第1970話
ジャビスが真っ先に向かったのは、ヴィヘラ……ではなく、レイだった。
ジャビスにしてみれば、レイとヴィヘラではレイの方が厄介な相手と判断しているのだろう。
そんなジャビスの行動を理解し……ヴィヘラが一歩前に出る。
その動きは、巨漢と痩せぎすの男に向かうのではなく、レイに向かって進むジャビスの前に立ちはだかる。
ヴィヘラにしてみれば、自分が戦うべき相手は三人の敵の中で一番強敵と思われるジャビスという認識があった。
ジャビスにとって、ヴィヘラのその動きは完全に予想外だったのか、一瞬驚きの表情を浮かべるも……戸惑ったのは一瞬で、すぐに狙いをレイからヴィヘラに変えて拳を握る。
「しゃあっ!」
鋭い叫びを上げつつ、振るわれるジャビスの拳。
その拳にはナックルガード……メリケンサックと表現した方がレイは分かりやすいのだが、そのような武器が嵌まっている。
放たれる一撃の威力は、間違いなく凶悪なものになる筈だった。
ヴィヘラがまともに食らえば、大きなダメージとなるのは間違いないくらいに。
……だが、それはあくまでもまともに当たればの話であって、ヴィヘラはそんなジャビスの攻撃に自分から向かって突っ込んでいく。
ナックルガードを嵌めたジャビスの拳を、ヴィヘラは軽く身体を揺らすことであっさりと回避する。
自分の拳がこうもあっさりと回避されるとは思っていなかったのだろう。ジャビスは一瞬驚きの表情を浮かべつつ、それでもすぐに続けて攻撃を再開する。
振るわれるジャビスの足。
メリケンサックの嵌まっている拳とは違い、足には特に何か武器の類はついていない。
だが、基本的に足の筋力というのは腕よりも上で、それだけで十分な威力を持つ。
しかし、そんなジャビスの攻撃をもヴィヘラは踊るように回避し、そのままカウンターとして拳を振るう。
本来なら、ヴィヘラの手甲には魔力によって爪を生み出す能力があるのだが、今回はそのような爪を生み出さず、ただの拳として使う。
自分の身体に向かって伸びてくるその一撃は、触れただけで下手をすれば自分の一撃よりも高い威力を持っているのを理解したのだろう。ジャビスは少しだけ表情を引き締め、回避行動を取る。
「ちぃっ! 厄介な!」
何とか攻撃を回避したジャビスは、苛立ち交じりにそんな言葉を吐き捨てながら後ろに跳ぶ。
ヴィヘラはそんなジャビスを逃がすことなく追い……そこからは、お互いに拳と足を使った、長剣のような武器を持っている間合いでは出来ない、超至近距離での格闘戦が行われる。
そんな二人の側では、レイもまた巨漢と痩せぎすの男二人を相手に戦っていた。
まず最初に放たれたのは、巨漢の持つ棍棒。
大振りの一撃ではあるが、それは最初から狙い通りだったのだろう。
レイがその一撃を回避する隙を狙うように、痩せぎすの男が手にした短剣の一撃を放つ。
刺突という点では、拳を使った突きと同じくらいの速度を持つ一撃。
本来なら、この二人の一撃にジャビスも加わって連係攻撃をするのだろう。
だが、そのジャビスは現在ヴィヘラと戦っており、本来なら隙を生まないだろう連続攻撃ではあっても、ジャビスがいない分、どうしてもレイとの戦いで隙を生んでしまう。
「そんな一撃で俺をどうにか出来ると思ってるのか!?」
真っ直ぐ自分に振り下ろされた棍棒に対し、レイは持っていたデスサイズを軽く振るう。
もし棍棒がマジックアイテムの類であったり、何らかの稀少な素材を使って作った棍棒であれば、もしかしたらデスサイズの一撃を受け止めることが出来ていたかもしれない。
だが、巨漢が持っていた棍棒はそのどちらでもなく、デスサイズの刃を受け止めることは全く出来ず、あっさりと切断される。
連携を行う上で最初に相手の体勢を崩す一撃。
それが本来の巨漢の役割だったのだろうが、その最初の一撃があっさりとレイによって止められたのだ。
「何っ!?」
驚愕の声を発する巨漢。
だが、そんな巨漢の様子を気にせず、痩せぎすの男は短剣を手にレイとの間合いを詰める。
その動きは素早く……だが、普段からエレーナやヴィヘラと模擬戦を繰り返しているレイにしてみれば、そこまで速いという訳でもない。
冷静に目で相手の動きを追い、黄昏の槍を振るって突っ込んできた痩せぎすの男の足下を払う。
「ぐぅっ!」
下手に突っ込んできていただけに、足下を払われた痩せぎすの男は止まることが出来ず、廊下の壁に顔からぶつかる。
そうしてデスサイズは、巨漢の胴体に横薙ぎに振るわれた。
……巨漢にとって幸いだったのは、デスサイズの刃の部分ではなく柄で殴られたことだろう。
本来なら、巨漢であるが故に自分の力には自信があったのだろうが、百kgを超えるデスサイズで、それもレイの膂力で殴られるといった真似をしたのだ。
巨漢にしてみれば、完全に予想外の一撃。
その一撃によって吹き飛ばされ……顔面から壁にぶつかった痩せぎすの男にまともにぶつかる。
巨漢にとってはその一撃は幸運だったが、痩せぎすの男にしてみれば不幸以外のなにものでもない。
自分の倍……いや、それ以上の体重がある相手に、レイの膂力で吹き飛ばされた勢いも加わって潰されたのだ。
廊下の壁にぶつかった時点ではまだ意識が残っていた痩せぎすの男は、巨漢に激突されたことにより完全に意識を失った。
そしてぶつかった巨漢もまた、仲間にぶつかったと思った瞬間には激しい衝撃を受けて意識が虚ろになり、追撃としてレイのデスサイズで再度殴られて意識を失う。
「……まぁ、こんなものか」
あっさりと気絶した二人を眺め、次にレイがもう一つの戦場に視線を向ける。
そこでは、未だにヴィヘラとジャビスの激しい戦いが行われていた。
だが、その戦いはジャビスよりもヴィヘラの方が全般的に押しており、今ではヴィヘラの攻撃を何とか防ぐといったことで精一杯となっている。
「ほら、ほら、ほら、ほら! どうしたの、この程度の攻撃を防ぎ切れなくなっているの!?」
浸魔掌や手甲の爪、足甲の刃を使っている訳ではなく、ヴィヘラの攻撃は普通に拳や足を使った攻撃だけだ。
にも関わらず、振るわれるその攻撃は、的確にジャビスの防御の隙間を突き、もしくは防御している手足に防がれても半ば強引にその拳を振るってガードを打ち破る。
「ぐぅっ、くっ、くそ……ふざけるなぁっ! この俺が、レイですらない相手にやられるだと!?」
苛立ち交じりに叫ぶジャビスだったが、叫んだからといってヴィヘラの攻撃を防げる訳ではない。
いや、寧ろそんな苛立ちの隙を突かれるように、的確にヴィヘラの拳はジャビスの身体を捉えていく。
それも、どこにでもいいから命中させているといったものではなく、的確に人にとっては急所と呼ばれるような場所に、狙い違わず命中させていくのだ。
……寧ろ、そのような攻撃を何発も食らっていながら、まだ戦意を衰えさせないジャビスは非常に高い戦意の持ち主なのだろう。
(随分と打たれ強いな。普通なら、ヴィヘラの攻撃をあれだけ食らえば、間違いなく戦闘不能になってるだろうに。しかもその状況でもまだ逆転するのを諦めていない)
二人の戦いを見ながら、レイはジャビスの打たれ強さに、そしてジャビスの勝利にしがみつく執念に対して感心する。
勝敗の天秤という点では、それは明確なまでにヴィヘラの方に傾いているのだが、それでも諦めていないのだ。
明らかに実力差があるにも関わらず、不屈の闘志とでも呼ぶべきものを抱き続けているジャビスは、レイの目から見ても驚くべき存在だ。
そしてヴィヘラにしてみれば、自分と同じような戦闘スタイルで、それでも未だに勝利を諦めないというジャビスは、戦っていて非常に楽しい相手なのだろう。
普段であれば、お互いに実力差があった場合は戦いを呆気なく終わらせるような真似をするヴィヘラだったが、今のヴィヘラはまだジャビスを相手にして嬉しそうに戦いを続けている。
出来ればヴィヘラの気が済むまで思う存分戦わせてやりたいと思うレイだったが、ここに来ているのはレイとヴィヘラだけではない。
いや、この屋敷に来ているという意味ではレイとヴィヘラの二人だけだが、地下空間と繋がっていると思われる屋敷に強制捜査に来ているのは、警備兵達もいる。
そして、警備兵の護衛としてレイ達以外の冒険者の姿もある。
その辺の事情を考えると、ヴィヘラが満足するまでこの戦いをして貰うという訳にいかないのも、また事実だった。
「ヴィヘラ、楽しんでいるところを悪いが、そろそろ終わりにしてくれ。早くそいつを捕まえて警備兵に引き渡したり、この屋敷の強制捜査をしたりする必要がある。このままここで時間が掛かれば、後で色々と面倒なことになる」
レイの言葉に、ヴィヘラはジャビスとの距離を一旦取る。
それは、ヴィヘラに連続攻撃をされていたジャビスにとっては、少しであっても休むことが出来るという意味で非常に助かったことなのは間違いないだろう。
もっとも、自分の腕に自信のあったジャビスにしてみれば、ヴィヘラによって手加減されているという状況は面白いものではない。
それこそ、本来なら怒りのままにヴィヘラに向かって攻撃をしたいくらいに、強い苛立ちを覚えていた。
だが……そのような状況であっても、その感情に従って行動せず、何とか勝機を得ようとしているのが、ジャビスの優れているところだろう。
ヴィヘラを睨み付けているジャビスを眺め、レイは口を開く。
「それで、どうだ? ヴィヘラに勝つのは難しいし、お前の仲間の二人は見ての通り気絶している。ここで大人しく降伏する気にならないか?」
「はっ、冗談を言うな。降伏したら、そのまま死ぬだけだろうが」
ジャビスの言葉は、決して間違ってはいない。
巨大な地下空間の中で生贄を使った召喚の儀式を行い、それによってコボルトをギルムに呼び寄せたのだ。
例えそのモンスターがコボルトであっても、やったことの重大さを考えれば、処刑以外の選択肢は存在しない。
今回の一件が国王派の貴族によるものであっても、国王派としてはこれを認めるようなことはしないだろう。
それどころか、余計なことを喋って欲しくないという思いから口封じを企んでもおかしくはなかった。
だが……レイは、だからこそジャビスの言葉に対して首を横に振る。
「いや、お前が大人しく捕まって、それで素直に情報を吐くのなら生き残る可能性はある。幸い、ギルムの諜報部隊には腕の立つ奴が幾らいてもそれで十分ってことはないしな」
「はっ、ふざけんじゃねえ」
一瞬の躊躇すらなく、ジャビスはあっさりとそう告げる。
それこそ、考える価値すらないと言いたげに。
「死ぬよりはいいと思うんだがな。……ここで素直に降伏してくれれば、警備兵にも俺から言い含められるんだが」
「下らねえ。俺がそんな言葉にはいそうですかって言うと思ってるのか? あまりふざけたことを言うんじゃねえ」
侮られたと感じたのだろう。
ジャビスは強い怒りを……それこそ、自分よりも強いヴィヘラに対するよりも強い苛立ちや怒りを視線に乗せ、レイを睨み付ける。
「レイ、無理よ。ジャビスはとてもじゃないけど、大人しくこっちの言うことを聞くような真似はしないわ。ここで素直に倒してあげた方がいいでしょうね」
レイの言葉に、ヴィヘラはそう告げた。
戦った経験から、ジャビスは絶対に降伏するといった真似をするとは思えなかったのだろう。
敵に降伏をするくらいなら、それこそ死んだ方がマシだと、そう思っているのをヴィヘラには理解出来た。
「……分かった。なら、そのまま戦いを続けてくれ。それとも、俺と戦うのを希望するか?」
「ちょっと」
レイの言葉に、ヴィヘラが不満そうな表情で視線を向ける。
折角戦いを楽しんでいたのに、何故ここでそのような真似をするのかと、責めるような視線を。
だが、レイはそんなヴィヘラの視線を意図的に無視し、ジャビスがどう答えるのかと、その返事を待つ。
そんなレイの視線に何を感じたのか、ジャビスは再び何かを怒鳴ろうとし……だが、不意にその動きを止めて少し考え、やがて大きく息を吐く。
数秒にも満たないような短い時間で何を思ったのか、息を吐き終わってからジャビスが改めてレイに視線を向けた時、既にそこには怒りの色は存在していなかった。
「いや、どうせ最後の戦いになるんだ。なら、例え異名持ちであってもお前とじゃなく、先程まで戦っていたそっちの女と戦いたい」
ジャビスの言葉にヴィヘラは笑みを浮かべ……一歩前に出る。
それを見たレイは、これ以上自分が何かをいうのは無粋でしかないと判断し、ヴィヘラとは逆に一歩後ろに下がる。
そして、ヴィヘラとジャビスはお互いだけを見て、次の瞬間には双方同時に動き……最終的に廊下に倒れたのは、ジャビスだった。
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