第1702話
「ま、待て! 待ってくれ! 頼む!」
本来であれば、強面で人を脅すことに慣れている男なのだろうが、デスサイズの刃が首の後ろに触れている状況であれば、いつものように強気を押し通すことは出来ない。
長剣の刀身をあっさりとデスサイズの刃が斬り裂いた光景が、男の目にはしっかりと焼き付いていたからだ。
本来であれば、通りすがりの商隊を襲うだけの……いつもと同じ盗賊としての仕事だった。
実際、三台あった馬車のうち、先頭を進んでいた馬車の御者は弓で射殺し、馬車の動きを止めることに成功したのだ。
先頭の馬車がそのような状況になれば、当然のように後方の馬車も馬車を止めざるを得ない。
護衛の冒険者も何人かいたが、男の率いる盗賊達の数を考えれば、少数の護衛はどうとでも対処することが出来た。
……そこまではよかったのだが、護衛を全員殺して、いよいよという時に、絶望がやって来たのだ。
そこからは、それこそ何かを考えるような余裕もなく、男が率いる盗賊達は次々に命を失っていった。
大鎌によって切断された者もいれば、首の骨を捻られてあっさりと折られた者、矢で射殺された者……多くの者があっという間に殺されてしまい、気が付けば残っているのはデスサイズに首を狩られる寸前の男が一人のみ。
とてもではないが勝ち目がないと判断し、降伏すると叫ぶのも当然だろう。
そうして叫んだ瞬間に首に触れていた大鎌の刃が外れると、男は助かった……と、安堵の息を吐く。
だが、男が本当に助かったかどうかというのは、目の前の男……レイの機嫌が関わってくる。
男がそう考え……やがて、まるで男が何を考えているのかを分かっているかのように、レイは口を開く。
「お前達のアジトを教えて貰おうか。それと、お前達は何人いる? その辺りの事情を嘘偽りなく答えるのなら、今は生かしておいてやってもいいぞ」
「ほ、本当か? 本当だな? 嘘じゃないよな?」
三十代程の男が、十代半ばのレイに向かって必死に叫ぶその様子は、ある意味滑稽ですらある。
だが、命が懸かっている現状で、そのようなことを気にしているような余裕は、男には一切なかった。
「ああ。もっとも、お前は向こうの商人に預けて、奴隷商に売られることになると思うが」
「っ!? ……そ、それでも死ぬよりはいい」
レイの言葉に一瞬息を呑んだ男だったが、結局大人しく隠れ家の場所を白状する。
また、盗賊はここにいるのが全員で、アジトには誰もいないと聞き、レイは盗賊についての扱いの交渉をマリーナに任せ、レリューと共にアジトに向かう。
異名持ちの冒険者だけあって、レリューはセトの足にぶら下がりながら飛んでも、特に動揺したりする様子を見せなかった。
「……今更だけど、何でわざわざレリューもついてきたんだ? 今回の依頼で得た収入は全部俺達の物って決まってるんだから、別についてくる必要はなかったんじゃないか? 商人達の方に残ってた方が楽だったんじゃないか?」
盗賊達がアジトとしていた洞窟の前に降り立ったレイは、同じく掴まっていたセトの足から飛び降りたレリューに尋ねる。
レイが口にした通り、本当に今更の話ではあるのだが……レリューは、そんなレイの言葉に、周囲を見回しながら言葉を返す。
「別に、特にこれといった理由はねえよ。ただ、何となくってのが正直なところだな」
てっきり何か自分だけに重要な用事でもあるのではないか。
そんな思いを抱いていたレイだったが、今のレリューの様子を見る限りでは本当に特に何も用事がないと判断したのだろう。
そうか、と短く言葉を返すと、そのまま洞窟の中に向かう。
洞窟の中は、先程の男が言っていた通り、間違いなく盗賊のアジトで間違いなかった。
ただし、このような田舎の盗賊のアジトだ。
レイが密かに期待していたマジックアイテムの類は当然のようにどこにもない。
それどころか、レイが投擲に使えそうな槍の類も存在していない。
もっとも黄昏の槍を手に入れてからは、普通の槍を使って投擲する頻度はかなり落ちているのが。
ミスティリングの中にはまだ大量に廃棄予定だった槍が残っているが、弾数というのは多ければ多い程いいだろう。
(いや、銃じゃなくて槍だけど)
何かないかと洞窟の中を漁っていたが、結局見つけることが出来たのは幾らかの金貨や銀貨、銅貨といった物や、恐らく商人達から奪ったままで料理にすら使わなかった小麦の入った袋。
特に小麦の袋は、かなりの数が無造作に積まれており、これを使えば暫く小麦粉を使った料理には困らないのでは? と思えるだけの量がある。
レイ達の中では、マリーナがそれなりに料理をする。
それを考えれば、今回の盗賊が持っていた物の中で一番価値があったのは小麦だろう。
勿論金貨や銀貨があれば、小麦の類を買うことも出来るのだから、最終的にはそちらの方が価値があるのかもしれないが。
「取りあえず人質の類はなし、か。武器の類も殆ど役に立ちそうにないし」
そう言いながらも、短剣や長剣、棍棒といった物を次々とミスティリングに収納していく。
棍棒は色々と補強されているのだが、基本的には木で出来ているのだから、薪代わりにしてもいいかという思いすら抱きながら。
アジトの中にあった、金になりそうな物をミスティリングの中に収納して外に出ると、そこではレリューがセトを撫でながら笑みを浮かべているところだった。
幸せそのものといった笑みをしていたレリューだったが、レイがアジトから出て来たのを見ると、すぐに表情を改めた。
(あー……なるほど)
そんなレリューの様子を見て、ここで初めて、レイは何故レリューが自分と一緒に行動したのかを理解する。
基本的にセト愛好家という人種には女子供が多いのだが、決して大人の男がいない訳ではない。
その辺りが特に顕著なのは、屋台の店主といった者達だろう。
もっとも、串焼きやパンを始めとする屋台の店主にしてみれば、セトが自分の屋台の近くで料理を食べている光景というのは、人寄せという意味が強い。
セトが食べているのであればということで、そのセトを愛でたい者達が……そしてセトが美味そうに料理を食べているのを見て、通りすがりの客達が屋台で色々と買っていくのだ。
客寄せパンダならぬ、客寄せセト……もしくは客寄せグリフォンといったところか。
「……何だよ?」
「いや、何でもない。どうやらセトが退屈しないように構って貰えたようで何よりだな」
「っ!? ……ああ。俺も暇だったから、それくらいは構わねえ」
自分がセトと遊んでいた光景を目撃されたことは誤魔化しようがなかったが、レイがそれをからかうような様子がなかった為、レリューは安堵しながらそう答える。
そんな様子を見て、もしかしてレリューが今回のダスカーからの依頼――正確には恩返しだが――を引き受けたのは、セトの件があったからではないのか? とレイは疑問を抱く。
実際、その予想は完全に間違っているといった訳ではなく、レリューが今回の件を即座に引き受けたのはセトのことがあった為なのは間違いない。
本人は間違いなくセトの愛らしさに完全に魅了されているのだが、それを理解した上で、自分のような大の大人……それも疾風という異名を持つランクA冒険者が、セトを愛でたいというのが知られるのは恥になる、と。
レリューは本気でそう思い込んでいるのだ。
実際にはレリューよりももっと年上だったり、強面だったりするような男であっても、セトを愛でている者はいる。
だが、レリューはそれを受け入れることが出来ないのだ。
「そうか。セト、遊んで貰えて良かったな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトと一緒に遊んでいたことをからかわれるようなことがないと理解したレリューは、少しだけ安堵する。
レイにしてみれば、寧ろそのような理由であっても何故自分達に協力してくれたのかが分かったので、安堵していたのだが。
「それで、アジトの中には何かいいのがあったか?」
「残念ながら、俺が期待するようなものはなかったな。ただ、商人から奪ったと思われる小麦が大量にあったから、食料的な意味では結構助かった」
「ふーん。まぁ、小麦の類なら、いざとなれば間違いなく買い取って貰えるだろうしな。アイテムボックスを持つレイなら、重量とかを気にしなくてもすむからいいよな」
「そうだな。もっとも、売るつもりはないけど。……それより、用事も終わったし、そろそろ戻ろうと思うんだが、構わないか?」
「ああ、俺はそれで構わねえ」
レリューはあっさりと頷き、レイと共にセトでエレーナ達が待っている場所に向かうのだった。
「あ、レイ。それにレリューも。早かったわね」
「そうか?」
セトの背から降りたレイに、マリーナがそう声を掛ける。
その声にレイが疑問を抱きながら言葉を返したのは、レイ達が助けた商隊の姿が既になかったからだろう。
レイにしてみれば、面倒な感謝の言葉とか、もしくは近くまで護衛をして欲しいといった依頼とか、盗賊を率いていた男の引き渡し……といった会話をしないでもすんだので、楽ではあったのだが……それでも、既に商隊がいないのに、早かったと言われても素直に頷ける訳がない。
「ええ。それより、そろそろこっちも出発しましょう。このままだと血の臭いに惹かれて動物やモンスターがやって来る可能性があるわ」
「そうね。早いところ移動しましょ」
そう言ったのは、珍しいことにヴィヘラだ。
普段であれば、強い相手と戦えるかもしれないと考え、ここに残ってもいいんじゃないかと言ってもおかしくはないのだが……やはり、昼にレリューと模擬戦をしたのが良い影響を出したのだろう。
一番ここに残りたいと口に出しそうなヴィヘラがそう言ったことで、レイ達はその場から離れる。
そうして目的地のゴルツに向かって進んでいき……やがて日が沈み、夜となる。
日中はまだかなりの暑さがあるが、それでもやはり秋になってきたということもあり、日が沈むのはどうしても早くなっている。
結果として、レイ達が野宿をすることになるのだが……
「うわ、なんだそれ」
レイの取り出したマジックテントの中を見たレリューは、驚きを見せる。
マジックテントというのは、かなり稀少なマジックアイテムだが、アイテムボックスのように世界に数個しか存在しないというものではない。
それこそ、異名持ちの冒険者であれば見たことがあってもおかしくない筈だったのだが……
残念ながら、レリューがマジックテントを見たのは、これが初めてだったらしい。
「マジックテントだ」
「いや、それは言われなくても分かってるけどな。それでも、実際にこうして見れば、驚くんだよ」
「そういうものか? それで、今更の話だけど、レリューはどうするんだ? 俺達はマジックテントの中で寝るけど」
一緒のテントの中で寝ると言われれば、普通なら色艶めいたことを想像するだろう。
だが、マジックテントの中はかなり広い部屋となっており、エレーナ達はベッドで眠るが、レイは床やソファで眠ることが多い。
……一つ屋根の下というのは間違いないので、聞いた者によってはかなり勘違いすることになるのは間違いなかったが。
「ん? ああ、俺か? 俺は外で十分だよ。慣れてるし」
ソロで活動している冒険者である以上、レリューにとって野宿は慣れたものなのだろう。
セトのような存在がいない以上、ソロのレリューが野宿をする際には、そのままの状況で寝るのが当然だった。
テントの中で眠ってたり、寝袋の類を使って寝ていたりした場合、それこそモンスターや盗賊に襲われるようなことがあった場合、対処のしようがない。
(それにマジックテントの外にいれば、セトと十分に遊ぶことも出来るんだろうしな)
レイが見たところ、恐らくはレリューがマジックテントの側で一晩を明かすことにした理由は、それが最大の理由だと思えた。
もっとも、レリューがそれを隠そうとしている以上、レイもわざわざそれを口にすることはなかったが。
それに、レイの率いる紅蓮の翼のメンバーは、色々と訳ありの者も多いし、何より今回は部外者のエレーナもいる。
そうである以上、やはり一緒の部屋――マジックテントだが――の中で寝るのは、色々と不味いのも事実。
そのような事情がある以上、レリューの申し出がありがたかったというのも、間違いないのだ。
「悪いな」
「いいよ、別にこれくらい。俺にも利益がない訳じゃねえし」
ある意味ぶれないレリューの様子に笑みを浮かべ、レイはミスティリングの中から夕食の為の料理を色々と取り出すのだった。
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