第2027話

「また、随分と豪華な護衛だな」


 トレントの森にやって来たレイは、周囲にいる樵の護衛……正確には、また何者かが転移してきた時に対処する為の者達を見ながら呟く。

 レイを始めとして、エレーナ、アーラ、ヴィヘラ、マリーナという、ビューネ以外のいつもの面々に加えて、セト、イエロ、ゾゾ。

 レイの関係者だけでこれだけの人数がおり、それ以外にもギルドから派遣されてきたランクB冒険者が数人に、ダスカーの指示でやって来た騎士も数人。

 それ以外にもいつものように樵の護衛兼助手といった形で働く為の冒険者達の姿もある。

 冒険者の中には、この過剰戦力は何だと言いたげな者もいる。

 昨日は違う仕事をしており、事情を知らない者達だろう。

 それに比べると、樵達の方は全員が昨日と同じ面子であるので、混乱している様子はない。

 見るからに腕利きの者が多いことで、若干戸惑っている様子を見せている者もいるが。


「今回の一件の重大さを思えば、それも当然だろう」

「……しれっとした様子でいつの間にかついてきてるけど、エレーナは本当にここにいてもいいのか? 貴族派の貴族とかにしてみれば、エレーナがこっちにいるのは許容出来ないんじゃないか?」


 姫将軍の異名を持ち、貴族派の象徴とでも呼ぶべき人物がエレーナだ。

 そのような人物がこのような場所にいるというのは、外聞が悪いと騒がれる可能性は十分にあった。

 だが、そんなレイの言葉に、エレーナは心配はいらないと首を横に振る。


「今回の一件は、少しでも早く情報を集める必要がある。実際……」


 そこで一旦言葉を切ったエレーナは、集まっている冒険者のうちの何人かに視線を向ける。

 そんなエレーナの視線が向けられた者は、視線があったと顔を赤くして嬉しがる者もいれば、そっと視線を逸らす者もいる。


「国王派、貴族派、そして恐らくは中立派の貴族の息が掛かっている者も、この中にはいるだろうな。少しでも情報を欲して」

「……そういうものか?」


 エレーナの言葉にそう告げるレイだったが、考えてみればダスカーを通しての情報ではなく、自分達で集めた情報を欲するというのは、そうおかしな話ではない。

 特に国王派は、冬に起きた目玉の一件で明確に敵対派閥という風に認識され始めている。

 実際には、国王派の中にも多くの集団が存在し、その中の一つがやったということらしいのだが……それでも、国王派は国王派なのに間違いはない。


「そうだ。それより、早いところ木の伐採を始めた方がいいのではないか? 昨日は早めに仕事が終わってしまったのだし」


 そんなエレーナの言葉が聞こえたのだろう。樵達は、商売道具の斧を持ってトレントの森に入っていく。

 今まで結構な数の木を伐採したのだが、それでもまだかなりの広さが残っている。

 セトに乗って上空から見れば、このトレントの森も伐採を続けたことにより随分と歪んだ姿になってはいるのだが、地上にいてはその辺はなかなか分かりにくい。


「さて、じゃあ俺達も仕事をするか」


 レイの言葉に、樵以外の者達もそれぞれ自分の仕事を始める。

 樵の手伝いをしたり、トレントの森に近づいてくるモンスターがいないか見回りをしたり、ロロルノーラやゾゾ達のように転移してくるような相手がいないかと周囲を警戒したりし。

 とはいえ、前二つはともかく、転移を警戒するというのは非常に暇だ。

 何しろ、いつ転移してくるのか分からない以上、ずっと気を張っている訳にもいかない。

 集中力というのは、どうしてもそこまで長くは続かないのだから。

 そういう意味で、レイ達は適度に気を抜くという方法に長けていた。

 今まで色々なトラブルに巻き込まれてきたことが多数あり、だからこそ緊張感を保ちながら気を抜くといった行為には慣れているのだろう。


「このままこうしていても何だし、ゾゾに言葉を教えるか?」


 ふと、レイの口から出た言葉に、ゾゾは視線を向ける。

 レイが何を言ってるのかは分からないが、ぞれでも自分の名前を呼ばれたのは理解出来た為だ。


「ここで勉強するの?」

「だってやることがないだろ? それに、ロロルノーラを含めた緑の亜人達や、ゾゾ以外のリザードマン達は、こうしている今も勉強をしてるんだぞ? なのに、ゾゾだけが勉強をしないで俺達と一緒に行動するとなれば、ゾゾだけが俺達と会話が出来ないままになるし」

「それは……」


 レイの言葉に、マリーナは反論出来ずに黙り込む。

 実際、出来ればゾゾには自分達の言葉を理解して欲しいとは思う。

 だが、ゾゾがレイの側から離れる筈もなく、レイは増築工事では手放せない戦力だ。

 そうなると、ゾゾに言葉を教えることが出来るのは、いつもゾゾと一緒にいるレイが相応しいとなる。

 ……ゾゾにしてみれば、自分が仕えるべき相手の手を煩わせるといったことをするのは気が引けるだろうが、実際問題言葉が通じないというのは非常に不便なのだ。

 簡単な意思疎通程度であれば身振り手振りで出来るのだが、それが複雑なこととなれば、意思疎通をするのは非常に難しくなる。

 そうである以上、ゾゾがレイと一緒に行動をするのであれば、どうしても言葉を覚えて貰う必要があった。


「そんな訳で、俺がお前に言葉を教えることになる。……レイ」

「レイ」


 レイの名前は昨日教えており、何よりゾゾが仕えるべき相手なだけに、間違える筈がない。

 そんなゾゾの様子にレイは頷き、次にゾゾを指さす。


「ゾゾ」

「ゾゾ」


 こちらもまた、自分の名前である為に、特に間違う様子もなく呟く。

 レイもここまでは特に驚くようなことはなく、次に誰の名前を呼ばせるかと迷い……ヴィヘラを見る。

 正直なところ、ヴィヘラという名前の発音はゾゾには難しいようにも思えるが、今日の朝食前の模擬戦で自分に勝ったということで、覚えやすいのではないかと思ったからだ。

 本当ならエレーナかイエロにしようかとも思ったのだが、ゾゾのエレーナとイエロに対する態度を考えると、それこそ名前を呼ぶのも恐れ多いと言いかねない。

 そういう意味では、自分と模擬戦を行い、そして勝ったヴィヘラという人物は丁度良かった。


「ヴィヘラ」

「ビゲナ」

「惜しい。ちょっと違う。ヴィ・ヘ・ラ」

「ヴィへら」

「うーん……発音はいいんだが、最後が何だか微妙に違うな。もう一度だ。ヴィ・ヘ・ラ」


 そう言うレイの言葉に何とかヴィヘラと口にしようとするが、どうしてもどこか違和感のある発音になる。


(そもそも、リザードマンと人間なんだから、発声器官とかが違うのか? いや、でも俺の名前は普通に言えてるから、そういうことはないと思うんだが)


 何度かヴィヘラの名前を呼び続け、いつの間にか周囲にいる者達がそんなゾゾに注目していた。

 ゾゾがリザードマン……それも昨日ここに転移してきたリザードマンという事情を知っている者、知らない者。

 その両方がゾゾに注目していたのだ。

 リザードマンをテイムしているというだけで、珍しく注目を集めてもおかしくはなかったが。

 とはいえ、そのリザードマンをテイムしたのがセトをテイムしたレイであると知れば、納得する者も多かったのだが。そして……


「ヴィヘラ」

『おおお』


 十分程の練習の末に、ようやくゾゾがヴィヘラの名前を綺麗に発音することに成功する。

 ゾゾはヴィヘラの名前を上手く呼ぶことに集中していた為か、まさか自分がこれだけ見られているとは思っていなかったのだろう。

 珍しく、戸惑ったように周囲に視線を向ける。


「ゾゾ、周囲は取りあえず放っておけ。今はまず、お前の勉強だ。……って言っても、理解は出来ないのか」


 ゾゾに注意するレイだったが、言葉が分からない以上は自分が注意されているというのは分からない。

 それでもゾゾという名前を呼んだことで、レイの方を見ることは出来た。


「次だ。次は……マリーナ。マ・リー・ナ」


 マリーナの方を指さしながら、そう言うレイ。

 ゾゾも、二度目なので特に緊張した様子も見せずにその言葉を練習する。


「ビャビージャ」

「マ・リー・ナ」


 ヴィヘラの時と同様に、何度も告げ……そうして、今度は数分後にはマリーナの名前を正確に発音することに成功する。

 次にセトの名前を口にし、こちらは二文字だったおかげでマリーナの名前よりも更に早く覚えることに成功した。

 アーラの方も若干手間取ったが、数分で正確に発音出来た。


(もしかして、ゾゾって頭もいいのか? いやまぁ、リザードマンの希少種か上位種と思われる存在だし、そうであってもおかしくはないんだけど)


 頭の悪い奴が他のリザードマン達を従えられる訳もないだろうと判断し、レイは次に誰の名前を……と考え、残っているのがエレーナとイエロしかいないことに気が付く。

 あるいは、他の冒険者や騎士といった面々の名前でもよかったのだが、少し考えた末にレイが指さしたのは木だった。

 元々言葉を教えるのだから、名前以外も教えた方がいいだろうと判断しての行動。


「木」

「キ?」

「おお、慣れてきたのか一発で言えたじゃないか。じゃあ、次だ」


 草、空、太陽、雲、土……手当たり次第、次々とゾゾに練習させていくレイ。

 ゾゾも最初は戸惑っていたものの、次第にスムーズに言葉を発音出来るようになってくる。

 レイは気が付いていなかったが、ゾゾは昨日からレイと一緒に行動して、レイが他の面々と話をしているのを何度となく聞いている。

 そして必死にその言葉を理解しようとしていたのだから、ある意味で予習していたようなものだった。

 その予習の結果が今こうして出ており、だからこそ急速に言葉を覚え始めていた。


「うん、単語はこれでいいとして……次はどうすればいいんだ?」


 レイも、誰かに言葉を教えるなどといったことをしたことはない。

 日本にいる時に学校で英語の勉強はしたが、英語がそこまで得意ではないレイとしては、それをどうやって教えればいいのか迷ってしまう。


「ゾゾは結構頭がいいみたいだから、単語さえ教えてしまえば、後はゾゾの方で話せるようになるんじゃない?」


 気楽な様子で呟くヴィヘラだが、実際にこの場で出来る言葉の勉強で、すぐに思いつくのはそれくらいしかない。

 であれば、ゾゾにはその辺については任せるしか出来ないというのも事実であり、レイは頷く。


「分かった。取りあえずそれでやってみよう。……ゾゾ、俺達の話を聞いて、出来るだけ早く会話出来るようになってくれ。これからも単語は教えていくから」


 ゾゾは自分の名前が出て来たことで、自分についての話だと理解したのだろう。

 レイが正確には何を言っているのかは分からなかったが、これまでの流れから自分に言葉を教えているというのは分かった以上、一礼をして了承の意を示す。

 そんなゾゾの様子から、今の時点でもある程度はこちらの意志を理解していると知り、レイは安堵した様子を見せた。


「とはいえ、改めて何か会話をしろって言われても困るか」

「そう? 話をしているだけなら、そこまで大変でもないでしょ」


 マリーナのその言葉に、レイはそうか? と疑問に思う。

 普通にしていれば話す内容とかには特に困ることもないが、改めて何かを言えと言われると、レイも困ってしまうのは間違いない。


「そうね。なら、ロロルノーラ達のことについて話してみる、とか? ちょうどこの辺りでのことだし」


 マリーナの提案に従い、レイ達はロロルノーラを含む、緑の亜人達についての話を始める。


「何が驚いたかって、やっぱりその外見よね。私も冒険者として今まで色々な場所にいって、色々な相手を見てきたけど、皮膚までが完全に緑という亜人は初めてみたわ。それに、血の色も緑なんでしょ?」

「ああ。……まぁ、ロロルノーラ達は、それだけ緑に……自然に愛された者達なのかもしれないな。実際に植物を生長させるという能力を持っているし」

「そのおかげで、ダスカーが匿うつもりになったんだから、運が良いのか悪いのか分からないわね」

「どうだなろうな。俺から見れば、十分運が良いように思えるけど」


 レイは、誤魔化しでも何でもなく、心の底からそう思っていた。

 何しろ、もしダスカーがロロルノーラ達を保護しないとなれば、場合によってはモンスター扱いされていた可能性も否定は出来ないのだから。

 いや、もっと最悪な場合は、奴隷商人に捕らえられるなりなんなりして、奴隷になっていたという可能性もある。


(とはいえ、奴隷の首輪が効果を発揮するとは限らないんだが。……いや、やっぱり普通に効果が発揮するか? ポーションとかも普通に使えていたし)


 レイはロロルノーラやゾゾ達が最善の……とは言えないかもしれないが、それでも最悪の結末にならなかったことに安堵しながら、ゾゾに聞かせる為の会話を続けるのだった。

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