第1852話
セイソール侯爵家の者達が動いている。
それを聞いたレイだったが、だからといってそれでどうにか出来る訳ではない。
少なくても、レイがセイソール侯爵家に出向いて、何かあったんですか? と、そう聞いても、普通なら教えるようなことはないだろう。
そもそも、秘密裏に動いていたということは、すなわち人に知られたくないということだ。
そうである以上、今のレイに出来ることは、何かあったら即座に行動に移すことと……
「ふむ、これはどうじゃぞい?」
「うーん……効果がな。水を出すってだけなら、それこそ俺のマジックアイテムに似たようなのがあるし」
こうして、レムリアと昨日の一件……新鮮なセトの羽根を渡した報酬として、魔法を封じ込めた宝石についての交渉をすることしか出来なかった。
もっとも、既に今のレイは使えそうな魔法の封じ込められた宝石を選ぶことの方に意識がいっており、セイソール侯爵家の一件は頭の片隅にしか存在していなかったが。
「水が出るだけと言うが、この宝石で出てくる水の量はかなり多いぞい? それこそ、この部屋一杯になるくらいには」
レムリアにそう言われたレイは、改めて現在自分がいる部屋を見回す。
この部屋は広さにして三十畳程か。
もっとも、実際に畳がある訳ではないし、レイの感覚的なものなので実際には多少前後するだろうが。
「この部屋一杯に、か。……なるほど。そう考えれば使い道はありそうだな」
そう言いながら、レイが思い浮かべたのは火事だ。
三十畳程の広さの部屋の水であれば、本格的な火事は無理でも、小規模な火事であれば一瞬にして消火する事も不可能ではない……かも、しれない。
(けど、消火するってだけなら、それこそ水で消火するよりも燃えてる建物なり何なりの周囲を壊した方が手っ取り早いんだよな)
実際、延焼を防ぐという意味で燃えている建物の周囲を破壊するという方法は広く知られているし、このエルジィンでも頻繁に行われている。
そのような真似をすれば、自分の家なりなんなりを壊された者は不満を持つ。
燃え広がる前に消火に成功していれば、自分の家は壊されずにすんだと、そう思うのは当然なのだから。
それでも水を用意するよりも手っ取り早い方法である以上、多用されるのは当然だった。
「ふぅむ。これはお気に召さないと。では、こっちはどうじゃぞい?」
次にレムリアが用意したのは、緑色の……エメラルドに似た宝石だった。
もっとも、レイは別に宝石に詳しい訳でもないので、実際にその宝石がエメラルドかどうなのかは分からないが。
その宝石をじっくりと見るレイ。
報酬として貰える、魔法が封じられた宝石の数は五個。
そうである以上、厳選に厳選を重ねる必要があった。
「この宝石の効果は?」
「特定の方向に向けて……そうじゃな。短剣よりも少し大きいくらいの風の刃を大量に飛ばす攻撃が出来るぞい」
「へぇ、それは便利だな」
刃を飛ばすという意味では、レイの持つデスサイズの飛斬も似たようなものだと言ってもいいだろう。
だが、飛斬で放つ斬撃は一撃の威力は大きく効果範囲も広い――長剣の類ではなく、大鎌での一撃なのだから当然だろう――が、飛ばせる斬撃の数は一つだけだ。
そういう意味では、レムリアが見せた緑色の宝石は決して悪いものではない。
強敵との戦いではそこまで役に立たないだろうが、それこそゴブリンを始めとして数で押してくるような相手に対しては、効果的な代物なのは間違いない。
……レイは広範囲殲滅魔法を得意としているので、他に幾つも同じような攻撃方法は持っているのだが、それでも選択肢は多い方がいい。
「具体的な効果範囲は? 短剣くらいの風の刃ってことは、一撃の威力はそこまで強力でもないんだろうけど」
そんなレイの疑問に、レムリアは知ってる限りの情報を教える。
レイが予想したように、一撃の威力そのものはそこまで強くはない。
だが、一方向ということで効果範囲はそこそこ広く、何よりもレイが魔法を使う時のように呪文を詠唱する必要がないというのは、非常にありがたい。
魔法そのものは既に宝石の中に封じ込められているので、それこそ魔法を発動させるという意思で、マジックアイテムを使う要領で魔力を流せばいいだけなのだ。
言うまでもなく、魔法使いにとって呪文の詠唱というのは非常に厄介な代物だ。
呪文を詠唱している間は、どうしてもそちらに注意する必要があり、周囲への警戒が疎かになる。
レイを始めとした一流、もしくはそれ以上の者達であれば、呪文の詠唱をしている際に攻撃を食らうという事はほぼないが、それでも絶対ではない。
……もっとも、レイの場合はセトに乗って上空という敵の攻撃が届かない場所で呪文の詠唱を行うといった真似も出来るのだが。
ともあれ、それはレイが希少な例外であるというだけで、普通の魔法使いにとって呪文の詠唱が厄介なのは間違いない。
そうである以上、呪文の詠唱がないままに魔法の効果を発揮するというこの宝石は、非常にありがたい代物なのは間違いなかった。
いや、マジックアイテムで、魔法使いでなくてもそれを使えるということは、それこそ魔法使い以外の者にとっても非常に便利な代物でもあるだろう。
とはいえ、それを入手する為にはかなりの大金が必要なるのは間違いないのだが。
今回はセトの新鮮な羽根というものを渡した報酬に、この宝石を貰っている。
だが、もしこの宝石を買うとすれば、それこそちょっとやそっとの値段では買うことは出来ないだろう。
元々の宝石の価値だけで考えても相応な物なのに、それに魔法が封じ込められているのだ。
まさかそのようなマジックアイテムが、ただの宝石よりも安いという事はまず有り得なかった。
(以前エグジルでプリがこの宝石を使ったのを見たことがあったけど、かなり便利そうな代物だったしな。いや、寧ろあれが金で買えるのなら、それこそ運が良いんだと思う)
レイのデスサイズやドラゴンローブ、ミスティリングのような物は例外としても、スレイプニルの靴、黄昏の槍、流水の短剣……それ以外に幾つも持っているマジックアイテムは、どれも希少性の高い物が多い。
そうである以上、これらのマジックアイテムを欲しいからと金で買おうとしても、普通ならまず無理だ。
であれば、レムリアが持つ宝石を金で買えるとしたら、それは幸運以外のなにものでもない。
「じゃあ、取りあえずこの緑の宝石で一個。残りは……他に何かお勧めはあるか?」
様々な色と形、大きさの宝石が複数テーブルの上に置かれているが、レイはその宝石を見ても具体的にどのような効果があるのか分からない。
であれば、直接レムリアに聞いた方がいいと、そう考えるのは当然だろう。
「そうだね、これなんかはどうじゃぞい?」
レイの言葉にレムリアが指さしたのは、白い宝石。
透明な水晶……という訳でもなく、純粋に白い宝石なのだ。
これが白濁しているのであれば、魔法を込めるのに失敗したのかといった風に思ってもおかしくはないのだが、その白は明らかに白濁ではなく純粋な白だ。
「これは?」
「この宝石には、強めの回復魔法が封じられているぞい」
「へぇ」
興味深そうな視線を純白の宝石に向けるレイ。
回復魔法というのは、ただでさえ数の少ない魔法使いの中でも、更に使える者は少ない魔法だ。
レイが率いる紅蓮の翼の中でも、回復魔法を使えるのは精霊魔法使いとして桁外れに高い能力を持っているマリーナだけだ。
そもそも、パーティーの中に回復魔法を使える者がいるという時点でかなりの幸運に恵まれている……と言えば、具体的にどれだけ回復魔法使いが希少な存在なのかわかりやすいだろう。
「強めの回復魔法って話だけど、具体的にはどのくらいの傷なら治せるんだ? 致命傷の類いは?」
「そこまでは無理さね。ただ、骨折程度であれば瞬時に治療が出来るよ」
「……骨折か」
骨折にも、種類は色々とある。
その部位によってはかなり治りにくかったりもするし、また同じ部位であっても折れ方によっても治療の難易度は前後する。
だが、それはあくまでも普通に治療するのであればの話であって、これが魔法でとなれば大きく話も変わってきてしまうのだ。
その辺りを完全に無視出来る訳ではないが、それでも普通に治療する時に比べれば、随分と楽になるのは間違いない。
「貰おう。残りも全部回復の魔法が封じられた奴にしてくれ」
「おや、随分と思い切りがいいぞい?」
少しだけ意外そうな表情を浮かべつつも、レムリアはレイの判断に納得した表情を浮かべる。
回復魔法の使い手が少ない以上、回復手段は幾つあってもいいのだから。
回復魔法以外にも、ポーションの類は存在しているし、それ以外にも回復魔法の効果を発揮するマジックアイテムというのもある。
だが、ポーションよりは回復魔法の方が効果は大きいし、治療する速度という点に関しても上だ。
そうである以上、やはり回復魔法の方が格としては上なのだ。
「まぁ、回復手段があるというのは、色々と使い勝手がいいからな」
そう告げるレイが考えているのは、いざという時のことだろう。
具体的にいつどのようにしてそんな時が訪れるのかは分からないが、そのいざという時の為の用意を怠った為に、怪我を回復出来ずに死ぬというのは、絶対にごめんだった。
勿論それはレイだけではなく、レイがパーティーを組んでいる他の面々……そしてパーティーは組んでいなくても、エレーナが怪我をした時に即座に治療出来る手段があるというのは、大きい筈だった。
(まぁ、あのエレーナがそこまでピンチになるような事があるとは、思えないけどな)
レイが知っているエレーナというのは、エンシェントドラゴンの魔石を継承した事により、かなりの強さを持っている。
それこそ、戦闘狂のヴィヘラに何度となく模擬戦を求められるくらいには。
「では……これで良いかぞい?」
そう言い、レムリアは風の刃を特定方向に複数放つ緑の宝石を一つと、回復魔法が封じられた白い宝石を四つ、レイに渡す。
それを受け取ったレイは、一応宝石を確認してから頷きを返す。
「ああ、これでいい。……ちなみに、一応聞いておきたいんだけど、この宝石魔法って封じた魔法の属性によって色が変わるのか? 俺が知ってる限りでは、そんなことはなかったと思うけど」
そう言うレイだったが、エグジルでプリが見せた宝石魔法の全てを知っている訳ではない。
だが、それでもプリとの戦いで見た宝石魔法は、色でその属性が変わっていなかったように思えた。
……宝石という存在に並々ならぬ愛情を抱いていたプリにしてみれば、それこそ宝石に魔法を封じた結果として、宝石の美しさが損なわれるのを許容するとは到底思えなかった、というのもある。
「ん? ああ、そのことかぞい。本来の……儂が接収した宝石魔法の技術では、そうだったんじゃが、生け贄を使わないことによって生じた変化だと思って欲しいぞい」
「あー……なるほど。そう言われれば納得するしかないな」
レイには細かいところまでは分からなかったが、それでも大体の内容は分かった。
生け贄を必要とせずに宝石に魔法を封じられるようになった欠点が、属性によって宝石の色が変わるという事なのだろう。
(いや、欠点とも言い切れないか? プリならどの宝石にどの魔法が封じられているのかが分かってもおかしくないけど、宝石に詳しくない者なら、それこそ色でどのような属性の魔法が封じられているのかが分かるのは、寧ろありがたい)
もっとも、それは敵に宝石魔法についての知識を持っている者がいれば、容易に相手がどのような魔法を使おうとしてるのかが知られてしまうということを意味しているのだが。
「じゃあ、この宝石は貰っていく。また何かあったら依頼してくれ。その時も魔法が封じ込められた宝石で支払ってくれると、こっちは嬉しいけどな」
「ふぉふぉふぉ。そうなると、迂闊にレイには依頼出来ないぞい。宝石に魔法を封じるこの技術は、かなりの手間が掛かる故にな。今回のように緊急の時でもなければ、そう簡単に報酬には出来んぞい」
レイの言葉に、レムリアはそう告げる。
事実、レイは知らなかったが、宝石を魔法に封じ込めるという行為に掛かるコストは莫大なものだ。
……プリが生け贄を使って作っていたところを、生け贄を使わずにやっていることが、その大きな理由だろう。
「なら、その宝石を報酬として支払ってもいいような依頼があったら呼んでくれ」
そう告げ、レイは宝石をミスティリングに収納して部屋から出て行くのだった。
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