第2044話
ゾゾの持っていた石版に書かれていた内容に、レイは視線を逸らす。
そこに書かれている内容を見たくないという思いが、それ程に強かったのだろう。
とはいえ、いつまでもそこに書かれている内容から視線を逸らし続ける訳にもいかず、一応……本当に一応といった様子で、レイはその場にいる三人……エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ。
そして、ゾゾには気が付かれていないだろうが、小物によって隠された対のオーブからこの光景を見ているグリムに聞こえるように口を開く。
「グラン・ドラゴニア帝国。この国の名前を誰か知ってるか?」
ゾゾが異世界からやって来たと半ば確信しているレイだったが、それでも尋ねたレイの言葉に、当然のように三人は首を横に振る。
レイがそっと視線を対のオーブのある方に向けるが、そこでもグリムは首を横に振っていた。
「ゾゾ、ミレアーナ王国、ベスティア帝国、ギルムといった国名や街の名前に聞き覚えは?」
レイの言葉が石版に表示され、ゾゾはその文字を見てから何かを思い出そうとし……やがて首を横に振る。
『いえ、残念ながらどれも聞き覚えはありません。ギルムというのは、ここにいる間に教えて貰った名前で聞いていますが、ここに来る前には聞いたことはありません』
「……やっぱりか」
ゾゾの言葉は、レイの予想……異世界からの転移であるということを裏付けるには十分な証拠だった。
もっとも、別の大陸から転移してきたという可能性は、まだ消えた訳ではないのだが。
「それにしても……国だとは思っていたけど、随分と大仰な名前ね」
そう口にしたのは、ヴィヘラだ。
自分の生まれ育ったのがベスティア帝国である以上、グラン・ドラゴニア帝国という、同じ帝国制に少し興味が湧いたのだろう。
だが、その言葉はレイにとってあまり嬉しくないものでもあった。
ゾゾの素性については、取りあえず今は考えたくなかったというのが正直なところだったのだから。
今回の一件において、避けて通ることは出来ないと分かっている。
分かっているのだが、それでも第十三皇子という立場は、レイにとってあまり面白いものではない。
(せめてもの救いは、十三番目の皇子であるといったところか。これで、実は第一皇子だとかだったら、ちょっと洒落にならないことになったかもしれないが、第十三皇子ともなれば、ぶっちゃけ皇族として扱われるかどうかも微妙なところだろうし)
不幸中の幸いだった。
そんな風に思いつつ、それでも完全に安心することが出来ないのは、ゾゾがリザードマンだからだろう。
もしかしたらゾゾの国……グラン・ドラゴニア帝国においては、十三番目の皇子であってもかなりの影響力を持っている可能性は十分にあった。
「……ん? ちょっと待った。もしかして、ゾゾがこの前倒したリザードマンって、実はお偉いさんだったりするのか?」
ゾゾに対し、かなり上から目線で言葉を発していたように見えた存在。
であれば、やはり一定以上の地位がある者なのではないか。
そんなレイの言葉に、ゾゾは口を開く。
『あの者は、私の兄。第十一皇子のザザです』
「何があって、皇族が二人もリザードマンを率いて緑人達を攻撃してたんだ? 一応聞いておくが、ロロルノーラ達とお前達のグラン・ドラゴニア帝国の間では、戦争になっているとかそういうことがあるのか?」
折角話が通じるようになったのだから、何故ゾゾ達がロロルノーラ達を攻撃していたのかを尋ねる。
……皇族が二人もこのギルムにやってきており、それどころかその片方を縛り上げて馬車で運ぶといった真似をしたのだから。
(あ、縛り上げたって意味なら、ゾゾもか。ゾゾはすぐに俺に従ってロープを解いたけど)
そう考えると、ゾゾとザザという、この世界にやって来たグラン・ドラゴニア帝国の皇族二人を縛り上げるといった真似をしてしまったのだ。
ゾゾは自分に従っているので特に問題はないだろうが、ザザは明らかに自分に敵意を持っていた。
だとすれば、外交問題にもなりかねない。
(この世界にグラン・ドラゴニア帝国があれば、の話だが)
異世界から来た存在だと、既に確信を持っているレイだったが、だからと言ってそれを公に出来る訳もない。
そうなると、何故それが分かったのかと……
「あ、そうか」
レイの視線が一瞬対のオーブに向けられる。
冬の一件で目玉の討伐をグリムに手伝って貰った時、グリムを師匠ということにして説明した。
であれば、今回の一件も師匠から聞いたということにしてしまえば、それでいいのではないかと思ったのだ。
そもそもの話、ゾゾが持っている石版をどこから入手したのかといったことでも、師匠から借りたということにすれば面倒はない。
「そうだな、今回も師匠に頑張って貰うか」
「……師匠?」
レイの呟きに気が付いたヴィヘラに、それ以外の面々にも思いついた内容を説明する。
ゾゾは石版に書かれたグリムという名前や、それ以外にも色々と分からない事情に疑問を抱いたが、レイが説明しないのであればと、沈黙を保つ。
「ああ。ゾゾの持っている石版や、ゾゾ達が異世界から来た存在だというのを示すには、師匠の設定を使うのが一番だろ。目玉の時も空間の狭間から強制的に転移させるような真似をして貰ったし」
なるほど、と。
レイの説明を聞いた者――ゾゾ以外――は納得したように頷くが、そんな中でエレーナがすぐに口を開く。
「石版の件はそれでいいとしても、異世界からというのは……どうだろうな。今のところ明確な根拠や証拠の類もない以上、レイがそう感じているだけなのだろう? レイの言うことだから、私は信じてもいい。だが、客観的に見た場合は、やはり証拠が足りないだろう」
「そう、ね。エレーナの言いたいことも分かるわ。そうなると、異世界から来たと断言するのではなく、その可能性がある、とだけ匂わせておくのはどう?」
エレーナに続いて発せられたマリーナの言葉に、レイは若干思うところがない訳でもなかった。
だが、実際にゾゾ達が異世界からやって来た証拠を出せと言われれば、それはあくまでもレイの勘でしかないのも事実。
……ゾゾ達がミレアーナ王国やベスティア帝国を知らないというのも、別の大陸からやったきたからだと言われれば、それを否定は出来ないのだから。
「そうだな。……そうした方がいいか」
結局、レイもその意見に反対は出来ず、素直に頷くことになる。
「取りあえず可能性だけでも匂わせておけば、問題はないんじゃない? いざとなったら、あの時に自分はそう言ってましたって言えばいいんだし。それに、ダスカーならレイの言うことはそこまで無碍にしないと思うわ」
それは、子供の頃からダスカーを知っているからこその、マリーナの意見なのだろう。
もっとも、マリーナはダスカーの黒歴史とも呼ぶべきものを知っているので、いざとなったらそれを使うという最終手段も残されているのだが。
「なるほど。じゃあ、ダスカー様には明日にでもこの件を知らせるとして……次の問題だ。唯一にして、最大の問題」
そこで言葉を切ると、レイは改めてゾゾに視線を向けて口を開く。
「さっきも聞いたと思うけど、何でお前達はロロルノーラ達を攻撃してたんだ?」
それは、これからのことを思うと絶対に聞いておく必要があることだった。
何故なら、レイが見た限りではゾゾ達は例外なくロロルノーラ達を攻撃していたのだから。
これから先、ロロルノーラ達と仲良くして貰う必要があると考えているレイとしては、そのままにしておく訳にはいかない。
特にダスカーは、ゾゾ達リザードマンよりも植物を生長させる能力を持つ緑人達に強い期待を抱いている。
そうなると、これから先もゾゾ達がロロルノーラ達に攻撃をするような真似をした場合、ダスカーがどちらの味方をするのかは明らかだった。
ギルムの領主たるダスカーとしては、当然のようにギルムの利益になる方を助ける必要があるのだから。
『皇帝陛下からの命令によるものです。緑の者達の……』
「待った」
説明をしようとするゾゾの言葉を、レイは一旦止める。
どうしたのかといった視線を向けてくるゾゾに、レイは今の説明で疑問に思ったことを尋ねた。
「ロロルノーラ達の種族は何なんだ? こっちではその色から緑人って呼んでるんだけど」
『緑人、ですか。なるほど。……種族というのは、特に分かりませんね。昔から緑の者といった風に呼ばれていますが』
「緑の者……緑人と変わらないのか。ロロルノーラ達は自分達をどんな種族だと言ってるんだ?」
『特にこれといっては。自分達、私達、俺達、僕達、我ら……色々と言いますが、決まった呼び名はないようです』
「また、随分と……意外だな」
ゾゾの言葉に、レイは心の底から意外だといった様子で呟く。
レイにしてみれば、普通なら自分達を示す言葉……種族名の類はあるのだとばかり思っていたのだが。
『その辺りも、あの者達が皇帝陛下によって嫌われている理由なのでしょう』
「そういうものか?」
レイにしてみれば、自分達を示す言葉がないというのは正直どうかと思う。
だが、だからといって、それだけで一国の皇帝がそのような者達を弾圧するような真似をするのか? という疑問があった。
(まぁ、リザードマンの皇帝である以上、人間とは考え方が基本から違っていても、おかしくはないんだが)
実際に、ゾゾはレイから見ても色々と変わっている。……いや、負けた相手に従うというのは、そこまで珍しいものでもないのかもしないが、石版に表示される言葉は、明らかにレイから見ても違和感があった。
(やっぱり、石版としての効果がちょっとバグってるのか?)
最初にゾゾに石版を使わせた時も思ったが、どうしてもゾゾの言葉遣いが気になる。
レイが知っている……いや、思っていた言葉遣いは、とてもこのような丁寧なものではなかったのだから。
もしこの言葉遣いが間違っていないのなら、初めて会った時にも、このような言葉遣いで絡んで来たということにもなりかねず、そこには違和感しか存在しない。
(まぁ、その辺は後で考えればいいか)
そう思い直し、改めてゾゾに尋ねる。
「なら、明日ロロルノーラ達にも聞くけど、俺達がロロルノーラ達を緑人と呼ぶのは問題ないのか?」
『はい。それは問題ないかと』
あっさりとそう告げてくる様子を見れば、とてもではないが嘘を吐いているようには見えない。
だとすれば、やはりロロルノーラ達を緑人と呼ぶのは問題ないだろうと判断する。
「分かった。じゃあ、取りあえず緑人と呼ぶとして……緑人達が、植物を生長させる能力を持っているのは、知っているか?」
『知っています。その能力のおかげで、緑人達は色々と便利に使われてきましたから』
「だろうな」
植物を生長させる……それも魔法やマジックアイテムの類で無理矢理に生長させるのではなく、ダークエルフのマリーナ曰く、元気に、健康に生長させているのだ。
レイが考えるだけでも、緑人達がいれば便利になること、金儲けになるようなことは幾らでも考えられる。
もっとも、だとすれば何故グラン・ドラゴニア帝国の皇帝がロロルノーラ達を弾圧するような真似をしたのかというのが、気になるところではあるが。
(その辺は、明日にでもロロルノーラ達に聞いてみればいいか)
そう判断し、レイは次の話題に移る。
「それにしても、何で皇子ともあろう者が少人数を率いてロロルノーラ達を攻撃していたんだ? しかも、ゾゾ以外の皇子も」
何気なく聞いたが、それはレイにとって結構重要な質問だった。
実はグラン・ドラゴニア帝国と名乗っていても、そこまで規模が大きくない……使える戦力が少ないのではないかと、そう思った為だ。
いや、寧ろ小国だからこそ外部に侮られない為に……言ってみれば、半ば虚勢の意味もあり、そのように名乗っているという可能性も皆無ではない。
だが、レイのそんな予想――ある意味では希望的観測――は、次の瞬間に裏切られる。
『皇帝陛下が何を考えているのかは、私にも分かりません。ですが、私が戦いに参加していたのは、皇位継承権を持つ者は強き戦士でなければならないからです』
「……なるほど」
レイはその説明を聞き、ヴィヘラを見る。
ヴィヘラの父親たるベスティア帝国の皇帝も、強き者でなければ皇帝になる資格がないと考えるような性格をしており、半ば意図的に内乱が起こるのを許容し、寧ろそれを推奨すらした。
ゾゾの話を聞く限りでは、グラン・ドラゴニア帝国の皇帝も同じような感じなのだろう。
いや、ベスティア帝国の方は皇位継承者に直接的な武力を求められはしなかったが、グラン・ドラゴニア帝国ではゾゾを見れば分かる通り、直接的な強さを求められるという点で違いはあるのだろうが。
その後もゾゾから色々と話を聞きながら、時折興味深そうにしているグリムを落ち着かせるようにしつつ、夜はすぎていく。
尚、転移した理由そのものはゾゾも分からなかったというのは、レイにとってはかなりの誤算だった。
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