第1991話

 黄昏の槍を投擲した瞬間に、空を飛ぶ目玉が取った行動。

 レイだけではなく、他の面々にも行っていた攻撃の全てを中止し、全力で防御を固めたその動きは、レイにとって厄介な存在であるのと同時に、絶好のチャンスでもあった。


「俺があの触手を引き付けるから、お前達は目玉に攻撃をしろ!」


 そう叫びつつ、レイは触手の大半を貫き……それでも無数に生み出された触手に埋まった黄昏の槍を、その特殊能力を使って手元に戻しながら叫ぶ。


「分かった!」

「ええ!」

「グルゥ!」


 エレーナ、マリーナ、セト。

 遠距離攻撃の手段を持っている二人と一匹がそれぞれレイの言葉に返事をし、手元に戻った黄昏の槍を再度投擲したレイの横で、それぞれ動き出す。


「なら、私は取りあえずレイの護衛ね」


 唯一遠距離攻撃の手段を持たないヴィヘラは、残念そうに呟きながらレイの隣に立つ。

 そんなヴィヘラを一瞥すると、レイは黙ったままデスサイズをミスティリングに収納する。

 当然の話だが、槍を投擲する場合は利き手で攻撃した方が威力は強力になる。

 それでもレイが左手で黄昏の槍を投擲していたのは、もし触手が防御に徹するのではなくレイに攻撃してきた時に、デスサイズで迎撃する為だった。

 だが、ヴィヘラがレイの護衛をするというのであれば、そちらに任せることに不安はない。

 レイにとって、ヴィヘラの性格……戦闘を好むという性格は若干問題に思っているが、その実力に関しては一切疑うところがなかった。

 そのヴィヘラが自分を護衛してくれるというのだから、自分は全力で攻撃に専念するという選択肢を選ぶのは当然だろう。


「くたばれっ!」


 最初以上に魔力が込められた黄昏の槍は、真っ直ぐ……それこそ空気そのものを貫くかのような猛烈な速度で目玉に向けて突き進む。

 目玉も、自分に向かって突き進む黄昏の槍を脅威に思ったのか、再度触手を何本も重ねて盾を作る。


「私達を忘れて貰っては困るな!」


 その言葉と共に、エレーナは巨大な風の渦を生み出し、それを目玉に向かって放つ。

 その渦が竜巻と違うのは、エレーナの意志に従って空中を自由自在に動いていることだろう。

 いっそ、それは巨大な風の槍と表現してもおかしくはないような、そんな強烈な風の一撃。


「ついでに、これもどうかしら」


 パーティドレスを翻しつつ、マリーナの精霊魔法が発動する。

 生み出されたのは、巨大な水の獅子。

 ……それがどことなくセトを思わせるのは、やはりセトと共に行動することが多いからか。

 どのような手段を使ってなのかはレイにも分からなかったが、その水の獅子はまるで地面でもあるかのように空中を蹴りながら目玉に向かって進む。そして……


「グルルルルルルルルルルゥ!」


 雄叫びを上げながら、目玉が浮かんでいる場所よりも遙か上空から、セトが急降下してくる。

 一撃の威力を上げるスキル、パワークラッシュ。そして膂力を上げる剛力の腕輪。更に体長三mを超えるセトが急降下しながら放つ一撃。

 これらが合わさった一撃は、それこそ並のモンスターであれば……いや、かなり高ランクのモンスターであっても、致命傷に近い一撃を与えることが可能だった。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 そんな二人と一匹の攻撃。

 それが目玉に当たろうとした瞬間、その目玉は触手……ではなく、自分を中心として強烈な雷を周囲に放つ。


『なっ!?』


 風の渦と水の獅子が一瞬にして雷によって消し去られ、エレーナとマリーナの口から驚きの声が上がる。

 だが、それは二人が離れた場所から攻撃していたからこそ、この程度ですんだのだ。

 つまり、目玉に直接攻撃をしようとしていたセトは……


「ギャンッ!」


 高い場所からのパワークラッシュを目玉に叩きつけようとしていたセトは、突然目玉から放たれた雷をまともに受け、悲鳴をあげる。

 セトの上げる悲鳴というのは、レイも殆ど聞いたことがない。

 それだけに、セトの悲鳴を聞いたレイは一瞬動きを止め……だが次の瞬間、怒りも露わに黄昏の槍に注ぎ込む魔力が一段と増える。


「食らえっ!」


 放たれた黄昏の槍は、真っ直ぐ、それこそ先程までの投擲よりも明らかに速度を増しながら、空中の目玉に向かって飛んでいく。

 その威力は、幾重にも重ねられた触手の盾を、あっさりと貫く程の速度と威力を持っており……


「どうやら、こっちも放っておいてはくれないみたいね!」


 レイが黄昏の槍を投擲した瞬間、触手のうちの何本かが盾ではなくレイに向かって左右から伸びてきたのだ。

 目玉も、いつまでも盾で防いでいるだけではどうしようもないと悟り、レイを排除しようとしたのだろう。

 だが……あくまでも数本の触手程度で、ヴィヘラをどうにか出来る筈もない。

 手甲から伸びた魔力の爪により、触手をあっさりと切断する。

 触手の弾力性から斬る際の抵抗はあるが、それでもヴィヘラの技量を持ってすればその程度のことは問題ではない。


「セト!」

「グル……グルルルゥ!」


 雷を浴びたセトだったが、それでも獅子の身体を持っているだけあってネコ科の本能が働いたのか、足から地面に着地することに成功する。

 翼を羽ばたかせて落下速度を緩めるといった真似もしたが、それでもその辺りの咄嗟の対応はさすがセトと言うべきだろう。

 そんなセトの姿を見て安堵するレイだったが、微かに眉を顰める。

 目玉から周囲に放たれた雷は収束しておらず、目玉の周囲に纏めて攻撃した。

 そのおかげで、セトも雷の一撃を受けても致命傷……いや、見て分かる程の傷を負うということはなかったが、それでも地面についた足がもつれており、身体が痺れているのは見れば明らかだ。

 少なくても、そのような今の状況でセトを戦力に数える訳にはいかない。


(何より痛いのは、空中戦力が減ったことか)


 レイとエレーナは空中を踏むことが出来るスレイプニルの靴があるが、それでもやはり制限はある。

 それと比べると、セトは自分の翼で自由に空を飛ぶことが出来るのだ。

 ましてや、目玉はどのような手段かは分からないが空中に浮かんでいる。

 この状況でセトがいないというのは、レイ達にとって非常に大きなマイナスだった。


「取りあえず、この触手の盾が邪魔なんだよ!」


 今までで一番深くまで触手の盾を貫き……だが、それでも最後まで貫通することが出来なかった黄昏の槍を、レイは再び手元に戻す。

 地下での一件からか、それとも単純に黄昏の槍の威力を感じているのかはレイにも分からなかったが、目玉が自分に対して他の者より一際警戒しているというのは、明らかだった。

 ……そんな特別はレイにも嬉しくはなかったが、それでも他の者達に被害が及ぶよりはいい。


「エレーナ、マリーナ、少し時間稼ぎを頼む! ヴィヘラ、護衛を!」


 するどく叫び、このままでは埒が明かないと判断したレイは、魔力を高めていく。

 レイが何をしようとしているのかは、声を掛けられた三人、そして先程の雷で痺れ、動きが止まっているセトにも理解出来たのだろう。

 それぞれが、すぐにレイのフォローをするべく行動に移る。

 エレーナが振るったミラージュが鞭状となって目玉に向かい、マリーナの放った矢がそんなエレーナをフォローする。

 同時に、ヴィヘラも何本か襲ってくる触手の対処に専念し……その間に、レイは自分の中にある魔力を高密度に濃縮していく。

 本来なら見えない筈の魔力が、可視化出来る程に高濃度に集まっていき……やがて、レイの魔力の特性として周囲の気温が次第に上がっていく。

 そんなレイの様子を、目玉も察知したのだろう。

 盾を構成していた触手を振るい、レイに向かって放つ。

 だが、当然のことだったが、レイのフォローを任された他の面々が容易にそんなことを許す筈もない。

 特にエレーナの振るうミラージュは、レイを狙って放たれる触手の多くを切断することに成功する。

 目玉の周囲に生えている触手によってミラージュの一撃が防がれていたのを考えれば、こうしてレイに向かう一撃を防ぐ方に専念した方がいいのだろう。


「ゴオオオオオオオオオオオオ!」


 と、目玉から悲鳴が上がる。

 それは、風の精霊魔法を使って矢の軌道をコントロールし、触手の隙間を縫うようにして目玉に矢を突き立てたマリーナの仕業だ。

 大規模な精霊魔法を使っても目玉から放たれる雷、もしくはそれ以外の何らかの手段によって妨害されてしまうという可能性を考えたマリーナが使ったのが、今回の一撃だった。

 先程の水の獅子のような大規模なものではなく、風を使って矢の軌道を動かす。

 これは、目玉にとっても対処が難しい一撃だった。

 何しろ、傍目から見た限りでは普通の矢の一撃とそう変わらないのだから。 

 ……あるいは、目玉が精霊を認識出来るような何らかの能力を持っていれば、もしかしたらその辺のことを理解出来たという可能性もあるのだが。

 だが、精霊魔法を使ったマリーナにとっては幸いなことに、目玉にその手の能力はなかった。

 勿論、そんな矢の一撃が目玉にとって致命傷になるという訳ではない。

 実際に、目玉にとって今の一撃は、それこそ痛みよりも驚きの方が勝ったというのは間違いなかったのだから。

 それでも、目玉に……その眼球に一撃を入れたというのは、マリーナにとって大きかった。

 何より、レイに切り札を……炎帝の紅鎧を発動させるには、十分な時間を稼ぐことが出来たのは大きい。


「ふぅ……もう、いいぞ」


 レイの言葉に、近くで触手と戦っていたヴィヘラが素早く後方に跳躍し、戦場を譲る。

 レイは自分の周囲に深紅の魔力を有したまま、触手に向かって一歩踏み出す。

 特に何も警戒していないような、そんなレイの行動。

 普通に考えれば、それこそ目玉にとっては触手によってあっさりと攻撃出来る相手だと判断してもおかしくはない。

 だが……そう、だが。

 レイが一歩進んだ瞬間、左右から近づいてきていた触手は動きを止め……それどころか、まるで怯えたかのように後方に下がりすらした。


「どうした? 今までは散々攻撃してきたんだ。ここで手を引くなんて真似をするのは、興醒めだぞ。……そっちが来ないなら、こっちから行くが……構わないか?」


 呟き、レイは再び一歩前進する。

 ただし、その一歩というのは、左右で動きを止めていた触手ではなく、対黄昏の槍用に用意された、空中に浮かぶ触手の盾に向かってだが。

 そんなレイの動きに、目玉も危険を感じたのだろう。

 一旦は後退させた左右の触手でレイを攻撃しようとし……


「グルルルルルルゥ!」

「はあぁっ!」


 その瞬間、右の触手はセトの一撃によってあっさりと引き千切られ、同時に左の触手はエレーナのミラージュによってあっさりと途中から切断される。

 セトの方は、先程の雷の影響でまだ完全に復活した……という訳ではないのだが、それでもある程度動ける程度には回復していた。

 そして現状であっても、目玉本体ならともかく触手を相手にする分には全く問題はない。


「ゴオオオオ!」


 そんな一人と一匹の動きに、空中に浮かんでいる目玉は苛立たしげな声を出し……


「風よ、お願い!」


 マリーナが風の精霊魔法を発動すると、上空から轟風と呼ぶに相応しい風が吹き荒れ、まるで風の鉄槌とでも呼ぶべき現象を起こす。

 風の鉄槌が振るわれたのは、目玉……ではなく、目玉が用意していた触手の盾。

 その勢いにより、触手の盾はあっさりと地面に叩き落とされる。

 そして触手の盾が地面に落ちた瞬間、レイはその前に立っており……持っていたデスサイズを大きく振るう。

 黄昏の槍を投擲していた時とは違う、いっそその辺の草でも刈るかのような、そんな一撃。

 だが、その一撃は今まで以上にあっさりと触手の盾を斬り裂き、次の瞬間には炎帝の紅鎧の一部を投げる深炎を放ち、次の瞬間には触手の盾が瞬時に燃やしつくされる。


「次だ」


 炭と化した触手の盾を一瞥し、レイはその視線を目玉に向ける。

 瞬間、目玉はレイに向かって雷を放つ。

 最初に使った時のような、自分を中心として広範囲に放つ雷ではなく、真っ直ぐ一直線にレイに向かって放たれた紫電の槍。

 雷速とでも呼ぶべきその一撃は、だが炎帝の紅鎧を纏ったレイが振るったデスサイズの一撃により、あっさりと燃やされ、斬り落とされる。

 雷を燃やす、斬るというのが一体どれだけ非常識なことなのか。

 それは、一連のレイの行動を見ていたエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの表情を見れば明らかだろう。

 だが、レイは自分のやったことを特に気にした様子もなく、赤い魔力……炎帝の紅鎧を纏いながら、空中に浮かぶ目玉を、触手の盾を失い、再び身体から急速に触手を生えさせている目玉に向かって獰猛な笑みを浮かべ、口を開く。


「どうした? その程度で終わりか? なら……次はこっちから行くぞ?」


 そんなレイの言葉を理解したのかどうかは分からなかったが、空中にいた目玉は僅かではあっても、確実に後退したのだった。

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