあ、セト。頼んだ」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトが鳴くと、数歩助走した後で翼を羽ばたかせながら夜の空に駆け上がっていく。
とはいえ、今回必要なのは空を飛ぶことであっても、湖で光っている何かを確認することである以上、いつものような高度を飛ぶのではなく地上、もしくは水面から一mから二m程の場所を飛ぶのだが。
セトの飛行速度だけに、飛び始めてから数秒で目的の場所まで辿り着き……
「え? 嘘だろ?」
その光景を見て、レイが呟く。
何故なら、そこではクラゲとしか言いようのない存在が、身体の各所を光らせており、中には空を飛んでいる……いや、水に漂うように空を漂っているクラゲの姿もあった為だ。
これが海ならまだ納得も出来たのだが、湖のクラゲということに驚きつつ、レイはどこか幻想的な光景をセトの背中の上から眺めるのだった。
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