第1963話

 当然の話だが、レイ達が屋敷を捜査する為にやってきたと言っても、屋敷の持ち主は素直にそれを認めるようなことはしない。

 屋敷の敷地内からレイ達の様子を見ていた物見高い者達の中に屋敷の主がいたのはいいのだが、その屋敷の主人は、当然のようにレイ達が自分の屋敷の敷地内に入ることを拒否する。


「ふざけるな! 俺は貴族派のダンスリー子爵とも知り合いなんだぞ! それを、強制捜査だと? そんな真似をして、許されると思ってるのか!?」


 そう言ったのは、二十代半ば程の痩せ型の男だ。

 怒りで顔を赤くし、門の向こうから警備兵に向かって叫ぶ。

 だが、警備兵もそんな相手の態度は予想していたのか、落ち着かせるように話し掛けていた。


(貴族派、ね。……昨日の奴の話だと、今回の一件に関わっているのは国王派だとばかり思ってたんだけどな。もしかして、違ったのか?)


 あるいは、屋敷の主が直接関わっているのではなく、その下にいる者が何らかの理由で関わっているのか。

 叫んでいる男の周囲にいる使用人達を見回すレイだったが、特に違和感があるような相手はいない。

 少なくても、見るからに挙動不審な様子の者はいなかった。

 勿論、屋敷の中にいる全員がここに出てきている訳ではない。

 そもそも、警備兵達が来ているというのを知れば、もし本当に使用人の中に犯人がいた場合、それこそ屋敷の中に隠れているか、場合によっては逃げ出すといったことをしていてもおかしくはない。


「どう思う? 見た感じだと、怪しい人も、昨日レイ達を襲ったそれなりの強さを持つ人もいないみたいなんだけど」


 ヴィヘラもレイと同じことを疑問に思ったのか、周囲には聞こえないような声でそう尋ねてくる。


「そう言えば、そっちもいないな。……となると、もしかしてここは外れか? いや、でも昨日の屋敷が隣だと考えると、それはちょっと考えにくいし」

「だとすると、もしかしてこの屋敷は外れだったりするのかしら」

「それはないと思うけどな。ランガが敢えて俺達を選んで、この屋敷に行くようにと言ったんだ。それは、当然この屋敷が危険だからだと、そう思わないか?」


 実際にはレイの考えすぎかもしれないが、そう思っていた方がいいのは間違いない。


「おいおい、あまり驚かすようなことは言わないでくれよ」


 レイの背後で話を聞いていた冒険者の一人が、心底嫌そうな表情でそう告げる。

 本人はギルムを守る為ならということで、こうして今回の一件に参加したが、だからといってそこまで腕に自信がある訳ではない。

 少なくても、レイですら若干手を焼いたというピンクの触手に襲われたら、時間稼ぎをするのが精々といったところだった。

 そんなレイ達の視線の先では、警備兵がこの屋敷の主人に対してこれが強制捜査であることを告げていた。

 当然それでも屋敷の主人は認められずに騒いでいたが……


「皆さん、やって下さい」


 警備兵のそんな声と共に、レイ達のような冒険者や、そして他の警備兵達も行動に出る。

 半ば無理矢理、屋敷の敷地内に侵入したのだ。

 門番の類もいたが、冒険者や警備兵を相手にしてはどうやっても防ぐような真似は出来ず、侵入を許す。

 ことここにいたれば、屋敷の主人も騒いではいるものの、どうやっても自分がそれを止めるといったことが出来ないというのを悟ったらしい。

 そんな主人を尻目に、強制捜査に来た面々は屋敷の中に入っていく。


「セト、一応ないとは思うが、もしこの屋敷から逃げ出すような相手がいた場合、捕まえてくれ。とはいえ、最善なのは捕らえることだが、どうしても捕まえることが出来ないと判断したら、殺してもいい。……それでいいな?」


 レイがセトに言っている内容を聞いていたのだろう。屋敷の住人に怖々とした視線を向けられつつも、レイは警備兵に尋ねる。

 当然のように、尋ねられた警備兵もその言葉に頷き、更に屋敷の住人を怖がらせることになる。


(もしかしたら、街中でセトと遊んだことがある奴もいたのかもしれないな)


 ギルムではマスコット的な扱いを受けているセトだけに、この屋敷の住人の中にも、そんなセトを愛でたことがあった者がいる可能性はある。

 だが、レイからの頼みであれば、セトは例え自分を可愛がってくれた相手であろうとも、容赦することはない。

 ……出来れば、殺したくないという思いは抱いているだろうが。

 それでも、セトも自分を可愛がってくれる者が多いギルムを愛している。

 初めて行く村や街といった場所では、それこそグリフォンだからという理由で怖がられることが多いセトとしては、このギルムは愛すべき場所なのだ。


「グルルルゥ!」


 任せて! と嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子に、屋敷の主人もこれ以上は何も言えなくなる。

 もしここで何か言ったら、それが理由でセトに襲われるかもしれないと、そう思ってしまったのだ。

 それは他の使用人達も同じで、主人に習って動きを止め……その瞬間を、警備兵達が見逃す筈もない。

 すぐさま屋敷の中に入っていき、それに対して抗議の声を上げようとした使用人達を強引に突破する。

 レイもまた、そんな面々と一緒に屋敷の中に入っていく。


「最優先なのは、ランガ隊長も言っていたように地下空間に続く隠し通路の類です。隣の屋敷では階段だったらしいですが、この屋敷でも階段とは限りませんので注意して下さい。また、地下空間を見つけたら必要以上に中に入らず、すぐに上に戻ってくるように」


 触手の相手をするのは厳しいと思われる者も多いので、その判断は当然のものだった。

 詳細な注意についてはランガから既にされていたので、警備兵から簡単な注意を受けると、全員が行動に移る。

 レイとヴィヘラは、その中でも警備兵三人と共に行動することになる。

 本来ならもっと人数を分けた方がいいのでは? と思わないでもなかったが、昨日の屋敷では警備――と呼ぶには些か物騒だったが――の者達が何人もおり、その辺りの事情を考えると、やはり数人ずつ纏まって行動することになったのだろう。


「待って下さい! ちょっと、その……困ります!」


 屋敷に雇われているメイドや執事が勝手に屋敷に入ってきたレイや警備兵達に向かって制止の声を発するが、強制捜査である以上、警備兵達が動きを止めることはない。

 とはいえ、それはあくまでもメイドや執事だけのことであり……


「おっと、悪いけどここを通す訳にはいかないな」


 数人の兵士が、そう言いながらレイ達の前に立ち塞がる。

 貴族が雇う兵士程ではないが、それでも相応の強さを持っているのは間違いない。


「退いてくれ。こちらは警備兵としての仕事で動いているんだ。邪魔をするのであれば、こちらとしても強制的に対処しなければならなくなる」

「あんたが言いたいことは分かるさ。けど、俺だって雇われてここにいるのだ。屋敷の主が認めた客人ならともかく、それ以外の面々を相手に退くなんて真似は出来ないんだよ。例え相手が異名持ちの冒険者であってもな」


 レイを見ながらそう告げる様子を見れば、兵士もレイやヴィヘラのことを知っているのだろう。

 それでも、現在の自分の仕事を考えれば、異名持ちの冒険者であっても退くといったことはしなかった。


「予想していたよりも、随分と真面目な奴だな。ただ……ただ、こっちも強制捜査をやる為に来ている以上、そっちの都合は考えられないんだよ」


 そう言い、レイが警備兵達の前に出る。

 警備兵達も、出来れば目の前の兵士達に乱暴な真似をしたくはなかったが、だからといってこのまま引き下がる訳にもいかず、警備兵はレイに任せる。


「あまり乱暴にするなよ」

「ああ」


 兵士を気遣うような警備兵の言葉に、レイは短く答えるとそのまま歩み始める。

 兵士達は長剣や短剣を手に、自分達に向かって進んでくるレイに構えるが……次の瞬間にはレイが床を蹴って相手との間合いを詰める。

 その速度は、警備兵にはしっかりと見ることが出来ず、兵士達は微かにその存在を察して手にしてた武器を振るう。

 そこに、躊躇いのようなものはない。

 もしその一撃が命中すれば、それこそ命はあっさりと奪われることになるだろう。

 だが、レイを相手にした場合に手加減などということが出来る筈もなく、自分の仕事をする為には仕方がないという思いがあった。

 とはいえ、そんな一撃であってもレイに命中するといったことは出来ず……レイはあっさりとその一撃を回避し、兵士の胴体に拳を埋める。


「ぐっ!」


 短く苦悶の声を上げながら、一瞬にして意識を奪われて床に崩れ落ちる兵士。

 当然一人だけではなく、他の兵士達も次々に意識を失って崩れ落ちていく。

 数秒にも満たない一瞬のやり取り。

 たったそれだけで、兵士達は全員が意識を失って床に寝転がることになってしまった。


「悪いな」


 小さく呟き、レイは床に倒れた兵士達を一瞥し……その視線を、警備兵の方に向ける。


「取りあえず、これで俺達を邪魔する奴はいなくなった。後はこの屋敷を調べるだけだけど、どうする?」

「まずは数人ずつに別れる。……レイとヴィヘラには、出来れば別々に行動して欲しいんだけど、構わないか?」

「俺は構わないけど、ヴィヘラは?」


 警備兵の言葉に、レイはヴィヘラに尋ねる。

 視線を向けられたヴィヘラは、数秒考え、やがて頷く。


「分かったわ、それでいい。……レイと一緒に行動していれば、それこそ強敵が向こうから出てきてくれそうな気もするから、少し惜しいけど」

「俺は別に、強敵を引き寄せるといった能力がある訳じゃないぞ」


 そう言葉を返すレイだったが、実際にレイがこれまで幾つのトラブルに巻き込まれてきたのかを考えれば、普通ならヴィヘラの意見に賛成する者の方が多いだろう。

 事実、周囲で話を聞いていた者達の多くが、そんなヴィヘラの言葉に頷いていたのだから。

 レイもここで自分が何かを言っても勝ち目はないと判断したのか、そっと視線を逸らしながら口を開く。


「それで、強敵が出る可能性が高い俺と一緒に行動する物好きは誰だ?」

「俺が行くよ」

「なら、俺も行くか。……お前だけに残念な思いをさせる訳にもいかないしな。それに、レイがいれば何に襲われても取りあえず生きて戻ることは出来るだろ」

「あー、もういいから好きにしろ。ただし、本当にお前達が何かに巻き込まれても知らないからな。それでもいいのなら、ついてこい。で、そっちはどうする?」


 半ば自棄に近い様子でレイが尋ねたのは、自分とヴィヘラ以外の冒険者達だ。

 だが、その冒険者達は揃って首を横に振る。

 ……別にそれは、レイと一緒に行動すると死に直結する可能性が高いから……という訳ではなく、純粋に人数の問題からだ。

 警備兵達がそれぞれ別れて行動するということは、当然のようにそちらにも護衛の冒険者がつく必要がある。

 であれば、レイという巨大な戦力と一緒に行動するグループに、別の冒険者が一緒に行動する理由は必ずしも存在しない。

 寧ろ、レイだけで十分な戦力である以上、それ以外の場所に冒険者を配置した方が、有効だろう。

 残っていた冒険者と警備兵からそう告げられたレイは、微妙な表情を浮かべつつもその言葉に納得したように頷きを返す。

 そうして、屋敷の中に入った面々はぞれぞれが少人数ずつに別れて行動を始める。

 メイドや執事達はそれを止めようと考えるも、兵士達が一撃で気絶させられた光景を見せられれば、迂闊に動くような真似は出来ない。だが……


「おい、何をしている! さっさとあの連中を屋敷の外に追い出せ! お前達の雇い主の俺が命令しているのだぞ! その意味を分かっているのか!」


 屋敷の主人にしてみれば、自分の屋敷を例え警備兵であろうとも我が物顔で歩き回られるというのは面白い訳がなく……ましてや、そこには冒険者もいるとなれば許容出来る筈もない。

 何より、いきなりの強制捜査であった為に、屋敷の中には今まで行ってきた不正の証拠が幾つも存在している。

 それを警備兵に見つけられるというのは、絶対に避けるべきことだった。

 とはいえ、この屋敷で雇っている最高戦力は既にレイの前に沈んでいる以上、力尽くでどうにか出来る筈もない。

 結局騒ぐだけで、何ら有効な手段を取ることは出来なかった。

 普段であれば、こういうことがあった場合は警備兵を呼びに行けばそれでいい。

 もしくは、懇意にしている貴族に手を貸して貰ってもいい。

 だが、それはあくまでも相手がならず者の場合であったりした時の話であって、まさか警備兵が自分の屋敷を強制捜査するというのは、完全に予想外のことだ。

 結局屋敷の主人は、どうすればいいのかといった絶望の表情を浮かべ……覚悟を決めた顔で、その場を立ち去るのだった。

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