第1735話
「では……依頼の完了を祝して、乾杯!」
『乾杯!』
ゴルツのギルドに併設されている酒場。
その酒場に、冒険者達の声が響く。
現在の時刻はまだ午後四時くらいと、夕方にもまだちょっと早い時間帯だ。
それでも、ギルドの酒場では大勢の冒険者達が嬉しそうに宴会を始めていた。
「はい、お待たせ! まずはオーク肉の串焼きだよ! 後からもっと別のオーク料理を持ってくるから、これを食べすぎないようにね!」
酒場の店員がそう言いながら、オーク肉の串焼き……それも肉と肉の間に野菜の類が挟まっているようなものではなく、本当にオーク肉だけを使った串焼きを、それぞれのテーブルに置いていく。
ガランギガの解体が終わり、その素材や肉をレイに引き渡して依頼が完了したのは、今から三十分程前。
現在酒場で宴会をしている冒険者達は、仕事が終わったテンションのまま、ギルドで依頼完了の手続きをしてこうして酒場にやってきたのだ。
当然レイが倒したモンスターの解体を依頼したギルドも、前もって依頼を終えた者達を労うという意味で酒場の方に宴会の準備をするように頼んでいた。
ギルドにとって助かったのは、レイがオークを一匹譲渡してくれたことか。
勿論一度の宴会でどうにかなる程、ゴルツのギルドは財政的に厳しい訳ではない。
だが、それでもやはりオーク一匹分もの食材を譲ってくれたレイ達に対しては、ダンジョンの攻略の件も含めてギルド職員一同深い感謝を抱いていた。
「美味っ! うん、やっぱり仕事が終わった後の一杯は最高だな!」
「そうだな、この一杯の為に生きていると言ってもいいくらいだ」
「オークの串焼きも……美味い。美味いなぁ……ただ、ダンジョンがなくなった以上、これからオーク肉を自分で確保するのが難しくなりそうなんだよな」
崖の壁面にあるダンジョンから落ちて死んだオークは、それを見つけた冒険者にしてみれば文字通りの意味でご馳走だった。
オークの魔石はそれなりの金額で売れるし、素材も金になる。
だが、冒険者達にとっては、オークの肉こそが重要だった。
数人のパーティで行動していても、オークは一匹で百kg――それも内臓等を抜いた、食べられる肉の部分だけで――を超える個体も少なくない。
勿論中には小さなオークの類もいたりするが、基本的にはオークの死体を確保した者は、好き放題にその肉を食べることが出来たのだ。
……もっとも、当然のように数人で百kgの肉を食べるなんて真似はできない以上、自分達で食べきれない肉は売りに出すのだが。
「まぁ、しょうがないだろ。あんなボスモンスターがいたダンジョンなんだぜ? そんなダンジョンがそのまま広がっていたら、どうなってたのやら」
「はははっ、俺達じゃどうしようもなかっただろうな。それこそ、高ランク冒険者をわざわざ呼んで攻略して貰う必要が出てくるだろ」
「それって、今の俺達の状況と何か違うのか?」
「今回の件は依頼じゃなくてレイ達が自分達の都合でダンジョンに挑んだから、指名依頼とかじゃなくて、報酬の類もいらないってのが大きいんだろ」
「あの連中は、ダンジョンを攻略してかなり大儲けしたからな。わざわざ報酬を貰ったりする必要もないんだろ」
エールを飲みながら告げる男に、周囲で話を聞いていた冒険者達は納得の表情を浮かべる。
当然だろう。ギルドからの依頼でレイ達が倒してきたガランギガやケルピー、アルゴスベアといったモンスターを解体したのだから。
それで得た素材を売るだけで、間違いなく一財産……いや、それ以上の金額になってもおかしくはない。
特にガランギガは、ダンジョンの核の影響か本来のモンスターとは全く違う大きさになり、その強さも増していた。
解体した冒険者達は、ガランギガと戦った訳でもなく、ましてや本来のガランギガもゴルツ周辺に出没することはないので、ガランギガという存在を知らない者の方が多い。
それだけに、中にはガランギガというモンスターは全てが自分達が解体したような大きさを持っている……と、そう認識している冒険者も少数だがいる。
「とにかく、だ。どうしてもオークの肉を確保したいなら、それこそあのダンジョンに行くしかないんじゃないか? まぁ、ゴルツの周辺にオークの集落が出来る可能性もあるが」
その言葉に、話を聞いていた冒険者達は皆がうわぁ……といった表情を浮かべる。
そんな中でも特に厳しい表情を浮かべているのは、当然のように女の冒険者だ。
オークに捕まった女がどのような目に遭うのかを知っている女の冒険者にしてみれば、ゴルツの近くにオークの集落が出来るのは悪夢以外のなにものでもない。
いや、女の冒険者どころか、店員の女までもが冷たい視線を男に向けている。
それに気がついたのだろう。男は、慌てて弁明することになるのだった。
「じゃあ、行ってくるわね」
「ええ、楽しんでくるといいわ。けど、明日にはギルムに帰るんだから、あまり遅くならないようにしなさいよ」
ガランギガの解体が終わった翌日、レイはヴィヘラと共に街中に出掛けた。
ゴルツに滞在する最後の日は三日連続デートの最終日でもある。
そんな二人を、エレーナやマリーナといった面々は見送っていた。
「少し羨ましいわね」
「何がだ?」
後ろ姿を見ただけでも目立つヴィヘラを見ながらマリーナが呟くと、それを疑問に思ったエレーナが尋ねる。
「ヴィヘラは、今日一日レイと一緒にいられるんでしょ? 私やエレーナは、そこまで長いデートじゃなかったから」
「ああ、なるほど。……そう言われればヴィヘラが羨ましいようにも思えるが、私達は優先的にレイとデートをしたからな。そう考えれば、最後のヴィヘラがレイとのデートをたっぷりと楽しむのは理解出来る」
そんな風に会話する二人の側では、ビューネがセトの背中に乗っていた。
イエロもそんなビューネと一緒にセトの背中におり、一人と二匹はゆっくりとした時間を楽しむ。
昨日とは違い、今日はビューネも戦闘訓練はない。
レリューもゴルツに滞在する最終日だということで、お土産を探して既にここにはいなかった。
「さて、じゃあ私達は今日どうする? たまには女同士でちょっと出掛けてみない?」
マリーナの提案に、エレーナは少し悩み……やがて頷く。
「それもいいか。……ビューネはどうする?」
「んー……」
エレーナの呼び掛けに、ビューネは気怠そうに答える。
昨日の疲れがまだ取れていないのか、それとも朝食後ということで眠くなったのか。
その辺りの事情はエレーナにも分からなかったが、取りあえずビューネが外出をしたくなく、ゆっくりしていたいというのは分かった。
「分かった。では、部屋で休んでいるといい。何かあっても、ビューネなら一人でどうとでも出来るだろうしな」
そう告げるのは、ビューネの戦闘力が上がっているというのもあるが、同時にゴルツで妙なことが起きても、そう大きなことにならないだろうという予想もあった。
「ん」
エレーナに短く返すと、ビューネはセトの背から降りて宿に向かう。
そんなビューネを見送ってから、エレーナはマリーナと今日何をどうするのかを相談するのだった。
「おやまぁ……」
その店に入った瞬間、店員がレイを見て意味ありげな笑みを浮かべる。
もっとも、それも当然だろう。ここは昨日レイがマリーナに髪飾りを買った店だ。
当然店員の方も、マリーナのような強烈な印象を残す人物のことは覚えており、そんなマリーナと一緒にいたレイのことも覚えていた。
そして今日レイが一緒にいるのは、強烈な色気を放っており、同じくらい強烈な印象を残す人物だが、マリーナとは明らかに別人だ。
つまり、店員にしてみればレイは二日続けて極上の美女と二人きりでデートをしているということになる。
そんな相手に意味ありげな視線を向けるのは当然だろう。
……それどころか、分かってると言いたげにウィンクし、口を開く。
「いらっしゃいませ。お二人はこの店は初めてですよね? どのような物をお探しでしょう?」
初めてという言葉を強調して言うその様子は、レイが昨日マリーナと一緒にこの店に来たことはなかったと、そう暗に告げているのだろう。
その代わり、何か買ってくれるでしょう? と、店員の視線はレイに無言で訴えていた。
(いや、別に隠す必要はないんだけど。そもそも……)
レイにしてみれば、店員のその行動は全く的外れに近い。何故なら……
「あら? ねぇ、レイ。昨日マリーナが付けてた髪飾り、このお店で買ったんでしょう?」
そう、ヴィヘラは昨日マリーナがレイに買って貰った髪飾りに興味を持って、この店にやって来たのだから。
そんなヴィヘラの態度に、店員の表情が一瞬引き攣る。
まさかそのような理由で店にやって来たとは、思いもしなかったのだろう。
それでも驚きの表情をすぐに消したのは、客商売を長年やってきたベテランだからこそか。
「おや、そうなのかい? そう言えば、昨日あの派手なダークエルフのお嬢ちゃんと一緒に来た人に似てるような……すまないね、あっちの方が印象が強かったから」
そう誤魔化す店員だったが、実際にドラゴンローブを着てフードを被っているレイと、パーティドレスを着ているマリーナの二人を見れば、マリーナの方が強く印象に残るのは当然だった。
……フードを脱いだ状態なら、レイもかなり強く印象に残るのだが。
そんな店員の様子に気が付いたのか気が付かなかったのか、ともあれヴィヘラはレイに視線を向けて口を開く。
「さて、話も一段落したし、ちょっと見ていきましょうか。何か面白い物があるかもしれないしね」
「お嬢ちゃんみたいな綺麗な人が気に入るような物は、そんなにないと思うけどね」
ヴィヘラにお世辞――という訳でもないのだが――を言っているのを見て、ふとレイは先程この店員がマリーナのこともお嬢ちゃんと言っていたのを思い出す。
(マリーナがダークエルフなのは見れば分かるだろうに。だとすれば、もしかして意図的に言ってるのか?)
ダークエルフが人より遙かに長い命を持っているというのは、常識に近い。
まして、マリーナは年端もいかない少女という外見ではなく、成熟した大人の女と呼ぶべき姿だ。
当然その年齢は店員と比べても遙かに上の可能性が高いと、そう分かってはいた筈だったのだが。
「ほら、レイ。これちょっと綺麗だと思わない?」
店の中にあった小物入れ用なのだろう小さな箱を見ながら、ヴィヘラが言う。
宝石……ではなく、色の付いた石が結ばれ飾られているその小物入れは、かなり立派な品に見える。
「そうだな。……買うか? マリーナに髪飾りを買ったし……」
「ううん。いいわ。こういうのを私が持っていても、置き場所に困るし。見ているだけで十分満足出来るから」
そう言うと、店の中を見て回る。
もっとも、店自体そこまで大きなものではないのだから、すぐに見終わったが。
結局花の匂いを付けた布袋を一つ購入し、店を出る。
「さて、じゃあ次はどこに行く?」
「うーん、そうね。……どこに行くって言われても、私はこの街にどういう場所があるのか分からないのよね。いっそ、闘技場とかあれば面白いのに」
「ゴルツに、何を期待してるんだよ」
闘技場というのは、ヴィヘラらしい要望だった。
……もっとも、その要望は闘技場で戦っているのを見たいというのではなく、自分が闘技場で戦いたいというものなのだが。
だが、当然ゴルツのような場所に闘技場がある筈もない。
寧ろ、ゴルツに闘技場があるのなら、間違いなく今以上に栄えていただろう。
ただし、闘技場を作るのにも途方もない金額が必要となるのも間違いないし、闘技場が完成すればしたで、上手く運営出来るのかという問題が出てくるのだが。
特に闘技場で戦う選手も相応の数――質を伴う――集めなければならず、ゴルツでそのような真似が出来るかと言われれば……難しいだろう。
「しょうがないわね。じゃあ、どこか適当に見て回るとしましょ。きっと、それなりに面白い場所とかはあるでしょうし」
闘技場云々というのは、ヴィヘラにとっても冗談だったのか……それとも、あっさりと流してもいい程度に軽い話題だったのかはレイにも分からなかったが、それでも闘技場に拘らないのはレイにとっても助かったのは間違いない。
「それなりに面白い場所って言ってもな。……図書館にでも行くか?」
「イ・ヤ」
嫌ではなく、わざわざ区切ってまで言う辺り、本当に嫌なのだろう。
元ベスティア帝国の皇女である以上、本を読むという行為は相応にこなしてきた筈なのだが……勿体ない、と本を読むのが好きなレイは思う。
「何かマジックアイテムでも見に行ってみるか? まぁ、そこまで掘り出し物はないだろうけど」
ギルムのような辺境だったり、迷宮都市のような場所であればともかく、ここは田舎のゴルツだ。
一応ダンジョンは近くにあったのだが、それも最初に入ったレイ達が攻略してしまった以上、マジックアイテムに期待出来る筈もなかった。
「そうね。ちょっと見てみましょうか。もしかしたら興味深い物があるかもしれないし」
そう言い、レイとヴィヘラはマジックアイテムを売っている店に向かうのだった。
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