第2045話

 ゾゾとの意思疎通が出来るようになった翌日……レイ達一行は、全員でダスカーの屋敷にやってきていた。

 本来ならレイは樵の護衛や、何かあった時の為にトレントの森に向かわなければならなかったのだが、今は石版の件をダスカーに伝えるのが最優先と考えた為だ。

 石版の件を聞いた時は、当然のようにアーラとビューネはそれぞれ納得出来ないといった表情を浮かべていたが。

 そもそも、レイ達だけで一室に閉じこもり、そうして気が付けばゾゾが石版を持っていたのだ。

 レイの師匠が現れて石版を置いていったと説明はされたが、だからといってそれで納得出来るかどうかと言われれば、答えは否だろう。

 それでもアーラはエレーナの言うことだからと納得し、ビューネはヴィヘラが何とか言い聞かせることに成功した。

 勿論、双方共に完全に納得した訳ではないのだろうが。


「それは……本当か?」


 執務室において、ゾゾと意思疎通出来たという話を聞き、ダスカーの口から驚愕の声が漏れる。

 ロロルノーラや他のリザードマン達はずっと言葉の勉強をしていたので、それだけに今回の一件は大きく驚いたのだろう。


「はい。昨日師匠が来たので、その時に話をしてみたら、意思疎通に使うこのマジックアイテムを貸して貰いました」


 そう言い、レイは石版がどのような能力を持つのかを説明する。

 ダスカーが特に興味を引いたのは、やはりゾゾと意思疎通が出来るということだったが……そんな中で、ダスカーが疑問を口にする。


「ゾゾがその石版を使えば、こちらの言葉がゾゾに読める文字となり、ゾゾの言葉も俺達が読めるようになるというのは分かった。だが、それだとゾゾ以外の者でも使えるんじゃないのか? ゾゾと緑人達でも、言葉や文字は同じなんだろうし」

「その辺は、俺も疑問に思っていました。けど、ゾゾとロロルノーラの仲間が俺達の側にはいなかったので」

「分かった。この話が終わった後で、ロロルノーラやリザードマン達がいる場所に案内しよう。そこで実際に試してみればいい」

「そう言って貰えると、助かります」

「……それにしても、グラン・ドラゴニア帝国、か」


 石版についての一件では喜んだダスカーだったが、ゾゾが所属している国の名前を聞くと、難しい表情を浮かべる。

 そんなダスカーを若干からかうように、マリーナが口を開く。


「昨日、色々と話を聞いた限りでは、グラン・ドラゴニア帝国の規模はミレアーナ王国より若干落ちるくらいね」

「詳しい情報、ありがとう」


 マリーナからの情報に感謝の言葉を口にするダスカーだったが、その言葉には感謝以外に若干恨めしい感情が入っていた。

 ダスカーにしてみれば、そんな難しい話は聞きたくなかった、といったところか。

 今、ギルムは増築工事で非常に忙しい。

 それ以外に、地上船の件についても既に動いているし、緑人達を使って香辛料や希少な薬草の類を栽培出来ないかという事に関しても検討を始めている。

 そんな状況で、ミレアーナ王国よりも若干落ちる……言ってみれば、ほぼ同等の国力を持つだろう国と関わるというのは、どう考えても得策ではない。

 だが、ゾゾはともかく、ロロルノーラ達はそのグラン・ドラゴニア帝国に弾圧されている存在であると知ってしまえば、ダスカーとしても非常に迷うところだった。

 そんな風に悩んでいるダスカーに、レイは追加の情報を口にする。


「それと、これは師匠が言っていたんですが、転移の状況からしてこの世界の別の大陸ではなく、異世界からやって来た可能性が高い、と」

「……何? 異世界?」


 ダスカーは、一瞬レイが何を言っているのか分からなかったかのように沈黙し、恐る恐るといった様子で尋ねる。

 レイが錯乱しているのではないかと、そう思ってしまっても仕方がないだろう。

 だが、ダスカーが見たところではレイはいたって真面目であり、その様子におかしいところはない。

 ましてや、ドライフルーツを食べているビューネはともかく、それ以外の面々はそんなレイの様子に全く気にした様子を見せていないのだから。

 唯一、アーラだけが若干疑問を感じているような様子を見せているが。


「はい、異世界です。とはいえ、あくまでも師匠の推理ですから、確実にそうだとは言えませんが」


 そう言いながらも、レイはゾゾ達が異世界から来たというのを確信しているように、ダスカーには見えた。


(そもそも、今更……本当に今更の話だが、レイの師匠はいつ来たんだ? 冬の件があったし、春になったから外からは門を通らずに入ることは出来なくなってる筈だが)


 コボルト対策としてレイが作った土壁は今も存在している。

 増築工事がそこまで伸びれば、土壁も壊すことになるだろうが……少なくても今は、無断で外部から入ってくる相手を防げるということで、そのまま流用しているのだ。

 勿論それだけではなく、今は何かあった時の為に夜に警備兵がしっかりと見張りをしてもいる。

 ……実際、土壁を越えて秘密裏にギルムに入ろうとした者が、既に何人か捕まっていた。

 そんな状況で、どこからやって来たのか。

 一瞬そう考えたダスカーだったが、レイの師匠だと考えればそのくらいのことは出来てもおかしくはないと思い直す。……いや、寧ろ出来て当然と言うべきか。


「異世界か。……レイの師匠が言うのなら、戯言って訳にもいかないな。一応聞いておくが、事実なんだな?」


 視線を向けられたマリーナは、当然と頷く。


「そうね。私も聞いたわ。エレーナとヴィヘラの二人もね。だから、その点に関しては間違いないわ。……ただ、あくまでもそういう疑いがあるというだけで、確定した訳ではないわ、それは覚えておいてちょうだい」

「ああ。……にしても、異世界か」


 再び異世界という言葉を繰り返すダスカー。

 その言葉は、それだけダスカーに衝撃を与えたということなのだろう。

 そんなダスカーに、マリーナは同情を込めて声を掛ける。


「ほら、落ち着きなさいダスカー。考えようによっては、ゾゾやロロルノーラ達の一件でそこまで気にしなくてもいいということなんだから」


 ピクリ、と。

 マリーナの言葉に、ダスカーは呆然とした状態から少しだけ立ち直る。


「そうか。そう言われればそうだな。そう考えると、異世界というのも悪い話じゃないか。……もっとも、別大陸から転移してきたという可能性もある以上、王都には連絡をする必要があるんだが」


 嫌そうな表情なのは、やはり去年の目玉やコボルトの一件が国王派の仕業であると理解しているからだろう。

 だが、ミレアーナ王国の貴族である以上、これ程の一件を上に……国王に報告しない訳にはいかない。

 その上、今のギルムの状況を考えると、とてもではないがギルムを放り出して行く訳にもいかず、直接報告をすることは出来なかった。


「その辺は頑張ってちょうだい。ギルムの領主としての腕の見せどころよ」

「……ギルドマスターを辞めたマリーナは、気楽でいいな」


 恨めしそうに、そして羨ましそうにマリーナを見るダスカー。

 そんなダスカーに、マリーナは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。

 羨ましいでしょと、直接言葉には出さなくても十分に理解出来る顔。

 そんなマリーナに何かを言おうとしたダスカーだったが、口でマリーナに勝てないことは、これまでの人生で嫌という程に理解していた。


「取りあえず、その件は置いておく。異世界かどうかというのは、それこそすぐに分かるようなことじゃないからな。今はとにかく、ゾゾが持っている石版が本当に使えるのかどうか……それと、緑人やリザードマンにも使えるのかどうかを確認する方が先だ」


 正直なところを言えば、ダスカーとしてはもし石版が他の者達にも使えるのであれば、ロロルノーラ達に使って貰いたいというのが、正直なところだった。

 もっとも、そのマジックアイテムを貸したのがレイの師匠であるとなれば、無理は言えないが。

 それでも何かあった時、しっかりと意思疎通出来るかどうかを知っておくというのは非常に重要なことだった。

 レイとしても、グリムからは基本的に最初に使った者しか石版は使えないという話は聞いていたが、そもそもの話、文字が表示されるのであれば同じ文字を使っている者なら読めるのではないかと、そんな疑問を抱いている。

 実際に、ゾゾの言葉が石版に表示された時はレイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの全員がしっかりと読むことが出来たのだから。

 ……とはいえ、元々は喋ることが出来ない者が使う石版であって、決して別の言葉を使っている相手と意思疎通する為の物ではない。

 そのような予想外の使い方をしているのだから、レイが考えているようにしっかりとその辺りを確認する必要があるのは間違いなかった。


「分かりました。その石版がゾゾ以外にも効果を発揮するのかどうかは、俺達も知りたいですし。……その前に、ダスカー様も石版が本当に効果があるのかどうか、確認してみますか?」

「ああ」


 ダスカーとしても、最初から石版の効果は確認してみるつもりだったのだろう。

 レイの言葉に、素直に頷く。


「分かった、試させて貰おう」


 ダスカーが頷くのを見てから、レイは自分の後ろに立っているゾゾを見て、声を掛ける。


「ゾゾ、これからダスカー様……このギルムの領主で、ここでは一番偉い人物がお前に質問するから、それに答えてくれ」

『分かりました』


 石版がレイの言葉をゾゾが理解出来る文章に翻訳され、それを見たゾゾがレイには理解出来ない言葉を発すると、石版にはレイ達にも読むことの出来る文章となる。

 それを見ていたダスカーが感心したように頷く。

 実際に石版がどのように使われているのか、その目で確認出来たからだろう。


「ほう、なるほど。このように……では、質問しても構わないか?」


 その言葉にレイが頷くと、ダスカーが数秒の沈黙の後、口を開く。


「グラン・ドラゴニア帝国の周辺に、敵対する国家というのはあるのか?」

『あります。ショウバン国とレオデモナ王国が。その二国には及びませんが、他にもグラン・ドラゴニア帝国に従わず、その二国と同盟を結んでいる国も幾つか』

「それは、また……」


 ゾゾの言葉は、ダスカーにとっても少し予想外だったのだろう。

 驚きの表情をゾゾに向ける。

 今の話を聞く限りでは、グラン・ドラゴニア帝国というのは大国ではあっても、決して唯一の超大国といった訳ではなく、同等の国が他にも幾つかあるということを意味していた。

 その上、今の話を聞く限りでは敵国の方が多いようにも思える。


「その状況で、グラン・ドラゴニア帝国はやっていけるのか?」

『一切の問題なく……とまでは言えませんが、互角に渡り合える程度には。敵国もいますが、友好国、従属国も多いですし』


 従属国が多いという点では、ミレアーナ王国も似たようなものだろう。

 それでも、敵国の数という一点において、グラン・ドラゴニア帝国はミレアーナ王国を上回る。

 それでいながら、グラン・ドラゴニア帝国の規模はミレアーナ王国とほぼ同等であると考えると……


「グラン・ドラゴニア帝国がある大陸、もしくは異世界の大陸は、この大陸よりも大きいということになるのか?」

『正確には分かりませんが、レイ様から話を聞いている限りではそのようです』


 ぬぅ、と。

 そんな言葉がダスカーの口から出る。

 リザードマンの国ということで、どこか自分達の方が上だと、無意味に優越感を抱いているところもあったのだろう。

 それこそ、グラン・ドラゴニア帝国がミレアーナ王国と同等の規模を持つ国だと聞いても。


「それは、また……随分と大きな大陸の中で戦っているようだな。グラン・ドラゴニア帝国の国民というのは、全員がリザードマンなのか?」

『いえ、大半がリザードマンですが、それ以外の種族もいます。緑人達も、言ってみればグラン・ドラゴニア帝国の国民ですし』

「その国民を相手に、何故あそこまでする必要があるのかというのは、正直なところ疑問なのだが。緑人達が持っている、植物を生長させる力。これがどれだけ有益なものなのかというのは、少し考えれば分かる筈だ」

『皇帝陛下からの命令ですので』


 そう告げるゾゾに、ダスカーは疑問を抱く。

 ミレアーナ王国と同規模の国を治めるだけの力を持っている皇帝が、緑人達に何故そのような真似をするのか、と。

 ゾゾに言ったように、植物を生長させる力を持つ緑人達は、間違いなく有益な……それも、莫大な利益をもたらす者達なのだ。

 であれば、緑人達を弾圧する理由がダスカーには分からなかった。

 

「その辺の理由を知らされていない以上、聞くのは無駄か。……ともあれ、これで石版の効果は理解出来た。後は、他の者にもこの石版を使えるかどうかだが……実際に試してみるしかないな」


 そう告げ、ダスカーは座っていたソファから立ち上がるのだった。

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