第1811話
ケレベル公爵家の客人として訪れている、異名持ちの冒険者とアネシスの冒険者や貴族の部下達が模擬戦をする。
この話は、依頼があった冒険者達から住民の間にも広がり、多くの者がその模擬戦に興味を示していた。
そうなれば、当然のように今回の一件を盛大な催し物にしようと考える者もおり……そのような者達、主に商人達からの要望がケレベル公爵のリベルテにも伝わる。
「そういう訳で、模擬戦を大々的に行いたいという要望が来ている」
どうかね? と、リベルテの視線がレイに向けられた。
いつもであればこの手の話は食事の時に行われるのだが、今日はレイがリベルテの執務室に呼ばれて、その話を聞かされている。
「いや、俺は報酬を貰って模擬戦を行う以上、ケレベル公爵がやると言うのであれば文句はありませんけど……でも、そんな場所があるんですか?」
闘技場の類があれば、模擬戦をやるのにも問題はないだろう。
だが、アネシスに闘技場の類は存在しない。
なら、最近レイがフィルマ達ケレベル公爵騎士団と一緒に訓練をしている場所か。
そうも思ったレイだったが、あの場所は訓練をするのに十分な広さはあるが、ミレアーナ王国第二の都市たるアネシスの住人が集まるにしては小さすぎると思い直す。
そんな風にどうするべきかと考えているレイだったが、リベルテはそれに問題はないと口を開く。
「もしレイが見世物になっても構わないというのであれば、アネシスの外に模擬戦の舞台を用意しよう。もっとも、そんなに時間がある訳でもない以上、地ならしをして簡単な観客席を作るくらいだがな」
「いいんですか? アネシスの外でそんなことをして」
「勿論、いざという時の為に模擬戦の時は警備の兵士を用意する。それに、ここは辺境にあるギルムではない。モンスターが現れることはあるが、そこまで頻繁にではないし、盗賊の類もわざわざ自分から近づいてきたりはしない」
そう言われ、レイも納得する。
もしここがギルムであれば、盗賊はともかくとして、多くのモンスターが襲ってきても不思議ではない。
ましてや、今は冬で既に雪も降っている。
この時季になれば、春から秋に掛けて動き回るモンスターの動きは鈍くなるが、冬にしか出て来ないようなモンスターは、寧ろ活発に動き回る。
その手のモンスターは大抵が強力なことが多く、アネシスにいる普通の兵士では慣れていないこともあって、襲撃された時に対処するのは難しいだろうという思いもレイの中にあったのだが、杞憂だったらしい。
(もっとも、模擬戦にセトを連れていけばモンスターに襲撃されるようなことはないと思うんだが)
全てという訳ではないが、多くのモンスターはセトという存在に対して自分では勝てないと判断し、そこにセトがいると理解すれば自分から接触を避けようとする。
「分かりました。俺はそれで構いません。……それに、お祭り騒ぎになるということは、当然のように色々な屋台も出るでしょうし」
折角なので、何か美味い料理を売ってる屋台があれば、そこで色々と買ってミスティリングに収納しておきたいというのが、レイの正直な気持ちだった。
「では、決まりだな」
「はい。じゃあ、俺はこれで失礼しますね」
「あ……」
部屋を出ようとしたレイだったが、リベルテはそんなレイに向かって何かを言おうとする。
そんなリベルテの姿に気が付いたのだろう。レイは不思議そうに口を開く。
「どうしました?」
「……いや。その、だな。エレーナとは仲良くやっているか?」
内心の複雑な思いを隠して尋ねるリベルテに、レイは少し悩む。
仲良くやっているかどうかと言われれば、やっていると答えることが出来る。
だが、最近はエレーナの方もギルムに行っていた間に溜まっていた書類の類を片付けたりするのに忙しく、あまり二人での時間は取れていないというのが、実情だった。
そう思いつつも、取りあえず自分とエレーナの仲が良いか悪いかで言われれば、間違いなく良いだろうと判断して、頷きを返す。
「そうですね。ここ何日かはエレーナも色々と忙しくて、思うように時間は取れてませんが……仲が悪いということはないと思います」
「そうか」
レイの言葉に頷きつつも、リベルテが思っていたのとは別の返答があったことを若干残念そうに思いつつ、そう言葉を返す。
もっとも、ここで実はかなり仲良くしており、今日も一緒のベッドで朝を迎えました……などとレイが言っても、リベルテとしては反応に困っただろうが。
そんなリベルテの微妙な親心を理解出来ていないレイは、それだけ言葉を交わすと執務室を出て、自分の部屋に戻る。
執務室の前にはレイの担当となったメイドのミランダがいたので、この広いケレベル公爵邸でも道に迷うといったことを心配する必要はない。
レイの案内をするミランダも、レイがリベルテと何を話していたのかは若干気になったが、メイドとしてそれを聞くような真似も出来ないことを残念に思いながら案内する。
「そういえば」
「はい、なんでしょう?」
廊下を歩いている中、唐突に口を開いたレイの言葉にそうミランダは言葉を返す。
「今度俺は模擬戦することになったってのは前にも言ったと思うんだが……」
「その件は噂で色々と聞いてましたが、本決まりになったんですか」
そう言いながらも、ミランダも模擬戦そのものが行われるというのは以前から知っていた。
そもそも、リベルテから模擬戦を行うように依頼されたという話も、以前から聞いている。
そうである以上、余程のこと――それこそモンスターの集団が攻めてくるといったことや、猛吹雪になる等――がなければ、模擬戦が中止にはならないと判断していた。
「ああ。どうやら思ったよりも話が広まってるらしくて、この機会にお祭り騒ぎにしたいと思ってる奴が多いらしい。結果として、アネシスの外に簡単な舞台を作って模擬戦をやることになった。正直、もう少しで今年も終わりってこの時期に、何でそんなお祭り騒ぎをやりたいのかは分からないが」
新年になれば、それはそれでお祭り騒ぎが行われるのだ。
であれば、わざわざここでお祭り騒ぎをしなくても、もう少し待てばいいのに。
そんな風に思う一方、お祭り騒ぎというのは何度経験しても良いもので、多ければ多い程に嬉しくなるというのもレイには理解出来た。
(もっとも、雪が降ってる中で模擬戦を見る為にそんなに人が集まるかと言われれば……いや、集まるのか)
人は戦いを見るというのを好む。
それはこの世界でも闘技場が存在することで明らかだったし、レイが日本にいた時も、かなり頻繁に格闘大会が行われていたのだから。
もっとも、レイが住んでいた場所ではTVでも殆どその手の番組はなかったのだが。
それでも年末になればその手の番組はレイのいる地域でも入ることがあったし、プロレスの団体がやって来て興業を行うということも珍しくはなかった。
そうである以上、人が戦いを見るのは好きだいうのは間違いないだろう。
その戦いが人の生死に直結しているものであれば、そのようなことを好まない者は戦いを見たりもしないだろうが、今回行われるのはあくまでも模擬戦だ。
異名持ちの冒険者の戦いを気楽に、そして安全に見られるということで、見学に来る者は多く出るだろう。
「この手のお祭り騒ぎとなると、大抵賭けも行われるのでしょう……胴元はどこがやるんでしょうね?」
「賭け?」
「はい。レイさんが幾ら強くても、相手は人数が多いのでしょう? その中には名の知れた相手がいる可能性も高いですし、何より数は力ですから。十分賭けとして成立する可能性があるかと。それに、レイさんの噂は聞いたことがあっても、実際にその目で実力を見たことがある人は多くないでしょうし」
「ほう」
それは面白いことを聞いた、と笑みを浮かべるレイ。
別に金に困っている訳ではないレイだったが、それでも自分の模擬戦で賭けをして儲ける奴がいるのであれば、それはあまり面白くはない。
なら、自分に賭けて、多少なりとも胴元の儲けを減らしつつ、自分も儲ける。
そんな風に考えつき……その視線は、ミランダに向けられる。
隣を歩くレイの視線に何か感じるものがあったのか、ミランダは半ば反射的にレイから数歩離れる。
「な、何でしょう? 何だか、微妙に嫌な予感がしたんですが……」
「いや、ちょっとミランダに頼みがあってな。そんなお祭り騒ぎなら、当然のようにミランダも参加するんだろう? なら、俺の金を預けるから、その金で俺に賭けてくれ。儲けの三割は、手数料としてミランダにやるよ。それから、ミランダが別に俺に賭けてもいい」
「……自分が負けるとは、全く思っていないんですね」
若干の呆れを込めた視線を向けたのは、それだけレイという存在が強いと理解しているからか。
そんなミランダの視線に、レイは当然だと何の意識もせずに頷きを返す。
「異名持ちの冒険者が出てくるかどうかは分からないけど、そういう連中を相手にしても俺は負けるつもりはないからな。……まぁ、エレーナやフィルマといった面々が乱入してくれば話は別だけど、さすがにそんなことはないだろ?」
エレーナとフィルマは、ケレベル公爵家という勢力において最大級の戦力だ。
そのような人物を、そう易々と模擬戦に出してくることはないだろうというのが、レイの予想だった。
(誰も見ていない、もしくは見ているのが身内だけの模擬戦であれば、問題ないけど……祭りになる程に大勢が集まっている中での模擬戦ともなれば、それで負けたりしたらケレベル公爵家の名に傷がつくだろうしな。ましてや、今回の模擬戦は貴族達から要請されて行われるものだし)
そんな中でケレベル公爵騎士団の団長や、貴族派の象徴と呼ばれているエレーナが負ければ、間違いなく貴族達は騒ぎ出すだろう。
リベルテもそのようなことが分かっている以上、フィルマやエレーナを出してくるとは、レイには到底思えなかった。
レイの説明にミランダは少し考え、やがて納得したように頷く。
「そうですね。旦那様も、身内だけの時ならともかく、人の多い場所でそのような真似をするとは思えません。だとすれば、レイさんの言ってる通りのようになるかもしれませんね」
「だろう? なら、俺に賭けても十分に利益が出る筈だ。……もっとも、賭けの胴元をケレベル公爵がやるっていうのなら、そこまではしないが」
今回の模擬戦に参加する報酬として、レイは風魔鉱石を貰うことになっている。
そうである以上、もし胴元をケレベル公爵がやるのであれば、レイもこれ以上は賭けるつもりはなかった。
だが、そんなレイを安心させるようにミランダは大丈夫だと頷く。
「その辺は問題ありません。大抵こういう場合に胴元になるのは、その筋の人達ですから」
「……その筋、ね」
この場合のその筋というのは、間違いなく裏社会の人間のことを意味している。
とはいえ、そう言われてもレイは全く驚くことはない。
日本にいる時でも、その手の賭けが行われる時に裏にいるのは、ヤクザの類だというのをニュースで見て知っていたからか。
「なら、特に心配はいらないな。……もっとも、そういう連中が関わっているとなると、当然のようにその売り上げの幾らかはケレベル公爵の税金として回収されることになるんだろうけど」
「そうなると思いますけど、そこまで考えてしまえば何も出来なくなってしまいますよ?」
「それは否定しない。……そんな訳で、後で俺が賭けて欲しい金額をミランダに預けようと思ってるんだが、どのくらいがいい? 光金貨一枚ちょっととか?」
「なぁっ!?」
まさか、レイの口からいきなり光金貨という言葉が出てくるとは思わなかったのか、ミランダの口からは驚愕が漏れる。
「そ、それはちょっと額が大きすぎるのでは……その、賭けるにしても向こうに受け付けて貰えない可能性が……」
「そうか?」
「はい」
レイの言葉に、考える様子もなく即座に頷くミランダ。
そんなミランダの様子を見て、そう言うのであればと、光金貨の代わりに白金貨を取り出す。
まだミランダは若干怖がっていたが、白金貨五枚程度であれば、レイにとってはそこまで大金という訳でもない。
結果として、ミランダはレイが差し出した白金貨五枚を受け取る。
「この白金貨でオッズの方が下がるかもしれませんけど……構いませんか?」
「それは気にしない。こっちにとっては多少の儲けが出ればそれでいいという判断なんだから」
「……分かりました。ただ、このお金はまだレイさんが預かっていて下さい。私がそれを持っていて、下手になくさないようにする為に」
心配性だなと思わないでもないレイだったが、ミランダのその言葉には好感を抱き、ミスティリングの中に白金貨を収納するのだった。
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