第1756話
スーラ達がギルムにやって来たのは、当然のように大きな噂になった。
ただでさえ百台以上の馬車でやって来たということもあり、そのうえ領主のダスカーがそれを出迎え……更には、スーラ達が難民――正確には色々と違うのだが――であると前もって情報を流されていたこともあり、実際にスーラ達がギルムに入ってくれば、当然のように注目を浴びる。
ギルムの大通りとはいえ、馬車が百台以上も通るとなれば、当然のように人の間を縫って移動するような真似は出来ない。
当然のように大通りを一時的に通行止めにしたのだが……スーラも、自分達がギルムにやって来た異分子だというのは十分に理解している。
そうである以上、出来るだけ早くギルムの住人に受け入れて貰う必要があった。
そのような状況で、スーラ達が一番手っ取り早く受け入れて貰うには、自分達の持っている何かを使うしかない。
そんな訳で……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 嘘だろ! 何だよ、あの美人の集団は!」
「いや、本当になんなんだって話だよ。凄え……凄え……」
「きゃーっ! お姉さま、こっちを向いてーっ!」
現在大通りを移動している馬車から、いずれも平均以上の……美人や可愛い、愛くるしいと呼ばれるに相応しい顔立ちをしている女達が、馬車の窓から手を振っていたり、馬車と一緒に歩いていたり、中には馬車の屋根の上に乗ったりして、周囲に愛想を振りまいていた。
元々が巨人を産む母体として、同時に少しでもジャーヤに金をもたらす為の娼婦として働かせる為に、周辺諸国から連れ去った女達だ。
当然顔立ちが整っていることを最優先に選ばれており、このようなパレードと言ってもいい行動では、華となる者が多い。
……もっとも、こうして美人や可愛い女だけが集まっているということは、男や一部の女から人気が出る反面、反感も買うのだが。
スーラにとっては多少の反感を買ってでも、今はそうする必要があると考えたのだろう。
実際、その効果は凄まじく、大勢から歓声を上げられている。
「きゃーっ! セトちゃんセトちゃんセトちゃん!」
一部には、女達ではなくその後ろをついているレイとセトのうち、セトを目当てにしている者もいたが。
だが、同時にその行動によって、スーラ達はレイやセトとの繋がりがあると明確に示してみせた。
ギルムでレイやセトのことを知らない者は殆どおらず、女達に妙なちょっかいが掛けられる可能性はかなり減った筈だった。
……もっとも、増築工事の為にギルムに来ている者の中には、冒険者の情報について疎い者も多い。
そのような者達は、当然ながらレイのことを知らず、運が悪ければ最悪の結末になるのだろうが。
(取りあえず、これでスーラ達のお披露目は出来た。馬鹿なことを考えるような者も、少なくなるのは間違いない筈だ。……皆無じゃないってのが、痛いんだけどな)
パレードの最後尾をセトと共に歩きながら、レイは周囲を見回す。
多くの者が、最初はこの騒ぎは何だといったように視線を向け、やがてパレードをやっているスーラ達を見ると驚き、夢中になる。
そんなやり取りが繰り返され……そんな中で片手間に食べられる料理を売っている屋台では、今が頑張る時だと必死に声を張り上げて客の呼び込みをしている。
「ちょっ、おい、レイ! これって何だよ!」
不意に聞こえてきた自分の名前に視線を向けると、そこでは数日前にガメリオン狩りの件で一緒になったフロンが驚きの表情を浮かべながら自分に視線を向けていた。
だが、今の状況でレイが何かを言えば、それは間違いなく目立ってしまう。
レイはフロンに向けて軽く頷くだけで、それ以上は何を言うでもなく歩き続けた。
そんなレイの様子に、フロンも何か感じることがあったのだろう。少し戸惑いながらも、しょうがないと溜息を吐くと、それ以上は何も言わずにレイを……パレードを見送る。
そうして大通りを進み続け……やがて増築工事中の場所までやってくると、当然のようにパレードを見る者の数も少なくなってくる。
ここまで来れば、増築工事の仕事をしている者が大半となるのだから、それも当然だろう。
仕事をしている者の邪魔をするのは、スーラ達にとっても本意ではない以上、パレードは終わる。
……もっとも、パレードとは言っても実際には音楽も何もないままで大通りを移動してきただけだ。
それをパレードと言ってもいいのかどうかは、レイには分からなかったが。
日本にいたレイにとって、やはりパレードといえばもっと派手なものを想像してしまう。
地元の球団が日本一になったり、地元出身の選手が世界大会で活躍したり……といった具合に。
「さて、では皆さんの住居に案内します」
サラジロスの言葉に従い、スーラ達は先程までとは違って大人しく移動する。
もっとも、千人近い人数で、その大半は女という集団だ。
増築工事の仕事をしている者の大半は男である以上、そんな集団に目を奪われるのは当然だった。
目を奪われるだけであれば、問題はない。
だが……中には、手に持っていた荷物を自分の足に落としたりする者が何人も出て来てしまう。
それ以外にも、一緒に働いている者の足に持っていた荷物を落としてしまう者もおり、それが原因で喧嘩になっている者もいる。
「えっと、このまま行ってもいいんですか?」
そんなやり取りが視界に入っているからだろう。スーラがサラジロスに尋ねるが、問われた本人は全く問題ないと頷きを返す。
「そうですね。ですが、ここでゆっくりしていれば、どうしても皆の意識を集めてしまいます。である以上、出来るだけ早く移動した方がいいと思いますよ」
そう言われれば、スーラも納得し……そうして色々と仕事をしている者達の中を進んでいく。
やがて既に工事がある程度終わった場所に到着すると、そこでは当然のように働いている者の姿は少なくなる。
一行の中には人の注目を浴びるのが好きではない……いや、寧ろ苦手だという者もそれなりにおり、だからこそ安堵した者もいた。
「随分と、その……予想と違ったわね」
「そうか? 俺にとってはギルムはこういう場所だって慣れているから、そう感じたりはしないんだがな」
スーラの言葉に、恋人のロックスがそう返す。
若干不機嫌そうなのは、スーラが半ば見世物のようにされてしまったからだろう。
もっとも、それで不機嫌なのはロックスだけで、当のスーラは特に気にした様子がなかったのだが。
ともあれ、そんな一行が到着したのは人が殆どいない場所で、そこには多くの建物が並んでいた。
だが、さすがに短時間で千人分全員の家を建てるような真似は出来ないので、大きな小屋とでも呼ぶべきものが幾つも並んでいる場所だったが。
そんな小屋ではあったが、トレントの森の木を使って建てられたその小屋は、見かけよりずっとしっかりとした小屋だった。
魔力によって調整されたトレントの森で採れた材木は断熱性が高く、中の暖かさが外に逃げることは殆どない。
また、スーラ達の前に広がっている小屋を建てた職人は当然のように腕の立つ大工達で、隙間風や降ってくる雪が隙間から小屋の中に入るということもない。
「多少人数に対して小屋の数が足りないかもしれませんが……それでも、凍え死ぬよりはいいでしょうし、何より働きに来て粗末な小屋で寝泊まりしている人達に比べれば、圧倒的にこっちが上です」
自信満々に言うサラジロスに、スーラ達は特に何も言わない。
本来であれば、自分達は難民という扱いなのだ。
そうである以上、これだけの小屋を用意して貰っただけで、十分にありがたい。
特に今の季節は、夜に外で寝るのは自殺行為に等しい。
街や村に泊まれるのであればまだしも、そうでない時は馬車の中で全員が眠っていたのだ。
自由に手足を伸ばして眠れるだけで、十分満足出来るのは間違いなかった。
「ありがとうございます」
しみじみと、心の底から感謝の言葉を発せられたサラジロスは、一瞬どのように対応すればいいのか迷ってしまった。
表情には出していなかったが、この集団がその辺の盗賊団程度であれば容易に殲滅出来るだけの実力を持っているという情報を知っていた為だ。
だからこそ、もしかしたら一人一軒ではないことに文句を言われるかもしれないと考えていたのだが……予想外に好感触で、サラジロスは助かったと内心で思う。
「いえ。喜んで貰えたようで何よりです。それと、当然ですがこの家はあくまでも臨時のものです。来春以降になって増築作業が出来るようになったら、皆さんの意見を聞いて、自分だけの家を希望する方には、家を渡す予定です。その際にはこの小屋に使っている材木を再利用するので、あまり汚したりしないで貰えると……」
「もし、一人ではなく共同生活を希望する人が多かった場合は、そのまま小屋を使っても構わないんですか?」
そう、スーラが質問する。
スーラにしてみれば、女が一人二人で暮らすよりは、どうしてもある程度纏まって暮らしている方が安全だという思いがあるのだろう。
また、ここまで旅をしてくるにあたって、数ヶ月もの間集団生活をしていてそちらに慣れてしまっているのも大きい。
どうせ見知らぬ土地で生活をするのであれば、気心の知れた相手と一緒に生活をすれば安心出来る。
当初は寄り合い所帯とでも言うべき、様々な集団がただ纏まって移動するだけといった一行だったが、数ヶ月もの間一緒に旅をし、文字通りの意味で四六時中一緒にいれば、嫌でも親しくなる。
勿論親しくなるまでの間に、ぶつかりあい、喧嘩をし、言い争い……といった行為を何度となく繰り返してきた。
その結果として集団としての一体感が生まれ、阿吽の呼吸でお互いのやるべきことを理解出来たりするようになったのだ。
そんな一行を率いてきたスーラにしてみれば、全員とは言わないが……恐らく殆どの者が、春になっても共同生活を止めるようなことはないだろうと予想していた。
……もっとも、スーラ自身は将来的にロックスと一緒に暮らすことも考えているのだが。
ただし、来春すぐにそうなるとはスーラも思ってはいない。
一緒にギルムに来た他の者達全員が、ある程度の地盤を築いて自分達だけでどうにか出来るようになってから、そうする予定だった。
ロックスもスーラのその意見は前もって聞かされており、特に異論は抱いていない。
「えっと、それで馬車は……」
「ああ、そちらは私が引き受けます。こう言ってはなんですが、この馬車やそれを牽く馬を揃えるのにもゾルゲー商会にとってかなりの出費でしたから。ギルムで活動する為に、使わせて貰うことになっています」
ギメカラの言葉に、何人かの女達は不満そうな表情を浮かべる。
何だかんだと、数ヶ月もの間を馬車ですごしてきたのだ。
寝る時に狭いと不満を抱きもしたが、それでも自分達にとって馬車は家のようなものだった。
そして馬車を牽く馬も、数ヶ月も一緒に旅をして世話をしていれば、愛着が湧く。
そんな馬車と馬を一方的にゾルゲー商会が持って行くというのは、多くの者が不満を抱く。
……なまじその辺の盗賊団なら殲滅するだけの力を得たからか、ギメカラに向けられる視線は鋭い。
それこそ、その辺の一般人であればすぐにでも戦意を喪失してもおかしくないくらいには。
だが、ギメカラはそんな視線を向けられても一歩も退くことはない。
当然だろう。女達がどう思っていようと、馬車を用意したのはあくまでもギメカラ……そしてギメカラが所属しているゾルゲー商会なのだ。
ギメカラにしてみれば、馬車やそれを牽く馬は一時的に貸しているつもりであったし、客観的に見てもそのように認識するのはおかしくない。
「待ちなさい」
一触即発のその状況で口を挟んだのは、スーラ。
シャリアとロックスを左右に従えて告げるその様子は、千人近い人数を率いているうちにいつの間にか身につけた威厳のようなものを発している。
「馬車を用意したのは、ギメカラよ。そうである以上、ギメカラが所有権を主張してもおかしくはないわ」
その言葉だけを聞けば、明らかにギメカラの味方をしていた。
だが、と。スーラの言葉はまだ続く。
「でも、ギメカラ。私達が使っていた馬車と可愛がっていた馬だけに、愛着があるのも分かって貰えるわよね?」
「それはまぁ、分からないでもないですが……」
「そう、分かるのならいいわ。なら、馬車や馬を私達が買いたいと言ったら、売ってくれる?」
スーラの言葉に、ギメカラが少しだけ目を見開く。
商人としては有能なギメカラだけに、それがどれだけの驚きをもたらしたのかを、示していた。
「馬と馬車。どちらも、買うとなると相応の値段がしますが、構いませんか?」
「ええ、本当にそれを手に入れたいなら、そのくらいは当然だと思うもの」
結局、そういうことで話がつくのだった。
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