第1924話
スーチーを始めとしたスラム街の面々が倉庫で暮らすことになった翌日……レイはいつものように、まだ完全に日が出ていない早朝に、ギルムの正門前にいた。
周囲にいるのは、昨日よりも明らかに増えた冒険者達。
そして、冒険者ではないが解体の技能を持っている者も増えているし、スーチー率いるスラム街の住人の数も八十人程にまで増えていた。
冒険者だけが増えたのであれば、それこそギルムに入ってくるコボルトの数が、レイの作った土壁によって減ったから……というのがあるだろう。
だが、それ以外の者達は……特に冒険者ではなく、単純に解体技能を持っている者達が増えたのは、やはりギガント・タートルの肉が貰えるというのが大きい。
また、スラム街の住人が増えているのは、スーチーが昨日の一件をスラム街に戻った時に信用出来る相手に話し、様子見をしていたがこれは信用出来ると判断した者達だ。
当然そのような者達も、殆どがスラム街から倉庫の中に住居を移している。
そんな中で、手続きを終えたレイ達はいつものようにギルムの外に出たのだが……
「やっぱりな」
「グルゥ」
正門を開ける前から……いや、正門に近づいてきた時から、門の向こう側から漂ってきていた血臭がより一層濃厚になったことにレイが呟き、その隣でセトもそれに同意するように喉を鳴らす。
正門を開けるまではその血臭に気が付かなかった者達も、門を開けたことでその臭いに気が付いたのだろう。
ざわめく者が多い。
とはいえ、ギガント・タートルの解体をした場所には朝になれば、それなりの数のモンスターがいるというのは、これまでの数日で分かっている。
その為、強い血臭を嗅いでパニックになる者は、そこまで多い訳ではなかった。
今日始めてこの仕事をすることになった者達にその割合は大きい。
「レイさん、お願いします」
「分かってる」
いつものギルド職員に頼まれ、レイはセトと共にギルムの外に出て……
「へぇ」
その瞬間、目に入った相手を見てレイは感心とも驚きともつかない声を上げる。
視線の先にいたのは、レイも以前戦ったことがあるモンスターであり、同時に戦ったことのないモンスターだったからだ。
身長は五mをオーバーしており、身体には何らかのモンスター、もしくは動物のものと思われる毛皮を巻いている。
圧倒的なまでの迫力を見ている者に与えるような、発達した筋肉。
眼球は一つで、口から鋭い牙が生えていた。
ランクCモンスターのサイクロプス……ただし、その個体は明らかに普通のサイクロプスとは違う。
何故なら、皮膚の色が普通のサイクロプスのように青や緑の類ではなく、白なのだ。
それも白人のような意味での白ではなく、雪のような純白。
つまり、それは……
「希少種、もしくは上位種か」
呟くレイの言葉に、純白のサイクロプスは咀嚼していた何かを地面に吐き捨てる。
それは、レイにとってもここ数日見慣れた代物……コボルトの上半身だった。
下半身は喰い千切られて既になく、地面に吐き捨てられた上半身からは内臓が見えている。
「ひっ!」
そう悲鳴を上げたのは、レイの後ろにいる者の一体誰だったのか。
だが、それも当然だろう。通常のサイクロプスでさえランクCだというのに、このサイクロプスは希少種、もしくは上位種だ。
つまり、通常のサイクロプスよりもランクが上ということになり……ランクBのモンスターということになる。
腕利きの冒険者が多いギルムだが、ランクBモンスターのような高ランクモンスターを容易に倒せる者が大量にいるかと言われれば、ギルド職員は黙って首を振るだろう。
高ランク冒険者と見なされるランクB冒険者からは、その数が極端に少なくなるのだから。
勿論、ランクC冒険者であっても、人数を揃えて罠を仕掛けたり、自分達に有利な戦場で戦うということになれば、勝つことも出来るだろうが……犠牲が出る可能性もまた、高くなる。
その上、ここにランクB以上の冒険者はいない。……そう、レイを除いては。
もう少し後であれば、ヴィヘラがいたかもしれないが、基本的にヴィヘラがやってくるのはもう少し後だ。
(ヴィヘラに羨ましがられるのは、間違いないだろうな)
強敵との戦いを楽しみにしていたヴィヘラだけに、レイだけがこの白いサイクロプスと戦ったとなれば、間違いなく羨ましがるだろう。
そんな風に思いつつ、この白いサイクロプスの魔石を自分が入手出来ることに喜びを感じる。
ミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出し、口を開く。
「セト、後ろから回り込め!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴いて昨夜の間に降った雪の上を走る。
白いサイクロプスは、当然のようにそんなセトを一つしかない目で追う。
白いサイクロプスにとって、やはり一行の中で一番危険な相手だと感じたのはセトなのだろう。
だが……レイを前にして、セトに視線を向けるというのは、致命的なミスだと言っても良かった。
コボルトとサイクロプス、もしくはそれ以外のモンスターとの戦いで踏み荒らされた雪の上を、レイは走る。
疾走と呼ぶに相応しい速度で白いサイクロプスとの間合いを詰め……
「ガアアアアァアァアッ!」
そんなレイの存在に気が付いたサイクロプスは、口を開け……次の瞬間、猛烈な吹雪がその口から放たれる。
アイスブレス。
普通のサイクロプスであれば、有り得ない攻撃手段。
だが、相手が通常のサイクロプスではないというのはその外見から明らかであり、当然のようにレイも何らかの特殊な攻撃手段を持っているのは理解していた。
スレイプニルの靴を使い、空中を飛ぶ。
自分の真下を吹雪が通りすぎていくのを見て、そして今が冬、最後にこれは半ばこじつけに近いのかもしれないが、新雪のような純白の体色を見て……レイは半ば確信する。
(なるほど、こいつは多分冬だけに出てくるモンスターの一種だろうな)
今までにも、レイは何度か冬だけにしか現れないようなモンスターと戦った経験がある。
大抵が通常のモンスターよりも強く、特に大きな特徴としては、このサイクロプスのように白い外見をしていたということか。
空中を跳んでいる間にそんなことを考えていたレイだったが、次の瞬間には間近に迫ったサイクロプス目掛け、デスサイズを振るう。
「パワースラッシュ!」
そのスキルは、デスサイズの斬れ味は落ちるものの、一撃の威力は増すという攻撃。
自分に向かって袈裟懸けに振るわれるデスサイズの刃に、白いサイクロプスは命の危険を覚えたのだろう。半ば反射的に右手を前に出し……
斬っ、と。
サイクロプスの右手は肘から先が切断され、回転しながら空中を飛ぶ。
その切断面がいつものように滑らかでないのは、やはりパワースラッシュを使った為だろう。
もっとも、サイクロプスにしてみれば、肘から先の右腕を切断されたのだから、その切断面が綺麗でも汚くても意味は一緒だが。
「ガッ、ガアアァ、ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
一瞬腕を切断されたことが理解出来なかったのか、戸惑ったような声を上げる白いサイクロプス。
だが、腕を切断されたというのを確認した瞬間、痛みが襲ってきたのだろう。
激しく吹き出す血を押さえようとし……次の瞬間、白いサイクロプスの背後に回ったセトの横殴りの一撃、パワークラッシュにより、真横に吹き飛ばされる。
身長五mを超える、筋骨隆々の体格。
右腕の肘から先はレイのデスサイズによって切断されたが、それでもその白いサイクロプスがどれだけの体重を持っているのかは、容易に想像出来るだろう。
事実、離れた場所でレイの戦闘を見ていた者達は、その光景を自分の目で見ていても何か起きたのかを最初は理解出来なかった。
白いサイクロプスの半分程の大きさしかないセトの一撃により、その巨体は十m近くも吹き飛んだのだ。
数度地上にバウンドしていくその様子は、見ている者の目を奪わせるには十分な驚きをもたらす。
「セト、俺の一撃の後に追撃を!」
叫びつつ、レイはデスサイズを地面を落とし、左手に持っていた黄昏の槍を右手に持ち替え、魔力を込める。
普通に槍で攻撃をするだけであれば左手で十分使いこなせるレイだったが、やはり投擲となると利き腕の右手で行う方が威力は高いし、狙いも正確となる。
空中を貫いて飛んでいった槍は、左腕だけで何とか起き上がろうとしていた白いサイクロプスの胴体を貫き……そのままあらぬ方向に飛んでいく。
……が、次の瞬間には、その槍はレイの手元に戻ってきた。
黄昏の槍の能力の一つ、好きな時に自分の手元に戻すことが出来るというものだ。
「ガ、ガァ……」
その一撃が致命的な一撃だったのは事実だろうが、それでも白いサイクロプスはまだ息があり、何とか起き上がろうとし……
「グルルルルルルルゥ!」
再び振るわれるセトの一撃。
先程のパワークラッシュ程ではないが、セトの素の能力であってもその一撃は十分であり……白いサイクロプスの頭部を爆散させることはなかったものの、首の骨を折るには十分な威力を持っていた。
「グ……ガ……」
その一撃が致命傷となり、白いサイクロプスは地面に崩れ落ちる。
とはいえ、本当にその一撃で死んだのかどうかが分からない以上、レイもセトも白いサイクロプスへの警戒を止めるようなことはない。
何かあった時、すぐにでも対応出来るように準備しつつ……レイは地面のデスサイズを手に、二槍流の状況のままに全く動かない白いサイクロプスに近づいていく。
その間にもセトは何かあったらすぐにでも攻撃出来るように準備していたが……レイが白いサイクロプスのすぐ側まで近づいても、反応する様子はない。
デスサイズの石突きで白いサイクロプスの太ももの辺りを突き刺してみるが、やはり身動きはしない。
それを確認し、最後に念の為とデスサイズを一閃。
綺麗に首を切断し、地面に倒れていた為に、白いサイクロプスの首から吹き出る血は、湯気を上げながらまだ地面に残っていた雪を赤く染めていく。
『わあああああああああああああああああああああああああああああっ!』
首を切断された白いサイクロプスを見て、そこでようやくレイとセトが勝利したと判断したのだろう。
少し離れた場所で様子を見守っていた者達の口から、これでもかと言わんばかりの歓声が上がる。
レイはそんな歓声を聞きながら、切断された白いサイクロプスの首をミスティリングに収納する。
身体も……と思ったが、身長五mだけあって、その身体には大量の血が流れており、首から流れ出ている血が止まる様子は一切ない。
(やっぱりまずは血抜きをする必要がある……んだけど、どうすればいいんだ?)
これが猪や鹿といった動物、そうでなくても普通のモンスターであれば、木の枝か何かに首を下にしてぶら下げ、血抜きをするという方法が使える。
だが、ギルムの近く、それもギガント・タートルの解体をしている場所である以上、木の類は殆ど生えていない。
いや、生えていても白いサイクロプスをぶら下げられ、それでいてその重量で折れないような木というのは、この辺に生えている木でというのはちょっと無理だ。
(そうなると、どこか大きな木がある場所まで運んでいって血抜きをするのが最善か? もしくは……ギガント・タートルの甲羅にぶら下げて……やめておいた方がいいか)
ギガント・タートルというだけあって、その甲羅は巨大で、間違いなく何らかの役に立つという確信が、レイにはあった。
そうである以上、その甲羅を血で汚すような真似は避けた方がいいのは確実だ。
そんな風に考えながら、今回頑張ってくれたセトを撫でていたレイは、ギルド職員が小走りで自分の方に走ってくるのが見えた。
「レイ殿、凄いですね。まさか、こんなモンスターを倒すとは……」
「ああ、そう言って貰えると俺も嬉しい」
「それで、このサイクロプス……恐らくスノウ・サイクロプスだと思いますが、解体はどうしますか?」
「……スノウ・サイクロプス? 俺はこのサイクロプスを初めて見たけど、そういう名前なのか」
「あ、はい。その名の通り、冬の間だけ姿を現すサイクロプスの上位種です。ランクBモンスターで、かなりの強さを持つのですが……レイ殿に掛かれば、呆気なかったですね」
ランクBモンスターを、半ば瞬殺と表現してもいいような戦いを見せたレイは、当然のようにギルド職員から……そして解体要員達からも、感嘆の視線を向けられる。
「あー……そうだな。まぁ、このくらいなら。それで、ギガント・タートルを出したら、俺はセトと一緒にこのスノウ・サイクロプスの血抜きをしてこようと思うんだけど、構わないか?」
「はい、問題ありません。その、良ければそちらの解体もここで行っても構いませんが、どうします?」
そう尋ねるギルド職員に、レイは出来るのなら頼むと告げるのだった。
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