第1992話
炎帝の紅鎧。
それは、レイにとって奥の手の一つでもあった。
それを発動したレイは、空中に浮かんでいる目玉の方に向かって一歩進む。
もっとも、レイはあくまでも地面を歩いているだけで、空中にいる目玉との距離はかなり開いている。
だが……それでも、目玉は炎帝の紅鎧を展開したレイが近づいてくるのを見ると、そのまま空を飛びながら、何とかレイとの距離を取ろうとしていた。
「どうした? お前は生贄を貰ってモンスターを生み出すなり召喚するなりといった能力を持ってるんだろう? なら、その力を見せてみろよ。でないと、一方的に俺に狩られるだけになるぞ?」
そう告げたレイの言葉が、一体目玉にどのような反応をもたらしたのか。
それは本人にも分からなかったが、それでもレイの言葉に対応するようにして、目玉が動きを見せたのは事実だった。
自分がレイに侮られたと感じたのか、それともレイを相手に怯えている自分が許せなかったのか。
その理由はともあれ、目玉にとってレイという存在は……槍の投擲を含め、今の自分を害するべき存在であるというのを、これ以上ない程に理解していた。
だからこそ、レイに向かって攻撃を行う。
放たれたのは、先程と同じく雷。
だが、今回はそれだけではなく、目玉の後ろから伸びている視神経のような尻尾を使って、レイに攻撃してきた。
いや、それは尻尾というよりは鞭の如き一撃と言ってもいいだろう。
目玉が身体を動かしたりといったことをしていないにも関わらず、まるでその部分に意志があるかのように、レイに向かって伸びてきたのだから。
「ゴオオオオオオオオオオオオオ!」
そんな大声を上げる目玉だったが、レイは先程同様にデスサイズで雷を斬り裂き、燃やし、それとほぼ同時に自分に向かってきた尻尾の攻撃も回避する。
……とはいえ、レイの身体を覆っているのは炎帝の紅鎧だ。
極限の見切りで回避した結果、尻尾は炎帝の紅鎧に微かに触れ……その瞬間、尻尾を覆っていた何らかの液体が蒸発し、周囲にとてつもない悪臭を放つ。
「なっ!?」
これは、正直なところレイにとっても完全に予想外だったのだろう。
咄嗟にヴィヘラの手を取り、後方に跳躍する。
「ちょっ!」
ヴィヘラにしてみれば、これは完全に予想外の行動だったのか、驚きの声が上がる。
だが、ヴィヘラのすぐ近くでその声を聞いていたレイは、そんなヴィヘラの言葉に応えず、ただじっと視線を向けている。
……そう、紫色になって溶けている地面へと。
(毒、か。……厄介な)
ただの攻撃であれば、それこそ炎帝の紅鎧を使って防ぐのは難しいことではない。
だが、毒……それも蒸発して煙となった状態であっても瞬時に土を溶かすかのような強力な毒を相手にした場合、それは一体どうなるのか。
固体や液体であれば、レイにも対抗手段は幾らでもある。
それこそ、炎帝の紅鎧を筆頭として。
だが、それが気体ともなれば、防ぐといった真似は出来ない。
それこそ、回避といった一択しか存在しない。
いや、あるいは他にも手段があるのかもしれないが、今のレイに思いつく方法はそれだけだ。
(デスサイズを振るって毒の空気を散らす? いや、俺だけならまだしも、俺の近くにはヴィヘラがいるし、エレーナ、マリーナ、セトもいる。それを考えれば……)
そうしてレイが考えている間にも、当然目玉が黙って見ているだけということはない。
その上、視神経の尻尾を使った攻撃がレイに有効だと悟ったのか、再び尻尾を動かし……その上、レイに向かって放つのは触手や雷といったように、全ての攻撃を同時に行う。
「ゴオオオオオオオオオオ!」
「レイばっかりに、意識を向けてるんじゃないわよ!」
その言葉と同時に射られた矢は、風の精霊の力に従って複雑な軌道を描きつつ、それこそ触手を振るってもまず当たらないだろう軌道で目玉に飛ぶ。
当然のように、自分が無視されて面白くないのはマリーナだけではなく、エレーナも同様だ。
「食らえ!」
エレーナの奥の手の一つ、竜言語魔法が発動し、空中に突如現れた竜の腕が、目玉に向かって振り下ろされる。
マリーナの放った矢には殆ど何も反応しなかった目玉だったが、自分の真上に突如姿を現した竜の腕には脅威を覚えたのか、残っていた触手の何本かを腕の迎撃に向かわせる。
もっとも、目玉にはそれが竜の腕であるというのが分かったかどうかは、微妙なところだろう。
何しろ、身体や頭部、尻尾、足、羽といった部位がある訳ではなく、本当に腕だけが空中に存在しているのだ。
勿論これはエレーナが竜言語魔法によって生み出した存在であって、それこそこの世界に存在出来るのは数秒程度でしかない。
だが……竜の腕が一本あり、そして自分のすぐ前に目玉がいるのであれば、その数秒で十分だった。
轟っ!
そんな音と共に振るわれた竜の腕は、目玉を地面に向かって叩きつける。
目玉の放った触手は、それこそ一切の効果を現さず、それこそ紙の紐の如き弱さであっさりと引き千切られる。
目玉はその結果を予想していたかのように回避しようとしたが……
「ゴオオ!?」
回避しようとした目玉に、マリーナの放った矢が突き刺さる。
それは、本来なら少しの痛みでしかなかった筈の矢の一撃。
だが、目玉がレイだけに集中している間に風の精霊を大量に集めることに成功したマリーナの一撃は、矢を目玉に刺さるだけではなく……貫通すらしてみせた。
目玉にとっても、矢が刺さるだけならともかく、矢が貫通するとなると、致命傷……とまではいかないが、大きなダメージとなったのは、間違いない。
そうして痛みに……あるいはそれ以外の何らかの理由で動きの止まった目玉は、当然のように振り下ろされた竜の腕を回避出来る筈もない。
周辺に、それこそ離れた場所でいざという時の為に待機している騎士や兵士のいる場所にまで響くかのような轟音を立てながら、目玉は地面に叩きつけられる。
そうなれば、当然のようにレイに向かって放たれた尻尾や触手の一撃も狙いを外し、それぞれが全く違う場所の地面を叩いたり、もしくは空中を貫く。
そして、レイが……ヴィヘラが、このような絶好のチャンスを見逃す筈もない。
特にヴィヘラは、今まで目玉が空中にいたこともあって、攻撃することが出来なかった。
それだけに、攻撃の機会を逃す筈もなく、チャンスと見た瞬間、一気に目玉に向かって突っ込む。
「はああああああああっ!」
雄叫びを上げつつ、地面に叩きつけられた目玉に向かうヴィヘラ。
だが、当然目玉も自分にそんな攻撃をしてこようとしているヴィヘラを黙って見ている訳がない。
竜の腕による打撃と、目玉を貫通する矢の一撃は大きなダメージを残していたが、この世界の存在ではないからなのか、目玉は痛みや衝撃でその動きを止めるといったことはしない。
ヴィヘラのこと……正確には一撃で触手を倒す浸魔掌について覚えているのかどうか、それは分からない。
それでも、自分に向かってくるヴィヘラの存在に危険を覚えたのだろう。
目玉の周囲から生えている触手の数本を鞭代わりに、素早く振るい、ヴィヘラが自分に近づいてこないようにと牽制する。
しかし、そこはヴィヘラだ。
今まで空中にいる目玉に対し、全く攻撃が出来なかった不満を晴らす為の攻撃であり、同時に先程の毒煙の件もあって、出来るだけ早く倒す必要があると判断しての攻撃だ。
自分に向かってくる触手は極限の見切りとでも呼ぶべき体捌きで回避しつつ、目玉との距離を詰める速度は全く落ちない。
そんなヴィヘラの様子に脅威を覚えたのか、目玉は雷を放つ。
とはいえ、それはレイに向かって放った一条の雷……雷の槍とでも言うべき攻撃ではなく、威力を弱める代わりに周囲一帯に雷を放つ、範囲攻撃だったが。
触手を回避したヴィヘラの動きから見て、雷の槍では回避されるかもしれないと、そう思ったのだろう。
実際、目の前の目玉に対し強い嫌悪感を抱いている為か、ヴィヘラは絶対に目玉の攻撃を食らいたくないと考えており、目玉に取っては不幸なことに、それがより一層ヴィヘラの動きを鋭いものにしていた。
だが、そんなヴィヘラであっても、真っ直ぐ自分に向かって飛んでくる雷ならともかく、周辺一帯に攻撃をする範囲攻撃の雷であれば、回避するのは難しい筈だった。
……もっとも、それはあくまでも雷が本来の威力と範囲で放たれていれば、の話だが。
「残念ね!」
エレーナの竜言語魔法によって振るわれた竜の腕の一撃。
マリーナの精霊魔法によって高い貫通力を付与された矢の一撃。
その二つの攻撃により、目玉が周囲に放った雷はかなり不規則な攻撃となった。
ある場所には想定した以上の雷が存在するが、ある場所には全く雷が存在しないといったように。
そして、ヴィヘラはまるでそれを前もって知っていたかのように、雷の存在しない場所を通りながら目玉に向かう。
当然だが、ヴィヘラはそれを知っていた訳ではなく、戦士としての、そして戦いを好む者としての勘で雷の安全地帯を嗅ぎ取ったのだ。
目玉にとって、そんなヴィヘラの様子は完全に予想外ではあっただろうが……攻撃手段は、まだ残っている。
触れただけでも相手を溶かす、視神経の尻尾。
レイですら回避することしか出来なかったその一撃を、目玉はヴィヘラに向かって振るおうとし……
「そんなことを、俺がさせると思うか?」
そんな目玉の動きを読んだかのように、レイの声が響き……
斬っ!
と。そんな音と共に、目玉の後ろから伸びていた視神経の尻尾はデスサイズによって切り飛ばされ、同時にその熱によって毒煙を発しようとした尻尾は、デスサイズを振るった一撃すらも予備動作として使った黄昏の槍の投擲により貫かれ、遠くへと飛んでいく。
幾ら毒の粘液を纏った尻尾であっても、その毒が届かない場所にまで飛んでいってしまえば、それは意味をなさない。
尻尾の根元で切断した際に若干の毒煙は出たが、それを知っているのであれば、対処するのは難しい話ではなく、レイはデスサイズを大きく振るって毒煙を散らす。
尻尾を貫いたまま遠くに飛んでいった黄昏の槍を手元に戻し、すぐ目の前にある目玉の身体――という表現は正しくないのかもしれないが――に向かって突き刺す。
レイの魔力によって威力を増した黄昏の槍は、呆気なく地面に落ちた目玉の身体を貫く。
そのタイミングで、ヴィヘラは最大級の威力を込めた浸魔掌を目玉の身体に叩き込み、エレーナは竜言語魔法を使って多少消耗していたが、鞭状にしたミラージュを目玉に叩きつけ、マリーナは精霊魔法によって生み出された風の矢を数十本近く目玉に放ち、セトはまだ若干痺れが残っていたものの、前足の一撃を振るう。
「ゴオオオオオオオオオオオオオ!」
それだけの攻撃を受けても、目玉はまだ死ぬようなことはなく……それどころか、無数の触手を手当たり次第に振り回し、そして雷もまた威力よりも効果範囲を優先して周囲に放つ。
レイ達はかなり簡単に触手の攻撃を捌いているが、実際には触手は身体に触れた瞬間に血や肉といったものを吸収するという力を持っており、非常に厄介な攻撃手段だ。
だが、レイ達はどんな攻撃であっても当たらなければ意味はないと、そう言いたげに……あるいは回避するのではなく触手を斬り裂いたり叩き落としたり、砕いたりといった手段で無力化していく。
ただ、問題なのは雷だろう。
炎帝の紅鎧を発動しているレイは、雷を燃やすという非常識な真似が出来る。
遠距離から攻撃しているエレーナとマリーナの二人は、遠距離から攻撃をしているので問題はない。
雷を厄介だと思っているのは、近距離で目玉と戦っているヴィヘラとセトの一人と一匹だろう。
だが、セトは元々グリフォンとして高い能力を持っており、最初のように不意を突いての一撃であればまだしも、来ると分かっていれば耐えることは可能だった。
そんな中で、驚くべきはヴィヘラだろう。
雷という攻撃を、勘だけで回避したのだから。
あるいは、それはもはや勘ではなく、半ば予知能力と表現しても間違ってはいないのかもしれない。
勿論、レイを含めた大勢から目玉が攻撃をされており、周辺に放った雷も疎らであり、だからこそ攻撃を回避出来たというのも大きいのだろう。
それでも、普通であれば雷の攻撃を回避するといったような真似が出来る筈もない。
その上、触手の攻撃も同様に回避し、あるいは迎撃しているのだから。
「残念だったな。……取りあえず、死ね」
仲間が雷によって被害を受けていないのを確認し、レイはデスサイズと黄昏の槍を使い……目玉に対して最後の一撃を放つ。
他の面々も、ここが絶好のチャンスだというのは分かっているのだろう。
思い思いに現在出せる最大級の一撃を放ち……目玉は、その動きを止めるのだった。
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