第1962話
大勢の警備兵と冒険者が歩いていれば、当然のように目立つ。
冬で寒く、春から秋に比べると外に出ている者が少ないとはいえ、それでも決して皆無ではない。
それどころか、仕事をしたり買い物をする為にはどうしても外に出る必要があり……そういう意味では、大勢が移動していれば人目につくのは当然だった。
そして人目に付けば、当然ながら何故このような真似をしているのかといったことを疑問に思い、集団の中に顔見知りがいれば尋ねるのも、また当然のことだろう。
「あ、おいダウル! なぁ、お前達何をしてるんだ?」
「あー……悪いな。ちょっとこれから大きな仕事があって、話しているような余裕はないんだ。今夜にでもお前の店に行くから、酒でもだしてくれや」
三十代のダウルと呼ばれた冒険者が、顔見知りの酒場の店主にそう答える。
店主の方はそれでも何か聞きたそうにしていたが、ダウルはこのまま話していると仲間に置いていかれると判断し、まだ何か言いたそうな店主をその場に残して去っていく。
街中を歩くような格好ではなく、鎧や武器をしっかりと装備していることから、間違いなく大きな騒動が起きるというのは、店主にも理解出来た。
「……生きて帰って来いよ! そしたら、取っておきを奢ってやる!」
後ろから聞こえてきた店主の言葉に、ダウルは軽く手を振って答え、そのまま進む。
他の場所でも、同じようなやり取りをしている者達が何人かいる。
(うーん、何だか映画みたいな光景ではあるけど……まぁ、この世界ではよくあることだよな)
セトとヴィヘラと共に歩きつつ、レイはそんな感想を抱く。
実際、死と隣り合わせの冒険者……ましてや、ギルムという辺境で活動している者にしてみれば、命懸けの戦いというのはそう珍しいものではない。
それからも何人かが似たようなやり取りを行いながら一同は進み……そのうち、貴族街に近づくということもあり、周囲には人が少なくなってくる。
中には、貴族街に強制捜査!? と驚く者もいたが、これからどこに向かうのかというのは、一応言ってはいけないことになっているので、それを言うような者はいなかったが。
もしこれが少数の冒険者達だけだったら、もしかしたらその辺を口にする者もいた可能性がある。
だが、今回は警備兵達も一緒にいたし、他の冒険者達も一緒な以上、そう簡単に口を滑らせるといったことをする訳にもいかない。
また、ギルムを愛する者が揃っているというのも、この場合は大きいだろう。
中には、そこまでギルムに対する郷土愛的な感情を抱いていない者も多いのだが……それでも、ギルムを嫌いな訳ではないし、街中には親しい相手も相応にいる。
「お、見えてきたな」
そんな中で貴族街が見えてきたのを確認すると、レイが呟く。
もっとも、レイ達はこのまま真っ直ぐに貴族街に向かう訳ではなく、途中で曲がるのだが。
「けど、不思議ね。これから向かう場所って国王派だけの建物じゃないんでしょ? だとすれば、貴族派や中立派も裏切ってるのかしら」
「どうだろうな。本物という表現は正しくないかもしれないが、ここにいるのは別に当主って訳じゃない。そういう意味では、本当の意味でその貴族とかを引き込むよりはやりやすいだろ。……それに、貴族街じゃないだけに裕福な商人とかが買ってるって可能性もあるし」
そう言いながらも、レイは商人云々はともかく、貴族が裏切ったというのは自分の言葉ながらも疑問だった。
ここはギルム。中立派を率いるダスカーの治める街だ。
そうである以上、貴族派の貴族が送ってくるのは当然のように当主が信頼出来る人物なのは間違いなく、中立派にいたってはダスカーがどれだけの人物で、どれだけの実力を持ってるのかというのは当然のように分かっていてもおかしくはない。
そのような相手をそう簡単に敵に回すというのは、レイにしてみればとてもではないが信じられない。
ましてや、貴族として活動してきた者達にしてみれば、抱く恐怖感はレイよりも強いだろう。
その辺りの事情を考えると、今回の一件は単純に国王派だけの仕業ではないのか? と思わないでもなかったが……実際に地下空間でレイが遭遇した相手は国王派に関係する人物だったのも事実だ。
もっとも、それはあくまでもその人物が自分で言っていたことであって、実際にはどうなのかというのは分からないのだが。
(俺が見つけた、暗号で書かれた書類。他にも幾つか手掛かりがあったから、その辺りから辿れるといいんだけど。……まぁ、あの手掛かりそのものもダミーって可能性は……否定出来ないか?)
そもそも、最悪の場合はレイが遭遇して触手に殺された男も、自分では国王派の人間と言っていたが、どこまでが本当なのかは分からない。
いや、実際に本人は完全にそう思い込んでいるように見えたが、それはあくまでもその本人がそのように思い込まされていただけ……という可能性も否定しきれない。
(まぁ、そこまで言うと色々と無理があるような感じがしないでもないけど)
そのように考えながら歩いていると、不意にその歩みが止まる。
レイが止めようと思って止めたのではなく、前方を歩いていた者達が止まったからこそ、レイもまた足を止めたのだ。
とはいえ、レイもその理由は分かった。
何故なら、ここから昨日強制捜査をした屋敷が見えるし、その屋敷にあった地下空間から繋がっているだろう他の屋敷も見ることが出来たのだから。
(あの地下空間の広さから考えると、本当にこの辺りの屋敷の殆どにまで広がっていると思っても間違いじゃないな。……正直なところ、一体どうやってあんな空間を作ったのか、普通に知りたい。地形操作とか、そういう感じのスキル……いや、土系の魔法とかか?)
前方でランガやその周辺にいる警備兵が、誰がどの屋敷に向かうのかといったことを説明しているのを聞きながら、レイは昨日潜った地下空間を思い出す。
今回の強制捜査では、昨日レイ達が潜った地下空間を見つけたら、すぐにその場から引き返すようにと言われている。
そして、もしどうしてもそれが不可能でピンクの触手と戦うようなことになったら、倒すのではなく防御に徹して生き延びることを最優先にするように、とも言われていた。
ピンクの触手についての説明は、既にされている。
牙や口の類もないのに、触れただけで内臓や肉、体液といったものを吸収するという、特殊な能力を。
だが、それは触手に触れなければ安全だということでもあり、だからこそ防御に徹するようにと言われたのだ。
「レイ、私達の番よ」
「ああ。……セト」
「グルゥ!」
ヴィヘラの言葉にレイは短く答え、セトと共に前の方に行く。
「レイ君達には、彼らと一緒に行動して貰うよ」
そう言ってランガが示したのは、一つの集団。
ただし、明らかに他の集団と比べると人数が少ない。
どういうことだ? という疑問をレイが抱いた時、そんなレイの疑問を口にするよりも前に、ランガが口を開く。
「レイ君達の人数が少ないのは、戦力を均等に分ける為だよ。……寧ろ、レイ君達全員がそっちに入ると、戦力は間違いなくレイ君達が一番上だろうね」
ランガの言葉に、周辺で話を聞いていた他の者達が同意するように頷く。
実際、レイ、ヴィヘラ、セトという二人と一匹の戦力は莫大なものとなる。
だからといって、人数が少なくても構わないかと言われると……レイとしても、素直に頷くことは出来ない。
「戦力的な問題については納得したけど、だからといって人数が少ないのはちょっと納得出来ないぞ。捜査をする場合の人手が足りないんじゃないのか?」
二人と一匹のうち、特に一匹。セトは、当然のように捜査に協力することは出来ないし、屋敷の中に入るのも難しい。
レイやヴィヘラも、戦力としては問題はないが警備兵のような捜査に慣れている訳ではない。
そうなると、当然のように警備兵達の負担は大きくなる。
「それは分かるんだけどね。こちらも使える警備兵の数はどうしても限られてるんだ。勿論、他の場所の捜査が終わったら、そちらに応援を向かわせるよ」
ランガも、出来ればレイ達にもっと警備兵や冒険者を揃えたいとは思った。
だが、待ち受けている相手が強敵と思われる以上、どうしても戦力の方で均等にする必要があった。
……実際、レイ達のチームに入りたいと希望する警備兵が多いのは、どうしてもその辺が関係しているのだろう。
もし敵が現れても、レイやヴィヘラがいれば自分達に被害は出ないだろうと、そのように思って。
「レイ、別にいいんじゃない? 強敵を他の人に横取りされる心配もないし」
「いや、そういう心配をしているのは、多分ヴィヘラだけだから。普通はそんな心配をしないと思うぞ」
「あらそう? まぁ、レイがそう言うなら、一応そういうことにしておこうかしら」
完全には信じていない様子で、ヴィヘラはそう告げる。
そんなヴィヘラに対し、何かを言い返そうとしたレイだったが、それよりも前にランガが口を開く。
「悪いけど、痴話喧嘩はその辺にして貰えるかな。今はまず、強制捜査の方を優先させる必要があるからね」
痴話喧嘩と言われたヴィヘラは若干嬉しそうな様子を見せたが、それ以上は何も言わない。
レイもまた、自分達のことで時間をとらせるのはどうかと思い、沈黙を保つ。
そしてセトは、どうしたの? といった様子で不思議そうにそんな二人を眺めていた。
二人と一匹の様子を見たランガは、話は纏まったとして口を開く。
「では、それぞれ強制捜査に掛かって下さい! 向こうが何を言ってきても、そしてどのような権威を使って強制捜査を断ろうとしてきても、決して退かないように。ダスカー様からの許可は貰ってます。また、それでも何かあった場合の責任は警備隊の隊長として私が取ります!」
そんなランガの言葉に背中を押され、それぞれが割り当てられた屋敷に向かう。
なお、レイ達が割り当てられたのは、昨日強制捜査をした屋敷の隣の屋敷だ。
……もっとも、隣と表現はしても屋敷の敷地はそれなりに広いので、街中での隣という程に近いわけではないのだが。
そのような場所を割り当てられたのは、やはりレイが昨日ピンクの触手と遭遇したからというのが大きい。
勿論、あの地下空間はこの周辺にある屋敷とそれぞれ繋がっている可能性が高いのだが、それでもやはり直接ピンクの触手と遭遇した時に強制捜査をしていた隣の屋敷というのは、皆が嫌がる理由としては十分なものがある。
「結局あの地下空間に続いている可能性が高いのは、どこでも変わらないと思うんだけどな」
「あら、でもレイが昨日入った地下空間に続いていない屋敷もあるかもしれないわよ? その屋敷を所有している人にしてみれば、いきなり強制捜査されるんだから、最悪だろうけど」
「それは……そうだろうな」
ヴィヘラの言葉に思わず同意するレイだったが、その話を聞いていた、レイ達と一緒に行動する冒険者の一人が、口を開く。
「しかも強制捜査だから、もし何か犯罪に関わっていたりしたら、今回の件に関係なくてもそっちで捕まる可能性もありますしね」
「悲惨すぎる」
今回の一件の巻き添えのような形で捕まえられるのだから、もしそうなったとしたら運がないのは間違いない。
もっとも、それはあくまでも犯罪に関わっている場合の話だ。
もし何もないのであれば、強制捜査されても問題はない筈だった。
(いやまぁ、そもそも強制捜査されるのが嫌だって気持ちは分かるけど)
犯罪の有無に関わらず、見知らぬ者達が大量に自分の住む屋敷に入ってくるというのは、とてもではないが良い気分を抱くようなことは出来ない。
「警備兵としては、何とも言いにくい会話をしてくれるな」
レイ達を含めた冒険者達の会話を聞いていた警備兵の一人が、苦笑と共にそう言ってくる。
警備兵にしてみれば、何と言えばいいのか困るような話題なのは間違いなかった。
「あー……悪い。話題の選択が不適切だったか?」
「そうでもないけど、これから強制捜査に取りかかるということを考えると、出来れば士気が落ちるような真似はしないでくれると助かるな。それより……そろそろ行くぞ。向こうもお待ちかねだ」
警備兵の言葉に、レイは自分達がこれから強制捜査をする予定の屋敷に視線を向ける。
当然の話だが、屋敷からそう離れていない場所で警備兵や冒険者といった面々が集まっていれば、嫌でも目立つ。
そして、当然のようにそのようなことがあれば、何があったのかと物見高い者達が集まるし、同時にその家に門番がいれば、警戒を厳しくするのは当然だった。
昨日のように、少人数――あくまでも今日と比較しての話だが――であれば、話はまた別なのだろうが。
恐らくスムーズに物事は進まないだろう。
そう思いつつ、レイは目的の屋敷に向かって他の者達と共に進むのだった。
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