第2010話
眩く光った空間の波紋。
そこから何が出て来るのか分からず、レイとセトはいつでも迎撃出来るように準備をしていた。
背後にいるのは、樵達とそれを守る冒険者。
ただし、その冒険者達はほぼ全てがそこまでの強さを持たない相手である以上、空間の波紋から出て来る敵が強大な敵であれば足手纏いになり、被害が出る。
一応トレントの森関係の仕事をしていたということで、多少なりとも好意を抱いていただけに、そちらに被害が出るのは出来れば避けたかった。
そう思いながら意識を高め、目を眩ます光の中でも敵が攻撃をしてきた時にはその気配を察知出来るようにし……だが、その光の中で、幾つもの気配がすぐ近くに出て来たのを感じはしたものの、その気配が攻撃をしてくる様子は一切ない。
(何だ?)
不意打ちには絶好の機会であったにも関わらず、全く攻撃をしてくる様子がない気配に疑問を抱く。
そんな状況のまま、やがて周囲に広がっていた光は消え……
「何?」
目の前に広がっていた光景に、レイは思わずそんな声を漏らす。
てっきり未知のモンスターか何かが出て来ると、そう思って警戒していたのだが……現在レイの視線の先にいるのは、明らかに人だった。
とはいえ、人間でもエルフでもドワーフでもなく……その視線の先にいたのは、緑色の肌をしたような亜人だった。
その数は、約三十人程。
胸の膨らみから、男女が入り交じっているのは明らかだった。
……とはいえ、種族的な特徴なのか胸の膨らみはかなり小さい。
もしここにケニーとレノラの二人がいれば、ケニーがレノラを相手に『レノラ……貴方の勝ちよ』と、そう言いたくなるくらいには。
また、周囲には強い鉄錆臭が漂っており、レイにとってもセトにとっても嗅ぎ慣れたその臭いの出所は、緑の肌を持つ亜人達の何人か……いや、大部分の者が流している、緑色の液体からのものだ。
それに気が付いたレイは、顔を顰める。
明らかにこれが……ここに姿を現した亜人達が、何らかの面倒を持ってきたのは明らかだったからだ。
何より、血の色が緑というのが、色々な意味でおかしい。
このエルジィンにおいては、血というのは殆どが赤い。
中にはほんの少しの例外として、赤以外の血の色を持つ者もいるが、少なくてもレイが知っている限りでは、緑の血を持つといった者はいない筈だった。
そんなレイの視線の先で、緑の亜人達はそれぞれが皆の安全を確認するように……そして、まるで何者かに見つからないようにと周囲を見回し……当然のように、一連の出来事を眺めていたレイ達の姿を発見する。
『……』
レイと亜人の一人が視線を合わせ、お互いに無言で視線を交わす。
そんなレイの後ろでは、冒険者の何人かが武器を構えようとするが……それを察したレイが鋭く呟く。
「止めろ。取りあえず武器は構えるな。向こうがこっちと敵対しているとは限らない」
「いや、けど……」
「止めろ、と。俺はそう言ったぞ?」
緑の亜人から視線を逸らし、後ろを見ながら告げるレイ。
そんなレイの様子に、冒険者達は逆らうことが出来ず、武器を下ろす。
それを確認したあとで、レイもまたデスサイズと黄昏の槍を地面に置く。
本来ならミスティリングに収納したかったところなのだが、突然武器が消えたというのを見た時、亜人達がどのように反応するのかが分からなかった為だ。
実際、レイの行動を見て、レイと視線が合っていた亜人……そしてその亜人の見ている方を見てレイ達を発見した他の亜人達も、武器を手放した光景に安堵の息を吐く。
(いや、それにしては安堵しすぎじゃないか?)
目の前に存在する亜人達の様子に、疑問を抱く。
武器を手放したとはいえ、レイ達を見て安堵するというのは疑問でしかない。
(あるいは、人間とかを知ってるのか?)
だからこそ、今こうしてレイ達の姿を見ても安堵しているのではないか。
そんな疑問を抱きつつ、取り合えず向こうも攻撃的な反応がないので、レイは武器を手に持っていない状態のままで、先程自分と視線を合わせた亜人の男に近づいていく。
亜人の男は、そんなレイの様子を見て一瞬後ろに下がろうとしたが、踏みとどまってから前に出る。
そうして、レイと亜人の男は近づいていき……背後の亜人達の集団は心配そうな様子を見せてはいたが、実際に何か行動するようなことはなかった。
やがて、レイと亜人の男が手を伸ばせば届く距離まで近づいたところで、双方共に動きを止める。
「●●●●●●●●●」
「……は?」
男が口を開いた瞬間、その口から出て来た言葉は、とてもではないがレイには理解出来なかった。
「えっと……なぁ? 俺の言葉が理解出来るか?」
一応、本当に一応といった様子で尋ねたレイだったが、目の前にいる亜人の男はレイが何を言ってるのか全く分からないといったように首を傾げる。
「あー……うん。つまり、言葉が違う訳か。つまり……」
異世界からやって来たのではないか?
そんなレイの中にある疑問が、急速に説得力を強めていく。
「どうすればいいんだ?」
相手が、完全に得体の知れない相手である以上、この場合はどう対応すればいいのかが、全く分からない。
もし何も考えずに襲ってくるような相手であれば、レイもまた反撃をしただろう。
だが、向こうはきちんとした服を着ており、自分達で作った武器と思しき物を持ち、それでいながらレイ達に攻撃を仕掛けるでもなく、話し合いを望んだのだ。
ゴブリンのようなモンスターではなく、明らかに知性があり、こちらと友好的に接しようとしている。
また、漂ってくる鉄錆臭から、緑色の血を流している……つまり、怪我をしている者がいるのは確実だった。
「えっと、レイさん。取りあえず向こうは怪我をしている人も多いので、その治療をしてみては? その間に、ギルムに連絡を入れた方がいいかと」
今日の冒険者達を率いている男がそう言ってくるが、レイとしてはその言葉に対して完全に頷くことは出来ない。
恐らく、この場でそれを心配出来るのはレイだけだろう。
つまり、この緑の亜人達が異世界からやってきた存在であるのなら、レイ達が使うようなポーションを使ってもいいのか、ということだ。
ポーションの類は、当然ながらこの世界の者が使うことを前提として作られている。
これで緑の亜人達が流す血が赤いのであれば、レイもそんなことは心配しなかっただろう。
だが、この亜人達が流しているのは緑の血なのだ。
そんな亜人達に自分達が使っているポーションを使った場合、下手をすると妙な反応によって殺してしまうという可能性すらあった。
(けど、この濃い血臭を考えると、下手をすると出血多量で死んでしまうかもしれない。なら、回復魔法? いや、そもそも俺が回復魔法を使えないし、それ以前に回復魔法もポーションと同じように本当にこいつらに効果があるのか?)
どうすべきか迷うレイだったが、迷っている間に緑の亜人の一人がそのまま地面に倒れ込む。
明らかに弱っており、このままでは恐らく死んでしまうかもしれない。
そう判断し……諦めるように息を吐き、レイはミスティリングの中からポーションを取り出す。
それも安物のポーションではなく、購入するのに金貨数枚が必要な高級なポーションだ。
そのポーションを、レイは自分の前にいる緑の亜人の男……倒れた相手を心配そうに見ている男に、差し出す。
「●●●●●●●●●●●●?」
亜人がレイの差し出したポーションを見て不思議そうな表情を浮かべ、相変わらず理解出来ない言葉を口にする。
それを見れば、明らかに目の前の亜人がそのポーションがなんなのかというのを分かっていないのは明らかだった。
つまり、この亜人達がいた世界にはポーションというのが存在していないのか、もしくは非常に貴重な代物で普通なら入手出来ないのか。
その辺りの事情はレイにも分からなかったが、地面に倒れた亜人がこのままでは死ぬ可能性が非常に高い。
何とか身振り手振りでポーションの中身を怪我をした部分に掛けろと示し、数分のすったもんだの末に、何とかレイの意図が亜人の男に伝わる。
レイ達が敵対的な行動をとっていなかったというのもあるのだろうが、亜人の男はポーションを持って地面に倒れている仲間の下に向かう。
(ボディランゲージがあれば、言葉が通じなくても大体どうにか出来るって、日本にいた時に何かで見たか読んだかしたことがあったけど、あれって本当だったんだな)
そう思いつつも、本当にポーションが亜人達に効果があるのかどうか様子を見る。
もしポーションが駄目なら、アネシスに行った時に入手した、回復魔法を封じた宝石を使ってみようと考えながら。
……もっとも、ポーション同様に回復魔法もあくまでもこの世界の生物に対して使うのが前提となっている。
そんな状況であの亜人達に効果があるのかどうか、そんな疑問はあったのだが、いざという時に何らかの手段があるというのはレイにとっても心強い。
レイの視線の先で、怪我をして倒れていた亜人に、レイからポーションを貰った亜人がそっとポーションを振り掛ける。
とはいえ、向こうもレイから渡されたポーションを完全に信じた訳ではないのか、少しずつ、それこそ一滴、二滴といった具合で怪我の上に掛けていく。
すると、その効果は劇的だった。
「●●!」
怪我をしていた者が、何かを叫ぶ。
一瞬やっぱり駄目だったか? と思ったレイが回復魔法の封じられた宝石を取り出そうとしたが、その動きはすぐに止まる。
なぜなら、怪我をして叫んだ亜人の顔が、痛みから驚きに変わっていたからだ。
もしポーションの効果がなければ、それこそ男はポーションの滴を垂らした程度の衝撃でも痛みを感じ、痛みを耐えるなり、痛みに叫ぶなりといったことをしていただろう。
だが、その表情に浮かんでいるのが驚きである以上、それは間違いなく良いことだった筈だ。
そう思いながらレイが視線を向けていると、ポーションを渡した亜人の男が再び一滴、二滴と怪我をした場所に掛けていく。
(けど、それにしては効果が出すぎじゃないか? かなり高価なポーションなのは間違いないけど、それでも一滴や二滴でそこまで効果があるとは思えないんだが)
そんな疑問を抱きもするが、現在の状況を考えれば、そのイレギュラーは助かることではあっても、不満を抱くようなことではない。
レイも……そして、セトや他の冒険者達も見ている中で、倒れ込んだ亜人は最終的にポーションの半分程を使うことにより、身体中に何ヶ所も負っていた傷が全快する。
(切り傷……だよな、あれ)
少し離れた場所からではあるが、レイの五感は人より鋭い。
この位置からでも、男の負っていた怪我はしっかりと確認することが出来た。
改めて他の亜人達を見てみると、切り傷以外にも様々な傷を負っている者がいる。
中には、矢が腕に刺さっている者すらおり、改めてレイはこの亜人達の素性を考えた。
これだけの傷を負っており、しかもやってきたのが三十人前後。
だとすれば、単純に考えた場合は戦いに負けてこの世界に避難してきた……といったところか。
(そうなると……)
この亜人達が避難してきた理由は想像出来たが、それが当たっていた場合、色々と不味いことになるのは確実だった。
転移してきた技術が、この亜人達特有のものであれば、問題はない。
だが、もしも異世界に転移するという技術が一般的なものであり、この亜人達を襲ったのだろう者達がまだ諦めていない場合……
「誰か、至急ダスカー様に……いや、俺が行くか? けど……」
言い掛け、レイはどうするべきか悩む。
この一件は、至急ダスカーに知らせる必要がある。
その場合、レイならセトに乗って移動すれば、それこそすぐにでもギルムまで移動することが出来る。
だが……そうして報告している間に、もしこの亜人達を追って、敵対的な存在が異世界からやってきたらどうなるのか。
ここにいる殆どが、冒険者としては……いや、ギルムの冒険者としては、腕が立つとは言えないような者達だ。
せめて、ここにレイがパーティを組んでいる紅蓮の翼の面々がいれば、ここを任せるなり、セトの足に掴まってギルムまで移動して貰うなりといったことが出来るのだが。
(いや、今の状況でそんなことを考えていても仕方がないか。なら……)
レイは少しだけ考え、やがて決断する。
「ここにいる中で乗馬に自信のある者は?」
そう告げるレイに、何人かが手を挙げる。
誰が一番乗馬が上手いのかといったことは、レイにも分からない。
なので、手を挙げた者の中から適当に一人選び、その男に向かって口を開く。
「馬車の馬を使って、ギルムに急げ。俺の名前を使ってもいいから、領主の館に行って、ダスカー様にこの一件を知らせてきてくれ」
その言葉に、手を挙げた冒険者はすぐに馬車に繋がれている馬に向かって走るのだった。
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