第1678話

 実は銛を持っていた。

 そう言いながらレイが手にした銛は、明らかにガランカで使われている銛よりも高性能だと、そう思わせるだけの迫力があった。

 それを見たパストラは、数秒その銛に目を奪われていたが、すぐに呆れを混ぜて口を開く。


「そんな銛を持っていて、何だって忘れるんだ?」

「そう言われてもな。数年前に作って貰ったきり、全く使ってなかったからな」


 今にして思えば、川で魚を獲った時とかも使えばよかった。

 少しだけそう思ったレイだったが、一度に大量に魚を獲るという意味で、やはり岩を叩いてその衝撃で魚を気絶させるといった行為の方が、余程楽に……そして大量に魚を獲ることが出来る。

 また、もし全部の魚を獲ることが出来なくても、その魚は気絶しているだけにすぎない。

 目を覚ませば、また普通に川の中を泳ぐことが出来た。


「こんな銛があるのに、使ってなかったのか? ……このワイヤーの部分は、銛で刺した後で手元に引き寄せる奴だよな?」


 銛についているワイヤーについて即座にその意味を理解出来たのは、ガランカで使われている銛でも、ロープを使って全く同じような使い方をしているからだろう。

 もっとも、銛の柄の部分にロープやワイヤーを付けるというのは、実は結構珍しいのだが。


「そんな感じだ。……銛を手に入れたのが数年前。それ以後、海に来たのは今回が初めてだからな。いや、川とかで何度か漁をしたけど。そこでは、別に銛を使う必要はなかったし」

「ふーん。……ちょっと借りてもいいか?」


 パストラの言葉に頷き、レイは持っていた銛を手渡す。

 それを受け取ったパストラは、早速その銛を握ってみて、どのような使い勝手なのかを試し……やがて、驚きの表情を浮かべた。


「いや、この銛は凄いな。一見すれば俺が使っている銛とそう大差ないように思えるが、実際に使ってみればかなり違う」

「……そんなに凄いのか?」

「ああ! 寧ろ、これだけの銛を持っていながら、今まで使ってなかったのが許せなくなるくらいには凄い銛だぞ!」


 真剣な表情でそう告げてくるパストラを見れば、それが冗談でも何でもなく本気で言っているのだろうということは容易に理解出来る。

 だが、レイから見れば、その銛は雰囲気とでも呼ぶべきものは普通の銛と明らかに違うが、使い勝手という点で考えれば普通の銛とそう大差があるように思えない。


(微妙に重心とか、握る場所の太さとか、そういう細かい場所が変わってるのか? まぁ、槍とかでもそういうので随分と違ってくるし、分からないでもないけど)


 普通であれば、槍と銛を同じように考えるというのは有り得ないだろう。

 銛と槍では、使用用途が全く違うのだから。

 ましてや、レイの場合は槍で突くのではなく、投擲するといった使い方をすることも多い。

 ……もっとも、銛でも使用者によっては、直接突いたりもしくは投擲したりと使用方法も大きく異なってくるのだが。

 ともあれ、腕のある職人が作った銛ということで、パストラは漁師としてその凄さをしっかりと理解しているのだろう。


「取りあえず、この銛があれば俺が用意する銛はいらないな」

「そうだな。うん、なんかごめん」


 実際、レイがガランカに来た最大の目的は漁具……その中でも特に銛を手に入れることだ。

 勿論銛以外にも小さな魚を気絶させた時に纏めてすくうことが出来る網――タモ網の類――が欲しかったというのもある。

 その一番の目的の銛が、実はミスティリングに入っており、しかもガランカで使われているよりも明らかに高性能な代物だったのだ。

 場合によっては、レイにからかわれたと怒っても仕方のないことだった。

 だが、パストラはレイが自分をからかった訳ではないのだろうと想像していたし、ましてやレイは村を脅してきた海賊を討伐してくれた恩人なのだ。


「気にするな。ただ、そうなると……もしかして、網とかも持ってないか?」

「いや、そっちはないな。それに網の類は漁以外にも色々と使い道はあるから、ある程度あってもいいよ」


 普通であれば、荷物になるのだから大量に持ち運ぶことは出来ない。

 だが、レイの場合はミスティリングがあり、それがある以上は荷物の多さに困るということはない。

 ……もっとも、今回の銛の件のようにレイがミスティリングに銛を入れていることを忘れるということもあるのだが。


「そうか? なら……大きさとしてはどれくらいの物がいい? レイが持つなら、小さい方がいいか?」

「いや、セトに乗って使うんだろうし、ある程度大きくてもいい」

「そうなると、あれとかはどうだ?」


 パストラが指さしたのは、こちらも壁に掛けられていた網だ。

 手で握る部分は木で出来ているのだが、その木はそれなりに太い。

 レイの手で何とか握れる……といった程度の太さだ。

 そんな木の太さに比例するように、網の部分もかなりの大きさを持っていた。


「今使っていない網で大きいのだと、あれになる。ただ、網ですくった魚の重さに耐えられるように、握る部分はかなり太い。大丈夫か?」


 パストラにそう言われたレイは、その網を手に取る。

 木で出来ているということもあり、それなりの太さがあるのは言われたとおりだったが、それでも握ってみて特に使いにくさは感じない。


「うん、問題ないと思う」

「そうか。それでいいなら持って行ってくれ。他に何か必要なのはあるか?」


 そう言われたレイは、少し考える。

 銛に関してはワイヤー付きの高性能な銛があるので取りあえずこれを使えば問題はない。

 網の方も、今レイが持っている網があればそれで十分だ。

 その上で、他に何か欲しい漁具がないか聞かれれば……


(投網とか? いや、けどここを見る限りでは投網とかがあるようには思えない。多分投網とかは使ってないんだろ。そこまで無理して欲しいものじゃないし。……まぁ、あれば戦いとかでも使えるだろうけど)


 特に相手が弱い兵士や冒険者、盗賊……いわゆる雑魚と呼ぶべき相手の場合は、投網で一網打尽にするというのはかなりの効果を発揮するように思えた。

 勿論、投網で相手を捕らえても、それで殺せる訳ではない。

 投網から抜け出すまでの足止めが精々だろう。

 だが……足止め出来るかどうかと言うのは、この場合大きな意味を持つ。

 戦場で一時的にしろ動けなくなるということは、即ち死を意味する。

 魔法を使えば動きを止めた雑魚は文字通りの意味で一網打尽だし、魔法を使わなくても味方に任せるという選択肢もある。


(まぁ、そういう風に投網を使われると知れば、恐らく良い気分はしないだろうけど。そうなると……釣り竿? けど、ぶっちゃけ釣りをするよりは銛とか岩を叩くとか、そういう風にした方が大量に魚を獲れるだろうし)


 レイのイメージでは、釣りというのは趣味や道楽といったイメージが強い。

 勿論鰹の一本釣りのような例外もあるので、その辺はあくまでもレイのイメージなのだが。

 そしてレイは、釣りをそこまで好んではいない。

 日本にいた時も、レイが夏に鮎やイワナ、ヤマメ、カジカといった川魚を獲る時は、釣るのではなく銛を使っていた。


「そうだな、取りあえず今はそこまで必要じゃないな。漁具はこの網だけでいい。後は、魚を買いたいって話はどうなった?」

「ああ、そっちは漁に出ている」


 あっさりとそう告げるパストラに、レイは少しだけ驚く。

 気軽に漁に出ていると言うが、海には魚以外にもモンスターがいるのだ。

 だからこそ、海賊達のアジトがある島にまだ数人の海賊がいると知りながらも、海のモンスターを看守代わりにして置いてきたのだから。


「どれくらいで戻ってくる?」

「もうそろそろ戻ってきてもいいと思うが……いつ戻ってくると、明確に決めてる訳じゃないしな」


 ガランカのような田舎の村では、当然のように街にあるような時計の類……そして特定の時間になれば鐘が鳴るといった仕掛けも存在しない。

 そうである以上、時間に関してはかなり適当になるのは当然だった。


「そうか。この村だと……どんな船で漁をしてるんだ?」


 尋ねたレイに、パストラは漁具を保管している小屋から出るように促す。

 そうして出れば、砂浜に置かれているボートのような船が目に入った。


「ああいう船だよ」

「……そうなのか? あれだと、そこまで遠くまでいけないんじゃないのか?」

「遠くまで行けば、海が深くなる。海が深くなれば、それだけモンスターが多くなる。俺達が漁を出来る場所ってのは、結局そこまで遠くって訳じゃないんだよ」


 そう言われれば、レイも納得するしかない。


(そこまで沖に出られないとなると、マグロみたいな大きな魚を獲ることは出来なさそうだけど。……そういう意味では、小さな魚を欲しがってる俺には丁度いいんだけど)


 取りあえず自分が欲している小さな魚――あくまでもマグロ等に比べてだが――が無事手に入るというのは、レイにとっても嬉しいことでしかない。


「ああ、ちなみに魚以外にもエビとかカニとか、大きな貝とか、そういうのも欲しいけど、大丈夫か?」

「大きな貝は難しいかもしれないが、それ以外は何とかなると思う。貝の類は、獲る奴がそんなに多くないんだよ。見ての通り村の前にあるのは砂浜だから、岩のある場所まで行かないといけないし」

「そうか。ならしょうがないか」


 そう言いながらも、レイは残念に思う。

 アワビや牡蠣、サザエ……といった貝の類を出来れば食べたいと思っていたからだ。

 そんな残念そうなレイの様子にパストラは少し考え、口を開く。


「その、何だ。今日は無理だが、明日以降なら頼めば獲ってきてくれるかもしれないぞ。レイがよければ頼んでおくが、どうする?」

「是非頼む」


 一瞬の躊躇すらなく頼んだレイに、パストラは驚きを表情に出さないように注意した。

 まさか、ここまで貝に食いついてくるとは思わなかったからだ。

 ガランカで暮らしていれば、貝というのは海で普通に獲れるものだ。

 村の側には砂浜しかないので、少し離れた場所にある海岸が岩になってる場所まで行く必要があるが……それでもそこまで珍しいものではない。

 ガランカで作られる食事には、貝が使われるのは珍しいことではない。

 ただ茹でるだけで、貝は十分な美味さを味わうことが出来る。

 ……もっとも、浅い場所で獲れる貝はそこまで大きなものではなく、腹一杯食べるには相当の量を獲る必要があるが。


「分かった。じゃあ、貝についてはそういうことにしておく。……またガランカに来るんだよな?」

「貝や魚を売ってくれるなら、喜んで来させて貰うよ。俺がギルムからこの辺りに来たのは、魚を始めとして魚介類を獲る為だし。半ば遊びに来たのに近い」

「遊びに来て、そのついでで海賊の討伐をするのか。その海賊に脅されていた俺達が言うことじゃないだろうが」


 高ランク冒険者というのは、色々な意味で規格外だ。

 そう言いたげな様子のパストラだったが、レイはそんな視線を向けられるのは慣れているので、特に気にした様子もなく頷きを返す。


「今回の場合は海賊がそこまで大きな規模じゃなかったからな。それに、盗賊や海賊といった連中は、見かけたら出来るだけ討伐することにしている」

「……盗賊喰いって呼ばれてるんだって?」


 その情報がどこから流れたのかは、考えるまでもないだろう。

 レイがジュビスに行ってる間に、エレーナ達から聞いたのは間違いなかった。

 もっとも、それは別に知られて困るようなことではない。

 盗賊喰い……そう呼ばれるようになったのは、あくまでも多くの盗賊を壊滅させたからだ。

 それはつまり、盗賊でなければ攻撃されるようなことはないということになる。


「ま、そうだな。本当にいつの間にかそう呼ばれるようになったよ。他人を襲う盗賊も、自分が襲われるのは嫌だと思える」

「いや、それは当然だろ。それもグリフォンなんてモンスターを従えてる奴に襲われるなんざ、悪夢に等しいだろうし」


 しみじみとパストラが呟くが、実際それは一般的に考えれば……そして盗賊達にしてみれば、即座に頷くような意見だった。

 だからといって、盗賊のことをパストラが思いやるようなつもりも一切なかったが。


「取りあえず、貝や魚の類は用意してくれれば、あるだけ全部買わせて貰うから……そうだな、明日か明後日くらいにはここにまたやって来るつもりだから、その時にあれば買わせて貰うよ。勿論、今日獲ってくる分も、出来れば買い取りたいところだけど」

「ああ、丁度いい。……ほら」


 レイの言葉に、パストラは海を指さす。

 その先には、丁度砂浜の方に戻ってきている船の姿があり……大漁だと示すように、砂浜にいるレイとパストラに、大きく手を振るのだった。

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