第1732話
取りあえず、いぶりがっこ……ではないが、それに似た保存食をたっぷりと購入した後で、レイとエレーナはゴルツの外に向かった。
まだ昼にもなっていない以上、当然のようにケルピーやガランギガの解体が終わっていないのは間違いなかったが、それでも街の外に出たのは……やはりと言うべきか、レイの脳裏に響いたアナウンスメッセージがその理由だった。
もっとも、ゴルツの外に向かいながらも、レイは何があったのかは大体理解している。
何故なら、以前にもレイがセトと別行動をしている時に、スキルを習得したというアナウンスメッセージが流れたことがあったのだから。
つまり、レイと別行動をしているセトが、何らかのモンスターと戦闘になり、倒したモンスターの魔石を食べることにより、新たなスキルを習得したのだろうと。
それを分かってはいたが、そんな中でレイが若干心配しているのが……どのようなモンスターを倒したのか、ということだ。
魔獣術がどのような判断によってスキルを習得するのかというのは、しっかりとレイにも理解出来てはいない。
だが、これまで幾つものスキルを習得してきたことにより、大体の傾向は理解出来た。
もっとも、それは本当にあくまでも大体といった程度でしかないのだが。
それが、高ランクのモンスターや希少種といった存在の魔石であればある程に、スキルを習得しやすいということだ。
それは、弱いモンスターの魔石ではスキルの習得は難しいということでもある。
つまりセトのアースアローがレベルアップしたということは、恐らくそれなりの強さのモンスターと戦ったということを意味していた。
だからこそ、レイとエレーナはゴルツの外に出たのだ。
もしかしたら、セトがモンスターの死体を持ってくる可能性があるかもしれないということで。
「レイ、本当にセトが来るのか?」
「恐らくだけどな。……モンスターの死体を持ってくれば、ついでにそれも解体して欲しいところだけど」
レイの言葉に、エレーナはケルピーやガランギガの解体をしている者達に視線を向ける。
そこでは、多くの冒険者が現在も必死になってモンスターの解体をしていた。
もっとも、ケルピーの方は一匹は完全に解体が終わっており、残るもう一匹もあと二十分もしないうちに終わるだろうという感じまで進んでいたが。
そんなケルピーに対し、ガランギガの方は……その大きさもあって、まだ鱗を剥がしている最中だった。
当然だろう。通常のガランギガの鱗であっても、錬金術の素材や薬の素材になる。
また、鱗の下に隠れている棘も同様なのだから。
つまり、鱗を一枚ずつ傷つけないように剥いでいき、その下にある棘も折らないように抜く必要があるのだ。
そして解体しているガランギガは、かなりの巨体であり……それこそ、ケルピーの解体は前座でしかないというのが、誰の目にも明らかだった。
「ガランギガの方を見る限り、ちょっと手が回りそうにもないな」
「どうやら、そのようだ」
慎重に鱗を剥いでは、鱗を集めている場所に持って行っている冒険者達を見ながら、とてもではないが新しいモンスターの解体が出来るような余裕はないと判断する。
そんな二人の様子に気が付いたのか、近くで冒険者に指示を出していた二十代程の女のギルド職員が近づいてくる。
「どうしました? 何か用件でも? 解体現場を見るというのであれば、問題はありませんが」
「ん? ああ、いや。ちょっとセトがモンスターを倒したみたいでな。もしかしたら、そのモンスターの死体を持ってくるかもしれないから、追加で解体出来るかどうか見に来たんだけど……」
セトがモンスターを倒したと聞き、ギルド職員の女は不思議そうな表情を浮かべる。
当然だろう。先程、セトが一匹だけでどこかに飛んでいったのを、しっかりと見ていたのだから。
だというのに、レイは何故かセトがモンスターを倒したということを確信している。
いや、セトがグリフォンである以上、モンスターを狩るというのは不思議ではない。
それは分かっているのだが、それでも何故レイがそれを確信しており……その上、ここにその死体を持ってくるというのは、非常に不思議なことだ。
しかし、ここでその辺りの話を聞いても答えて貰えるとは思えず、ギルド職員は取りあえずテイマーだから何らかの方法で意思疎通が出来るだろうとだけ納得し、口を開く。
「そうですね。運ばれてくるモンスターがどのくらいの大きさかにもよります。ケルピーと同じくらいの大きさなら、特に問題はありませんが……あの、ガランギガでしたっけ? あれと同じくらいだとちょっと……」
「あー……だろうな」
ガランギガの巨大さを思えば、それを処理している者達に余裕があるとは思えない。
ギルド職員の言葉にレイが納得していると……
「レイ、来たぞ。良かったな」
エレーナの言葉に、レイが空に視線を向ける。
そこには、翼を羽ばたかせているセトの姿があった。
そしてレイの予想通り、セトはモンスターの死体と思われる物を前足で掴んで運んでいる。
「あれは……熊、か? 尻尾が二本あるし、毛の色も黄色いけど」
レイの知っている限り、熊の毛の色というのは茶色や黒といったものが多い。
ホッキョクグマのように、白い毛の熊もいるが。
ともあれ、レイが知っている限り黄色い毛の熊というのはいない。
また、セトよりも若干大きいように見えるということは、体長三mを超えているということになる。
「珍しいですね。あれはアルゴスベアですよ。まさか、この辺りにいたなんて……それとも、グリフォンの移動速度を考えると実は遠い場所にいたのを狩ったんでしょうか?」
そう告げるギルド職員だったが、アルゴスベアと呼ばれたモンスターの死体を見たレイは、ふと嫌な予想をしてしまう。
熊型のモンスターである以上、基本的に住処は林、森、山……といった感じだろう。
だが、ギルド職員の話を聞く限りでは、この周辺に生息しているようなモンスターではないということを意味している。
そしてセトがスキルを習得したということは、恐らくだが一定以上の強さを持つ。
それらのことから、レイが導き出した結論は……
(もしかして、あのダンジョンにいたモンスターじゃないよな?)
ゴブリンやコボルト、オークといったモンスターは、崖の壁面に出来たダンジョンから落ちて死んだ。
そしてダンジョンの二階には森があり、モンスター達は自由に行き来していたことを意味している。
ゴルツの住人は死んだモンスターの素材や討伐証明部位、魔石を入手していたが、ダンジョンから落ちても死んでいないモンスターがいないとも限らない。
つまり、そのモンスターがアルゴスベアなのではないかと。
(問題は、あの高さを落ちても生きてられるのかどうか……イエローバードみたいに翼がある訳じゃないし。ん? イエロバード……黄色? アルゴスベアの毛も黄色。……これって偶然の一致か?)
そんな疑問を抱いたレイだったが、考えているうちにセトは地上に降下してくる。
当然のように、ガランギガの解体をしていた者達も、そんなセトの存在に気が付き……
「うおおおおおおおおおお……お? え? あれ?」
「うわ、グリフォンが熊のモンスターを持ってる。……持ってる? 何であんなの持てるんだ? 大きさ的に同じくらいだろ?」
「ちょっ、ちょっと! どうでもいいけど、そっちの方をしっかりと掴んでてよ! 鱗が変な風に剥がれちゃうでしょ! 棘もあって、危ないんだから!」
いきなり登場したセトの姿に、皆が驚きの声を上げる。……もっとも、中にはガランギガの解体に支障が出ると騒いでいる者もいたが。
「で、あのアルゴスベアだったか。あのモンスターも解体の方に入れてくれるのか?」
「分かりました、任せて下さい」
あっさりそう断言したギルド職員に、レイは驚きの視線を向ける。
追加の仕事だというのに、全く悩む様子はなく……それどころか、上司に相談もせずにあっさりと頷いた為だ。
「頼んだ俺が言うのもなんだけど、いいのか? もし何なら、バニラスに相談しても……」
「いえ、ギルドマスターからは可能な限りレイさん達の要望に応えるようにと言われてます。なので、問題ありません」
そう告げ、笑みを浮かべるギルド職員。
その笑みには、レイ達に対する強い好意が含まれている。
ゴルツの側に突然出来たダンジョン……レイ達が実際に突入するまでは、半ば確信を得ていても、本当にそこがダンジョンなのかどうかというのは、分からなかった。
だが……実際にはそこはダンジョンで、それも到底出来たばかりとは思えないようなダンジョンだったのだ。
それこそ、ゴルツの冒険者が……それどころか、冒険者ですらない一般人ですら、ダンジョンから落ちて死んだモンスターの素材等を求めて近づいていたような場所。
幸い……本当に幸いなことに、ゴルツの住人がダンジョンの近くまで行っている時に、何か大きな問題が起きるようなことはなかった。
イエローバードの件があったが、そちらもレイ達の存在によってその日のうちに解決している。
だからこそ、バニラスはレイ達に深く感謝していたし、ギルド職員にもしっかりと事情を説明していた。
そんなレイ達からの頼みとなれば、解体するモンスターの数が一匹や二匹増えたところで問題はない。
もっとも、ガランギガと同じ大きさのモンスターが追加されれば若干難しかったかもしれないが、幸いセトが持って来たアルゴスベアはそこまで大きな代物ではない。
実際にはセトと同じくらいの、体長三mオーバーの大きさを持っているのだが、ガランギガの大きさを見てしまった以上、その落差から大丈夫だと判断してしまったのだろう。
「そうか? うん、じゃあ頼む。セト!」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げ、地上に向けて降下してくる。
その降下途中でアルゴスベアを地面に落とした為に、鈍い音が周囲に響く。
ガランギガの解体を一休みしてセトが降りてくるのを見ていた者達は、そんなアルゴスベアの爆撃とでも呼ぶべき光景――実際に地面は多少なりともへこむような被害を受けていた――に息を呑むも、セトはそんなことを気にせず、レイに向かって近づき、顔を擦りつける。
レイもそんなセトの頭を撫でて、アルゴスベアを倒したことを褒める。
「よく倒したな。うん、うん。セトはやっぱり強い」
レイの褒め言葉に、セトは自慢げに喉を鳴らす。
傍から見れば体長三mオーバーのグリフォンという凶悪極まりないモンスターなのだが、こうしてレイに懐いている様子を見れば、非常に愛らしい様子を見ることが出来る。
そんなアンバランスさに、ガランギガの解体をしていた冒険者達は言葉も出ない。
セトの存在に怖がればいいのか、それともレイに懐いている愛らしさに笑みを浮かべればいいのか。
相反する感情がもたらされる。
そのような微妙な状況を打破したのは、先程までレイと話していたギルド職員。
「はい、お仕事の追加ですよ。そこのアルゴスベアも解体することになりました。手の空いてる人……はいないでしょうが、五人くらいはそちらの解体に移って下さい。解体方法が分からなかったり、素材となる部分が分からない場合はギルド職員に聞くように。くれぐれも、自分達の判断で勝手な真似はしないこと」
「いや、それは分かるけど……このアルゴスベアだっけ? 何だか胸に思い切り大きな傷、致命傷があるんだけど……内臓とかその辺はどうなってるんだ?」
「グルゥ?」
冒険者の言葉が聞こえたのか、レイに撫でられて目を細めていたセトはアルゴスベアの方に視線を向ける。
セトとまともに向き合った冒険者の男は反射的に数歩後退ったが、結局はそれだけだ。
セト慣れしていない冒険者にしては、度胸があるのは間違いない。
「な、何だよ」
それでも多少なりとも声が震えるのは、グリフォンという存在がどのようなものなのかを理解しているからだろう。
もう少し長時間セトがゴルツにいれば、グリフォンというモンスターではなくセトという愛らしい存在という風に認識されてることもあったのだろうが……残念ながら、レイ達がゴルツに来てからまだ数日だ。
そして数日の大半をゴルツの外……主にダンジョンですごしている。
そのような状況である以上、ギルムの住人のようにセトに慣れろというのが、難しいだろう。
セトもそれを知ってはいるのだが……それでも人懐っこいセトにとって、敵ではない相手に怖がられるというのは少し悲しいものがあった。
「ああ、それは気にしなくてもいい。多分セトが魔石を抜いたんだろ。アルゴスベアからは、魔石を抜きで解体してくれると助かる」
少しだけ残念そうにしているセトを撫でながら、レイはそう告げるのだった。
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