第1726話
天井がある場所故に、落下速度そのものはそこまで大きなものにはらならかったが、それでも剛力の腕輪とパワークラッシュというスキル、そして何より体長三mオーバーの身体を持つセト本来の力。
その三つが組み合わさった一撃により、ガランギガの頭部は粉砕され……頭部を失った身体は、地面に崩れ落ちる。
それを見て、全員が安堵……しようとした瞬間、ガランギガは頭部を失ったにも関わらず、その巨体を動かす。
「ちぃっ!?」
真っ先に反応したのは、レイ。
偶然なのか、それとも頭部を失ったガランギガの怨念なのか、逆立った鱗の間から棘を生やしながらガランギガの巨体がまっすぐに自分の方に近づいてくるのを見て、デスサイズを振るう。
「パワースラッシュ!」
切断力よりも一撃の威力を重視するその一撃は、レイに向かって近づいてきたガランギガの身体を吹き飛ばす……とまではいかなかったが、それでも逸らすことには成功する。
そうしてガランギガの身体を吹き飛ばすと、慌てて距離を取る。
他の者達はと視線を向ければ、幸い今のレイに襲いかかってきた動きを見て、死体であっても危険だと判断したのだろう。前衛を担当していた面々は、ガランギガの死体から慌てて距離を取る。
(いや、こうして元気に動き回っているのを見れば、死体と呼ぶのは難しいか?)
暴れ回っているガランギガの身体から距離を取り、また自分達に襲いかかってこないかと警戒した視線を向ける。
だが、ガランギガの身体は離れた場所にいるレイ達に向かって襲い掛かってくるようなことはなく、ただひたすらその場で暴れ回っているだけだ。
「……ガランギガの意思とかはもうなくて、ただひたすらに暴れているだけか。頭を失った影響か?」
一連の戦いの中で斬ったのか、頬に薄らとした斬り傷をつくったレリューが呟く。
ランクA相当と思われるモンスターを相手にして、その程度の傷しか負っていない辺り、レリューの腕の良さを示していた。
もっとも、そういう意味でいえば、レイやそれ以外の面々も、受けたダメージはかすり傷やかるい打撲といった程度だ。
ガランギガがその巨体で暴れ回ったことにより、地面が破壊され、その際に周囲に飛び散った小石の類で受けた傷が多い。
だが、基本的にガランギガの攻撃は非常に強力で、それこそ毒のウォーターカッターの類を回避し損なえば、致命傷と呼ぶべきダメージを負っていただろう。
毒のウォーターカッターは、程々のダメージを受けるという選択は存在せず、完全に回避するかはたまた致命傷を負うかのどちらかだ。
紙一重の回避といった真似をしても、岩や地面を溶かす毒の威力を思えば、その飛沫をまともに浴びることになるのは確実だった。
そういう意味で、かすり傷程度の負傷者だけがいるというのは、至極当然のことだったのだろう。
「ある種の動物とかは、生命力が強くて頭部を失っても身体が動くことは珍しくないって話を聞いたことがあるけど、それに近い感じなんだろうな」
そう言いながらレイが思い出したのは、日本にいる時に見たTV番組だ。
鯉料理で、身体が全て料理されているにも関わらず、まだその鯉は生きているという……普通に考えれば到底有り得ない光景。
だが、実際にそれを見たレイは、自分の言葉に納得出来た。
特に今回のガランギガは、あれだけ巨大な蛇で、恐らくランクA相当のモンスターなのだ。
当然のように、その身体には強い生命力が宿っていても不思議でも何でもないだろう。
「ああ、聞いたことがあるな。……けど、いつまでこうしていればいいんだ、俺達」
レリューはどこか呆れの混ざった視線で、暴れ回っているガランギガの身体を見る。
既に頭部をセトに粉砕されてから、数分。
にも関わらず、ガランギガの身体は一向に大人しくなる様子を見せないのだ。
そうである以上、当然のようにその身体をミスティリングに収納するような真似も出来ないし、地底湖の底に存在するダンジョンの核をどうにかすることも出来ない。
(まぁ、セトに乗って上から向かうとか、大きく迂回してダンジョンの核に向かうということは出来るだろうけど、それで変に刺激して妙なことになったら面倒だしな)
ダンジョンの核がボスモンスターにどんな影響を与えるのか分からない以上、ここで迂闊にダンジョンの核を刺激するのは避けたい。
それが、レイの正直な気持ちだった。
「グルゥ!」
そんなレイの側に、セトが嬉しそうに鳴き声を上げながら近づいてくる。
先程、ガランギガの頭部を一発で砕き、周囲に肉片や骨片を巻き散らかしたとは思えない程に、褒めて褒めてとレイに頭を擦りつけた。
レイもそんなセトを褒めるべくしっかりと撫で……そんなスキンシップを図っている一人と一匹に、レリューが声を掛ける。
「なぁ、その……さっきガランギガとの戦いで、俺の見間違えじゃなければセトの姿が小さくなった気がするんだけどよ」
「そうだな。小さくなったぞ。ただ、セトがスキルを使えるってのは、それこそ今更の話だろ。別にそこまで驚くようなことはないんじゃないか?」
そう言うレイだったが、ファイアブレスやウィンドアローのような直接的に分かりやすいスキルとは裏腹に、身体の大きさを変えるというのは非常に珍しいスキルとなる。
それを見たレリューが驚くのも、レイは理解出来た。
当然のように、レリューもレイの言いたいことは理解しているのだが……それでもレイに言いたくなったのは、やはりセトが縮むという大きな理由があったからこそだろう。
レリューがセト愛好家の一人であるというのは、それこそこの場にいる者であれば誰でも知っている。
本人は最初にそれを隠そうとしていたのだが、セトが近くにいる状況でそれを隠せるはずもない。
最終的には、半ば開き直ってすらいた。
そんなレリューにしてみれば、セトの身体が縮むというのは大きな意味を持つのだ。
勿論、今の体長三mのセトが愛らしくないかと言えば即座に否定するだろう。
だが、同時にセトが小さな様子はより愛らしさを増すというのも当然であり、そのようなセトも見たいと思うのはセト愛好家として当然だった。
……尚、セトが身体を縮めることが出来るスキルを持っていると知り、実際にそれを自分の目で見たのはセト愛好家としてはレリューが初めてだ。
それこそ、セト愛好家としてギルムでも名高いミレイヌやヨハンナ、いわゆる二大巨頭よりも早くそれを知り、見ることが出来たのだから……もしそれが知られれば、血の雨が降ってもおかしくはない。
もっとも、レリューは異名持ちのランクA冒険者で、ミレイヌやヨハンナとは比べものにならないだけの実力を持つ以上、そう簡単に血の雨が降るとは言い切れないのだが……それでもセトが関わってくれば、全く有り得ないと言い切れないのが、ミレイヌとヨハンナの驚くべき……そして、恐るべきところだった。
(まぁ、レリュー本人がそれをどの辺りまで納得してるのかは、俺にも分からないけど)
そんな風に考えつつ、暴れているガランギガの身体が地形操作で段差のついた場所から移動したのを確認したレイは、再度地形操作を使って元の地面に戻す。
別にこのままにしておいてもよかったのだが、段差がある影響でレイ達の誰かが怪我をしないとも限らないし、移動するのにも邪魔になる可能性からの方法だ。
「そう言えば、ギルムの増築工事でも土の魔法を使って手助けをしたって聞いたけど、今のがそれか?」
「ああ」
「……土と風の魔法も使えるんだな」
しみじみと呟くのは、やはりレイといえば炎の竜巻で有名だからだろう。
少し情報に詳しい者であっても、レイが飛斬という風の魔法を使うというのは知っていても、土魔法を使うというのは殆ど知られていない筈だ。
だからこそ、レリューはいきなりあのような土魔法を使ったレイに驚き、ギルムの件を思いだしたのだろう。
もっとも、レリューにしてみれば、ギルムの増築工事に使われたその魔法が、このように戦闘で使われるとは思ってもいなかったのだろうが。
「まぁ、そこそこってところだけどな」
「いや、あれだけの魔法を使っておいて、そこそこってのは正直どうよ。大勢を相手にする時、あの程度の高さではあっても、いきなり壁が出来たり、落とし穴が出来たりとかしたら、もの凄く厄介だぜ?」
しみじみと呟くレリューが思い浮かべているのは、戦争についてだろう。
数千人、数万人……場合によってはそれ以上の人数が兵力として用意される戦争で、もしレイがガランギガを相手にしたのと同じような土魔法を使えば、どうなるのか。
それが想像出来るだけに、レイの持つ力に脅威的なものを感じたのだ。
もっとも、脅威的な力という点では異名持ちのランクA冒険者のレリューも、同じような扱いとなるのだが。
それこそ、質が量を凌駕することが珍しくないこのエルジィンにおいて、レリューは十分脅威的な力を持っているのだ。
「ねぇ、レイ。さっきの土魔法で地底湖の水をどうにか出来る?」
ヴィヘラも魔獣術については知っているのだが、レリューとビューネがこの場にいる為にそう聞いてきたのだろう。
「どうにかって言われてもな。……あれだけの大きさの地底湖だぞ? 魔法でどうにかするのは難しいだろ。寧ろ、マリーナの精霊魔法の方が、まだやりやすいんじゃないか?」
「そう? こう、地底湖の水を外に流すような感じで……」
「絶対にこの陸地……陸地? まぁ、陸地よりも地底湖の方が広いと思うぞ」
この空間の中を見回しながら告げるレイに、ヴィヘラはそっか、とだけ言ってそれ以上は言ってこない。
ヴィヘラも、半ば無理だろうと分かっていて、あのようなことを言ったのだろう。もし出来ればラッキー程度の気持ちで。
「マリーナ、どうだ?」
「そう言われてもね。……地底湖の水をどうこうするような真似は出来ないわよ?」
「なら、ダンジョンの核がある場所までの水をどうにかするってのは?」
「出来ないこともないと思うわ」
「なら、早速頼む。……ガランギガの胴体も、ようやく動きを止めたみたいだし」
レイの言葉通り、ようやくガランギガの胴体はその動きを止めていた。
頭部を失ってから、それなりに長時間暴れ回っていたガランギガの胴体だったが、やはりそのような状態で長時間動き続ける……といった真似は出来なかったのだろう。
そのことに安堵しながら、レイ達は地底湖に向かう。
当然のように、その途中でガランギガの胴体をミスティリングに収納することは忘れなかったが。
(セトには言えないけど、あの額の第三の目……多分、かなり高価な素材だったんだろうな)
元々、モンスターの眼球は素材としてそれなりに需要がある。
それだけに、ガランギガの希少種や上位種と思われる存在が持っていた眼球は、間違いなく稀少な素材となったのは間違いない。
ましてや、ランクAモンスター相当の素材であるのを考えれば……
そんな風に考えながら移動し、地底湖の端に到着する。
ガランギガという、地底湖の主にして、このダンジョンのボスモンスターがいなくなったことで、このまま時間が経てば、地底湖の中では大きな騒動になってもおかしくはない。
もっとも、そうなったところでレイ達に何か関係するのかと言われれば、微妙なところなのだが。
「マリーナ、頼む」
そんなレイの言葉に、マリーナは水の精霊魔法を使う。
すると見る間にダンジョンの核のある場所から水がなくなり、一本の道が出来る。
「……レイ、ちょっと急いでちょうだい。ダンジョンの核を守ってる場所だからか、結構抵抗が厳しいわ」
マリーナの口から出た言葉にレイは頷き、セトの背に乗ってダンジョンの核に向かって走り始める。
精霊魔法によって水を移動させて生み出されたその道は、真っ直ぐとダンジョンの核に向かっていた。
「分かった。もうちょっと待っててくれ」
後ろで精霊魔法を使っているマリーナに叫びながら、レイはセトの背の上で周囲の様子を確認する。
セトの走る速度で景色が流れていくが、それでもレイの目であれば水中の様子を確認出来る。
(こういう水族館とか、日本にはあったよな)
そんな風に考える余裕すらあった。
そうして考えている間にもセトは走り続け……やがて視線の先に、ダンジョンの核が設置されている台座が見えてくる。
ダンジョンの核に意思の類があるのかどうか、レイには分からなかったが、それでも今はこうして視線の先に存在するのであれば、何も問題はないと考え……そうして、ダンジョンの核が見る間に近づいていき……
【デスサイズは『地形操作 Lv.四』のスキルを習得した】
デスサイズによってダンジョンの核は斬り裂かれ、そんなアナウンスメッセージが脳裏に流れるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.四』new『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.二』
地形操作:デスサイズの柄を地面に付けている時に自分を中心とした特定範囲の地形を操作可能。レベル二は半径三十mで地面を五十cm程を、レベル三は半径五十mで地面を一m程、レベル四は七十mを百五十cm程、上げたり下げたり出来る。
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