第2029話
「っと、じゃあ取りあえず伐採された木はこれで全部だ。また時間が経てばある程度持ってこれると思う」
そう言い、錬金術師に絡まれないうちにと、レイはセトと共にその建物の敷地内から出ていく。
トレントの森の木を伐採した後は、ここで錬金術師達によって魔法的な処理を受ける。
それにより、ただの木である筈のトレントの森の木は、建築資材として素晴らしい性能を持つにいたるのだ。
……いや、その辺に生えている木を同じように魔法的に処理しても、トレントの森の木のように立派な建築資材とはならないのだから、正確にはとてもではないがただの木とは呼べないだろう。
ともあれ、それだけの技量を持つ錬金術師達だが、その技量と共に癖が強いというか、自分の感情に素直というか……レイにとっては、あまり自分から関わり合いたいと思うような相手ではなかった。
特に今は、ロロルノーラやゾゾ達の一件がある。
それを考えれば、それこそロロルノーラやゾゾの爪や体毛を貰ってきてくれないかと、そのように要求される可能性は否定出来ない。
そのような面倒なことになるのは嫌なので、レイは素早く立ち去ったのだ。
「グルゥ?」
もう帰るの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、口を開く。
「そうだな。取りあえず出来るだけ早くトレントの森に戻った方がいいだろうな」
ここにいるのは、レイとセトだけで、他の面々の姿はない。
それこそ、レイに従っているゾゾの姿もここにはなかった。
トレントの森からギルムまでは、セトで移動するのと馬車か何かで地上を移動するのは大きな差がある。
その辺りの事情から、レイはゾゾをトレントの森に残して、空を飛ぶセトに乗ってギルムまで来たのだ。
当然のようにゾゾはレイに対して一緒に行きたいという意志を示したのだが、移動速度を考えたレイはそれを却下した。
それでも行きたいとゾゾは主張したのだが、レイに厳しく却下されれば、それに反論することは出来ず、結局大人しくその場で待つことを選ぶ。
そんなゾゾを待たせている以上、出来るだけ早くトレントの森まで戻る必要があった。
最悪の場合、ゾゾがレイを求めてギルムまで走ってやって来るという可能性も否定は出来ないのだから。
もっとも、ゾゾの走る速度は普通よりも速いかもしれないが、セトの空を飛ぶ速度とはとてもではないが比べられない。
そうなれば、当然のようにレイとゾゾは行き違うことになり、レイを求めたゾゾが面倒を起こしかねない。
一応ということで、ゾゾは本来なら街中でだけ付ける従魔の首飾りを付けたままだ。
ゾゾの特殊性やレイにテイムされたということを知らない相手にゾゾが攻撃されない為の措置だった。
「グルルルゥ」
すぐに戻るというレイの言葉に、セトは残念そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、出来ればどこかの屋台にでも寄って食事をしたかったのだろう。
「ちょっと、セトちゃんもお腹が空いてるんだから、少しくらいどこかのお店に寄っていってもいいんじゃない?」
セトと共にその場を立ち去ろうとしたレイだったが、不意に聞こえてきた聞き覚えのある声に視線を向ける。
すると、そこには予想通りの人物の姿があった。
「ミレイヌ、仕事はいいのか?」
「私は今日は休みよ。……長い仕事から帰ってきたんだから、纏まった休みは必要なのよ」
若干言い訳がましく付け加えたミレイヌだったが、セトに自分が仕事をしないで遊んでいるような女に見られたくないと、そう思ったが故の行動だろう。
とはいえ、その言葉は決して間違っている訳ではない。
ミレイヌは、ギルムから遠く離れた国までギルムの人員の護衛という仕事をこなしたのだ。
それこそ、雪が降っていて途中で足止めされたことを考えても数ヶ月単位の仕事。
それだけの仕事を終わらせたのだから、ある程度の纏まった休みを取るというのは何もおかしな話ではない。
「それで、休みだからセトと遊びに来た訳だ」
「正解。いやぁ、ギルドの前で会った時は、セトちゃんと思う存分遊べなかったからね。だから、今日はと思って来たんだけど……駄目、みたいね」
「そうなるな。これからトレントの森まで行かないといけないし。……というか、セトを探していたとはいえ、よくここを見つけたな」
ミレイヌの執念恐るべし、とレイはしみじみと思う。
実際、ここは普通ならミレイヌが好んでくるような場所ではない。
トレントの森で伐採した木を魔法的に処理する場所ではあるが、その一件に関係のない者にしてみれば、わざわざここまで来るような必要は、殆どない。
そんな場所にも関わらず、ミレイヌはセトを求めてここまでやって来たのだから、それには驚くなという方が無理だろう。
(何か、変なマジックアイテムとか使ってないよな? ……ミレイヌなら、今回の護衛の依頼で得た報酬の大半をセトレーダー的なマジックアイテムを作るのに使っても不思議じゃないしな)
実際、ミレイヌは以前セトに貢ぎすぎて金が足りなくなり、仲間に強引に依頼に引っ張られていった……といった過去がある。
ギルムにいる若手の冒険者の中でもトップクラスの実力と知名度を持つにも関わらず、だ。
前例があるだけに、そのようなマジックアイテムに金を注ぎ込んでも不思議ではなかった。
「何? セトちゃんに何か屋台ででも買ってあげる気になった?」
「いや、俺の話を聞いてたか? ……聞いてないか」
明らかに、ミレイヌはレイが先程尋ねた、ここが分かった理由については全く聞いている様子はなかった。
聞き流していたのか、それとも本当に聞こえていなかったのか。
その理由はともあれ、今のミレイヌはとてもではないが腕利きの冒険者には思えない。
(まぁ、休暇中だって話だから、それでもいいんだろうけど。……屋台にでも寄っていくか? たしか、ここに来るまでのところに焼きうどんの屋台があったし。……ゾゾの件を考えると、あまり時間は取れないけど)
焼きうどんと考え、レイは自分も若干空腹気味なのに気が付く。
「あまり時間は取れないけど、ちょっと屋台に寄っていくか。ミレイヌも来るんだろ?」
「当然でしょ」
先程はレイの言葉を聞き流していたのだが、セトに関することであればしっかりと聞き取ることが出来るミレイヌは、即座にそう返事をする。
そんなミレイヌの様子に若干の呆れを抱きつつも、レイはセトとミレイヌを連れて屋台に向かい……歩いて十分もしないうちに、その屋台が見えてくる。
屋台の店主は、やって来たのがレイとセトだと知ると、嬉しそうな笑みを浮かべて口を開く。
……ミレイヌも美女と呼ばれてもおかしくないのだが、屋台の店主としてはレイとセト……より正確には料理を大量に買ってくれるだろうレイがいる方が嬉しかったのだろう。
「いらっしゃい。うちの焼きうどんは、最近流行っている作り方の奴だから、美味いよ」
「え? 焼きうどんの作り方に流行とかそういうのがあるの?」
ミレイヌは意外といった様子で屋台の店主に尋ねる。
最近ギルムに戻ってきたばかりのミレイヌは、その辺りの事情については知らなかったのだろう。
だが、レイはその流行の作り方というのを分かっていた。
それは、以前マリーナの家に庭に招いた屋台の店主が作っていた、うどんだけをしっかりと焼いて、酒を使って蒸して、味付けをしてから野菜に混ぜて……という作り方だったのだから。
出来上がった料理の外見そのものは、普通の焼きうどんとそう変わりはない。
だが、実際にその焼きうどんを食べてみれば、普通の焼きうどんよりも一段階……場合によってはそれ以上に味の違いがある。
それは、この作り方を考えた店主の屋台があれだけ繁盛していたのを見れば明らかだろう。
そして焼きうどんの作り方というのは、見ていれば同じように出来る。
特に今回の件は、何か特別な調理法を……それこそ、修行に何年かかるといったような調理法している訳ではないのだから。
また、その屋台の店主も焼きうどんの美味い店が多くなるのならということで、聞けば調理法を特に隠しもせずに教えていたので、当然のようにその調理法は焼きうどんを出している多くの店に広がった。
「あるんだよ。まぁ、食べてみれば分かるから」
レイの言葉に、店主はニヤリとした笑みを浮かべて焼きうどんの準備を始める。
茹で上がった麺の水を切り、鉄板の上に広げたところで麺をそのままに肉と野菜を炒め始めたのを見て、ミレイヌが驚いた様子を見せる。
それからの調理も、普通に焼きうどんを作るのとは色々と違っていたこともあり、それを見る度にミレイヌが驚き、感心していた。
そうして出来上がった焼きうどんを皿に盛ってもらい、それをフォークで食べると……
「美味しい」
ミレイヌの口から出たのは、その一言だけ。
ギルムに住んでいるのだから、当然ミレイヌも今まで焼きうどんは食べたことがある。
だが、以前食べた焼きうどんと、今食べた焼きうどんでは、明らかに違った。
「だろ? まぁ、普通の焼きうどんよりは作るのに手間が掛かるから、客が多くなると結構大変なんだけどな。……セトも、喜んでくれたみたいだな」
地面に置いた皿の上に盛られている焼きうどんを食べるセトは、嬉しそうに喉を鳴らしており、美味いと思っているのは明らかだった。
結局レイはその屋台で焼きうどんを大量に買う。
当然焼きうどんだけでは食べる時に困るので、皿の代金もだ。
屋台の店主にとってはそうなってくれればいいと思ってはいたが、それでも予想外の売り上げだったらしく、嬉しい悲鳴を上げていた。そして……
「じゃあ、セトちゃん。この辺でお別れね。……愛する二人が運命によって引き裂かれる……まさに、これは試練!」
「いや、そこまで大袈裟なものでもないだろ」
セトは一匹じゃないのか? という突っ込みは、レイもしない。
そのような突っ込みをすれば、間違いなくミレイヌが反発するだろうと理解していた為だ。
また、別にミレイヌのその言葉でレイが何か被害を受ける訳でもないというのも大きかった。
「グルルゥ」
またね、とミレイヌに対して喉を鳴らすセト。
レイにしてみれば、ミレイヌの態度は少々大袈裟なようにも思えるが、セトにしてみればミレイヌは自分と遊んでくれる相手なので、特に不満を持ったりはしていない。
これでミレイヌがレイを蔑ろにしたりすれば、セトもミレイヌに対してここまで懐くこともなかっただろう。……まぁ、時々レイの言葉を聞き流したりはしていたが。
だが、ミレイヌがレイを蔑ろにするようなことはない。
「レイも、色々と危険でしょうけど気をつけてね」
そう告げるミレイヌの言葉は、レイが現在関わっている一件……ロロルノーラやゾゾ達について言ってるように思えた。
もっとも、レイがテイムしたゾゾを引き連れて、領主の館に向かったのは、多くの者が見ている。
それだけに、当然のようにその辺りが噂になっていてもおかしくはないし、その噂がミレイヌの耳に入っていてもおかしくはなかった。
「ああ。今度機会があったら、セトの仲間を紹介するよ」
一応表向きの設定では、セトもレイがテイムをしたということになっているし、ゾゾもまたレイが力を見せてテイムしたという扱いになっている。
実際にテイムというのは、テイマーによってそのやり方が千差万別である以上、それも立派なテイムの方法と言われれば、皆が納得するしか出来なかったが。
ゾゾの場合は、その高い知性からテイムされたというよりは、自分に勝ったレイに忠誠を誓っている……というのが実際のところであるのは間違いない。
とはいえ、それは知らない者にしてみれば分かる筈もなく、やはりテイムであると示しておくのが手っ取り早いのは事実だった。
……もしゾゾが言葉を覚え、テイムされてたと言われれば、気分を悪くするかもしれないが。
「そう? まぁ、セトちゃんの後輩だと思えば……」
返ってきたミレイヌの言葉は、そこまで嬉しそうなものではない。
ミレイヌの愛情は、セトという存在に向けられている為だろう。
また、グリフォンとは戦ったことがないが、リザードマンとは戦ったことがある……というのも、大きいかもしれない。
(その辺は、実際に会わせてみてから考える必要があるだろうな)
そのように思いつつ、レイはセトとの別れを惜しんでいるミレイヌと分かれ、ギルムを出る。
内心で、ミレイヌが自分と一緒にトレントの森まで行くと言わなかったことに安堵しながら。
その後は、いつものようにセトの背に乗って数分と掛からずにトレントの森に到着したのだが……
「いやまぁ、うん。まぁ……そうなる可能性はあると思ってた」
トレントの森に到着したレイが見たのは、恐らくは新たに転移してきたと思われる、緑の亜人達の姿だった。
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