第2025話

 模擬戦終了後、丁度その頃になればマリーナやエレーナ、アーラといった面々も起きてきて、全員で朝食をということになったのだが……


「ふむ。ならば、ゾゾの強さはビューネ以上、ヴィヘラ未満といったところか」


 野菜のスープを味わった後で、エレーナがそう呟く。

 だが、それで強さを図るというのは少し無理があった。

 ビューネはこの年齢にしてはかなりの強さを持つが、それでも別に最強という訳ではないし、何より上には上がいる。

 そして、ヴィヘラはそんな中でも間違いなくかなり上位に位置する存在であり、そんな二人の間の強さとなれば、範囲が広すぎた。


「なら、そうね。……アーラもゾゾと戦ってみたら?」


 マリーナのその言葉に、食事をしていた全員の視線がアーラに向けられる。

 レイの後ろで待機していたゾゾも、自分の名前が出たからだろう。皆が視線を向けたアーラを見る。

 そして全員から見られたアーラは、戸惑ったように口を開く。


「え? 私ですか?」

「そうなるか」


 アーラは驚きの声を上げるが、それに対してエレーナは納得したように頷く。

 実際、この場にいる者の中でビューネと一番実力の近い相手となれば、それはアーラだ。

 レイ、エレーナ、ヴィヘラの三人は、それこそギルム全体で見ても突出した力を持っている。

 マリーナは弓と精霊魔法を武器としている以上、模擬戦にはあまり向かない。

 もっとも、やろうと思えば当然のようにかなりの強さを発揮するし。それこそゾゾを相手にしても十分勝てるだけの実力を持っているのは間違いないが。


「とはいえ、もし模擬戦をやるにしても、それは今夜だろうな。これを食べ終わったら、俺はゾゾを連れて領主の館に顔を出す必要があるし」


 ゾゾ以外のリザードマンが、昨日何かしでかさなかったか。

 ロロルノーラ達との意思疎通が出来るようになったか。

 それ以外にも、トレントの森はどうするのかといったように、聞くべきことは幾らでもあった。

 もっとも、トレントの森で伐採された木は、現在増築工事を行っているギルムでは、幾らあっても足りない。

 そうである以上、多少の危険はあれど樵による伐採を中断するということはまずないと思ってもよかったが。


(考えられるとすれば、護衛の冒険者を増やすことだろうな。……数だけじゃなくて、質も)


 今まで……昨日までは、トレントの森で働いている樵の護衛という仕事は、冒険者の中でもあまり実力が高くない者達が主に受けていた。

 だが、ロロルノーラやゾゾ達の一件があった以上、当然のように何かがあった時にきちんと対処出来る人材を派遣する必要が出て来るだろう。


「そうね。私も今日は領主の館に行って情報を聞きたいところだわ。……ワーカーに聞いてもいいんでしょうけど」


 マリーナが、自分の後釜としてギルドマスターになった者の名前を口にするが、その言葉に本気の色はない。

 領主の館同様に、ギルドの方でも今回の一件で色々と忙しくしているのが分かっているからだろう。

 ……もっとも、そういう意味では直接ロロルノーラやリザードマン達を匿っている領主の館の方が、忙しいのだろうが。

 だが、マリーナとしてはレイから話を聞いた、緑の亜人という存在に会ってみたいという思いが強かった。

 森の中で暮らすことが多い――マリーナのような例外もいるが――ダークエルフとして、特に何かの能力を使うでもなく、それこそ普通に食事代わりに植物を生長させるといった力を持つ緑の亜人に興味を抱くなという方が無理だった。

 そんなマリーナの思惑は分からなかったが、取り合えず大変なダスカーの様子を見に行き、本当に手に負えないようなら何らかの手助けをするのだろうと判断し、レイは頷く。


「では、私も一緒に行かせて貰おうか。昨日は貴族達から色々と話を聞いたが、出来ればダスカー殿からもしっかりと事情を聞きたいし」


 エレーナがそう言えば、当然アーラもそれに付き合うと口にし……


「勿論、私も行くわよ。出来れば、トレントの森に行きたいし」


 ヴィヘラも当然のように自分も行くと言う。


「ん!」


 ビューネもまた、ヴィヘラの言葉に自分も行くと声を出す。

 だが、そんなビューネに対し、ヴィヘラは複雑そうな表情を浮かべる。


「ビューネも行きたいのは分かるけど、トレントの森に行くのは、実力的に無理よ? なら、最初からいつもの依頼を受けた方がいいんじゃない?」


 これが普通の時であれば、ヴィヘラもこのようなことは言わないだろう。

 だが、ゾゾと模擬戦をして、その実力がどれくらいのものであるのかを知ってしまえば、ビューネをトレントの森に連れていくという選択肢は存在しない。

 ゾゾは確かにヴィヘラよりは弱いが、それでもビューネでは絶対に勝てないだけの実力を持っている。

 そんな存在が、転移というどこに出て来るのか分からないような手段で出て来るとなると、万が一を心配するのは当然だった。


「……ん」


 ヴィヘラの言葉に、若干不満そうな声を出すビューネ。

 表情は変わっていないが、その声を聞けば不満そうな様子は明らかだ。

 とはいえ、ヴィヘラの性格を考えれば、ここで無理を言っても絶対に聞いて貰えないのは確実だ。

 ビューネもそれを理解しているのか、不満そうな様子を見せても、それ以上無茶は言わない。


「じゃあ、これで今日の全員の予定は決まりね。……ゾゾは当然レイと一緒に行動するんでしょ?」

「俺のテイムモンスターっていう扱いだしな。正直なところ、ここまで高い知性のあるモンスターをテイムモンスター扱いにするのは、あまり気が進まないんだけど」


 ヴィヘラの言葉にそう言うレイだったが、ヴィヘラに……いや、それ以外の全員から呆れの視線を向けられてしまう。

 それこそ、普段であれば滅多に表情を変えることのないビューネですら、見て分かる程に呆れの表情を浮かべているのだから、どれだけ呆れの視線を向けられているのか分かりやすい。


「あのね、レイ。一応言っておくけど、セトだって十分に賢いわよ? 完全に私達の言葉を分かってるし。……まぁ、グリフォンなんだから当然だけど。とにかく、そのグリフォンをテイムしているのに、リザードマンをテイムしないってのは……」

「セト?」

「グルゥ?」


 レイがセトの名前を呟くと、呼んだ? 肉と野菜がたっぷり入った煮込み料理を食べていたセトが、喉を鳴らしながら顔を上げる。

 非常に愛らしい様子のセトだが、そんなセトでも高い知性を持っているのは明らかなのだ。

 とはいえ、セトの場合は正式にはテイムしたのではなく、魔獣術によってレイから生み出された存在であり、だからこそレイは今までその辺を特に気にしてはこなかった。


「あー……うん。そうだな。ただ、ほら。セトは俺が小さい頃から育てて、それでテイムしたからな。一緒にいるのが当たり前になってしまってるんだよ」


 この場には魔獣術について知らないアーラとビューネの二人がいるので、取りあえず表向きの設定を思い出しながら、そう誤魔化す。

 取りあえずその説明を聞いて全員が納得の表情を浮かべ……朝食の時間はすぎていくのだった。






「うん、やっぱり目立ってるな」


 周囲から向けられる視線に、どこか懐かしい……それこそ、初めてギルムに来た時のようなものを感じて呟くレイ。

 その原因は、言うまでもなくゾゾ。

 普通のリザードマンよりも大きく、リザードマンを知っている者にしてみれば上位種や希少種であると認識されてもおかしくはない存在。

 知らない者にとっても、ゾゾの持つ迫力はかなり圧倒的なものがある。

 それでも騒動にならないのは、ゾゾの首に従魔の首飾りが掛かっているからだろう。

 また、そのゾゾを従えているのがセトをテイムしたレイだから、というのも大きい。

 実際にはレイ以外にもエレーナ達が一緒にいるのだが、そんな中でもやはりゾゾをテイムしたと思われるのがレイであると認識されているのは、普段からの行いが影響していた。


「そうね。でも、セトの件もあるし、時間が経てば慣れるわよ。だから、今回は歩いて領主の館に向かっている、というのもあるんだし」


 マリーナのその言葉に、何故馬車ではなく歩いての移動になったのかを理解し、レイはなるほどと納得する。

 レイがゾゾをテイムしたという事実を、少しでも多くの者達に見せて、知らせる為なのだと。

 そして、ゾゾがレイに忠実で、その意志に逆らって暴れるといったことがないのも、知らせる必要があった。

 とはいえ、実際にはゾゾはレイの言葉を理解出来ない以上、いざという時はゾゾを力で止める必要があるのだが。


「もっとも……ゾゾの外見はとてもではないけど可愛らしいとは言えないから、セトのように人気者になるということはないでしょうけど」

「だろうな」


 その言葉にも、レイは納得する。

 愛らしいという言葉が似合うセトとは違い、ゾゾにそのような言葉は似合わない。

 そうである以上、ゾゾがギルムでセトのような人気を得ることが出来るかと言われれば、素直に頷くことは出来ないだろう。


(けど、日本にいた時も爬虫類が好きでペットにするって人はいたんだし、この世界でもそういう人がいれば、ゾゾを気に入るとは思うんだけど。……よく見ると、可愛いんじゃなくて、格好良いし)


 レイは爬虫類の類はそんなに好きではなかったが、世の中には爬虫類愛好家という存在がいるのを知っている。

 だからこそ、このエルジィンにおいてもゾゾを好むという者はいるのではないか。

 そう思っても当然だろう。


「だが……ゾゾがいるからか、いつもならセトを撫でに来る者がいないのは、少し寂しいな」

「エレーナの言いたいことも分かるけど、それも多分今のうちだけよ? ゾゾの存在に慣れれば、きっと今まで通りになるでしょうし」


 ヴィヘラの言葉に、エレーナはゾゾを見てそうか? と思う。

 そんなエレーナの視線を感じたのか、ゾゾは一瞬身体に力が入り……見て分かる程に緊張した様子を見せる。

 ゾゾにしてみれば、エレーナはエンシェントドラゴンの魔石を継承した存在であり、イエロの存在もあってそれこそ敬うべき相手だ。

 それこそ、もしレイと会う前にエレーナと会っていれば、そちらに従うという判断をしてもおかしくはない程に。

 とはいえ、最初に会ったのがレイであったからこそ、こうしてエレーナに会うといったことが出来たのだ。

 レイに従うという判断をした自分に、ゾゾは決して不満を抱いたりはしていない。


「ゾゾの一件は、ヴィヘラが言う通り少しずつ慣れさせることしか出来ないでしょうね。ギルムの住人なら、それこそ近いうちに慣れるでしょ」


 そう告げるマリーナの言葉には、説得力があった。

 別にヴィヘラは、小さい頃からギルムに住んでいた訳でもなく、ギルムに住むようになってからは数年しか経っていない。

 それでも、やはりギルムという場所に対して色々と思うところがあるのだろう。


「だといいんだけどな。……っと、ちょっと待っててくれ」


 歩いている途中で、レイはセトと共に近くの串焼きを売っている屋台に向かう。

 その店主は、常連のレイに笑みを浮かべ……だが、レイが動いたことで当然ながらその後を追ったゾゾを見て、一瞬驚きの表情を浮かべる。

 だが、すぐに笑みを浮かべると、いつものようにレイに話し掛けた。


「いらっしゃい、レイ。今日は珍しい連れがいるな」

「ああ。俺の……まぁ、新しい従魔となったっぽい? そんな感じのゾゾだ。頭のいいリザードマンだから、意味もなく暴れたりはしないから安心してくれ」


 そうレイが言えば、屋台の店主はすぐに頷いて焼いていた串焼きをレイに差し出す。


「それで、今日は何本だい?」

「あー、そうだな。取りあえず……いや、その前に一応聞いておくけど、この串焼きってオークの串焼きだよな?」

「そうだよ」


 串焼きの中にはリザードマンの肉を使っている串焼きもあるので、一応ということで尋ねてみたのだが……幸いにも、この串焼きは全てがオークの串焼きだと知り、レイは安堵する。


(ゾゾが人気になったりすれば、リザードマンの肉とかを使った料理とかは少なくなりそうだな。……いや、そうでもないか?)


 そんな風に思いながら、レイは串焼きの料金を支払ってそのうちの一本をゾゾに渡す。

 ゾゾは、それこそ宝でも貰ったかのようにその串焼きを受け取り、口に運ぶ。


(この辺も、俺と一緒にいるのなら慣れていかないとな)


 今は串焼きをこうして一緒に食べているのだが、昨日の夕食や今日の朝食では、レイと一緒のテーブルで食べるのを最後まで拒み、結局レイ達の食事が終わった後で、ゾゾだけが別に食事をするといったことになっていた。

 そう考えれば、ゾゾのレイへの態度をどうにかしないと、色々と面倒なことになりそうなのは確実だろう。

 その辺りを説明する為にも、出来るだけ早く言葉を覚えて貰わないとと思いつつ、レイは領主の館に向かうのだった。

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